株式投資で気候変動を考慮することに賛否があるのはなぜか?[概要編] | レポート | スパークス・アセット・マネジメント

スペシャルレポート 株式投資で気候変動を考慮することに賛否があるのはなぜか?[概要編]

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今回は概要編です

本シリーズでは全4(予定)にわたって、気候変動と株式投資の関係について述べます。そのためには、気候変動の科学的な理解に加え、豊かな生活を送っている人類にとって気候変動の何が問題なのか、それに対してどういう対応があり得るのか、そして、株式の投資家にはどういう人たちがいて、どういう投資戦略があるのかといった、それぞれ全く異なる分野に対してある程度深い理解が必要です。必然的に述べるべきことは多くなってしまいますので、今回は概要編としてあえて引用などは行わず簡素に全体像を示すことに徹し、残りの3(予定)で各論の詳細や根拠を示したいと思います。

すでに深刻な被害をもたらしている気候変動

気候変動は非常に深刻な問題です。地球温暖化とも言われますが、気温上昇は被害の1つでしかありません。温暖化がもたらす、干ばつ、熱波、洪水、山火事および気象の極端現象(これまで数十年に1度くらいしか起きなかった高温や低温、豪雨や乾燥などの頻度が増えること)こそが深刻であり、これらにより人間が住める場所が減り始めています。

日本は比較的これらの被害が少なく、かつ、豊かな国なので極端化した気象災害は、堤防やダムなどの建設により対応できています。そのため、住む場所を追われるほどまでにはなっておらず、気候変動の深刻さを実感しにくいかもしれません。しかし、気候変動の影響を大きく受け、かつ、貧しい地域の場合、干ばつにより住み慣れた土地を追われたり、熱波により多数の死者を出したりと、気候変動はすでに大きな被害をもたらしています。

しかも、これらの被害は今後大きくなることが確実で、対策が遅れれば、人間が住める場所はさらに減っていくでしょう。気候変動はまだ始まったばかりであり、100年単位で続く、長期的な問題なのです。

気候変動の問題は完全に経済問題

気候変動の問題は、環境を優先するか、経済を優先するかといった、二者択一的に論じられる場合があります。確かに個別の企業の観点だと、環境を害して社会にコストをかけ、自社はコストを負担せずに利益を出す、という意味では正しいともいえる表現です。しかし、地球全体を議論するときはこの二者択一は完全に誤りです。この誤解が気候変動の議論を混乱させています。

前述の通り、気候変動への対応が遅れれば人間が住める場所が減ってしまいます。これは深刻な事実ですが、豊かな地域の場合ですと、堤防やダムなどの建設により、つまりコストをかければ住み続けることもできます。そのコストの分、経済成長は鈍くなるでしょう。一方で、気候変動が人類滅亡の直接の原因になるわけではありません。気候変動のせいで、豊かな生活を維持するために膨大なコストがかかるようになるのです。

気候変動にどう対応するかはさまざまな方法がありますが、どの方法がもっともコストがかからないのかが重要です。人類が世代を超えて現在の豊かな生活を維持し、経済成長を維持するために、気候変動にいつ、どのようにコストをかけて対応するのか、これが気候変動の問題なのです。

気候変動に対応する目的は、経済成長を維持するためです。地球環境を守ることそのものが目的ではありません。実際に、積極的に地球環境を操作して気温上昇をおさえる方法も検討されています。また、人類が豊かな生活を放棄すれば、気候変動は解決することも分かっています。気候変動にうまく対応できないと経済が発展できなくなる、貧しい生活を強いられる、というのがこの問題の正しいとらえ方です。なので、気候変動の問題は、完全に経済の問題であり、非常に深刻な経済問題なのです。

コスト負担者とメリットの享受者が異なることによる困難

世代を超えた長期で考えるならば、今コストをかけて対応するのがもっともコストが安いことも分かってきました。今の世代がコストをかけて対応すれば、次の世代が今と同じくらいの豊かな生活を享受できます。一方で今コストをかけなければ、次の世代は気候変動に対応するために非常に高いコストを強いられ、貧しい生活を強いられるでしょう。今の世代と同じような豊かな生活ができなくなるのです。

実は、今後20年程度は、どのような努力をしても結果はほとんど変わらないことが分かっています。今後20年程度の努力は20年以内に実ることはなく、それより後にしか実ることはないのです。逆に言えば、今後20年間だけの豊かさを考えれば、何もしないことがもっともコストが安く、もっとも豊かな生活を導くでしょう。

気候変動はそういう問題です。次の世代に強い責任を感じている人にとっては、非常に深刻な問題ですが、次の世代に責任を感じていない人や、残念ながら今、自らの世代自体が絶滅に近い危機に瀕していて次の世代を考えていられない人にとっては、気候変動は大きな問題ではないのです。このことが、気候変動の議論を難しくしています。

つまり、環境をとるか経済をとるか、という二者択一ではありません。今の世代がコストを負担せず次の世代が苦しむか、今の世代が頑張ってコストを負担し次の世代を苦しめないか、この二者択一なのです。

解決できる力を持つ人たちと被害を受ける人たちが違う

もう一つ難しい問題として、気候変動による被害を受けている、または今後受ける人たちは、現在貧しい地域に住んでいる人たちや、まだ生まれていない人たちであり、今コストをかけるという解決策を行うことができない人たちです。一方、今コストをかけられる人たちは、現在豊かな生活をしている人たちで、気候変動による被害をあまり受けない人たちです。この違いは、気候変動の解決を難しくしています。

また、解決に努力した人たちと、その努力の報いを受けられる人も違います。気候変動を引き起こしているもっとも大きな要因は二酸化炭素の排出です。二酸化炭素の排出をおさえるための技術革新を行う努力をし、コストをかけて二酸化炭素の排出を減らした企業も、コストをかけずに積極的に二酸化炭素を排出した企業も、気候変動の影響は同じように受けます。気候変動が解決したとき、それに向けて努力した企業も、何もしなかった企業も、気候変動の解決というメリットを同じように享受するのです。なので、他の人が解決するのを期待し自分は何もしないことが、最適な戦略になりえてしまいます。

政府でも困難が伴う:すでに豊かになった国とこれから豊かになる国の摩擦

このような状況を解決するのに最も力を発揮することを期待されているのはもちろん政府です。気候変動を解決する技術革新を最も後押しできるのは政府であり、これを各国政府が協力して行わなければならないことは間違いないでしょう。

政府は企業の二酸化炭素排出に税金をかけ、つまり二酸化炭素の排出にコストがかかるようにし、企業たちに二酸化炭素の排出を削減する努力を促すことができます。多くの国でこの炭素税が導入されれば、気候変動は解決するだろうと言われています。

しかし、増税は有権者に人気がなく政治的にもっとも実行が難しい政策です。しかも、すでに経済が発展し豊かな生活をしている国こそ炭素税が必要ですが、そのような国は高齢化が進み、有権者が次の世代の利益を考えない傾向にありますし、気候変動による被害をまだ受けていません。一方、まだ経済が発展しておらず豊かな生活を享受していない国は二酸化炭素の排出量がまだ少ないので、炭素税を導入してもあまり効果がありませんが、そのような国はすでに気候変動の被害を受けており、有権者もなんとか解決したいと考えています。

つまり、国家間でも解決できる力を持つ国と、被害を受けている国が違うのです。政府でもこのような困難が伴うのです。

ユニバーサルオーナーと気候変動

解決できる力をもち、かつ被害を受けてしまう、そのようなほとんど唯一の存在がユニバーサルオーナーです。

ユニバーサルオーナーとはある目的をもって数十兆円以上の規模の、非常に大きな資金を運用しており、その巨大さから地球上のほとんどの大企業に投資せざるを得ない基金です。その目的はほとんどの場合、世代を超える長期的なものであるため、資金運用は世代を超えた長期で行われています。ユニバーサルオーナーは資金が大きすぎて特定の地域や特定の企業だけに投資することができません。そのため、地球全体の経済発展を享受するという投資戦略しかとれません。気候変動が解決されないと地球全体の経済発展が鈍り、リターンが得られなくなります。

一方で、ユニバーサルオーナーはその巨額な資金の振り分け方によって、気候変動を解決する技術革新を後押しできます。ユニバーサルオーナーがひとたび、気候変動に取り組んでいない企業への投資を減らし、積極的に取り組んでいる企業へ投資を増やせば、大きなお金の流れができます。これが普通の投資家なら効果はないでしょうが、ユニバーサルオーナーの資金は巨額なため、気候変動の解決というひとつの産業を生み出すほどの力があります。これにより気候変動を解決し、経済発展の鈍化を阻止し、リターンを向上させようとしているのです。

ユニバーサルオーナーは、ほとんど唯一、気候変動に全力で取り組める組織かもしれません。株式投資で気候変動が解決するのか疑問が持たれることは多いですが、むしろ逆に、株式投資によって技術革新を後押しすることでしか気候変動は解決できないかもしれないのです。

気候変動がリターンに関わるかは投資戦略による

ユニバーサルオーナーの投資戦略では、気候変動の解決こそがリターンの源泉であることが分かりました。一方、ほかの投資戦略であれば、気候変動はリターンと全く関係ないということも当然あり得ます。つまり、気候変動と株式投資の関係は、各々の投資家がとっている投資戦略に依存します。

極端な逆の例として、高速取引業者はどうでしょうか。その日に買った株式はその日に売ってしまいます。さすがに、気候変動とは全く関係ないでしょう。

個人投資家はどうでしょうか。個人投資家は投資期間も投資戦略も様々です。投資期間が短ければ、気候変動は関係ないかもしれません。ユニバーサルオーナーが作り出すお金の流れは長期的なものですので、仮にこれにのる戦略を取ったとしても、短期的には安定はしないでしょう。長期的には気候変動を解決する産業を後押しするお金の流れだとしても、短期的な株価の動きは安定してそれにそうわけではないからです。気候変動は単なる流行や短期的な投資テーマではないのです。

投資期間が長い場合でも、気候変動を取り入れるかどうかは意見が分かれるでしょう。ユニバーサルオーナーのように世界中の大企業を保有したりせず、気候変動によって被害を受けない企業群だけを保有する戦略もとれます。また、世界中の大企業を保有したとしても、その資金量では気候変動を解決することはできないと考え、ユニバーサルオーナーが気候変動を解決してくれると期待して、その努力にただ乗りするという戦略もとれます。

しかし一方で、たとえ一人一人の資金量が少なくても同じような考え方の個人投資家が増えればユニバーサルオーナーのような大きな力になり、気候変動の解決によりリターンを向上させることができるとも考えられるでしょう。選挙において一票で結果が変わることはなくても多くの票が集まることにより社会が変わるという考え方に似ています。あとは単純に、自分たちは次の世代に責任があると考えて気候変動を考慮するという人もいるでしょう。また、ユニバーサルオーナーが作り出す巨大なお金の流れに乗ろうとする戦略も、長期の戦略ならあり得ると思います。

いずれにせよ、個人がどのような投資を行うかは自由です。

よくある誤解

よく、気候変動を考慮しても株価指数(平均的なリターン、金融工学ではベータとよばれる)を上回るリターン(金融工学ではアルファとよばれる)が得られていないという人がいます。この主張は2つの点で間違っています。

まず、気候変動への取り組みは始まったばかりです。非常にうまくいったとしても30年、恐らくは今世紀中は対応に追われるでしょう。それくらい長い戦いの中で、今は、戦いのごく序盤です。結果が出る(アルファがでる)のはこれからでしょう。気候変動は単なる流行や短期的な投資テーマなどではないのです。

もうひとつの間違いは、気候変動の解決によって地球全体にかかるコストを下げようとしていることを理解していないことです。特定の企業のリターンが上がり、株価指数を上回ること(アルファがでること)を必ずしも目指していません。株価指数そのもの(ベータそのもの)を向上させようとしているのです。金融工学ではベータは外から与えられたもので投資家が決して変えることができないという仮定で構築されています。この仮定がないと計算が困難になるために与えられている仮定であって、普遍的な事実ではありません。金融工学を中途半端に理解していると、かえって、ユニバーサルオーナーが行っている投資戦略を理解できないのです。

まとめと今後のシリーズついて

気候変動は非常に深刻な問題で、すでに人間が住める場所が減り始めています。気候変動はまだ始まったばかりであり、100年単位で続く、長期的な問題です。そして、気候変動の問題は完全に経済問題です。人類が世代を超えて現在の豊かな生活を維持し、経済成長を維持するために、気候変動にいつ、どのようにコストをかけて対応するのか、これが気候変動の問題なのです。気候変動にうまく対応できないと経済が発展できなくなり、貧しい生活を強いられるのです。そして、解決できる力を持つ人たちと被害を受ける人たちが違うことが問題を難しくしています。

解決できる現代の世代、被害を受ける次の世代、これらを包括し、かつ、解決する力ももつものとして、世代を超えた長期の投資を行うユニバーサルオーナーがあります。地球全体の経済発展を享受するという投資戦略しかとれないユニバーサルオーナーは、気候変動が解決されないと経済発展が鈍り、リターンが得られなくなります。気候変動を解決する技術革新を後押しする資産配分を行い、気候変動を解決しリターンを得る、このような投資戦略を行っているのです。

ユニバーサルオーナーのように気候変動を解決する戦略しか取れない投資家もいれば、高速取引業者のように気候変動とは全く関係のない取引を行っている人もいます。個人投資家のように、気候変動と関係する投資戦略をとることもできれば、取らなくても良い人もいます。いずれにせよ、気候変動がリターンに関わるかは投資戦略によるのです。

これらのことを理解するためには、幅広い分野のある程度深い理解が必要です。今回のレポートでは概要のみ述べました。概要はすべて述べましたが、各論の詳細な点や根拠の説明は全く記載しなかったため納得できなかった方もいるかもしれません。今後、各論の詳細を以下の3回に分けて論じる予定です。

(1) 気候変動の科学的理解

(2) 気候変動を解決する技術的方法と社会制度

(3) ユニバーサルオーナーとその他の投資家の投資戦略

今回の概要を読んで全体を把握していただいたのちに、各論を読んでいただき、またこの概要に戻っていただければ、きっと理解が深まると思います。また参考文献として、気候変動と社会の制度設計の両方を深く解説することにより、気候変動の本質を包括的に理解できるほぼ唯一の良書*1と、ユニバーサルオーナーの投資戦を解説した良書*2および私のレポート*3をあげておきます。

確かに気候変動は今の世代にとっては大きな被害はないかもしれません。しかし、この問題を放置すれば、次の世代では今の世代のような豊かな生活はできなくなるでしょう。今の世代でも、この問題に取り組める余裕がない人たちも多くいます。もしこの問題に取り組める余裕があるのであれば、取り組むべき責任があるという考え方もあるのではないでしょうか。誤った理解で議論や活動を行うのは問題解決に貢献しないどころから混乱を助長します。まずはきちんとした理解をするために、本シリーズが少しでも役に立てば幸いです。


*1 アンドリュー デスラー、 "現代気候変動入門-地球温暖化のメカニズムから政策まで-"、名古屋大学出版会、2023

https://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-1130-3.html

*2 ジョン ルコムニク、ジェームズ ホーリー、"「良い投資」とβアクティビズム MPT現代ポートフォリオ理論を超えて"、日本経済新聞出版、2022

https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/22/09/12/00373/

*3 水田孝信、"アセット・オーナーが行っている投資:"悪環境期に耐える""ユニバーサル・オーナー"" 、 スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2019918

https://www.sparx.co.jp/report/detail/318.html


当レポートは執筆者の見解が含まれている場合があり、スパークス・アセット・マネジメント株式会社の見解と異なることがあります。

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