コメ市場と電力市場の問題点-価格安定化で失ったこと | レポート | スパークス・アセット・マネジメント

スペシャルレポート コメ市場と電力市場の問題点-価格安定化で失ったこと

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価格が毎日変動するから株式投資は嫌だというが

しばしば、価格が毎日、しかも大きく変動することがあるため、株式投資は嫌だと言う人がいます。安定化してくれればいいのにと言ったりもします。しかし実は、株式以外のいくつかの取引市場では、価格が大きく変動すると多くの人が困ったり、命に関わったりするため、価格の安定化が試みられていることがあります。しかし、それらの価格安定化を行ったために、副作用が発生したり、取引市場がうまく機能しなかったりすることもあります。価格の安定化によって、他の何か大事なものを失ってしまうことがあるのです。そのため、株式の取引市場では安定化させることはあまりないわけです。価格変動を引き受けることによって多くの副作用を避けているのです。

ここでは、コメと電力を例に価格の安定化によって失ったものを見ていきます。両取引市場の何が特別なのか、なぜ価格安定化をしなければならないのか、そして、どんな問題があるのかを述べます。もちろん、両取引市場ではよりよいルールや制度設計を議論中です。私は両取引市場については専門外ではありますが、専門外だからこそできる示唆もあると思います。株式の取引市場と比べた両取引市場の特徴を最後に述べます。

コメは特別なのか?

多くの農産物は取引市場が存在し、そこで需給やファンダメンタルに基づいた価格が決定され、取引が行われています。そして、株式と同じように先物取引も行われています。農産物や原油などの天然資源などの先物を商品先物と呼びますが、商品先物だけを組み合わせた投資戦略を行うファンドもあるくらいです。しかし日本においてはコメだけは取引市場が特殊なのをご存じでしょうか?

コンビニに行くとさまざまな種類の食品が売られています。おにぎりのコーナーと同じくらいの大きさでパンのコーナーがあり、コメが特別だとは思えないかもしれません。しかし、コメの取引市場だけが特殊で、先物取引も20247月現在行われていません*1。コメの取引市場が特殊である理由は長く複雑な歴史的な経緯にあります。少し長くなりますが正しく理解するため、コメの取引市場の歴史を振り返ります。

江戸時代、コメは特別だった

江戸時代、コメはお金のような機能を持っていました*2。税金(年貢)もコメで納めていましたし、藩の規模を示す単位も石高(コメの量)でした。コメの預け証がお金のように使えたともいわれています。食事も大部分がコメで、コメなしの食事など考えられない時代でした。

コメが特別なものであるからこそ、大坂ではコメの取引市場が発達し、先物取引も行われていました*3*4。しかし、明治時代になると扱いが一変します。

明治時代、コメにも貨幣を軸とした市場主義の導入、しかし問題発生

ここからはコメの取引市場と食料政策の歴史を議論した書籍*5を参考に、コメの取引市場の歴史をごく簡単に見てみましょう。明治時代になり西欧列強に追いつくため、貨幣を軸とした自由な市場主義が導入されます。コメも例外ではなく、地租改正によりコメはお金の機能を失う一方、円という通貨単位で価格がつけられることになりました。

しかし問題はすぐに起きました。年貢に使われなくなったため、品質のばらつきが大きくなったのです。まだまだ食事の大部分がコメだった時代、この品質のばらつきは人々の生活を混乱させ苦情が多く出ました。そこで、県ごとに品質検査を行うことにより市場へ介入することになりました。品質が均一になると今度は投機の対象となり、先物市場の価格が不安定になりました。

そして、第一次世界大戦では、食料の確保が勝敗を分けるほど重要であったことが分かり、世界各国で農産物の取引市場への介入が行われました。日本では政府がコメの取引市場にますます介入することになります。

通常、自由な取引市場で決定された価格は生産量を決める重要な情報となります。安くなれば農家は作る量を減らし、高くなれば作る量を増やします。そのため、戦争に備えて供給量を安定化しようとするならば、価格が安くならず、安定している必要があります。価格が安定すれば農家が作る量を減らすこともなくなるからです。

大正の米騒動から太平洋戦争、配給制の開始

その後、大正のコメ騒動が起きたり、農村の景気悪化が遠因の1つともいわれた五・一五事件が起きたりします。コメの価格安定化は暴動や内戦を防ぐために必要であるという意見が出て、介入を強化します。

その後、太平洋戦争が始まってしまいます。供給の安定が最重要となるわけですが、これまでの介入強化により、比較的スムーズに完全な配給制を達成できました。取引市場はなくなり、政府がコメをすべて買い取って、政府が配るという制度です。コメの取引市場は消滅しました。

取引市場が消滅すると、政府が決めた価格のみとなり、当然その価格は、需給やファンダメンタルに基づいたものではなくなります。需給の状況が分からなくなると適切な在庫量も分からなくなり、流通も民間だけでは行えなくなります。配給制度では、政府はコメの買い付けだけでなく流通も担う必要があるのです。

配給制の限界と闇コメ

太平洋戦争中盤まではこれがうまく機能し、コメが安定供給されました。しかし終盤になると供給が足りなくなっていき、高くてもいいから買いたいという人が現れ、産地から勝手に運び、高く売るものが現れました。闇コメです。政府が買い取る価格と闇コメの価格という2つの価格が出現し、闇コメの価格が需給を反映した価格とみなされるようになりました。

このように取引市場は政府が管理しようとしても、需給に基づく価格から大きく離れた価格で管理していると、需給に基づく価格で取引される市場が自然発生することが知られています*6。これは人類の歴史の中で多くの事例があります。

そして戦争が終わると、コメの供給はますます足りなくなりました。社会は混乱し闇コメが多く流通するようになりました。闇コメの価格は大きく上昇しました。しかし、政府はこれに対抗するためコメを高く買い取り続け、配給だけで需要を満たそうと増産の手助けをしました。これらは大きな財政赤字をもたらしますが、粘り強く行った結果、闇コメも減っていき価格も政府の買い取り価格に近づきました。

そこで政府はコメの取引市場への介入をやめ、自由な取引市場に戻す計画を立て始めました。しかし、当時のGHQは冷戦の始まりを警戒し、介入を続けるように要請しました。米国はあるかもしれない次の戦いに備えるべきと考えていたようです。

高度成長後も介入がやめられない

1950年代も後半にもなるとコメの供給不足の問題はなくなりましたが、自由な取引市場になかなか戻せません。理由は、先に述べた配給制度によって失った機能を回復させるのが容易ではなかったからです。つまり、長い間失われていた市場原理による取引市場や流通網などの再構築が容易ではなくなっていました。

さらに、長い間の政府の介入により、コメ農家は経営者であるという自覚を失い、政府に雇われた労働者であると考えるようになりました。コメ農家は自由な取引市場に対して、自由で儲けるチャンスが生まれると考えるよりも、政府が安定して買ってくれなくなり凶作や価格下落のリスクを負わなくてはならないという、負の側面ばかりに注目するようになりました。そのため、コメ農家自身が自由な取引市場に戻すことに反対したのでした。

1960年代になると、政府が米国で余った小麦を安く買ったことにより、食料は十分に供給されコメ以外も多く食べるようになり、コメは特別な存在ではなくなりました。しかし、1970年代になりコメが余っても、政府はコメの取引市場に介入し続けるしかありませんでした。当時は冷戦が続いていて政府が食料確保をまだ重要視していたこともありますが、長く続いた制度の変更には大きな困難があったのでした。もともと生産量を確保するために始まった介入ですが、介入によって生産量を減らして価格下落を防ごうとするという、何のための介入か分からないという意見も出ました。

ついに介入は緩和されるが

1989年のベルリンの壁崩壊、1991年のソビエト連邦崩壊を経て冷戦が終結し、国際的に食料品の貿易自由化の議論も始まり、日本でもコメの取引市場の自由化の議論が進みます。1995年には、これまでの政府が完全に管理する制度がようやく改められ、緩やかな介入にとどまる制度に変更されました。以前に比べ介入が少なくなったとはいえ、コメはまだ特別な管理下に置かれたままです。その後2004年には、介入は流通業者の届け出制や緊急時の政府備蓄などに限定され、より自由化しました。しかしその歩みは遅く、例えば後で詳細を述べる先物に関しては、一度は復活したものの再び上場廃止になるなど、現在に至るまでコメは特別な扱いのままです。

そして現在、米中の対立やロシアによるウクライナ侵略などにより国際的な緊張が高まっているうえ、コメ農家の高齢化や後継者不足、食料全般の自給率の低下により、再び食料確保が議論され始めています。日本人の食事でコメはすでに特別ではないとしても、歴史的経緯から有事の際の食糧確保のためにコメだけには介入を続ける、というのは自然な考え方かもしれません。とはいえ、地租改正直後から続く150年以上にわたるコメの取引市場への介入は、市場原理から遠く引き離し、変更しづらくしてしまいました。政府の介入は続けたとしても、現在の制度が良いとは言えず、よりよい取引制度を目指した議論が続いています。

続かなかったコメの先物市場

初めに述べたように食料品に限らず資源などを含めた商品は、通常、先物市場が存在します。先物市場は商品の自由な取引を支える重要な機能です。ところが、日本のコメは20247月現在、この先物市場さえ存在しません。いったいなぜそのようなことになってしまったのでしょうか?

江戸時代にはコメの先物取引が行われていました*3*4。他の食料品では先物取引は行われておらず、重要で主食であるからこそ先物取引が行われていたのです。しかし現在、多くの食料品が先物取引されているのに対し、コメのみが行われていません。

先物取引とはある将来時点での取引価格を現時点で決めるものです。将来の天災などのリスクを回避するために先に価格を決めることができることから、生産者にメリットがあります。また、その将来時点までに反対売買をすれば実際の商品の受け渡しは発生しないため、商品の受け渡しができない農業関係者でない人でも参加できるため、多くの人が価格決定に参加できます。この多くの人が価格決定に参加できることが重要であり、これにより需給やファンダメンタルに基づく価格が見つかるわけです。このように自由な取引市場において、先物市場が果たす役割は重要です。先物市場がないと需給に基づく価格が分からず、自由な流通にも支障を生じます。

先物市場が続かなかった理由:150年以上にわたる市場原理からの引き離し

江戸時代から続いていたコメの先物市場は、太平洋戦争開戦前に閉鎖されました。政府の全面的な介入により需給やファンダメンタルに基づく価格で取引は行われないことから、その価格を探す先物取引とは両立しなくなったためです。その後、自由な取引市場に戻すゆっくりとした改革が進む中で、2011年にようやくコメの先物市場が復活します。しかし、2021年にふたたび取引が終了します。

続かなかった理由を当時のニュース記事*7を参考に述べます。簡単に言えば取引に参加する人が少なかったためです。流動性が低かったということです。流動性に関しては過去のレポート*8で詳しく解説していますが、簡単に言えば取引の容易さのことで、これが低いと需給やファンダメンタルに基づかない価格で取引せざるを得ない場合が出てきます。取引市場があることによりかえって需給に基づかない価格での取引が行われてしまうのです。

半数以上の取引参加者が価格決定に参加しないと市場は機能しない

では、なぜ流動性が低かったのでしょうか?コメは今でも多く消費されていますし多くの取引があるはずです。他の食料品の先物に比べて取引が少なかったのは奇妙に思われるかもしれません。実は、コメの流通はJAグループ(農業協同組合のグループ)が半数ほどをしめています*9。そのJAグループが先物取引に参加していなかったのです。JAグループはその前身の組織が、政府が介入する流通の実行役を実質担っていたこともあり、取引市場の自由化が進む中でも歴史的経緯から流通の多くを担っています。今でも半数程度のコメの価格はJAグループが単独で決めていると言えるでしょう。まさに150年以上にわたる市場原理からの引き離しの結果、生まれてしまった状況です。

実は、半数以上の取引が、みんなで価格決定を行う取引市場に参加しない場合、需給やファンダメンタルに基づいた価格にならない場合があることが、私の研究で分かっています*10。この研究は株式市場について行った研究ですが、取引市場という意味で同じ現象が起きていると考えられます。実は電力市場でも同じ理由で似たような現象が起きているため、この現象の詳細を述べる前に電力市場についてみていきましょう。

日本の電力の歴史

日本で電気が使われるようになったのは明治以降で、発電所をもつ多くの民間企業が電気を供給していました。競争は激しく、多くの新規参入と統廃合が繰り返されました。しかし、太平洋戦争が近づくにつれて、電力の安定供給のため政府の管理下に入りました。戦後は、基本的に自由な取引市場にするため電気の供給は民間企業が行うこととなりましたが、安定供給、価格の安定のため規制が厳しい状況が続き、地域ごとにある大手電力会社が独占的に担うこととなりました。

コメと同様に非常にゆっくりと取引市場の自由化が進んでいましたが、2011年に大きな転機が訪れます。東日本大震災の影響で原子力発電所が被災し、電力が足りなくなったのです。この出来事をきっかけにようやく取引市場の自由化の意見が多くなります。取引市場を自由化して電力会社の新規参入を増やし、電力供給を増やそうとしました。

電力の取引自由化の目的と難しさ

一方で、自由な電力取引と安定供給とには相反する部分もあり、その制度設計が難しいことでも知られています。例えば2001年、米国カリフォルニア州で自由な電力の取引市場を創設した結果、大規模停電が発生し、価格も大きく上昇したことが知られています*6

基本的に電力は貯めることができません。発電した瞬間に使わないといけないのです。電気をためる蓄電池もありますが、まだまだ大規模に貯められるほどにはありません。このことが株式やコメなどの食料品と大きく異なる点であり、取引市場の制度設計を難しくしています。電力は一瞬でも不足すると停電につながり、言うまでもなく大きな社会的損失が生まれるため、安定供給が必要です。しかも、価格の大きな上昇も人々の生活に大きな影響を与えてしまいます。株式は他の銘柄に変えるとか、コメはパンに変えるとかできますが、電力は変えるものがありません。電気がないからガスに変えるとはできないのです。そのため、供給の安定と、価格の安定が求められる中で、しかし自由な取引であるという、両立が難しいものを両立させる制度が必要なのです。

電力小売の大量参入

ここからは現在の電力市場の問題点と改善案を示した書籍*11を参考に、その後の電力の取引市場の歴史をごく簡単に見てみましょう。

2016年に電力小売が自由にできるようになりました。電力小売とは、発電所から電力を買い付け、電気を使いたい顧客に売ります。発電は通常は自分では行わず、必ず電力を買う必要があるため、電力小売は電力の取引市場への参加者を増やすためにとても重要な存在です。電力の価格は変動しますが、家庭の電気代は電力単位あたりで固定されている場合が多く、電力が安く買える時期は利益をだすことができます。当時は、発電に使う燃料価格が比較的安かったこともあり、安く調達した電力を家庭に供給することができ、多くの電力小売が参入しました。

余剰電力限界費用玉出し

安く電力を売っていたのは既存の電力会社です。既存の電力会社は"自主的"に、余剰電力限界費用玉出しと呼ばれる電力の売りを行っていました。これは、発電で予備も含めても余ってしまった電力は取引市場で安く売るというもので、売る価格は、限界費用、つまりその電気を作るのに使った燃料の費用とします。通常発電所は使った燃料だけでなく、設備のメンテナンスや人件費にも費用が掛かりますので、この売りが多いと赤字になってしまいます。

このような売りを既存の電力会社が行っていた理由は、電力は余っても貯められないので捨てるよりは良いというのもありますし、その貯められないという特性上、余っているのに売らない行為は価格の吊り上げ、つまり相場操縦とも受け取られかねない、というのもあるかもしれません。とはいえ、本当に"自主的"なのかも疑問があるところです。電力小売りが電力を調達できずに停電を起こしてしまうということが起きないように、安定供給して欲しいという要請があったのかもしれません。自由なはずの取引市場も、安定供給のために、実は不自由なのかもしれません。いずれにせよ、安定供給と自由な取引の両立の難しさを示す例だと思います。

火力発電所の削減

既存の電力会社は電力をなるべく余らせないように努力し始めます。無駄な発電をしないという意味で、まさに自由な取引市場が需給を調整した成果だと言える一方、安定した供給という意味ではマイナスです。減らしたのは火力発電所でした。火力発電所は古くなった設備が多かったこと、気候変動への対応で減らす必要があったことなどが理由です。

供給不足と電力小売業の大量撤退

しかし、2020年終わりごろから発電に使う燃料の価格が上昇し始め、発電にかかる限界費用が上昇し、余剰電力限界費用玉出しによる電力の売り価格も上昇しました。大量に参入した電力小売りはこれを安く買って、あらかじめ約束した価格で家庭へと販売していましたので、利益が減少します。これにより多くの電力小売りが撤退しました。

もちろん電力取引の自由化で、主に太陽光発電などの再生可能エネルギーを中心に、新たな発電所も多く参入してきました。しかしそれ以上に、火力発電所の減少と燃料価格の高騰により、電力の供給は不足しがちになります。

そして、2022年にロシアによるウクライナ侵略が始まると燃料価格はさらに上昇し、電力不足の危機となります。政府が国民に節電要請をしなければならないほどでした。

2021年1月の短期間の急騰

参照にしている書籍*11では20211月の短期間で起こった価格急上昇について多く解説されています。電力の供給量が減少する中、余剰電力限界費用玉出しの売り注文がとても少なくなり、少しの買い注文でも価格が上昇しやすくなっていました。株式取引ではよく"板が薄い"という言い方をします。売りの指値注文が極端に少なく、買いの成行注文を少し入れただけで価格が大きく上昇してしまう状況です。

あまりにも売り注文が少なかったため、既存の電力会社が余った電力を売り渋っているのではないか、相場操縦ではないかと、疑いをかけられたくらいです。実際にはそのようなことはなかったのですが、そもそも余剰電力限界費用玉出しが本当に"自主的"なのか疑わしくなる話でもあります。

非常事態に備えることに利益はない

この取引市場の制度設計では、電力が足りなくなる非常事態に備えることに利益はありません。費用がかかるだけだったのです。非常事態には備えず、余裕は少しだけの状態で発電することが最も損をしない行動となってしまいました。そのため、電力そのものを取引する市場だけでなく、備えていること、つまり電気を供給できる能力を維持しているにことに価値をつけ、その価値を取引する市場を別に作ることになりました。自由な取引市場により需給やファンダメンタルに基づいた価格を決定するという機能を残しつつ、安定供給も維持するという工夫です。

株式取引と比べると奇妙なこと:注文状況が見られない

このようにいろいろな改善策が打ち出されています。一方、株式取引と比べると奇妙なこともいくつかあります。当初は他の取引参加者がどのような注文を出しているか分からない仕組みだったそうです。株式でいえば、注文板が見られないような状況です。株式では注文を出すとき、価格を大きく変化させないように十分に相対する注文があるか確認しますが、それができなかったのは問題だと思います。

余っている電気のみを売ることの妥当性

また、余っている電力のみが売りに出されていることの妥当性についても考える必要があるかもしれません。既存の電力会社の場合、余っていない電力は自社やグループ会社が顧客向けに販売するため、この余っていない電力を売っても結局は自分が買うだけで売り注文を出しても意味がないのでは、と思われるかもしれません。しかし、コメのところでも説明したように、半分以上の取引が価格決定に参加しないと、需給やファンダメンタルに基づく価格にならないことがあることを示した研究があります。余っている電力だけだと、当然、売り注文が少なくなり、価格が変動しやすくなります。一方、余っていない電力も売りに出すことにより、結局は自分で買うにしても、売り注文がより多く出てくることになり、これにより価格がそこまで変動しにくくなります。まさに、流動性が重要なのです。

コメと電力の取引市場の問題は共通している

コメの取引市場でも、半分以上のコメが価格決定の場である先物市場ではなくグループ内で取引していることが、流動性が低い理由でした。電力でも既存の電力会社が自社の小売りで売る電力を、みんなで価格決定する取引市場を通さずに販売していることが、取引市場の流動性の低下につながっています。しかも両者とも、世界情勢に緊張が走っていた時代に価格と供給を安定化するための政策により、取引市場を通さずに流通させる主体が登場したという、歴史的経緯に原因があります。そして、両者とも、ますます価格と安定供給が重要になりながらも、供給を増やすために自由な取引市場の存在が重要になっているのです。

市場の機能:価格発見機能と流動性の供給

取引市場には価格発見機能と流動性の供給が重要な役割であることを以前のレポート*8で述べました。流動性が低いと価格発見機能も低下してしまいます。それを取引している人たちがみんなで価格を決めることが重要で、一部の人たちだけが参加すると、つまり流動性が低下すると、需給に基づかない価格になったり、意味もなく短期的に大きく上昇したり下落したりしてしまうのです。コメも電力も歴史的な経緯から最も多くそれを取引している主体が価格決定に参加していないことが問題でした。

株式の取引市場ではマーケットメイクという投資戦略があります。売りと買いの両方の注文を出し、その価格差を利益とする戦略です。このように、自分で売って、少し待って自分で買うという投資は普通に行われますし、これが流動性を供給していると言われています。確かに株式とコメや電力では性質が大きく異なる部分があります。特に電力の場合、貯められないという性質から、このようなマーケットメイクという戦略は困難を伴うかもしれません。とはいえ、何かしらの示唆はあるのではないかと考えています。

価格決定に参加せずに取引する場:ダーク・プール

実は、株式取引の世界でも、あえて価格決定の場に参加せずに他の人たちが決めた価格で取引する場が存在します。それがダーク・プールです。ダーク・プールでは買いたい人と売りたい人が注文を入れ取引がなされますが、その価格は多くの場合、取引所で決まった価格です。つまり、価格の決定には参加せずに、取引だけを行うのです。現在はダーク・プールでの取引はとても多いわけではないので問題にはなっていません。むしろ、大口の取引がダーク・プールで取引されると、取引所の価格決定を荒らさないという良い面もあります。

一方で、ダーク・プールが普及しすぎると誰も価格決定に参加せず、需給やファンダメンタルに基づかない価格になってしまうのではないかという意見もあり、実際に欧州ではダーク・プールの取引量に規制がかけられました。しかし、どれくらいの量から問題になるのかは分かっておらず、これの量について私が調査*10したことがありました。

どれくらいの人が価格決定に参加すべきか

ダーク・プールが使われすぎた場合の問題を私の研究*10を元に解説します。この研究では人工市場シミュレーション*12を用いて、どれくらいの取引参加者がダーク・プール使えば、つまり、どれくらいの取引参加者が価格決定に参加しないと、価格が需給やファンダメンタルに基づかないものになってしまうかを調べました。その結果、半分以上の人がダーク・プールで取引すると、そのようになってしまうことがあることが分かりました。これは需給の偏りが増幅されるためです。

図を用いて説明します。例えば、買い注文が100、売り注文が95あったとします。この場合、売りと買いが大きく偏っている感じはしません。このうち各々90がダーク・プールへ移ったとすると、取引所では買いが10、売りが5となってしまい、買いに偏っているように見えます。さらに、94がダーク・プールに流れたとすれば、買いが6で売りが1となり、大きく偏っているように見えます。これを見た投資家の中には、買いの需要がとても多く上昇するかもしれないと考える投資家もいるかもしれません。

コメも電力も、多くの取引を行っている主体がダーク・プールのような価格決定をしない場で取引を済ませています。そのため、全体としては少しの需給のゆがみであっても、自由な取引市場ではそれが増幅されて見えてしまい、価格が需給やファンダメンタルに基づかずに大きく動いてしまうことがあるのかもしれません。


まとめ

コメも電力も安定した価格と供給が求められる一方、新規参入による生産の増加を促すために自由な取引市場も必要とされています。しかし、それらを両立させる制度設計はとても難しいのです。両者とも、供給確保を重視した時代にできた制度設計が、価格決定に参加しない大きな主体を生じさせ、需給やファンダメンタルに基づいた価格が見つかりにくくなっています。細かい制度変更が思わぬ大きな影響を与えることもあります。人類はさまざまな市場を創ってきましたが、どの市場も細かい部分を試行錯誤しながら作り上げてきた歴史があります*6

確かに、取引するものによって良い市場制度は違う部分もあるでしょうが、共通している部分もあります。半分以上の取引が必要かどうかは分かりませんが、コメも電力も、なるべく多くの取引が取引市場に参加しなければならないでしょう。流動性がなければ需給やファンダメンタルに基づいた価格が発見できないのは、どの市場にも共通した特徴であると思います。

しばしば、価格が毎日、しかも大きく変動することがあるため、株式投資は嫌だと言う人がいます。安定化してくれればいいのにと言ったりもします。しかし、取引市場の制度設計に苦労しているコメと電力の取引市場の例は、価格の安定化は失うものが多いことを示しています。株式の取引市場は長い歴史があります。先人たちが細かい制度やルールを試行錯誤で微調整し、現在があります。その長い努力の結果、副作用を考えれば価格変動は受け入れた方が良い、という結論に達したのでしょう。


*1 https://ja.wikipedia.org/wiki/堂島取引所 

 なお、20248月より米価指数先物の上場が計画されている

*2 水田孝信、"お金とは何か?-古代の石貨から暗号資産まで-"、スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 202073日 https://www.sparx.co.jp/report/detail/308.html

*3 高槻泰郎、"大坂堂島米市場 江戸幕府vs市場経済"、 講談社、 2018

*4 日本取引所グループ、"日本経済の心臓 証券市場誕生!"、 集英社、 2017

*5 玉真之介、"近現代日本の米穀市場と食料政策 -食糧管理制度の歴史的性格-"、筑波書房、 2013

*6 ジョン・マクミラン, "Reinventing the Bazaar", A Natural History of Markets, WW Norton & Company, 2002,邦訳:瀧澤弘和、木村友二、"市場を創る-バザールからネット取引まで"、慶應義塾大学出版会、2021

*7 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210806/k10013184921000.html

*8 水田孝信、"なぜ株式市場は存在するのか?意外に難しい株式市場が存在する理由"、スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 2018521

https://www.sparx.co.jp/report/detail/310.html 

*9 このことは農林水産省の資料からも確認できます

 https://www.maff.go.jp/j/study/ryutu_system/01/pdf/data8.pdf

*10 水田孝信、 小杉信太郎、 楠本拓矢、 松本渉、 和泉潔、"ダーク・プールが市場効率性と価格発見メカニズムに与える影響 -人工市場モデルと数式モデルを用いたメカニズムの分析-"、人工知能学会 金融情報学研究会(SIG-FIN)、第16回、2016

https://doi.org/10.11517/jsaisigtwo.2016.FIN-016_16

(プレゼン資料) https://mizutatakanobu.com/dark2016.pdf

*11 公益事業学会政策研究会、"電力改革トランジション 再構築への論点"、 日本電気協会新聞部、 2023

*12 人工市場を用いたシミュレーションがどのような発見をしてきたのかは以前レポートに書きました。

水田孝信、"金融市場の制度設計に使われ始めた人工市場"、スパークス・アセット・マネジメント スペシャルレポート、 20211115

 https://www.sparx.co.jp/report/detail/305.html


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