スペシャルレポート 株式投資家のための気候変動の科学的理解
今回は気候変動の科学的理解を目指します
本シリーズでは全4回(予定)にわたって、株式投資で気候変動を考慮することに賛否があるのはなぜかを議論しています。前回の概要編*1に引き続き、今回から本格的な解説をしていきます。まずはそもそも、気候変動の科学的理解が必要です。この理解がないと、どれくらい長期間の課題なのか、どれくらいの経済的損失が見込まれるのか、解決方法にどのようなものがあるかなどが理解できません。この理解がないために、かみ合わない議論に遭遇することが良くあります。そしてそのようなかみ合わない議論が株式投資における気候変動の議論を難しくしています。
そこで第2回の今回は、気候変動の科学的理解を目指します。詳細な解説は参考文献にゆずり、ここでは、株式投資を考えるうえで必要最小限なことだけを述べることとします。
重要な科学的事実
先に重要な科学的事実をまとめておきます。
(1) 産業革命以降、人間の工業的な活動により二酸化炭素の排出が増加し、それが原因で気温が上昇し、ついに気候が変化し始めた
(2) その気候変化により、堤防やダム、灌漑、空調設備などがないと住めない場所が増えてしまい、人間の社会生活のコストが格段に引きあがる
(3) 上昇した生活コストがまかなえない貧しい地域ではすでに"気候変動難民"も出始めており、将来的には気候変動の影響が小さい場所の取り合いから "気候変動戦争"に発展するかもしれない
(4) 今から二酸化炭素の排出量を非常に頑張って削減し始めた場合(最も楽観的なシナリオ)、2030年までは全く削減努力をしなかった場合と全く同じように気温の上昇が続き、2040年までは上昇率はやや低下するも上昇自体は続き、2050年になってようやく、上昇が止まるかもしれない
(5) この最も楽観的なシナリオこそが2050年カーボンニュートラル(二酸化炭素排出量と森林などによる吸収量が同じ量となる)であり、カーボンニュートラルが達成されて初めて気温の上昇が止まる
(6) 一度大気中に排出された二酸化炭素の70%がなくなるのに500年という長い期間がかかり、現在の気温は産業革命以降排出された二酸化炭素の総量で決まっていると考えて良い
(7) 豊かな地域は多くの二酸化炭素を排出し、気候変動の被害を受けるのは二酸化炭素をあまり排出していない貧しい地域
(8) 気候が大きく悪化してしまう地域と、大きな影響を受けない地域があり、そもそもの気温の上昇も緯度の高い内陸部の上昇率が高く、赤道近くや島などでは上昇率が低い
(9) 世代を超えた長期間で考えると、今の世代がコストをかけて二酸化炭素排出量を削減するのがもっともコストが安いが、そのコストの恩恵を受けるのは次の世代であり、今の世代には恩恵はない
(10) 今コストをかけずに二酸化炭素排出量が維持されてしまった場合、2090年ころには社会生活に必要なコストが高すぎて経済成長ができなくなるかもしれない
参考となる文献
これらの各論に入る前に参考文献をあげておきます。まずは、米国テキサスA&M大学のアンドリュー・デスラー教授が2022年(邦訳版は2023年8月)に執筆した現代気候変動入門(邦題)です*2。この本は、気候変動の科学的な解説と気候変動問題を解決する社会制度の両方を解説した珍しい本です。実は、科学的な側面の専門家は社会をあまり知らなかったり、社会制度の専門家は科学的な側面をあまり理解していなかったりして、議論がかみ合わないことが多くあります。デスラー教授はその両方を専門とし、気候変動問題の"解決"の専門家と言えるでしょう。デスラー教授のような気候変動問題解決の専門家にとって常識となっていることを知ることが、気候変動を議論するうえでのスタート地点であると言えます。
気候変動に関して科学的な事実や予想を知りたい場合は、国際連合が設立したIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change, 気候変動に関する政府間パネル, 2007年ノーベル平和賞受賞)が発行する報告書がもっとも信頼できる資料です。2023年現在では第6次評価が最新版です*3。デスラー教授も多く引用していますし、本レポートでもここから多くの図を引用します。気候変動に関しての科学的事実を知りたい場合は、これだけを見れば良いと言い切れます。逆に言えば、気候変動に関して何か主張している人が、これを全面否定したり引用せず無視したりしていたら疑ったほうがいいとさえ言えます。なぜそこまで信頼性が高いのかはあとで述べます。
IPCC第6次評価報告書の邦訳はいくつかありますが、気象庁と文部科学省のものがおすすめです*4。また、この報告書の執筆陣の方々が解説するセミナーもよく開かれており、例えば、国立環境研究所が開いたセミナーではアーカイブを見ることもできます*5。IPCC報告書は執筆陣がとても多く、日本人にも多くの執筆者がいます。執筆者が話すセミナーなら安心感があると思います。また一般向けの科学雑誌ニュートンでもこの報告書を解説した別冊を出しています*6。ビジュアル的に分かりやすいので初心者におすすめです(IPCC報告書の執筆者が監修をしています)。
本レポートの目的は株式投資において気候変動を考える際に必要最小限の気候変動の科学的理解を得ることです。全般的に知りたい方は上記の文献を読むことをお勧めします。本レポートには上記の文献に出てこないオリジナルの話はありません。
地球の気温はどうやって決まっているのか?
気候変動は地球温暖化によってもたらされます。地球温暖化とはその名の通り、地球の気温が上昇することです。その仕組みをまずは理解しましょう。そのためには地球の気温がどうやって決まっているかを理解するのが早いです。気象庁のホームページ"日射・赤外放射 さらに詳しい知識"にある図を使って説明します*7(図1)。
太陽からの光(日射)は一部大気中のちりなどにより反射されますが、残りは地面に到達します。これにより地球は温められます。すべての物体は少しでも温度があるとその温度に応じて電磁波を発します。地球の場合は赤外線を放出しています。赤外線はそのまま宇宙に放出される部分もありますが、一部は大気中に存在する水蒸気や二酸化炭素などの温室効果ガスに吸収されます。温室効果ガスも赤外線を放出しますが、それは四方八方に放出されます。そのため、地上に戻ってくる赤外線もあり、再び温めます。この再び温めることにより地球は温室効果ガスがない場合に比べて温度が上がります。そのため温室効果ガスとよばれているのです。
このようなエネルギーの出入りがあり、これらが釣り合うところで地球の気温が決まります。温室効果ガスが全くない場合の平均気温はマイナス18度とものすごく寒くなります。温室効果ガスがものすごく大量にあり地表から出る赤外線をすべて吸収する場合の平均気温は30度と灼熱の世界となります。温室効果ガスの量が適切な量だからこそ、平均気温15度となり、現在人間が暮らしていける環境となっているのです。
温室効果ガスの中でも二酸化炭素が重要な理由
温室効果ガスにはさまざまなものがありますが、二酸化炭素がもっとも重要です。これはもともとの量や増えている量が最も多いからではありません。一度増えると、もとに戻るまでに非常に長い時間がかかり、なかなか元に戻らないからです。一度大気中に放出された二酸化炭素の70%が海に溶けたり地中に吸収されたりするなどして大気中からなくなるには約500年かかります。そして1万年たっても14%も残っているのです。
18世紀終盤から始まった産業革命により人類は化石燃料(石炭や石油など)を燃やし、二酸化炭素の放出量を増やしてきました。その時に出た二酸化炭素はまだ大気中にあるのです。そして、現在でも二酸化炭素を多く放出し、どんどんその濃度は増えていっています。
化石燃料はもともと、動物や植物などが炭素を抱えた状態で、地中で化石になったものです。文字通り化石ですので、数百万年かけて形成されたものです。そのような数百万年という時間スケールで地中にたまったものをわずか200年弱で大量に掘り起こし、含まれていた炭素を二酸化炭素として大気に放出してしまったわけです。放出してしまった二酸化炭素が70%減るにも500年、すべて化石燃料に戻るためには数百万年かかるのです。人類の有史以来の長さを考えれば、放出された二酸化炭素はほぼ永久に大気中に存在し続けると考えるべき存在なのです。
そして、先に述べたように増えた二酸化炭素の分だけ気温が上昇します。そして、一度増えた二酸化炭素はなくなりません。今この瞬間から大気中の二酸化炭素を一切増やさなかったとしても、気温が下がることはないのです。不可逆的な現象であると言えます。
IPCCが示す最大の原因はやはり二酸化炭素
化石燃料の燃焼がどれくらい気温を上昇させたのでしょうか。図2はIPCC第6次評価報告書*3が示した気温の推移です。黒い線が実測値で、2020年には産業革命以前より1度程度上昇してしまっています。オレンジと緑の線はそれぞれ人類起源の気温上昇、つまり化石燃料の燃焼があった場合と、なかった場合のシミュレーション結果です。オレンジと緑で塗りつぶされている部分はシミュレーションの誤差です。実測は、化石燃料の燃焼があった場合とよく合っていて、誤差を考慮しても化石燃料がなかった場合とは異なると言えます。このため、化石燃料の燃焼が気温上昇の原因であると分かるのです。
図3は2010年から2019年の気温上昇の要因分解です。二酸化炭素とメタンの2つの温室効果ガスが気温を上昇させていることが分かります。メタンも問題となる温室効果ガスですが、二酸化炭素よりも減少が速いため二酸化炭素のほうが問題であると言われています。
気温を減少させる物質もある
同じく人類が放出した二酸化硫黄によって気温が減少しています。これは大気汚染の原因物質で、これが増えることにより太陽からの日射の反射量が増えることが分かっています。実は大気汚染がひどかった1940年代から1970年代中盤までは、この反射量が増えたため気温はあまり上昇しませんでした。このことも気候変動の議論を難しくしました。というのも、この期間だけを見ると温室効果ガスの排出と気温の上昇に関係がないように見えてしまうからです。
実は、日射の反射を増やすような物質をあえて上空にばらまき、気温上昇をおさえることも検討されています。この方法は大気汚染を回避しつつ現実的に実行することができることも分かっていて、気候変動問題"解決"の専門家たちの間では検討されています。しかし、気温以外の気候にどのような影響を与えるか分かっておらず二酸化炭素排出削減に比べ大きなリスクが伴います。なので、今のところは最終手段と考えられています。
地球環境の専門家たちは地球環境を守る、人間によって変化させないことを良いとする考えに陥っている人が多いので、この太陽からの日射の反射量を増やす方法はとんでもないと思われています。しかし、気候変動問題の"解決"を真剣に考えている専門家たちの間では検討されているのです。目的はあくまでも人類が豊かな生活を継続させることであり、地球環境を変えないことではないからです。このことも気候変動の議論を難しくしていますが、この点は次回のレポートで詳しく述べたいと思います。
気候変動は"気候変動難民"を生む
気温が上がったところでそんなに困ったことが起こるだろうかと疑問に思うかもしれません。実際に以前は、地球温暖化は本当に良くないことなのか議論されていました。しかし、人類にとって悪いことが多いということが分かってきました。IPCC第6次評価報告書*3では、産業革命前から2度上昇した場合、10年に一度くらいしか起きない異常な高温が5.6倍起きやすくなり、大雨は1.7倍、干ばつは2.4倍になると予想しています。もっと分かりやすいところで、海面が上昇し、水没する地域が現れます。
しかもこれらは地球全体に一様に起きるわけではありません。もともと乾燥している地域はより乾燥し、もともと湿っている地域はより湿るだろうと言われています。人類にとってちょうどいい気候の場所が減ってしまうのです。そして、そもそもの気温の上昇も緯度の高い内陸部の上昇率が高く、赤道近くや島などでは上昇率が低いと言われています。すでに一部の貧しい地域では気候変動のせいで住めなくなり、多くの人が住み慣れた土地を離れるという"気候変動難民"ともいえる事態も発生しています。
気候が変わっても生きてはいけるが
高温は冷房で、大雨は堤防やダムで、干ばつは灌漑、海面上昇は堤防で対応できると思うかもしれません。確かにそうです。確かにそうですが、大きなコストがかかります。そのコストと、今、二酸化炭素排出を減らすのと、どちらの方がコストが安いのかという議論が必要なのです。そして、二酸化炭素をあまり排出してない貧しい地域はこのコストを負担できずにその地域に住めなくなり、二酸化炭素を多く輩出している豊かな地域はコストをかけて住み続けることができます。図4で示されているように、二酸化炭素排出量が少ない地域に限って気候変動に対しての脆弱性が高くなっています。
気候変動にはこのような不公平が存在するのです。二酸化炭素を排出ている豊かな地域と、被害を受け住めなくなる貧しい地域が違うことが、論争を巻き起こしてしまいます。
科学的に確定的になったのは2007年以降
IPCCの報告書は1990年からこれまで6回出されていますが、人間の活動が原因で気温が上昇する可能性について触れたのは2001年の第3次からで、その時はまだ「可能性が高い」(66%以上)と確定的ではありませんでした*8。その後、2007年の第4次に「非常に高い」(90%以上)となり、このころになってようやく、これまでに述べてきたようなことが確実視されました。そして2013年の第5次に「極めて高い」(95%以上)、今回の2021年の第6次で「疑う余地がない」となったのです。
気候変動の話はかなり昔からあったのになぜ今になって本気で取り組み始めたのか不思議に思う方も多いかもしれませんが、気候変動が科学的に確実視されるようになったのは意外に最近なのです。それほど、科学的解明は難しいものだったのです。
もう一つの理由としては、このころになってようやく、最近の気温上昇が誤差では説明できなくなってきたというのもあります。図2をよく見ると2000年代後半になって初めて、オレンジと緑が重ならなくなりました。今年はたまたま暑いだけと言えなくなってきたのがこのころなのです。多くの人々が気温上昇や豪雨や干ばつなど極端な現象を経験した結果、気候変動を事実として受け入れ始めたというのもあるでしょう。コストがかかる対応は、実際の被害が起きるまでは始められない傾向にあります。洪水が起きてから初めてダムや堤防を作り始めるということはよく見られる現象です。そして、繰り返し起こる大気汚染などの公害や洪水などの自然災害と違い、恒久的でただ一度だけゆっくりと変化するのが気候変動です。
本格的な気候変動はこれからであり、本格的な被害はまだ誰も経験していません。しかし、被害が出始めてからでは対応は遅いかもしれないのです。そして、決して元の状態に戻すことができません。本格的な被害を経験する前に大きなコストをかけて対応する必要があり、このことが議論を難しくしています。
国際的な対応策の議論も2010年代からようやく始まります。もっとも大きな転機は2015年のパリ協定でしょう。こちらは次回のレポートで詳細を述べますが、この2015年以降から国や国際機関が本格的な議論を始め、株式投資においても議論が始まりました。気候変動に詳しくない人にとっては、急に始まった単なる一時的なブームに感じていたかもしれませんが、ここまで読んでいただいて分かるように、気候変動の問題は少なくとも今世紀にわたって議論すべき長期的な課題なのです。
気温上昇の予測
第6次IPCC*3では、今後の気温上昇の予測も提示しています。さまざまなシナリオのもとに予測していますが、主要な5つのシナリオについてグラフを示しています。図5はその5つのシナリオでの二酸化炭素の排出量を示しています。現在、先進国では二酸化炭素の排出量が少しずつ減っていますが、発展途上国のうち経済発展している地域では排出量が増えています(コロナ渦で一時的には減っていましたが)。これを合計すると増加傾向にあったと言えます。それを踏まえて5つのシナリオを見ると、濃い赤のSSP5-8.5は今後も非常に増えていくケース、赤のSSP3-7.0は今後も増えていくケース、黄色のSSP2-4.5はなんとか上昇をおさえて、2050年以降、減少に転じるケース、青のSSP1-2.6はすぐに減少に転じ、21世紀終盤にカーボンニュートラル(二酸化炭素排出量と森林などによる吸収量が同じ量となる)を達成した場合、水色のSSP1-1.9が2050年にカーボンニュートラルを達成する場合です。パリ協定では多くの国が水色を目指しており、日本もその一員です。
さて、各シナリオが今後どのような気温上昇になるのかを見てみましょう。図6がその結果です。まず注目されるのは、どのケースにおいても2030年までは全く同じように気温の上昇が続き、2040年まではシナリオによっては上昇率がやや低下するものの上昇自体はいずれのケースも続くということです。カーボンニュートラルは急には達成できないので、しばらくの気温上昇は避けられません。これはすでに引き受けてしまった気温上昇と言えるでしょう。
そして、水色のシナリオでようやく2050年ごろに気温の上昇が止まります。先に述べたように産業革命以降に排出したすべての二酸化炭素の量で気温が決まります。カーボンニュートラルを達成して初めて、気温の上昇を止めることができるのです。二酸化炭素の排出量が、自然界が吸収できる二酸化炭素の量を大幅に下回って初めて、気温が減少し始めるのです。産業革命前の状態に戻すことがいかに難しく、そして、いかに時間がかかるか分かるでしょう。水色のシナリオでも2100年まで現在より暑い状況が続きます。
気温の上昇を1.5度までにおさえなければ気候変動の影響はとても大きくなってしまうともいわれています。上昇を1.5度までに抑えるためには、あとどれくらい二酸化炭素を排出できるかという排出バジェット(予算)が計算できるのですが、すでに83%のバジェットを使い切っていて、あと17%しかありません。状況は緊迫していることが分かる数値だと思います。一方で、2050年までのカーボンニュートラルは非常に難しいという意見も多く出ています。何か大きな技術革新、何か大きな社会制度の工夫、それらが今、人類に求められているのです。
今の世代の削減努力が重要だが今の世代に恩恵はない
これから人類がどのような努力をしても・しなくても2050年ごろまで気温上昇は続くというこの事実は、気候変動問題の議論を難しくしています。
図7を見てみましょう。1950年代に生まれた人は先進諸国を中心とした高度経済成長の時代に生きた人たちでもっとも二酸化炭素を排出した世代と言えるでしょう。現在70代で、1℃の上昇を経験しています。1980年代に生まれた人たちは、現在40代で、まさに、二酸化炭素削減努力を最もしなければならない世代です。しかし、70代になる2050年になっても、その努力量による結果の差は少なく、努力が報われない世代となります。一方、2020年代に生まれた人は、過去の二酸化炭素の排出に責任はないし、現在の削減努力にも寄与しませんが、70代になったときの気温上昇にはシナリオごとに大きな差があります。
つまり、現代の現役世代の削減努力が最も重要である一方、その努力の恩恵を受けるのは今生まれたばかりの世代です。現在の現役世代が、今生まれてきた次の世代が70代になった時よりも今のほうが大事だしそんな先のことにコストをかけられない、と考えても不思議ではありません。実際にそういう考え方の人はいますし、そういう政治勢力が存在します。現在には現在なりの気候変動以外の大きな問題が山積していて、気候変動どころではないという考え方もあるでしょう。
一方で今生まれた世代からすると、現在の現役世代が努力しなかったせいでひどい目にあってしまうともいえます。現在の現役世代がこの問題を放置すれば、今生まれた世代は今の世代のような豊かな生活はできないかもしれません。大きく変動してしまった気候に対応するために大きなコストがかかり、経済成長どころではなくなってしまうからです。
気候変動戦争
もっと言えば、安く住める場所の取り合いなどで戦争に発展するかもしれません。気候変動戦争ともいうべき事態もあり得るのです。日本は島国で、気候変動が大きい大陸の内陸部に比べ被害が小さいので、気候変動の深刻さが実感できない人も多いかもしれません。しかしだからこそ、比較的住みやすい環境が維持される日本は気候変動戦争で狙われる地域になるかもしれません。影響が少ないからと言って他人事にはならないのです。
市場の失敗
市場とは、個々が最適だと思う行動が人類全体の最適になっていなければなりません。しかし残念ながら現在は、今の現役世代は二酸化炭素削減のコストをかけない方がこの世代にとっては経済的に報われ、その被害は努力をする機会がない今生まれてきた世代が被る状況です。このように気候変動の問題は、現在の市場の仕組みではうまくいかない、いわゆる、「市場の失敗」状態になっています。だからこそ、市場が解決すべき問題であり、経済の問題なのです。これについては次回詳しく述べます。
IPCC報告書の高い信頼性
最後に、なぜIPCC報告書*3がもっとも信頼でき参照すべき文献なのか、そして、気候変動懐疑論者がなぜ存在し、どのような詭弁を用いているのかを述べます。実はこの論点はデスラー教授が多くのページを割いて論じています*2。それほどこの点は、気候変動の科学的理解をするうえで重要なことなのです。
IPCC報告書は自然現象についてまとめた第一作業部会の報告書だけでも、66か国から200人以上の専門家が参加し、約1万4000本の論文が引用され、約7万3000件の査読コメントがよせられ、そのすべてのコメントと対応が公開されています。執筆陣の選定は各国の推奨によって行われ、特定の国の利害にあう研究者に偏らないように工夫されています。地球上のトップ研究者を偏りなく集め、皆が合意できることだけが書かれている、それがIPCC報告書なのです。
このように過剰とも思えるほどに慎重に作られたのがIPCC報告書なのです。他の分野ではなかなかここまでの人と労力をかけて作られる報告書は見当たりません。なぜ、気候変動についてはここまでしなければならなかったかというと、気候変動という問題の重大性と、否定すること自体を目的とした気候変動懐疑論者の存在です。
否定ありきの気候変動懐疑論者
気候変動の重大性はここまで述べてきた通りなので、気候変動懐疑論者について述べます。これは主に米国の話ではあるのですが、既得権益を守るだけのために、明らかになってきた科学的事実を、詭弁を使って否定する集団が存在します。古くはタバコの健康被害を否定し、その後も、オゾン層を破壊するオゾンの有害性、酸性雨の有害性などを否定してきた集団です。そして今、そして気候変動や地球温暖化を否定しています。
米国ではこのような行為が職業に近い形で存在していて、同じようなメンバーがこのような有害な活動を続けています。カーボンニュートラルを目指されると困る産業(もちろんそれに適応してチャンスに変えることができるはずなのですが)はありますし、今の仕事を今のやり方で続けようと抵抗している人たちがいるのです。
その手法は、デスラー教授の本でかなりのページを割いて述べています*2。それほど、この集団との戦いが気候変動解決において重要なのです。ここでは代表的な手法だけ書いておきましょう。そして、これを読んでいるみなさまはこのような手法に決して騙されてはいけません。
まず、気候変動懐疑論者は気候変動に疑問を投げかけているごく少数の専門家を見つけ出して、多くの専門家が気候変動を確信していることを隠して、未だ専門家の間でも論争があるかのように見せかけます。そして、気候変動が起こっていることを示す膨大なデータがあることを隠し、ごく少数の例外だけを取り上げ、疑問を投げかけます。そしてこのような疑問があるのに、メディアは取り上げない、気候変動が起きているとする専門家の意見ばかり取り上げていると疑問を呈します。気候変動に懐疑的な専門家がごく少数のためメディアの対応は当然なのですが。このように疑問を投げかけ論争があるかのような印象を作ることに注力する一方で、気候変動が起きていないという直接の証拠を、多くの専門家が査読し検証可能な形で論文として出すことは決してしません。できないからです。
過激な自然保護論者とも戦い
一方その反対側で自然は絶対守るべきという、これまた極端な思想も生まれました。この極端な思想の中では人間の生活を犠牲にしてでも自然を守るべきという本末転倒な主張すら見られます。
気候変動懐疑論者と過激な自然保護論者の両方と戦う気候変動"解決"の専門家
詭弁と極端な思想の不毛な戦いの中で、今生まれた世代の豊かな生活を守るため、気候変動問題"解決"の専門家たちは両者と戦うべく苦労しているのでしょう。そのため、どのような観点で見ても否定のしようがない、徹底的に客観的で科学的な報告書が、気候変動に関しては必要になったのです。そうして、IPCCが生まれました。
IPCC報告書が完全無欠だとは思えませんが、これ以上ないメンバーが集まって時間をかけて作成されているため、これを超えるものを現在の人類が作れるとも思えません。なので、気候変動の科学的事実を知りたい場合、IPCC報告書が最も信頼できます。解説を聞くならIPCC報告書を多く引用しているものや、IPCC報告書の執筆者が話すものが良いでしょう。IPCC報告書を全く参照しない解説や全面的に否定する解説は疑うべきです。
まとめと次回以降のレポート
気候変動は非常に深刻な問題です。地球温暖化とも言われますが、気温上昇は被害の1つでしかありません。温暖化がもたらす、干ばつ、熱波、洪水、山火事および気象の極端現象(これまで数十年に1度くらいしか起きなかった高温や低温、豪雨や乾燥などの頻度が増えること)こそが深刻であり、これらにより人間が住める場所が減り始めています。気候変動への対応が遅れれば人間が住める場所が減ってしまい、気候変動難民が生まれ気候変動戦争が起こるかもしれません。人類が世代を超えて現在の豊かな生活を維持し、経済成長を維持するために、気候変動にいつ、どのようにコストをかけて対応するのか、これが気候変動の問題なのです。
気候変動に対応する目的は、経済成長を維持するためです。地球環境を守ることそのものが目的ではありません。気候変動にうまく対応できないと経済が発展できなくなる、貧しい生活を強いられる、というのがこの問題の正しいとらえ方です。なので、気候変動の問題は、完全に経済の問題であり、非常に深刻な経済問題なのです。
今回は気候変動の科学的な事実を、株式投資において必要な部分に絞って解説しました。100年単位の長期の課題であることを理解しておくことが、株式投資との関係を考えるうえで最も重要です。気候変動を解決するには、技術的側面と社会制度的な側面とあります。次回のレポートではこれらを解説します。どちらかと言えば社会制度的な側面の解説が中心になるでしょう。そして最終回である次々回のレポートで、本題である株式投資と気候変動の関係や、気候変動問題の解決を後押しすることそのものが投資戦略となる投資家が存在することを説明します。
誤った理解で議論や活動を行うのは問題解決に貢献しないどころから混乱を助長します。まずはきちんとした理解をするために、本シリーズが少しでも役に立てば幸いです。
*1 水田孝信、"株式投資で気候変動を考慮することに賛否があるのはなぜか?[概要編]"、スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2023年10月23日
https://www.sparx.co.jp/report/detail/1229.html
*2 アンドリュー デスラー、 "現代気候変動入門-地球温暖化のメカニズムから政策まで-"、名古屋大学出版会、2023
https://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-1130-3.html
*3 "AR6 Assessment Reports", IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)
https://www.ipcc.ch/reports/?rp=ar6
*4 "IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 暫定訳"、 文部科学省・気象庁
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar6/index.html
*5 "IPCC・AR6統合報告書オンラインイベント「執筆者と深掘り!気候変動の最新知見と、これから」"、 国立環境研究所 社会対話・協働推進オフィス、 2023
https://taiwa.nies.go.jp/activity/event2023_0327.html
*6 "ニュートン別冊 地球温暖化の教科書"、 ニュートンプレス、 2022
https://www.newtonpress.co.jp/separate/back_astronomy/mook_220505-3.html
*7 気象庁、"日射・赤外放射 さらに詳しい知識"
https://www.data.jma.go.jp/env/radiation/know_adv_rad.html
*8 江守正、"より精緻な科学的知見を提供−IPCC第1作業部会第6次評価報告書概要−"、 地球環境研究センターニュース、 Vol. 32 No. 8、 国立環境研究所、 2021
https://cger.nies.go.jp/cgernews/202111/372001.html
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