ニッポン解剖 ~日本再興へのメカニズム~ Vol.8「上場の意義を問い直す時」 | レポート | スパークス・アセット・マネジメント

スペシャルレポート ニッポン解剖 ~日本再興へのメカニズム~ Vol.8「上場の意義を問い直す時」

レポートのダウンロード(601.9 KB)


 2023年も終わりに近づく中で、「MBO」という言葉を各種メディアで目にする機会が増えてきたように感じます。MBOとは「マネジメント・バイアウト(Management Buyout)」の略称で、「経営陣による買収」とも訳され、企業の経営陣が既存の株主から自社の株式を買い取ることで経営権を取得することをいいます。株式市場に上場していることの意義が薄れた上場企業が、株式の非公開化(上場廃止)に踏み切るための手段として活用されることがあります。今回は、このMBOについて、そもそもの上場している意義と併せて、考えたいと思います。

 「当社はROE(株主資本利益率)を上げたくないとまでは言わないが、ROEは重視していません。それをご理解いただけない場合は、エグジット(売却)いただいて構いません」

 顧客から高い支持を受け、30%近い営業利益率を誇る消費財メーカーの経営者の言葉です。ROEは、経営効率の高さを表し、当期純利益を自己資本で除して計算します。同社の場合、フリー・キャッシュ・フローの創出力が高いため、堅牢な財務基盤を構築しています。一方で、企業のバランスシートに金融資産が累積していくため、貯めてきた資産を積極的に活用ないしは株主に還元しないと、自己資本が積み上がり、分母が大きくなることによってROEが低下する場合があります。資本収益性の悪化です。この点についての考え方を伺った際の先方企業経営者からの回答が、上記でご紹介した言葉です。

 なぜ投資家はROEを重視するのでしょうか。ROEとは、投資家が出資した資本に対して企業がどれだけの利益を上げているかを表す指標であり、会社が投資家の資本を効率的に活用できているかを測定することができます。「ROEは重視していない」ということは、すなわち、「出資者の利益は重要ではない」と言っているに等しいとも捉えることが出来ると思います。また、ROEが企業価値判断の全てではないという指摘もあります。筆者の私見になりますが、「ROEは血圧」に似ていると思います。血圧で健康状態のすべてを判断することはできないけれども、血圧が高ければ(もしくは低ければ)、何かしら問題を抱えている可能性があります。同じようにROEも企業価値のすべてを測ることはできませんが、会社の健康状態を知る重要なヒントになると思うのです。

 企業は株式市場に上場することによって、円滑な資金調達が可能となるほか、社会的信用や知名度の向上といったメリットが得られるとされます。株主が特定の少数者のみに限定された状態から、多数の株主に保有される状態に変化するため、特定の大株主にとっての利益のみを追求すればよかった状態から、株主共同の利益(≒ROE)の追求が求められる状態になります。そのため、上場のメリットと引き換えに、企業経営の自由度は一定の制限を受けることになります。これに対して、MBO等によって株式の非公開化を行えば、利害関係者が大幅に減るため、経営の自由度が高まり、大きな経営改革を行うことが可能となります。昨今の非公開化は、このような抜本的な経営改革を狙ったものが多いように感じます。また、本稿でご紹介した「ROEは重視していない」企業の場合も、既に十分に知名度と信用があり、資金調達の可能性も低いのであれば、株式の非公開化も選択肢としてあり得ると思うのです。過去に強い意識を持って行った上場を所与のものとせず、なぜ今上場している必要があるのかを常に考えながら、資本市場に向き合うことで、日本企業の価値が向上していくことを期待しています。

スパークス・アセット・マネジメント株式会社
チーフ・アナリスト 川部 正隆


当レポートは執筆者の見解が含まれている場合があり、スパークス・アセット・マネジメント株式会社の見解と異なることがあります。

レポートのダウンロード(601.9 KB)