SPECIAL REPORT

信託報酬ゼロの出現~コスト以上に重要なこと

水田 孝信

水田 孝信(ミズタ タカノブ)

● 経歴
・2002年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。
・2004年同研究科博士課程を中退しスパークス・アセット・マネジメント株式会社入社。
 クオンツアナリストなどを経て2010年よりファンドマネージャー。
・2017年度より上席研究員兼務。
・2014年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。
 同年より東京大学公共政策大学院非常勤講師。
・2016年度より人工知能学会金融情報学研究会幹事。

● 受賞歴
・2010年度および2012年度、人工知能学会研究会優秀賞。
・国際学術会議 IEEE Conference Computational
 Intelligence for Financial Engineering and Economics 2014
 にて3rd place award受賞。

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信託報酬ゼロの投資信託

今年8月に米国で、信託報酬がゼロの個人向け投資信託が発売になり話題になりました。パッシブファンドの信託報酬の値下げ競争は日本でも行われていますが、米国ではついにここまで来たかと思われた方も多かったようです。
信託報酬は高い・安いだけが注目されがちですが、なぜゼロにできるのか、ゼロにするために変えたことは何なのか、信託報酬以外の運用会社の収入はありえるのか、といった観点を持つと、かなり幅広く、奥深い世界があります。これらを紹介する前に、まず、信託報酬の日米比較について触れておきたいと思います。

意外に難しい信託報酬の日米比較

当然ですが日本と米国では投資信託に関する法律が異なり、投資信託に課される手数料の体系が大きく異なります。米国のほうが手数料の使用目的がはっきりしている反面、使用目的ごとに異なる名前で課せられており複雑な体系となってしまっています。純資産に対する比率ではなく絶対額で徴収する手数料も少なくないため手数料”率”での比較を難しくしています。さらに、米国のほうが同じ投資信託に対して異なる手数料体系のクラスシェアを多くもつ傾向になり、販売手数料が高めだけどその後にかかる手数料が安いクラスやその逆があったりして複雑になっています。
そのため、日米の信託報酬を比較するのに完全な方法はありませんし、完璧な比較は不可能です。誤った方法で比較を行い、それを根拠に論じられていることがしばしばあり、混乱を広げていると思います。そのような中で、三菱UFJ国際投信の最近のレポート*1では、手数料の取り扱いを慎重に検討し、客観性のある日米間の信託報酬比較を行っています。比較方法を示した長い注意書きが、丁寧な比較を行っていることをうかがわせます。
このレポートによると、同じような投資対象でかつ同じくらいの残高の投資信託を日米で比較すると信託報酬はそんなに違わないようです。一方、米国には10兆円を超える大きいパッシブファンドがあり、その規模の大きさゆえに信託報酬がかなり低めに設定できるのですが、そのような規模のパッシブファンドが日本にはないことも示しています。そのため日本の投資家は、パッシブファンドが大規模化することによる信託報酬低減のメリットをまだ享受できていないのが、日米間の差であるといえるでしょう。

なぜ信託報酬をゼロにできるのか?

この信託報酬ゼロの投資信託の信託約款を見ると運用会社が受け取る信託報酬のみならず、販売会社が受け取る手数料やその他の手数料もゼロであると明記されています。”貸株”については後で詳細に述べますが、一部でささやかれた貸株関連での収益を運用会社が得ることも、信託約款にそのようなことはないと“わざわざ”明記されています。
つまり、この投資信託から直接得られる運用会社の収益はありません。それでは、なぜこのような投資信託を設定したのでしょうか?
この運用会社は、投資信託の販売プラットフォームを持っており、自社が運用する投資信託のみならず他社が運用する多くの投資信託も販売しています。販売プラットフォームとはインターネット上でさまざまな投資信託が買えるサイトのことで、これらのプラットフォーム間の顧客獲得競争が激化しています*2。顧客獲得には当然、広告が必要で費用がかかるわけです。投信プラットフォームに口座を開いてもらうために、さまざまなキャンペーンを考えるわけですが、いっそのこと1つ商品をあげてしまうと考えても不思議はありません。
実はこの信託報酬ゼロの投資信託は今のところ自社の投信プラットフォームでしか買えません。なので、このプラットフォームに口座を開いてもらうための広告商品なのでしょう。1つしか投資信託を買わない人は多くないでしょうから、ついでに他の投資信託を買ってもらえれば、というビジネスであると考えられます。この投資信託が話題になりニュースになっただけ、すでに広告としては成功したといえるかもしれません。

小さくない貸株料

投資信託には支払う手数料ではなく、もらえる手数料もあることをご存知でしょうか?保有している株式を他人に貸し出し、その貸し出し手数料(貸株料)をもらうことがあります。実は、この株式の貸し出し(貸株)は行っている投資信託と、行っていない投資信託とあります。米国ではパッシブに限れば貸株を行っている場合のほうが多いようですが、日本ではどちらの場合も多いです。日本の投資信託の場合、貸株を行っているかどうかは、運用報告書全体版の“有価証券の貸付及び借入の状況”をみると分かります*3。
さて、この貸株料、どれくらいもらえるのでしょうか?例として、貸株を行っている投資信託A(米国)、投資信託B(日本)の貸株料をみてみましょう。投資信託Aは10兆円を超えるパッシブファンドで、信託報酬は年0.07%ですが、貸株料で年0.03%の収入があります。つまり、信託報酬の4割以上を貸株料で取り返しているのです。投資信託Bは1000億くらいのパッシブファンドで信託報酬は年0.22%です。貸株料は年0.07%程度あると考えられ*4、やはり信託報酬の3割程度を貸株料で取り返しています。
つまり、信託報酬が低い投資信託においては、信託報酬の少しの違いよりも、貸株を行っているかどうかのほうが大きな差となりえます。
ただし、貸株を行うためにはどんな株価変動でも貸し続けることが求められるため、アクティブファンドで貸株を出すのは困難です。また、貸株は、多くの場合で担保を取っているとはいえ、リスクがないわけではありません*3。なので、一概に貸株を行ったほうが良いとも言えません。

貸株ビジネスの囲い込み

日本では貸株料はすべて投資信託に入ります。投資信託が保有する株式を貸し出した手数料なのでこれは当然のように思われますが、米国では当然ではないようです。ETF.comの記事*5によると、米国のETF(上場投資信託)の中には貸株料のすべてがETFには入っていないものがあると書いています。
ではどこに行ったかといえば、貸株を出すための業務を行った会社が手数料として受け取ったりする場合があると述べられています。その会社が運用会社の関連会社であることもあり、この手数料が適切な水準なのかどうか分からず、投資信託を持っている人と運用会社との間で利益相反があるかもしれないと述べています。確かに、この手数料が高ければ隠れた信託報酬として機能することもできるでしょう。ちなみに先に紹介した信託報酬ゼロの投資信託の運用会社では貸株料を100%投資信託に入れていると書かれています。先に述べたように、投資信託約款にわざわざ、”貸株料はすべて投資信託に入り他の手数料に回ったりしない”、と書いてあったのと整合的です。
ただ、貸株料が100%投資信託に入ってくるからといって油断はできないと同記事は続けています。貸株の貸先は通常、株式のまた貸しをする仲介会社です。その仲介会社が運用会社の関連会社で、投資信託が通常より安い貸株料でその会社に貸してしまっている場合があるのではないかと書かれています。貸株料でどれくらいの収入があったかは開示されていますので、本当にそんなことが行われているのかは定量的な分析が可能です。この記事では定量的な検証は行っていませんので、真相は分かりません。

一番大事なことは何に投資するか

これまで手数料に注目してさまざまな議論をしてきました。意外な奥深さを感じられたと思います。しかし、これらの手数料の小さな差よりも圧倒的に重要なのは、何に投資するかです。投資先によってはこれまでの手数料の大小の議論はすべて吹き飛びます。
信託報酬ゼロの投資信託を紹介した多くのメディアの記事は、信託報酬がゼロであることばかりに注目するあまり、肝心の投資先、つまり連動する指数を、”コストを下げるために運用会社自身が新たに作成した”という紹介の仕方をしています。確かに、既存の有名な指数は、運用会社ではない会社が作成・メンテナンスしている場合がほとんどで、パッシブファンドが使用する場合は運用残高に応じた使用料を支払う必要があります。そのコストを削減したというのは、確かにそのとおりなのです。
しかし、指数が異なれば、信託報酬の0.1ポイント程度の違いをはるかに超えるパフォーマンスの違いがでるのが普通です。パフォーマンスがどうなるかは、信託報酬がゼロになったことよりはるかに、この新しい指数がどういう指数なのかが重要なはずです。しかし、そういう観点でこの投資信託を紹介したメディアの記事はほとんどなかったと思います。
実際、信託報酬ゼロの投資信託が連動する指数の過去20年くらいのリターンは、S&P500指数に比べ、年率で0.5ポイント程度良いようです。一方で、2017年は0.6ポイント程度悪かったようです。この指数が実際に作成されたのが2017年ごろだということに注意が必要です。つまり、2016年より前のデータを使って、”どういう作り方がよいだろうか”と試行錯誤し、2016年以前のパフォーマンスがS&P500より少し良くなるように作りこまれた可能性は否定できません。
いずれにせよ、信託報酬の差を大きく超える、指数のリターンの差があるわけです。最終的に投資家が得るリターンの差は、小さい手数料の差ではなく、どの指数に投資したかで決まることは明らかでしょう。なので、投資家は手数料の差よりも、指数の違いに注意を払うべきです。
本来は、投資において最も重要なことは”何に投資するか”であることは言うまでもないのですが、手数料にあまりにもとらわれてしまうと、このもっとも大事なことを忘れてしまう恐れがあるのかもしれません。





(*1) 松尾健治, 窪田真美, “投信手数料の日米比較~販売手数料は日本が単純平均2.79%・最多3.00%で米国が単純平均4.73%・最多5.75%、エクスペンスレシオ(経費率)は純資産100億円未満では日米でほぼ同じ~”, 投信調査コラム 日本版ISAの道, その224,三菱UFJ国際投信, 2018.
https://www.am.mufg.jp/text/oshirase_180604.pdf


(*2) 英国においても投信プラットフォーム間の競争が激化している。例えば以下の2つが詳しい。
・ 神山哲也, 田中健太郎, “英国 ISA ビジネスに見る我が国金融機関への示唆”, 野村資本市場クォータリー, 2013年夏号, 野村資本市場研究所, 2013.
http://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2013/2013sum03.pdf
・ 野尻哲史, “脱老後難民 「英国流」資産形成アイデアに学ぶ”, 日本経済新聞出版社, 2017.


(*3) 日興アセットマネジメント, “「有価証券の貸付などにおけるリスク」ってなに?”, こよみ コールセンターからの小さなよみもの, Vol.105, 2017.
https://www.nikkoam.com/files/fund-academy/koyomi/pdf/co_1710.pdf


(*4) “その他収益金”から計算した。ここには株主優待の売却額なども含まれている可能性があるが、貸株料より十分小さいと仮定して計算した。


(*5) Crigger, Lara, ”Is Securities Lending Good For ETF Investors?”, ETF.com Features and News, February 26, 2018.
https://www.etf.com/sections/features-and-news/securities-lending-good-etf-investors?nopaging=1





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