新技術の悪い影響とそれを乗り越えてきた金融市場 | レポート | スパークス・アセット・マネジメント

スペシャルレポート 新技術の悪い影響とそれを乗り越えてきた金融市場

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コンピューターによる金融市場の発展

金融市場のみならず商品などを売買する市場は古代からあり、ゲーム理論を駆使した経済学の大家であったジョン・マクミランは、市場の制度やルールが発展していくようすを調べ、どのような制度やルールが市場をうまく機能させるかを示しました*1。金融商品という抽象的なものを売買する金融市場も同様で、基本的には、金融市場がよりうまく機能するように制度やルールが発展してきました*2。
そんな発展の中でもコンピューターの発展は非常に重要でした。以前述べたようにコンピューターの発展により決済期間を短くすることができ、決済のミスも少なくなりました*3。また、高頻度の取引が自動で行うことができるようになり、安価に流動性の供給が行われたり、瞬時に裁定取引が行われ常に適切な価格で取引できるようになったりしました*4。さらに人工知能の発展は、投資における調査を効率化したり、より多くの不公正な取引の取締りを可能にしたりしました*5。そして、人工市場というシミュレーション手法により、金融市場のよりよい制度やルールを調べることができるようになりました*6。

悪い影響を乗り越え発展した歴史

しかし、コンピューターの発展は金融市場に常に良い影響だけを与えたわけではありません。時には、コンピューターの新しい技術が悪い影響を与え、それを防ぐために制度やルールが修正されることを繰り返してきました。もちろん、新しい技術が与えるだろう悪い影響を事前に予測し、あらかじめ制度やルールが修正されることもありましたが、悪いことが起きてから修正されることも多かったのです。このような新しい技術の問題に社会が対応し、乗り越え、その結果、金融市場の機能が向上するということを繰り返して、金融市場は良い方向へ発展してきました。
これは金融市場に限らず、広く科学の発展に言えることです。科学の発展には意図せず悪い影響を与えたり、悪用されたりして、そのたびに、制度やルールの修正などにより社会が対応し、それによって科学の発展の良い影響のみを取り出す努力をしてきた人類の歴史があります。金融市場の歴史はその科学の歴史の一部なのです。
ここでは、金融市場に悪い影響を与えたコンピューターの技術を紹介し、社会がどのように対応して解決したのかを述べていきます。最近のものの中にはまだ解決しておらず議論がなされている最中のものもありますが、それらも紹介していきます。

予想外の悪影響を与えたプログラム取引やアルゴリズム取引

アルゴリズム取引とはあらかじめ決められたルールに従って自動的に売買を行うものです。非常に広い意味を持つ言葉で、単純な裁定取引から、大量の注文を自動的に少しずつ執行するもの、利益を追求した高速取引など、コンピューターが自動的に注文をだすもの全般を含みます*4。プログラム取引という言葉もほとんど同じ意味で使われますが、こちらは取引の内容は自動的に決め、注文処理自体は自動ではない場合も含む場合があり、さらに意味が広いです。
さて、アルゴリズム取引やプログラム取引にはそれぞれ狙った効果や目的があります。通常の状況を想定したうえであらかじめ取引のルールを作るため、想定していなかった状況ではあらかじめ決められた取引のルールが状況にうまくあってないことがあり、予想外の悪影響を与えることがあります。過去にあった事例として、1987年に起きたいわいるブラック・マンデーをポートフォリオ・インシュランスというプログラム取引が増幅させた事例と、2010年に起きたいわいるフラッシュ・クラッシュを引き起こしたアルゴリズム取引を紹介します。

ブラック・マンデーとポートフォリオ・インシュランス

以前のレポート*3でも紹介しましたが、もう一度見てみましょう。1987年にブラック・マンデーとよばれることとなった暴落がおきます。この暴落は、きっかけ自体は当時のマクロ経済環境によるものでしたが、コンピューターが普及したことによって登場したプログラム取引が暴落を増幅させてしまいました。
このプログラム取引は、値動きが荒い資産は少なめに持つという、"ポートフォリオ・インシュランス"とよばれる手法を用いていました*7。株式は暴落によって値動きが荒くなりましたが、値動きが荒いものを少なめに持つようにプログラムされていたため、暴落した株式を売ることとなり、株式はますます下落しました。これにより値動きがさらに荒くなり、他のプログラム取引も売り、という連鎖が発生してしまいました。このような連鎖が止まらなくなり、下落が止まらなくなったのです。

フラッシュ・クラッシュ

2010年5月6日にニューヨーク・ダウが数分の間に9%以上下落するという、いわいるフラッシュ・クラッシュが発生しました。これはさまざまなアルゴリズム取引が悪い形で組み合わさって起こったといわれています*8*9。その組み合わせは非常に複雑であったため、現在でも完全には解明されていません。ここでは現在のところよく言われていることを述べます。ちなみに、大規模な相場操縦を長年行っていた個人投資家、ナビンダー・シン・サラオが捕まった時、多くのメディアがフラッシュ・クラッシュの犯人を捕まえたと報じ、その後も"フラッシュ・クラッシュ・トレーダー"として彼を紹介するメディアが後を絶ちませんが、フラッシュ・クラッシュにはそんなには関係していなかったことが分かっています*9(これに関して以前レポートを書いています*10)。
さて、フラッシュ・クラッシュですが、まず初めにE-Mini S&P 500先物に通常ではありえない大量の売り注文が入りました。これが、フラッシュ・クラッシュが発生したきっかけであると言われています。この売り注文は、大量の注文を小分けにして自動的に少しずつ発注するアルゴリズム取引で執行されていました。売却する全数量を入力ミスした誤発注であったか、価格に大きな影響を与えるほどの数量であることを分かっておらず注文してしまったか、いずれにせよ価格を大きく動かすほどの注文をアルゴリズム取引に指示してしまいました。そして、このアルゴリズム取引により市場全体が下落しました。
その後、同じくアルゴリズム取引の一種であるマーケットメイカーが現物の一部の銘柄を1セントなどの極端に安い価格で取引を行います。マーケットメイカーは高頻度取引(HFT=High Frequency Trades)の一種で、利益追求のため少し安い買いと少し高い売りの両方の注文を出し、価格がその間を行ったり来たりしている間は利益が出るというものです(詳細は*4)。当時の米国の場合は、マーケットメイカーを行うもののうち、注文価格は自由だが注文を出すこと自体は強制されている参加者がいました。この義務を形式的に満たすため1セントの売りや買いといった通常では執行されない価格で注文を出すことを行っていました*11。その注文が予定外に執行され、一部の銘柄では1セントというとんでもない価格で取引され、結果暴落となってしまいました。
フラッシュ・クラッシュの反省をふまえ、その後ルール変更が行われ、市場急落時には一時的に取引を停止するサーキット・ブレイカー制をもっと広く導入したり、マーケットメイカーに課す義務を厳密化したりしました*11。

市場を不安定にする取引を自動的にしてしまう恐れがある金融商品

市場を不安定にする取引を自動的にしてしまう恐れがある金融商品があります。金融商品自体や相対取引の相手が、投資家に提供する損益を作成するために自動的に取引を行う場合があります。これらも広い意味ではプログラム取引といえるでしょう。
そのうちの1つにレバレッジドETFやレバレッジがかかった投資信託などがあります。このような商品は、日経平均などの株価指数の1日のリターンを2倍やもっと大きい倍率(この倍率のことをレバレッジといいます)にすることを目指した商品です。例えば、日経平均のレバレッジ2倍の場合、ある日の日経平均のリターンが+1%だった場合、+2%となることを目指します。この商品は日経平均先物を純資産のちょうど2倍だけ保有します。このちょうど2倍というのが実は難しく、日経平均が上昇すると先物の保有が足りなくなるため買う必要があり、下落すると先物の保有が多すぎとなり売る必要が出てきます*12。
このような取引をリバランスとよび、広い意味でプログラム取引の一種です。レバレッジ商品の場合、上昇したときに買い、下落したときに売るという順張りのリバランスになってしまいます。そのため、このようなレバレッジ商品の純資産が大きいと、リバランスにより価格の上昇・下落をともに増幅させてしまう懸念がでてきます。実際、2015年ごろにこのような懸念が話題となり*12、以後はこのような商品の純資産が大きくなりすぎないように気を付けているようです。
このような順張りのリバランスは、証券会社が機関投資家へ相対で販売するオプションなどでも発生することが知られています*13。この場合はリバランスというよりはヘッジ取引とよばれる場合が多いです。順張りのリバランスを行う必要がある金融商品はさまざまに存在しますが、市場の上昇・下落を増幅させないよう、その金額が大きくなりすぎないように気を付けるようになっています。
ちなみに、プログラム取引とよぶほど自動的に行われているわけではありませんが、アセット・オーナーが各資産の保有割合を一定に保つために行うリバランスは逆張りです*14。例えば、株式が下落した場合、株式の投資割合は低下するためそれを戻すため、買うことになります。逆張りのリバランスは上昇・下落をやわらげます。そのため、一般的には、逆張りのリバランスはその金額が大きくても問題にされることはありません。

人工知能に責任をなすりつけ

以前のレポート*15でも紹介しましたが、人工知能に不公正取引の責任をなすりつけるという、あってはならないことが起こる懸念があります。最近は、プログラム取引やアルゴリズム取引にも人工知能が使われるようになってきました。しかし、人工知能は自律的にデータを集めて行動を決めるため、使用者が意図していない行動をしたり、使用者が人工知能に全部任せるつもりで使用者はそもそも何も意図した行動がない場合もあったりします。しかし、インサイダー取引や相場操縦といった刑事事件となる不公正取引の成立には取引者の意図があったことが必要になります。そのため、意図が確認できない人工知能に不公正な取引を行ってもらい、「人工知能が勝手にやった」と言い逃れをするものが現れる恐れがあります。
これについてはまだ対策が取られておらず、法的な対策が議論されています*16。

不必要な取引を人間に煽る新技術

これまで紹介してきたものは、人間が作った技術が意図しない取引を行ったり、意図しない結果を導いたりと、あくまでも技術が人間の意図していなかった効果を出すことでした。しかし、今から紹介するのは、技術が人間に誤った行動をさせようとする恐ろしい技術です。このような技術が金融市場にもちこまれたのは最近であり、今後増えていくことが懸念されています。ここでは個人投資家に不必要な取引を煽る技術を、2つのレポート*17をもとに紹介します。
米国では個人投資家の株式の表向きの売買手数料が無料であることが多いため、個人投資家は気楽にスマートフォンに売買のためのアプリを入れるそうです。そのアプリから株式取引を促す通知を送ったり、取引を行うと紙吹雪の演出でお祝いしたり、アプリ内でのいくつかの操作を達成するとポイントがもらえたりと、取引をする気がなかった人に取引を促すうえ、不必要な多くの取引をさせようとする仕組みが組み込まれています。紙吹雪の演出は批判をあび、すでに行われていないとのことです。
米国ではコロナ禍による巣ごもり需要で多くの人が投資を始めました。2020年前半ごろ米国の株式取引量は増加しましたが、このような経験の浅い個人投資家がこのようなアプリに誘導されて取引を不必要に増やした結果なのではないかともいわれています。米国では現在、どのような機能を禁止すべきか検討されています。

永遠に続く、技術を使いこなすためのルールの整備

技術の発展は人類を発展させましたが、しばしば悪影響もありました。人類はその悪影響を制度やルールの整備によって乗り越え、技術の良い影響だけを取り出そうと努力し、その結果、人類は発展してきました。金融市場におけるコンピューターの発展も同様です。コンピューターの発展は間違いなく金融市場を良い方向へ発展させました。しかし、しばしば悪影響も与えました。その悪影響は制度やルールの整備で少なくし、乗り越えてきました。今後も同様でしょう。ジョン・マクミランが言ったように、「市場はうまく設計されたとき、うまく機能する」のです*1。
新しいコンピューター技術が発展すると、金融業界には金融に詳しくない技術者が多く流入する時期があります。金融とは何のためにあるのか、どのように人類の発展に貢献しているのか、そのことを理解しようとせず、ただ依頼されたことを新技術で対応する技術者がもっとも懸念される存在です。もちろん、新技術を導入したくて金融の本質を教えずに技術者をただ連れてくる金融業界の人も懸念される存在です。不必要な取引を人間に煽る技術は、もともとネットショッピングアプリなどで搭載されていたものに似たものが多く、ただ転用してきたものが多いと考えられています。
技術者は金融の本質を理解する努力をし、新技術が与える影響を考えなければなりません。そして、技術者を受け入れる金融業界の人は、技術者に金融の本質を教えなければならないのです。


*1 McMilan, John, "Reinventing the Bazaar", A Natural History of Markets, WW Norton & Company, 2002,邦訳:瀧澤弘和、木村友二、"市場を創る-バザールからネット取引まで"、慶應義塾大学出版会、2021

*2 水田孝信、"なぜそれらは不公正取引として禁止されたのか?"、 スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2020年9月15日

*3 水田孝信、"世界的な株式の決済期間短縮化:T+1への統一が進むか?"、 スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2022年4月7日

*4 水田孝信、"高頻度取引(3回シリーズ第1回):高頻度取引とは何か?"、
スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2019年4月3日

水田孝信、"高頻度取引(3回シリーズ第2回):高頻度取引業界-競争激化と制度・規制の整備-"、
スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2019年5月8日

水田孝信、"高頻度取引(3回シリーズ第3回):高頻度取引ではないアルゴリズム取引と不公正取引の取り締まり高度化"、
スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2019年6月13日

*5 水田孝信、"金融市場で使われている人工知能"、
スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2021年9月8日

*6 水田孝信、"金融市場の制度設計に使われ始めた人工市場"、
スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2021年11月15日

*7 佐藤猛, "ブラック・マンデーが提起した課題の今日的意義", 第82回秋季全国大会 学会報告論文, 証券経済学会年報 第49号別冊, 2014

*8 "Findings regarding the market events of May 6, 2010", Report of the staffs of the CFTC and SEC to the joint advisory committee on emerging regulatory issues, 2010

*9 リアム・ヴォーン 著、岡村桂 訳、"フラッシュ・クラッシュ たった一人で世界株式市場を暴落させた男"、KADOKAWA、2020

*10 水田孝信、""フラッシュ・クラッシュ・トレーダー"と呼ばれた男はフラッシュ・クラッシュとはあまり関係なかった:高頻度取引との知られざる戦い"、 スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2021年4月12日

*11 大崎貞和、"フラッシュ・クラッシュから一年"、 野村総合研究所 金融ITフォーカス、2011年5月号

*12 水田孝信、"レバレッジ型ETF市場変動を増幅させる仕組み"、週刊エコノミスト、2015年11 月3 日特大号

*13 "5月下旬のボラティリティについて"、 スパークス・アセット・マネジメント まいこばなし、 第85号(2013年6月28日)

*14 水田孝信、"アセット・オーナーが行っている投資:"悪環境期に耐える"と"ユニバーサル・オーナー"、 スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2019年9月18日

*15 水田孝信、"人工知能が不公正取引を行ったら誰の責任か?"、 スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2020年8月4日

*16 アルゴリズム・AIの利用をめぐる法律問題研究会、 "投資判断におけるアルゴリズム・AI の利用と法的責任"、 日本銀行金融研究所、 2018

本レポートを解説した以下の講演資料も分かりやすい
鹿島みかり、"投資判断におけるアルゴリズム・AIの利用と法的責任(仮題)"、第4回金融資本市場のあり方に関する産官学フォーラム 基調報告(3) 、2019年2月22日

*17 鳥毛拓馬、"SECによる株取引アプリの規制に関わる議論 証券会社によるAIや予測分析に関する問題へのコメント募集を実施"、大和総合研究所、2022年1月21日

清水葉子、"アメリカのミーム株取引とデジタル・エンゲージメント"、 日本証券経済研究所 証券レポート、2022年6月号

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