SPECIAL REPORT

あの日から8年~自然災害と取引所~

水田 孝信

水田 孝信(ミズタ タカノブ)

● 経歴
・2002年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。
・2004年同研究科博士課程を中退しスパークス・アセット・マネジメント株式会社入社。
 クオンツアナリストなどを経て2010年よりファンドマネージャー。
・2017年度より上席研究員兼務。
・2014年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。
 同年より東京大学公共政策大学院非常勤講師。
・2016年度より人工知能学会金融情報学研究会幹事。

● 受賞歴
・2010年度および2012年度、人工知能学会研究会優秀賞。
・国際学術会議 IEEE Conference Computational
 Intelligence for Financial Engineering and Economics 2014
 にて3rd place award受賞。

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あれから8年がたちました

東日本大震災から8年がたちました。当時、各方面で甚大な被害が報告される一方、東京証券取引所をはじめ各金融・証券取引所は閉まることなく取引を続けることができました。震災のあった2011年にも自然災害時の取引所の対応について「日本株情報 まいこばなし 第66号 『東証の災害時対応』」*1というレポートにまとめました。しかし、8年経ったこともあり、もう一度、自然災害時に、どのような状況になってしまうと証券取引所での取引が停止されるのかを、東京証券取引所や大阪取引所の親会社である日本取引所グループ*2の取り組みを例として取り上げ、考えてみたいと思います

自然災害時こそ取引が続けられることが大事

以前のスペシャルレポート「なぜ株式市場は存在するのか?」*3で述べたように、株式は容易に売買できる(「流動性が高い」とよぶ)こと自体に価値があります。流動性が低ければ投資家のリレーがうまくいかず、企業が生まれたときの最初の投資をする投資家は、次の投資家へのバトンをつなげられるか不安となり投資に躊躇するでしょう。そうなってしまうと、不確実性が高い新しい事業への投資が行われなくなり、この世界からイノベーションが減ってしまうのです。
自然災害時はより取引したいという需要が高まるときでもあります。例えば、こういうときだから、株式を売却して寄付をしたいとか、いや、こういうときだからこそ株式を買って産業経済に貢献したいとか、価格が下落して安く買えるから買いたいとか、だからこそ損切りしたいとか、実に多様な売買需要が発生するでしょう。もし、このような売買需要に応じることができなければ、平常時においても、自然災害時に売買ができないかもしれないという不安にかられ、株式を保有することに躊躇が生まれてしまいます。自然災害時こそ取引が続けられることが大事だ、といってもいいすぎではないかもしれません。

価格発見機能があってこその流動性

このため、どんな自然災害かに関わらず、可能な限り取引所は閉まるべきでない、と考えられます。しかし一方で、取引所は価格を決める場所でもあります。株式の価格(株価)は、多様な意見が売買として集められて発見されます(これを「価格発見機能」とよびます)。価格発見機能は流動性供給と同様にとても大事な取引所の機能です。いくら流動性があっても少数の投資家だけで決めた妥当性の無い価格で取引することとなれば、やはり安心して株式を売買できないわけです。価格発見機能があってこその流動性であり、両方が必須なのです。
そのため、日本取引所グループでは、コンティンジェンシー・プラン(緊急時継続計画)*4を策定しており、
(1) 取引の機会を提供するため、開けることが可能な限り取引所を開く
(2) ただし、価格形成の公正性が損なわれる場合は取引所を閉じる
といった取引機会の確保と価格形成のバランス等に配慮した対応を採ることを基本的な考え方として掲げています。
(2)に関して具体的には、売買に参加できない取引参加者が過去の売買代金シェアで概ね5割を超えた場合などに取引所を閉じるかどうかの検討をするとされています。ここでいう取引参加者とは注文を仲介する証券会社などのことです。多くの取引参加者が注文の取り次ぎなどが出来ず、業務継続ができなくなった場合が想定されます。つまり、あまりにも多くの取引参加者が注文を受け付けることが出来なくなったら、価格発見機能が低下するため、取引所自体に問題がなくても開かない場合があるのです。

重要な関連機関

また、(1)は単に日本取引所グループの取引システムさえ動けばよいというわけではないことには注意が必要です。注文・約定等の相場情報の配信システムはもちろん、取引所の社員による売買監理業務もできる必要があります。そのため、取引システムのみならず、取引所の社員が業務をできる環境も確保されなければなりません。具体的には、テロ等で社員が避難することが必要な場合が想定されます。また、清算機関(日本証券クリアリング機構)や決済機関(証券保管振替機構、日本銀行など)のシステムが正常に動き、清算や決済が出来ることも重要となります。

自然災害対策はさらにレベルの高いものに

日本取引所グループでは、”(1)可能な限り市場を開く”ことがより出来るようにするために、さまざまな取り組みを続けています。特に、8年前を契機に、自然災害対策はさらにレベルの高いものが目標となり、実際にすでに高度な対応がなされているものもあります。
例えば、日本取引所グループの「BCPフォーラム(取引所取引専門部会報告書)」*5の第二次報告書(平成29年4月20日)別添資料*6には、首都直下地震のような広域災害にも対応できるように、売買監理などを行う市場管理業務と取引システムなどに関するシステムオペレーション業務を、大阪市の大阪取引所本社を活用し、東京と相互バックアップできるようにする方針であると書かれています。つまり、日ごろ東京で業務を行っている社員の多くが出社できなくなっても、大阪で業務継続ができるような体制にするというのです。
日本取引所グループの担当者に伺ったところ、この方針は運用開始され、すでにこれらの相互バックアップ体制は構築が完了しているとのことです。なお、東京、大阪の平常時の拠点は、それぞれ近隣にもバックアップオフィスを構えており、上記の広域災害を想定した東阪での相互バックアップ体制と組み合わせることで、高度な自然災害対策が可能となっています。また、現在、取引システムなどが実際に稼動しているデータセンターのバックアップは関東近郊ですが、広域災害のリスクを想定し、東京から遠隔地の関西圏にバックアップのデータセンターを構築する方針であると、同別添資料には書かれています。ますます高度な自然災害対策が構築されていくことでしょう。
このように、自然災害対策は8年前のあの日以前の常識からは考えられないような、驚くべきレベルの高さとなってきています。

安心して株式を保有し続けることが出来るために

このような自然災害に対する取り組みは、清算機関や決済機関といった他の金融インフラはもちろん、証券会社などの取引参加者でも行われていることでしょう。価格発見機能を維持するためには多くの取引参加者が参加し続けることが必要です。自然災害対策は取引所や清算・決済機関だけでなく証券会社など関係する多くの金融機関が努力し、連携して初めて成り立つものでしょう。
これらの不断の努力により、日本の金融市場はますます自然災害に強くなっていくと考えられます。そして、自然災害が起きたときこそ、あらかじめ定められた考え方や基準に基づいたうえで、取引所を開くのかを決めることが重要なのです。結果、投資家はどのようなときに取引ができるのか、できなくなるのか、予見可能性が増し、安心して株式を保有し続けることが出来るようになるのです。



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*1) https://www.sparx.co.jp/report/uploads/pdf/maiko66.pdf


*2) 2013年1月に東京証券取引所と大阪証券取引所の経営統合により発足


*3) https://www.sparx.co.jp/report/special/2174.html


*4) コンティンジェンシー・プラン, 日本取引所グループ
https://www.jpx.co.jp/corporate/governance/risk/contingency/


*5) BCPフォーラム(取引所取引専門部会報告書), 日本取引所グループ
https://www.jpx.co.jp/corporate/governance/risk/bcp-forum/


*6) (報告書別添資料)取引所取引専門部会専門部会分科会 検討資料, BCPフォーラム 取引所取引専門部会 第二次報告書(平成29年4月20日), 日本取引所グループ
https://www.jpx.co.jp/corporate/governance/risk/bcp-forum/tvdivq0000007c9r-att/nlsgeu000002entx.pdf





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