スパークス・厳選投資ファンド(確定拠出年金向け)
- 確定拠出年金向け
- 日経新聞掲載名
- DC厳選投資
- 分類
- 追加型投信/国内/株式
- 設定日
- 決算日
- 毎年5月25日
基準日:2024.11.01
- 基準価額
- 18,228円
- 前日比
-
-521円
-2.78% - 純資産総額
- 95.5億円
- 分配金情報(税引前)
- 0円
- 交付目論見書(897.7 KB)
- 請求目論見書(2.4 MB)
- 月次報告書 (439.2 KB)
- 交付運用報告書(931.6 KB)
- 運用報告書(全体版)(820.9 KB)
基準価額推移
分配金実績
決算頻度:1回/年
- 設定来合計
- 0円
- 直近12期計
- 0円
分配金実績一覧
- 2024年05月27日
- 0円
- 2023年05月25日
- 0円
- 2022年05月25日
- 0円
- 2021年05月25日
- 0円
- 上記以前の分配金については、「選択した期間のデータをダウンロード」ボタンからご確認いただけます。
月次報告書
2024年
- 9月(439.2 KB)
- 8月(442.9 KB)
- 7月(446.5 KB)
- 6月(436.0 KB)
- 5月(429.9 KB)
- 4月(429.9 KB)
- 3月(435.5 KB)
- 2月(406.8 KB)
- 1月(425.7 KB)
2023年
- 12月(517.2 KB)
- 11月(498.3 KB)
- 10月(491.7 KB)
- 9月(467.0 KB)
- 8月(521.4 KB)
- 7月(422.7 KB)
- 6月(511.1 KB)
- 5月(514.8 KB)
- 4月(474.3 KB)
- 3月(482.9 KB)
- 2月(490.9 KB)
- 1月(497.3 KB)
2022年
- 12月(587.1 KB)
- 11月(497.8 KB)
- 10月(522.8 KB)
- 9月(488.5 KB)
- 8月(555.1 KB)
- 7月(514.7 KB)
- 6月(495.5 KB)
- 5月(481.1 KB)
- 4月(506.9 KB)
- 3月(652.7 KB)
- 2月(673.8 KB)
- 1月(1.3 MB)
2021年
- 12月(698.7 KB)
- 11月(771.2 KB)
- 10月(933.9 KB)
- 9月(909.4 KB)
- 8月(1.0 MB)
- 7月(676.0 KB)
- 6月(870.5 KB)
- 5月(656.9 KB)
- 4月(687.4 KB)
- 3月(763.0 KB)
- 2月(971.9 KB)
- 1月(654.4 KB)
2020年
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2024年9月の運用コメント
株式市場の状況
2024年9月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比1.53%の下落、日経平均株価は同1.88%の下落となりました。
月前半は米国のISM製造業景況感指数や雇用統計が予想を下回ったことで、米国経済の減速懸念が高まり市場心理に影響を与えました。さらに米連邦公開市場委員会(FOMC)による利下げ期待と日銀の利上げ期待の高まりにより、月半ばにかけて円高が進行しました。このような状況の中、株式市場は一時的に下落した後、反発が見られたものの上値は重く、投資家は慎重な姿勢を維持しました。
月後半はFOMCが0.5%の利下げを決定した後、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長が緩和を急がない姿勢を示したことや、日銀が金融政策を現状維持したことから円高が一服し、輸出関連株や半導体関連株の買い戻しが進みました。また、自民党総裁選挙で高市早苗氏が当選し、金融緩和が再開されるとの見通しが高まったことで日経平均株価は26日から27日にかけて大きく上昇しました。しかし、最終的には石破茂氏が勝利し、経済政策への警戒感が高まったことなどから30日の日本株式市場は全面安の展開となり、前月末比で下落して当月の取引を終えました。
ファンドの運用状況
当月、当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐2.08%の下落となり、参考指数であるTOPIX(配当込み)の同1.53%の下落を0.55%下回りました。
当ファンドのパフォーマンスにプラスに寄与した銘柄は、日立製作所、セブン&アイ・ホールディングス、ダイキン工業などでした。⼀⽅、マイナスに影響した銘柄は、オリックス、ルネサスエレクトロニクス、信越化学工業などでした。
当ファンドのようなアクティブ型ファンドにとってポートフォリオが差別化されていることは大変重要です。なぜなら、当ファンドが競合するのは他のアクティブ型ファンドだけでなく、株価指数(インデックス)に連動する運用を目指すパッシブ型ファンドも含まれるからです。ここで言う「差別化されている」とは、インデックスに比べて内容が異なっていることを意味します。
当ファンドの特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
- 限られた数の銘柄にだけ投資する「集中型」ポートフォリオである
- 一般的なファンドに比べて同一銘柄を長期間にわたって保有を続ける「長期投資」スタイルである
- あくまで成長企業に投資しているという意味で「グロース株」ファンドであるが、その考え方は一般的な定義とやや異なる
- 内需型企業ではなく日本のグローバル企業、とりわけ国際優良企業を中心に投資している
1.限られた数の銘柄にだけ投資する「集中型」ポートフォリオである
一般的に、差別化されたポートフォリオ(アクティブ型ファンド)に求められるのは組入銘柄がユニークであることです。例えばインデックスに含まれていないような、世間にあまり知られていない小型株を組み入れたりすることが考えられます。別の方法としては、インデックスを代表するような大型株でもマーケットウエイトを大幅に上回る組入比率であれば差別化できます。当ファンドはこちらのタイプです。
よって、ポートフォリオの差別化に組入銘柄数の多寡は直接的には関係ありません。つまり銘柄数が多い=差別化されていないポートフォリオであるとは必ずしも言えないということです。重要なのはインデックスと比較した組入銘柄と組入比率の差異です。仮に100~200銘柄保有しているファンドでも上位10銘柄だけで運用資産額の9割を占めていればインデックスと全く異なるポートフォリオになるでしょう。
当ファンドの場合は、日本人であれば誰でも知っているような銘柄のうち、ほんの一握りを対象に大きなウエイトで投資するというアプローチを行っています。銘柄を厳選し、ひとつひとつの組入比率をインデックスよりも大きくしているため、おのずと合計銘柄数は限られてきます。結果、これまでの当ファンドの組入銘柄数は20銘柄程度で推移してきました。
当ファンドが限られた数の確信度の高い銘柄に集中投資する最大の理由は、それがリスクを抑えつつリターンを最大化する最も有効なアプローチだと考えているためです。一般の株式投資講座で習うような多くの銘柄に分散投資することの有効性はあまり重視していません。
なぜなら、株式ポートフォリオは均等な組入比率で幅広い銘柄に投資をすればするほど、下げ相場時に株式市場全体につられて下がってしまう可能性が高まるからです。多くの銘柄を保有すれば、銘柄によって異なる株価下落率を市場平均並みに平準化させることはできますが、下落リスクそのものは払拭できません。一方、ほんの一握りの銘柄への集中投資で成功すれば、市場全体の下げに反して自分のポートフォリオだけ上昇するということが起こりうるのです。
また証券ポートフォリオ理論上、投資している銘柄群が高度に分散されていれば、たった10銘柄程度でも分散効果は十分発揮されることが学術的に証明されています。そこから更に銘柄を増やしても、追加的に得られる分散効果は限られるだけでなく、ファンドリターンは市場平均に収斂していってしまうのです。とりわけ時価総額の大きい大型株中心のポートフォリオでは、組入銘柄数が多すぎると運用成績が市場平均リターンに収斂し、運用手数料控除後のリターンでみるとパッシブ型ファンドに対して劣後してしまいます。これが昨今言われているアクティブ型ファンドの構造的な問題です。
当ファンドは、たくさんの銘柄を持たなくても、それぞれ性格が異なるビジネスの株式を保有することで(*)、結果的に銘柄間の相関係数も低く抑えられる(すなわち一般的な株式投資のリスク概念であるリターン標準偏差を低くする)と考えています。設定来でみれば当ファンドの標準偏差は市場平均よりも低位となっています。
(*)特定の市場環境で、意図的に特定業種の組入比率を増やすことはあります。
少数銘柄にしか投資しない理由は他にもあります。それは当ファンドが超長期でみた日本経済を取り巻く環境を決して楽観視していないこと、そしてそれが理由で当ファンドが投資基準を満たすと考える投資対象の数が限られているためです。米国市場と異なり日本の株式市場は上場企業の新陳代謝が遅く、旧態依然とした企業が相対的に多く、(少なくとも最近まで)成長意欲にも乏しい企業が多いことが一因です。
このような理由で当ファンドが運用戦略の中心に据えている集中型ポートフォリオは、確信度の高い投資対象があって初めて実現するものです。確信度の高い銘柄がない中で、無理に集中型ポートフォリオを維持することはしません。明るい展望が描けない個別株をポートフォリオ分散効果のみを目的に組み入れて運用成績がかえって悪化してしまえば本末転倒なためです。確信度の高い銘柄が不足しているときは、一時的に組入銘柄数を増やす方策をとる可能性は今後もあると考えられます。
インデックスに対するポートフォリオの乖離度合いをみる指標として「アクティブシェア」という数値がありますが、当ファンドは現在70%台半ばです。高い数値ほどインデックスに対して差別化されていると言えます。2010年代の当ファンドの同数値は90%前後で推移していたので、近年低下していることになりますが、基準価額は株式市場全体から有意に異なる動きになっており、引き続き十分に差別化されたポートフォリオになっているとの認識です。一般的には同数値が60%を下回るとそのアクティブ型ファンドはインデックスと代わり映えしないという意味で「closet indexing」と呼ばれ、真のアクティブ型ファンドとはみなされない傾向があります。
一方、アクティブシェアがどんなに高くても常に差別化されたリターン(インデックスと異なるリターン)になるとは限らないことを理解するのも重要です。インデックスから大きく乖離した独自性のあるポートフォリオでも、組入銘柄群がインデックスと全く同じ株価変動となれば、運用成績は市場平均リターンと同じになってしまいます。言い換えると、高いアクティブシェアは差別化されたリターンの「必要条件」ですが、「十分条件」ではないのです(*)。言うまでもなく、どんなにポートフォリオを差別化させても超過リターンに結びつかなければ意味がありません。誤った銘柄選択をしてしまえば、パッシブ型ファンドに負けてしまうため気を付けなくてはなりません。
(*)理論上、アクティブシェアが低く、インデックスと似たようなポートフォリオを持つアクティブ型ファンドでも、頻繁な売買を行うことでインデックスよりも高いリターンを実現することは可能です。
2.一般的なファンドに比べて同一銘柄を長期間にわたって保有を続ける「長期投資」スタイルである
当ファンドは頻繁に組入銘柄を入れ替えたり、高売買回転率を通じてインデックスに対する超過リターンを目指す戦略ではありません。あくまで企業のビジネスが持つ「本源的価値(将来ビジネスから生み出されるキャッシュフローの総合計を現在価値に割り戻したもの)」の長期的な成長に着目しています。このため当ファンドが期待する投資リターンを実現するためには必然的に長期保有が求められます。これが当ファンドをできるだけ長く保有していただきたい理由です。
株式市場は、株価が長期的な企業業績(本源的価値)を反映するという意味で効率的な市場であるといえます。企業を分析して投資を行い、年を追うごとに成長する利益が、本源的価値の増大として株価に織り込まれていくのを享受していきます。時には企業の本源的価値に対する株式市場での過小評価が、株価上昇という形で修正されていくのを辛抱強く待つこともあります。
一方、短期的には株価は予想もつかない動きをするものです。株式の激しい値動きが往々にしてあるのは、人間が金銭ごとに関して経済合理的な判断をするのが苦手であるのと関係しています。例えば人間は不確実な利益よりも確実な利益を好みます。このため長期保有に至る前に利益確定売りをしてしまう傾向があるのです。また株価が大きく下がると不安を感じ、慌てて売ってしまうこともあります。さらに、今買わないと明日はもうチャンスがないかもしれないという心配から高値掴みしてしまう、ことなども挙げられます。つまり、長期投資は「言うは易く行うは難し」なのです。
株をじっくり保有し続けるのがもっとも有効な投資戦略であることが多くの調査で明らかになっています。例えばJP Morgan Asset Management社(米国)の調べによると、2024年5月末までの20年間(約4,400日間)ずっと米インデックスファンド(S&P500株価指数)を保有し続けた場合の投資成績は年率10.2%でした。しかしこのうち最も値上がり幅の大きかった上位10日間を逃してしまうと年率6.0%と運用成績は半減近くになり、上位30日間を逃すと年率1.2%まで悪化してしまいます。すなわち、株というのは毎日規則正しく上昇するのでも下落するものでもないということです。全くランダムに存在する特定の日に長期のパフォーマンスの大部分が決まってしまうだけの値動きが発生するのです。それを予めピンポイントで予測し、そこに前もって資金を振り向けるのは経験則上、非常に難しいと考えます。こうしたことから、常に腰を据えて株式市場に資金を投じているのが成功への近道であり、公募投信に投資する一般投資家の方々にも当てはまる心構えだと考えます。
3.あくまで成長企業に投資しているという意味で「グロース株」ファンドであるが、その考え方は一般的な定義とやや異なる
日本株アクティブ型ファンドには様々なカテゴリーがありますが、そのなかでも当ファンドは「グロース株」ファンドとして分類されているようです。一般的にグロース株の定義は高い利益成長率への期待からPER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)が市場平均を上回っている銘柄です。逆に「バリュー株」は利益成長性や保有資産に比べて株価が割安でPERやPBRが市場平均よりも低い銘柄とされています。前者はハイテクやインターネット企業のように革新的な製品サービスを手掛けて利益が二桁成長率でグングン伸びていくイメージ、後者はオールドエコノミー型の成熟企業が多く利益成長イメージが乏しい企業が中心です。
一方、当ファンドではグロース株についてやや異なる定義をしており、利益成長率が世界の名目GDP成長率を上回っていればグロース株と位置付けています。つまり二桁利益成長率の企業がグロース株であるのは勿論のこと、一桁台半ばの成長率でも立派なグロース株としてみなします。市場平均と比べたPERやPBRの水準は重要視しません。もっと言うと、PERやPBRが市場平均より低いという理由で株式市場からはバリュー株としてレッテルを貼られている企業も当ファンドではグロース株として評価します。2000年代より当ファンドが保有を続けている三菱商事はその典型例ですし、近年の組入銘柄では損保グループ3社(東京海上ホールディングス、MS&ADインシュアランスグループホールディングス、SOMPOホールディングス)、オリックス、三菱UFJフィナンシャル・グループなどが該当します。これら企業の過去利益成長率は一桁%台半ばが多く、代表的なグロース株とされるキーエンスやファーストリテイリングの年率10%を超える成長実績に対してこそ見劣りしますが、名目GDP成長率は立派に上回っています。
このような「隠れたグロース株」は、キーエンスやファーストリテイリングなどにはない高水準かつ持続的な株主還元が大きな魅力です。増配によってもたらされる高配当利回りは株主に帰属する重要なリターンです。自社株買いも(消却すれば)一株当たり利益は発行済株数が減少した分だけ増えるため、株式リターンの源泉になります。たとえ事業利益成長率が一桁台半ばだとしても、高水準の配当利回り(4.0~5.0%程度)、自社株買いによってもたらされる追加的な一株当たり利益成長(1.0~2.0%程度の上乗せ)を全て合計すれば期待リターンは年率10%を超える計算になるのです(*)。これは自社株買いや配当利回りのインパクトが限られており株価リターンが利益成長率に大きく依存した一般的なグロース株と遜色ありません。
(*)株主への配当は当期純利益から支払われますが、当期純利益の伸び率はビジネスの本源的価値の伸び率として捉えられます。
株主投資において長期持続性のある増配や自社株買いが果たす役割を軽視すべきではありません。例えば2015年末から2024年7月末までの東京海上ホールディングスの株価上昇率は283%でしたが、配当込みトータルリターンでみると428%でした。株価上昇率だけでみると代表的なグロース株であるキーエンスのほうが同期間293%と上回っていますが、じつはトータルリターンではキーエンスが306%に対し東京海上ホールディングスが428%と上回っているのです(同期間の東京海上の平均配当利回り約4.1%、平均総還元利回り約6.0%だったのに対し、キーエンスは平均配当利回り、平均総還元利回りともに約0.39%)。株式投資でより高いリターンを得たのは東京海上ホールディングスの株主でした。
また株価のダウンサイドリスクを和らげてくれる安全余裕率(margin of safety)を見出しやすいのも、これら低PER・低PBR銘柄の魅力だと考えます。将来見込まれる高成長をあてにした高PER・高PBR銘柄は、いざ見通しが外れた時の株価下落リスクを定量的に判断するのは難しいものです。これは解散価値の目安といわれる純資産価値や、高い配当利回り、あるいは市場平均を大きく下回るPERといった割安な指標を見出しにくいためです。とりわけ高い利益成長期待に基づいた高PER銘柄は、期待に反してわずかに利益が減るだけでPERも同時に大幅に切り下がり、結果として利益減少分以上の株価下落に見舞われることがあるため、よほど長期見通しに対する確信度が高くなければ投資の優先順位は低くあるべきです。これに対して、低PER・低PBR銘柄はもともとの期待値が低い分、業績に深刻な問題がなければ極端に市場平均に対してバリュエーションが切り下がるリスクは低いといえます。
さらに低PER・低PBR銘柄は相対的に株価水準が低いため、一般的なグロース株と同じ配当性向でも配当利回りは高くなりやすく、自社株買いを行った際の効果もより大きくなります。特に純資産価値1倍割れの状況で自社株買いを行えば、一株当たり純資産額は増加するので、他の条件が変わらなければ株価の割安感が増していくのです。
当ファンドが考える高い安全余裕率を伴う投資事例としては三菱UFJフィナンシャル・グループが挙げられます。2023年10月の運用コメントで解説したとおり同社への投資は個別企業としてのビジネスの魅力を評価してのものですが、同時に今後の金利見通しに依存した投資ケースでもあります。しかし仮に金利が見通し通りに上昇しなかったとしても同社がコミットしている配当性向40%と機動的な自社株買い、そして長年の超低金利環境下で鍛えられた収益力を鑑みれば、株価が低迷しようとも高い総還元利回りがある程度穴埋めをしてくれることになります。これが安全余裕率です。このような「隠れたグロース株」は当ファンドにとって魅力的と考えます。
4.内需型企業ではなく、グローバル企業、とりわけ国際優良企業にフォーカスしている
当ファンドが設定来、投資対象として選好しているのは日本の国内需要のみに依存した企業ではなく、日本を含むグローバルで事業展開をしている企業です。これも当ファンドの特色です。内需型企業に投資をしないのは、当ファンドが日本経済の超長期的な見通しに対して楽観視していないことを表しています。少子高齢化による構造的な人口減少が大きな理由のひとつです。
一方で短期・中期的な日本経済の先行きについての当ファンドの見方は以前よりもだいぶポジティブに転じています。その理由は2014年頃より始まった政府主導のコーポレートガバナンス改革です。資本収益性をようやく意識するようになった日本企業全般の経営姿勢の変化は大変重要と考えます。
残念ながら人口動態に関する逆風は変わりませんが、日本経済および国内株式にまつわる投資環境は確実に改善しているため、当ファンドでは既存組入の国際優良企業を通じてその恩恵を取り込んでいけることを期待しています。これらの企業は今日でこそグローバルで事業展開していますが、もともとは自国市場である日本において競争力を磨き、実績を積んだうえで海外進出しています。多くは国内市場シェアが引き続きナンバーワンであることから、外部環境好転のプラス影響は下位プレーヤーに比べて大きくなると思われます。
運用者が考える当ファンドのリスク
最後に当ファンドに投資することのリスクを運用者の視点から改めてご説明しようと思います。まず集中型ポートフォリオのリスクにおいてはどんなに慎重かつ正しい銘柄選択を行ったとしても、不測の事態に見舞われる可能性は常に残されているということです。具体的にいうと、企業不祥事などの突発的スキャンダルや、経営トップの不慮の事故、予測不能な天変地異などが考えられます。
当ファンドでは、こういった確率の低いイベントリスクも考慮に入れながら投資判断を行っています。例えば、不祥事や天変地異が起きても経営危機に陥らないくらい強い財務基盤を持っているか、仮に社長の身に何かが起こっても成長路線を継続できる後継者が準備できているか、などです。
しかしここまで様々なリスクを想定しても、全てを未然に防ぐことは不可能です。これまでも様々な組入銘柄で株価が急落する局面を経験してきました。こういったイベントに見舞われた場合、集中型ポートフォリオである以上、少なくとも一時的には大きなマイナスリターンを余儀なくされることが想定されます。
また、銘柄数が少なくアクティブシェアも高いために、一定期間ファンドの運用成績が市場全体のトレンドから乖離するのはよくあることです。ファンド基準価額が下落する局面や、上昇相場でも市場全体に対して下回る局面が続く場合は、忍耐力が試されます。株式市場というのは長期的には効率的であると言われますが、難しいのはこの「長期」という時間軸が一般の市場参加者が許容できる時間軸を超えてしまっているところにあります。当ファンドでは、投資している銘柄が数か月間、或いは数年にわたって株価下落を続けたとしても市場の評価が間違っており、長期的展望が明るいと判断すれば、我慢強く保有を続けるか、場合によっては短期リターンを犠牲にしてでも買い増しを行います。このため当ファンドが短期的(2~3年程度)に運用成績が低迷することは今後も十分考えられます。しかしそれでもなお、当ファンドが集中ポートフォリオにこだわり続けているのは、運用期間を長期で捉えた場合、最終的にはこのアプローチが株式運用で一定の成功を収めていると考えているためです。そのため投資の時間軸をファンド保有者の方々にしっかりと理解していただく事は大変重要と考えています。
今後の運用方針
当ファンドでは設定来、「魅力的なビジネスと卓越した経営陣を併せ持つ企業を安く買う」を投資戦略としており、今後グローバルで飛躍が見込まれる日本企業を厳選しポートフォリオを構築いたします。引き続き、以下の投資基準に合致すると考えられる企業を少なくとも3~5年程度の時間軸で評価し、長期的な観点で投資を行ってまいります。
- ビジネスモデルがシンプルで理解しやすい
- 本質的に安全なビジネス
- 有利子負債が少ない強固なバランスシート
- 高い参入障壁に守られたビジネス
- 持続可能な高ROE(株主資本利益率)とそれに見合う利益成長
- 景気動向に左右されず潤沢なキャッシュフローを生み出している
- 資本コストを理解し、最適資本配分ができる卓越した経営陣
2024年8月の運用コメント
株式市場の状況
2024年8月、日本株式市場の代表指標であるTOPIX(配当込み)は前月末比2.90%下落し、日経平均株価は前月末比1.16%下落しました。
当月の日本株式市場は歴史的な乱高下を演じ、日経平均株価の月間値幅(高値と安値の差、終値ベース)がバブル経済崩壊時期を超えて過去最大となりました。
7月31日の日銀金融政策決定会合での追加利上げが円高を呼び、さらに市場予想を下回った7月の米ISM製造業景気指数で米国景気減速懸念が台頭し円高が一層進行したことで、月前半の日本株式市場はリスク回避の流れが強まり暴落しました。5日には米国経済や雇用の減速への警戒などから円高が大幅に進み、午後には日経平均先物でサーキットブレーカーが13年ぶりに1日に2回発動され、日経平均株価は前日比4,451円の下落と過去最大の値下がりを記録しました。しかしながら翌6日には為替市場がいったん落ち着いたことで日本株式市場も落ち着きを取り戻し、TOPIXおよび日経平均株価は史上最大の上げ幅となりました。加えて、翌7日の内田日銀副総裁のハト派発言も投資家の安心感につながり、月半ばにかけて日本株式市場は急反発しました。
月後半は米国経済への先行きに対する警戒感がひとまず和らぎ、日本株式市場は緩やかなペースで回復し、月前半の急落分の大半を取り戻して当月の取引を終えました。
ファンドの運用状況
当月、当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐0.14%の下落となり、参考指数であるTOPIX(配当込み)の同2.90%の下落を2.76%上回りました。
当ファンドのパフォーマンスにプラスに寄与した銘柄は、セブン&アイ・ホールディングス、日立製作所、ファーストリテイリングなどでした。⼀⽅、マイナスに影響した銘柄は、三菱UFJフィナンシャル・グループ、東京エレクトロン、東京海上ホールディングスなどでした。
当月は、当ファンドにご投資していただいている国内外の個人投資家、機関投資家などから最近よく受ける質問と、それに対する運用者の見解についてご紹介します。
1)当月の日本株市場の動揺について
当月は、1987年のブラックマンデーを超える株価下落という衝撃的な相場展開でスタートしました。きっかけとなったのは、円安要因にもなっていた日本円の(レバレッジを使った)投機的ショートポジションがグローバルで突如解消の動きとなり、円高と日本株下落を誘発したためです。
金利コストの安い日本円で資金調達し、より利回りの高い米ドル資産などに投資する「キャリートレード(*)」という投機にもなりうる金融取引があります。ポジションを積み上げる過程で円を売る動きが発生するため、円安トレンドが生まれやすく、ひいては円安が業績にプラスとなる日本の輸出企業株が中心に買われます。これら一連の金融取引を行う短期筋は、潮目が変わると損失を回避するため一気に逆方向に雪崩打つため今回のような前例のないマーケットイベントとなりました(**)。今回のタイミングは7月11、12日と推測される日銀による為替介入、7月31日の日銀の利上げ決定、そして当月前半の米国の景気弱含みを示唆する経済指標(雇用統計、失業率など)の発表などが重なったためと推察されます。
(*)ドル円のキャリートレードは意図的な為替ヘッジ無しの通貨取引であるため、為替レートが大きく円高に振れることなく安定した市場環境が続く限りは「儲かる」取引になりますが、今回のように急変動が起きると、一気に損失が膨らむというリスクを孕んでいます。これがキャリートレードのリターン分布が正規分布から逸脱した偏りのある形状になっている所以です。
(**)市場参加者のリスク許容度が高まる「リスクオン相場」では円ショートによる円安、株買いによる日本株上昇となり、逆にリスク回避的になる「リスクオフ相場」では円買い戻しによる円高、株売りによる日本株下落となります。
このような要因で発生する株価下落は企業のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に起因したものではないので、銘柄によっては株価が本源的価値から下方に大きく乖離するミスプライシング現象が起きます。よって、当ファンドのような投資家にとっては急落銘柄の買い時になります。もちろん、金融市場の異変という経路を辿って企業のファンダメンタルズに悪影響(円高によって輸出競争力が削がれたり、株式市場暴落で消費者心理を冷やしてしまうなど)を及ぼすこともありますので慎重な見極めは必要です。プラス面としては、株価が急落したことで再度純資産1倍割れとなった企業は、自社株買いを積極化させるなどして株主還元策を加速させると予想されます。これは昨年の東証によるPBR(株価純資産倍率)1倍割れ解消改革の発表以前は期待しにくかった相場の好材料です。
キャリートレード解消がすでに落ち着いたのか(*)、それとも今後相場の二番底が待っているのかはわかりません。しかし円が引き続き先進国通貨として唯一実質金利がマイナスである事、そして結果として他通貨との金利差が存在し続けていることを鑑みれば、相対的な円の弱さは継続すると当ファンドではみています。為替レートが直近のピークを超える円安にはならないかもしれませんが、キャリートレードのファンディング通貨としての位置付けは当面不変でしょう。ドル円為替レートが1995年や2011年~2012年の80円割れのような極端な円高シナリオは今のところ可能性は低いと考えられます。
(*)米CFTCのCommitments of Traders reportによるとすでに円の投機的ショートポジションが総建玉に占める割合は前月初めの52.6%から当月上旬時点で3.8%まで急低下しており、解消の動きはほぼ一巡したと考えられています(当月下旬現在は若干の買い越し)
2)今後の相場リスクについて
年初から続いた堅調な日本株市場に冷や水を浴びせた8月でしたが、日本企業によるコーポレートガバナンス改革の進展や、国内インフレの定着、金利の正常化、訪日客の増加、半導体産業などの海外から日本への直接投資の拡大、実質賃金伸び率のプラス転換への見通しなどが極端に腰折れしなければ、いずれは過去最高値更新を伺う展開になると思われます(しばらく時間は要するかもしれません)。
日本株全体のPER(株価収益率)は当月の相場急落直前で17倍程度、現在は16倍程度です。これはアベノミクス下で企業の資本収益性改善への取り組みが始まる前の水準を下回っています。日本企業のクオリティは大きく改善している一方、市場の評価でもあるPERがそれをまだ反映していません。日本株のPER切り上がりは今後も期待できる市場押し上げ要因です。
一方、今後株式相場リスクとして考えられるのは以下の通りです。
① インフレ環境下、賃上げ運動の甲斐なく実質賃金成長率がマイナスのまま日本経済がスタグフレーション(景気の後退と物価の上昇が同時進行する経済状況)に沈んでしまう
② 国内長期金利の上昇に歯止めがかからず日銀収益が逆ザヤに転じる、バランスシートが債務超過に陥る
③ 日本の財政収支(プライマリーバランス)の改善が見込まれない中、経済が失速し国債が格下げになる
④ 米国経済がリセッション入りし世界需要の鈍化、矢継ぎ早の利下げで円高に拍車がかかる
⑤ 米国の放漫財政で長期金利上昇に歯止めがかからなくなる
⑥ 地政学的理由、甚大な自然災害などにより日本経済・世界経済が大きなダメージを受ける
などが考えられます。
このうち②については単なるヘッドラインリスクであると考えます。日本円に対する信頼が低下し、円安が加速することは考えられますが、日本銀行は自国通貨である円を発行することができる中央銀行です。2010年頃のギリシャ財政危機時のような事態にはならないでしょう。マスコミなどでは投資家の不安心理を煽るような報道が予想されますが、日本経済が機能停止になるような事態は想定されません。
一方、③は現在A+(S&P Global Ratings社(米国)による格付け)である日本国債が投資不適格水準(BB格以下)まで格下げされた場合は、ソブリンシーリング(企業の信用格付けはその国・政府の格付けを上回ることができないという信用格付けに関する考え方のこと)の面などで様々な悪影響が日本企業のビジネスに及ぶと考えられます。これは気にしておくべきリスクです。ドルの資金調達コストの大幅上昇やドル資金そのものが調達困難に陥れば事業に大きな支障をきたすことになりかねません。S&P Global Ratings社やFitch Ratings社(米国)の担当者コメントなどを見る限り、現時点では確率は低そうですが、インターバンク市場でドル調達している日本の金融機関や、邦銀から外貨を借りているグローバル企業などへのリスクについては頭の片隅に入れおくべきと考えます。
それ以外のリスクについては、日ごろからメディアでよく取り上げられる潜在リスクでもあるため本稿では割愛いたします。
3)組入上位銘柄セブン&アイ・ホールディングスの近況について
同社株は2022年に投資開始してから一貫して買いを続けています。同社の業績は日米ともに既存店売上が低迷を続けており芳しくありません。インフレによって低所得者層の購買力が落ちていることが背景にあると思われます。このような環境における当ファンドの買いは株式市場では少数派の動きかもしれません。
2021年9月のマンスリーレポートで解説したように、大半の人がいまだ懐疑的・否定的な見方をしているなか株式投資・保有をするという決断は、心理的な居心地が非常に悪いものです。多くの場合において株式市場が暗示する将来予想(コンセンサス)は正しいことが多いので尚更です。しかし居心地の悪いことは投資で成功するための必要条件だと考えます。多数派の意見は、すでに株価に織り込まれたものであり、そこで大きな利益を得るのは難しいからです。
さて、同社株は現在組入上位ではありますが経営実績に対して全面的に当ファンドが高い評価をしているわけでは決してありません。過去の運用コメントで述べたとおり、同社の2005年の持株会社発足以降の業績、アジア出店戦略や、2021年のSpeedway社(米国)買収にまつわる経営陣の説明など観察を続けていますが、当ファンドの期待値を大きく下回っているのが現状です。
また最近では同社取締役専務執行役員及び傘下の7-Eeven社(米国)CEOであるJoseph DePinto氏の報酬開示の在り方についても当ファンドは問題視しました。今年5月28日の株主総会にあわせて送付された第19回定時株主総会招集通知では役員報酬方針として報酬上限は役員全体で総額10億円(このほか1事業年度当たり4億円以内の株式報酬)と記載されていたにも関わらず、株主総会翌日5月29日に発行された有価証券報告書では同氏の報酬が77億円にものぼることが判明しました。このように乖離があるのは招集通知では単体の役員報酬のみが開示対象であるのに対し、有価証券報告書では子会社を含めた開示がされるためです。Joseph DePinto氏の場合、ほぼすべてが米国子会社からの報酬であったため、招集通知にはほとんど反映されませんでした。開示ルール上の違反はないものの、情報開示姿勢やタイミングに関して不快感を覚えたのは否めません。
同社報酬方針については以前から当ファンドが指摘してきたとおり、Joseph DePinto氏の報酬が業績貢献度に対して不釣り合いなほど金額が大きく感じられ、また同氏と他の役員の報酬水準の乖離幅があまりにも大きく不公平感(同氏が過大評価、他の役員が過小評価されている)があるのもぬぐえません。当ファンドはこれらの点について、大株主の一角として引き続き同社との面談を通じて問題提起しています。
このように株式市場から幅広く評価される「優良企業」では決してありませんが、同社に変化と今後業績の飛躍を期待していることから当ファンドでは買い増しを続けています。
具体的には現在苦戦している米国での既存店売上について、経営陣は正しい施策を打っていると考えられます。米国のコンビニエンスストアはガソリンスタンド併設型が多く、来店客の多くは給油ついでに買い物するだけのケースが多いと言われています。店舗の清潔感に欠け、治安面でも不安があるため、好んでコンビニで買い物をしようというインセンティブに欠けるのが実態です。このような問題点を認識し、同社は既存店の改装(看板の刷新、綺麗なトイレの設置、駐車場の線引きのやり直しなどを含む)を大々的に進めています。品揃えもフレッシュフードを中心に拡充を進めています。
日本と米国のコンビニ店舗は似て非なるものですが、米国からの訪日客が日本のコンビニを訪れて清潔感や品揃えの豊富さに感銘を受けているのを目の当たりにすると、日本型コンビニ店舗モデルの移植に成功すれば、同社の米国における成長の道が大きく開けると考えます。同社は日本では当たり前のPOS(販売時点情報管理)システム導入による単品管理や、同日複数回配送の仕組みなども着々とノウハウを移植しており、今後が楽しみです。また日本国内についても、同社の長年のコンビニ業界のリーダーとしての実績を鑑みれば、既存店売上の立て直しは十分可能だと思われます。
買い増しを続けているもう一つの理由は、現在の株価水準であれば下値不安が小さいと判断されるためです。即ち、安全余裕率(マージンオブセーフティ)の高い投資であるということです。コンビニビジネスは元来、小売業としては高い資本収益性、キャッシュフローを生みやすく、生活必需品を売っている業態であるため経営危機に陥るような可能性はかなり低そうです。パイオニアとして長年の実績があることにも安心感があります。
同社株のバリュエーションの割安さはPER、EV/EBITDA(買収にかかるコストを何年で回収できるかを⽰す値)、フリーキャッシュフロー利回りで説明できます。2023年6月のマンスリーレポートで解説したように、同社は日本の会計基準を採用しているため、Speedway社買収に関連するのれん償却費が年間10億ドル程度計上されます。このため、損益計算書上では、通常のEPS(一株当たり利益)(同社2025年2月期予想112.8円)とのれん償却前EPS(同163.62円)とでは4割以上の開きがあります。後者のEPSを前提とすれば現在の株価では実質的にPER12倍台と、東証株価指数の平均PERや当ファンドの平均PER水準も下回っています。のれん償却費とは現金の流出を伴わない費用項目であることから、当ファンドでは減損リスクがない限りにおいて、のれん償却前EPSを使用すべきと考えます。
現在のEV/EBITDAは7倍程度であり、同業で米国2番手プレーヤであるAlimentation Couche-Tard社(カナダ)の11倍強と比べて割安です。
フリーキャッシュフロー利回りでみるとどうでしょう。少し前の2023年2月期実績の営業キャッシュフローは9,285億円、投資活動に伴う支出は4,132億円、よってフリーキャッシュフローは5,153億円でした。同社の中期的な成長ビジョンは少なくともEBITDA(税引前利益に特別損益、⽀払利息、減価償却費を加えて算出される利益)1兆円以上の安定計上を見込んでいること、予想される年間設備投資4,500億円程度と法人税を差し引くと5,000億円近いフリーキャッシュフローをだし続ける実力はあると分析します。これを前提とするとフリーキャッシュフロー利回りは10%近く(フリーキャッシュフロー/時価総額)になり非常に割安です。仮に業績の下振れがあったとしてもバリュエーションの割安感は変わりません。将来に起こる出来事を完全に見通すことが不可能なように、当ファンドはセブン&アイ・ホールディングスへの投資が絶対に成功するとまでは考えていませんが、魅力的な投資機会だと考えます。
(追記)
去る8月19日、同社はAlimentation Couche-Tard社から買収提案を受けていることを公表し、これに伴って株価の急変動が起こりました。現時点において同買収が実現するかどうかは全く未知数です。しかし、当ファンドでは本件によって同社に買収妙味があることが明確になったと考えています。仮にAlimentation Couche-Tard社による買収が破談になったとしても、現状の株価水準で新たな買い手が現れる可能性が高く、株価下値リスクは大きく抑えられると期待しています。一方、当ファンドが同社株への投資から期待しているリターンの大きさに変化はありません。
4)セブン&アイ・ホールディングスとオリックスへの組入比率が突出して高いが?
当ファンドは現在、上記で説明したセブン&アイ・ホールディングスと前月解説したオリックスの2銘柄の組入比率が高くなっています。当ファンドは「特化型ファンド(個別銘柄への投資において、純資産総額に対して10%を超えて投資することが想定されるファンド)」であるため過去にも高い確信度を持つに至れば組入比率が10%を超えた銘柄はしばしばありました。例えば2010年代前半のキーエンス、良品計画、近年の日立製作所などは当ファンドに大きなリターンをもたらしてくれました。運用者にとって確信度の高い投資対象に大きく投資できるのは特化型ファンドならではの魅力です。
セブン&アイ・ホールディングスとオリックスは現在の相場環境で最も投資魅力があると考えています。ポートフォリオ内における個別株の優先順位は株価が上昇する場合の「期待リターンの大きさ」と、下落する場合の「下値リスクの大きさ」のバランスで決めています。
当ファンドが考える株式の期待リターンとは、現在考えうる株価上昇余地と、それに対する確信度の掛け算で求められると捉えられます。考えうる上昇余地がどんなに大きくても、その確率が低いと考えれば選好順位は高くなりません。この確率の考え方は投資家によって異なります。投資家それぞれの主観を含むので「確信度」と呼ぶわけです。
下値リスクの多寡についても同じことが言えます。理論上考えうる株価の下値は対象企業が倒産し株価がゼロになることです。しかし株が紙切れになるリスクはビジネスよって確率が大きく異なります。また株価が現在値から下振れるリスクも業績見通しなどによって異なります。
期待リターンがいくら大きいと感じても、下値リスクが同じように大きければポートフォリオ内での選好順位は高くなりません。運用者が各銘柄に対して考えるリスク・リターン特性をもとに組入比率の優先順位が決まってきます。今日現在は全組入銘柄のうちリスクとリターン面を総合的に勘案するとこれら2銘柄が最も魅力があると当ファンドは考えています。
しかし、ポートフォリオ全体のバランスについてはマンスリーレポートの開示内容が示唆するほどこれら2銘柄に偏ったポートフォリオではないというのが当ファンドの見解です。「半導体」(信越化学工業など関連4銘柄)および「損保」(東京海上ホールディングス、MS&ADインシュアランスグループホールディングス、SOMPOホールディングス)といった銘柄群をそれぞれ一括りとすれば、上位2銘柄と同程度の組入比率(アクティブウェイトベース)になっており均等分散が図られているからです。これらでポートフォリオの半分くらいを占めており、残りは10銘柄強で構成されています(全保有銘柄数21銘柄)。このようなポートフォリオ全体像の捉え方がリスク管理上、完全に適切とは言い切れませんが、ひとつの考え方として参考になると思います。
5)損保セクターにおける日本の南海トラフ地震リスクについて
当ファンドでは国内損保グループ3社を2022年春ごろより投資しています。こちらの投資理由については過去の運用コメントで取り上げています。
損保株に関して投資家の皆様が最も気になる点は、地震大国である日本において巨大地震が起きた場合の損保会社への業績影響でしょう。
結論からいうと、単年度業績としては大幅な減益を余儀なくされますが、現在懸念される南海トラフ大地震が発生したとしても、連結修正純利益が赤字に転落するリスクは極めて低いと考えられます。株主資本が大幅に棄損するリスクも極めて低いでしょう。
元来、国内損保企業は民間個人の地震保険リスクは引き受けておらず、全てを日本政府が負っています。従って家屋倒壊などの損害は業績上発生しません。一方、地震リスクにまつわる企業向け保険は損保各社が引き受けています(大抵は一部再保険を利用しリスクをコントロール)。
地震大国である日本で保険業を営んでいる各社はしっかりと保守的な経営をしています。例えば東京海上ホールディングスで国内損保事業を手掛ける東京海上日動火災保険㈱は関東大震災や伊勢湾台風クラスの壊滅的な大災害がおきても、予想される正味保険金は約1,664億円とシミュレーションされており今期予想修正純利益で十分吸収できる規模です。
同社はさらに同じ決算期中に南海トラフ大地震だけでなく、巨大台風、そして金融恐慌に同時に見舞われた場合でも、保険会社に求められる最低限の財務基盤には一切傷つかないように事業運営するといった徹底ぶりです。
勿論これらのイベントが起きれば支払保険金が一時的に急増するだけでなく、政策保有株が多額に残っている現状では投資先からの配当収入減少や、保有株式の株価大幅下落、また有事(リスクオフ相場)に起こる円買いによる為替相場の急変なども予想されます。損保企業の経営健全性を示すESR(Economic Solvency Ratio)が大きく下がるのは不可避でしょう。しかし日本の損保会社は財務内容を棄損しないような経営体力と収益力を有しています。災害が発生した年度を終えれば、業績は順調に回復していくでしょう。
短期的には損保各社の株価は、株式市場の反応として条件反射的な売りも含めて大幅下落するかもしれません。しかし、これまで阪神大震災、東日本大震災など数々の地震災害を乗り越え、上場来高値を更新しているとおり、損保各社は日本が地震大国であるからこそ十分な備えができていますので、過度な心配は必要ないと考えます。
6)なぜ含み資産株として不動産株に投資しないか?
当ファンドでは2022年以降の市場環境認識として、日本の「インフレ常態化」と「金利の正常化」をキーワードとしてご説明してきました。かねてからインフレ抵抗力があることが魅力的なビジネスには求められ、最近では金利上昇の恩恵を受けるビジネスが好ましいともコメントしてきました。
インフレ抵抗力という意味では、コモディティ化していない(差別化された)製品やサービスを手掛けたり、圧倒的なシェアを持つことで強い価格決定権を持つ企業への投資が望ましいと考えます。一方でインフレが追い風となる投資対象として、資産価値上昇の恩恵を受ける含み資産株も想起されます。具体的には不動産事業会社のように土地保有関連の企業が挙げられますが、当ファンドでは大手デベロッパーには投資を行っておりません。その理由としては以下のようなものが挙げられます。
- 不動産ビジネスは資本集約的かつ地理的優位性以外に差別化を図りにくい。
- 資産価値に着目する場合は、所有不動産の立地が重要となるが、将来にわたって「一等地」であり続けるような場所を見極めるのは容易ではない。例えばコロナ禍でオフィス物件の本質的な価値があやうくなったり、住宅地も周辺の再開発動向や自然環境の変化で将来も価値ある物件であり続けるか判断が難しいうえ、日本に限って言うと人口減少国であること自体が不動産市場にとっては長期的な逆風になる。
- 含み益が豊富だとしても、どこかの時点ではそれをマネタイズして、株主に還元されることが理想であるが、賃貸事業が主体の企業には現実的ではない。国内大手デベロッパーが含み益を顕在化させるために都心一等地のオフィスビルを全て売却するのは想定しづらい。
- 国内大手デベロッパーは全般的にROE(株主資本利益率)が低く、配当利回り・総還元利回り面でも当ファンドで組み入れている損保・メガバンク・総合商社に比べて見劣りする。
- 国内大手デベロッパー各社は成長のために国内物件や海外不動産など固定資産取得に資金を投じており、フリーキャッシュフローの水準が低く、国内損保などに比べて積極的な増配や自社株買い余力が乏しい。一方、国内損保、銀行などは大規模な追加資本(銀行借入や社債などの他人資本)を必要とせずに本業を伸ばし、なおかつ潤沢な株主還元が実行可能。
- インフレによる賃料引き上げで不動産価値があがったとしても、実質金利が上昇すれば、逆に価値棄損がおきうる(不動産賃料がインフレと同じペースで上昇すると仮定した場合、実質金利の上昇はキャップレートの上昇になる)
なお当ファンドが含み資産という切り口でオリックスに投資をしているのは、投資案件の発掘から、投資実行、最終的なエグジットによる含み益実現までの一連の流れが同社のビジネスモデルそのものになっているからです。本業以外の保有資産(ノンコアアセット)の含み益や、将来の売却可能性が低い資産の含み益(株主に対して配当などのキャッシュフローのかたちで還元される見込みがない)を根拠とした資産株への投資よりも、キャピタルリサイクリングを通じて保有資産の含み益が定期的に顕在化されるオリックスのようなビジネスのほうに当ファンドは投資妙味を感じます。
7)コングロマリット型投資事業会社への投資の考え方について
最後にコングロマリット(分野の異なるさまざまな業種や事業展開を行う企業)型投資事業会社株への投資についての考え方をご説明します。広義では日本を代表する投資事業会社には総合商社、ソフトバンクグループ、オリックスなどがあてはまると考えられます。
これら企業の投資対象は、事業買収だけでなく、再生可能エネルギー・不動産など実物資産への投資、上場企業株や未上場株投資、そのほか金融資産への投資など多岐にわたります。
このなかで上場株への投資を中心に行う投資事業会社がもっともコングロマリットディスカウント(*)の対象になりやすいと考えます。なぜなら一般投資家は当該投資事業会社を経由することなく自前で各投資先の株を株式市場で買うことができるからです(**)。
(*)株式市場において、事業が多角化されている企業の株価は、それぞれの事業が単体で運営された場合の合計と比べると低く評価されてしまうこと
(**)商社やオリックスなどは上場会社株への投資も行いますが、ポートフォリオの大半は一般の投資家にはアクセスし難いユニークな資産で構成されていると考えます
投資事業会社を経由して投資する場合、当該会社が投資先企業の株式売却を行うと、売却益課税が発生するだけでなく、当該会社自身が支払う法人税も一般株主が負担することになるという二重課税問題が不利になります。また投資を実行する投資事業会社の人材のためのコストなど間接費用もかかります。一般株主にしてみれば、自分にとって最適な投資ポートフォリオを直接組めるほうがメリットは大きいといえます。
これらの理由から投資事業会社株は投資先持分の時価評価合計を下回るケースが大半です。上場株に幅広く浅く投資しているような投資事業会社の株を買うことが望ましいのは、当該会社の銘柄選択眼が自分よりも優れていると判断される場合などに限られるでしょう。
上述したような例ではソフトバンクグループが最も大きなコングロマリットディスカウントの対象になっています。同社は昨年再上場を果たした半導体デザイン・知財保有会社のArm Holdings(ARM)社(英国)の株式を筆頭に、国内通信大手のソフトバンク社、米通信大手のT-Mobile社などの上場株を多く保有しているためです。同社の開示によると今年6月末時点で保有株式資産に占める上場株比率は82%(VC投資を行うSoftBank Vision Fundの保有銘柄も含む)にのぼっています。
しかし同社のコングロマリットディスカウントはやや不当に大きいと考えられます。現在の同社時価総額は約12兆円です。これに対し、保有する株式資産を時価評価した場合の同社純資産価値は2024年8月6日時点で24.9兆円あり、この半分以上はARM社(同社保有分の株式価値は約14兆円と同社自身の時価総額より大きい)です。ソフトバンクグループはARM社の9割を保有し(連結対象)、経営にも関与できる立場にいます。すなわち、ソフトバンクグループ株へ投資することは実質的にARM株へ投資することと同等の意味を持つのです。さらにARM株だけを直接買い付けようと考えている一般投資家では享受できないメリットとして、上場株以外に2024年6月末時点で8兆円以上の価値があるとされるSoftBank Vision Fund(SVF1、SVF2、LatAm Fundの合計)が実質的にほぼタダで手に入れられるという点が挙げられます。
以上のことから、当ファンドでは前月よりソフトバンクグループに小規模な投資を再開しています。
今後の運用方針
当ファンドでは設定来、「魅力的なビジネスと卓越した経営陣を併せ持つ企業を安く買う」を投資戦略としており、今後グローバルで飛躍が見込まれる日本企業を厳選しポートフォリオを構築いたします。引き続き、以下の投資基準に合致すると考えられる企業を少なくとも3~5年程度の時間軸で評価し、長期的な観点で投資を行ってまいります。
- ビジネスモデルがシンプルで理解しやすい
- 本質的に安全なビジネス
- 有利子負債が少ない強固なバランスシート
- 高い参入障壁に守られたビジネス
- 持続可能な高ROE(株主資本利益率)とそれに見合う利益成長
- 景気動向に左右されず潤沢なキャッシュフローを生み出している
- 資本コストを理解し、最適資本配分ができる卓越した経営陣
2024年7月の運用コメント
株式市場の状況
2024年7月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比0.54%下落し、日経平均株価は前月末比1.22%下落しました。
当月の日本株式市場はボラティリティの大きい相場展開となりました。月前半は、前月からの好調な流れを引き継ぎ堅調に推移しました。米国の雇用統計で労働需給の逼迫が緩和される兆しが見られ、FRB(米連邦準備制度理事会)の年内利下げ観測が高まったことで、長期金利が低下し、米国のハイテク株が上昇しました。日本でも半導体関連銘柄が相場を支え、日経平均株価は連日で史上最高値を更新し、11日には4万2,000円台に到達しました。しかしながら米国消費者物価指数が想定以上に軟化し、米国ハイテク株に利益確定売りが入ったことやドル円が円高方向に振れたことなどから、日本株式市場は下落に転じました。そして月後半に入ると下げが一層加速しました。トランプ氏が大統領選で優勢と伝わると、米中対立の深刻化やドル高是正などの自国優位政策が懸念され、半導体関連株に売りが膨らみ、日本株にも影響が及びました。さらに日銀の追加利上げやFRBの利下げ観測から「円キャリー取引」の巻き戻しが発生し、ドル円は一時151円台を付け、日本株式市場も幅広く売りが広がり、日経平均株価は3万8,000円を割り込む水準まで大幅に下落しました。
31日に日銀は金融政策決定会合で政策金利を0.25%程度に引き上げることを決定し、国債買い入れの減額計画も明らかにしました。また、米国政府が対中国の半導体輸出規制で日本などを除外すると報じられると、半導体関連株が反発し日本株式市場は下げ幅を縮小して当月の取引を終えました。
ファンドの運用状況
当月、当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐2.49%の下落となり、参考指数であるTOPIX(配当込み)の同0.54%の下落を1.95%下回りました。
当ファンドのパフォーマンスにプラスに寄与した銘柄は、信越化学工業、オリックス、ロート製薬などでした。⼀⽅、マイナスに影響した銘柄は、セブン&アイ・ホールディングス、日立製作所、ルネサスエレクトロニクスなどでした。
当月のレポートでは主要組入銘柄であるオリックスを久しぶりに取り上げます。2022年に投資を開始してからの同社に関する当ファンドの見解は以下をご参照ください。
オリックスは国内最大級のノンバンク・金融サービス会社です。1964年設立時のリース事業を皮切りに「金融」と「モノ」の専門性を高めながら、船舶リース、レンタカー、融資、航空機リース、不動産開発、アセットマネジメント、プライベートエクイティ(PE)投資、事業再生、ベンチャーキャピタル、生命保険業、銀行業、再生可能エネルギー(再エネ)、空港運営など多角化を進めてきました。また同社は欧米やアジアでのビジネスも展開しています。
オリックスのような企業が魅力的かどうかはどのように判断すべきでしょうか。金融・投資事業会社は、製造業などのようにダントツの市場シェアや特定の技術あるいはブランド力をもとに競争優位性を見極めることはなかなかできません。金融業は通常、バランスシートにレバレッジをかけて事業を行います。このためソルベンシー(支払い能力)リスク、流動性リスクなどに対する感応度が高く、経営次第では本源的価値が大きく傷つく可能性をはらんでいます。
そこで当ファンドでは過去の経営実績(トラックレコード)とリスク管理面や資本規律といった企業文化を調査して判断するようにしています。組織カルチャーは長年にわたって受け継がれ、それが競争優位性になるという前提に立っているからです。勝ち組と負け組を分けるのは企業文化といっても過言ではありません。日本ではバブル崩壊以降、日本長期信用銀行(現SBI新生銀行)、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)がずさんな経営による不良債権問題で力尽き、海外では2008年世界金融危機でLehman Brothers Holdings社(米国)やBear Sterns社(米国)が倒産しました。反対に三菱UFJフィナンシャル・グループやJP Morgan社(米国)が今日トップの銀行として君臨しているのは、まさにトレンドに流されずに堅実な経営が受け継がれ、かつリスクをとるべき時に攻めの経営を行ってきた結果だと考えます。
オリックスは設立から約60年間、バブル崩壊(1993年3月期)、アジア通貨危機(1998年3月期)、ITバブル崩壊(2002年3月期)、リーマン・ショック(2009年3月期)、コロナショック(2021年3月期)など様々な逆風がありましたが、毎期黒字の計上を続けています。2010年3月期に世界金融危機の余波で公募増資を余儀なくされたというネガティブなイベントはありましたが、トラックレコードとしては合格と言えます。当ファンドが本源的価値増減の近似値としてみている一株当たり純資産伸び率は過去10年でみて年率平均8.9%を達成しています。
現在のオリックスの魅力は、同社が隠れた訪日客恩恵銘柄であること、そして国内金利上昇の恩恵銘柄であることです。コーポレートガバナンスも素晴らしく、株価も割安と考えます。
隠れインバウンド恩恵銘柄
当ファンドではかねてから日本の訪日客需要を強気にみています。外国人にとって円安による旅行費用の安さと、北海道から沖縄まで南北に広がる豊富な観光資源(その間には東京、大阪、京都、福岡などの魅力的な大都市が点在)、治安の良さ、充実した公共交通機関、食事や買い物面での魅力、サービスレベルの高さなどが大きな魅力であるのは疑いありません。特に円安は大きなインセンティブです。一人当たり消費額も増えやすく、平均滞在期間もより長くなると期待されます。
2024年の年間訪日客数は2019年の約3,200万人を超えると予想されますが、これは単なる通過点でしょう。他国の事例では、世界中の観光客を惹きつけるスペインやフランスは年間8,000万人以上を記録していますし、アジア地域でもタイにおいてコロナ禍前には約4,000万人もの外国人観光客が訪れていたことを勘案すると、日本でも観光客受け入れ能力も工夫次第で拡大余地は大きいはずです。
オリックスを「隠れインバウンド恩恵銘柄」とあえて呼んでいるのは、代表的なオリエンタルランド(訪日客に人気のある東京ディズニーランドを運営)や百貨店、ドラッグストアなどと異なり、もともとインバウンド関連として大きく注目されていないためです。しかし同社には空港コンセッション事業、国内旅館ホテル運営事業、航空機リース事業など、関連性の高い事業がいくつもあります。これらはコロナ禍で大打撃を被り、2022年3月期は3事業合計で200億円以上の赤字を余儀なくされましたが、当ファンドでは経済リオープニングによってコロナ禍前のピーク利益(2020年3月期の3事業合計利益実績701億円)までは早期に回復すると当初から予想しました。つまり控え目にみても900億円以上の利益改善(200億円以上の赤字→701億円の黒字)が見込まれ、そこから更に利益拡大すれば全社に与えるインパクトは大きくなると考えました。これら3事業以外のセグメントの利益成長も加味すれば、投資開始した当時のPER(株価収益率)10倍以下、PBR(株価純資産倍率)1倍割れ、配当利回りと自社株買いを加えた総還元利回り5%超は非常に魅力的であると結論に至ったわけです。
以下、同3事業の近況について解説します。
空港コンセッション
まずは「事業投資・コンセッション」セグメントに含まれる空港運営事業です。オリックスは持分法適用会社である関西エアポート社(出資比率4割)を通じて関西国際空港(関空、年間旅客数約2,500万人)、大阪国際空港(伊丹空港、同約1,500万人)および神戸空港(同約340万人)を運営しています。
空港運営ビジネスは典型的な参入障壁の高いビジネスです。通常、空港は一地域に一つしかありませんので独占的なビジネスとなります。一等地にビルを所有する不動産デベロッパと同じように地理的な競争優位性では、一旦立地を抑えてしまえば資金力だけでは新規参入者は対抗できません。
特に関空は、日本国内で羽田、成田に次いで3番目に多い旅客数を誇ります。完全24時間運用可能であり、関西地方では唯一の国際ゲートウェイです。コロナ禍で大幅な業績悪化に見舞われ、関西エアポート社の当期純利益は2020年3月期の過去最高335億円(うちオリックス帰属分は4割)から翌年には345億円の赤字に陥りましたが、2024年5月の旅客数は2019年同月比で約9割まで回復しています。利用者回復の最大ドライバは言うまでもなく訪日客であり、海外旅客数だけをみると5月時点で同106%とコロナ禍前の水準をすでに超えています。大阪、京都は日本全国のなかでも東京、福岡などと並んで特にインバウンド比率が高いため、観光需要増の恩恵をストレートに受けています。
関西エアポート社の収益源はターミナル内の免税、物販、飲食の直営店舗売上、テナントからの賃料収入および航空会社から受け取る航空機の離発着料などです。ターミナル内での利用者一人当たり売上が多いのは国内旅客よりも海外旅客であり、関空は引き続き堅調な伸びが予想されます。リオープニング以降回復が鈍い中国人観光客が戻ってくればさらによくなるでしょうし、直営店の値上げやテナント料の引き上げができれば更なるアップサイドにつながります。2025年には同空港の収容能力は4,000万人まで拡張されることが決まっているのもプラスに働くと考えます。
また他の2つの空港(伊丹空港と神戸空港)も関西エアポート社傘下にあるため、3空港で今後の旅客需要に見合った最適な運営が可能です。例えば神戸空港は小規模な空港ですが、全国でも有数のシティ型空港で、都市部に近いというメリットがあります。同空港は現在国内線のみですが、2030年頃には国際定期便の就航が予定されており、関空を補完する役割が期待されます。関空だけでは海外旅客を受け入れきれない場合は同空港が受け皿となるでしょう。
国内旅館・ホテル運営
国内旅館・ホテル運営は「不動産」セグメントに含まれています。「佳ら久」、「はなをり」といったブランドの旅館リゾートやホテルリゾート「CROSS HOTEL」、およびシティホテルなどを全国で合計25か所、約5,500室を展開しています。コロナ禍で90億円程度の赤字に転落したものの、現在は回復しています。
ホテルや旅館のオペレーションで重要な指標となるRevPAR(Revenue per Available Room)(*)は、同社決算説明資料によるとホテル事業で2019年同月比147%、旅館事業で同120%になっておりコロナ禍前のピークを大幅に上回っています。同社は人手不足のため稼働率回復が80%程度で既に頭打ちとなっていること、競争激化により新規ホテル建設や取得は手控えていること(同社の規律のきいた投資方針が表れています)から今後は大幅な業績改善が続くとは予想していません。しかし当ファンドでは、客室平均単価(ADR:Average Daily Rate)の更なる上昇余地があると考え、引き続き成長が期待できるとの見方です。
(*)RevPARは販売された全客室の平均単価を示したもので、ADRと稼働率(OCC:Occupancy Ratio)の掛け算で算出されます。
ADRが上ぶれの可能性があると考えるのは、円安の影響によって日本国内の宿泊料金が国際的にみて未だ割安なためです。現在の日本の物価は他の先進国水準よりもまだ大きく下回っています。当ファンドでは、ドル円為替レート上の過度な円安が購買力平価メカニズムを通じて是正(円高へ修正)されるよりも、現在の為替レートに見合う水準まで国内価格が上昇していくことで不均衡が是正していく可能性のほうが高いとみています。このため、国内の宿泊料金も同社が想定する以上に上昇すると考えています。
航空機リース
航空機リース事業は、100%子会社であるORIX Aviation Systems社(アイルランド)と持分法適用会社のAvolon Holdings社(アイルランド)を通じて展開しており、「輸送機器」セグメントに計上されています。前者は中古機体を中心に取り扱っており、後者はAirbus社(フランス)、Boeing社(米国)などの航空機メーカーから新型航空機を直接購入し、世界中の航空会社にリースしています。Avolon Holdings社を含めたオリックスの航空機リース事業はAerCap社(オランダ)、SMBC Aviation Capital社(アイルランド)に次ぐ世界第3位の規模を誇ります。
世界の航空機リース市場は2023年の1,541億ドルから2033年まで年率7.3%で成長し3,159億ドルの規模になると言われている成長産業です。航空会社は資金負担の重い高額な機体を直接保有せず、需要増減に対応しやすいリースを活用するケースが増えています。コロナ禍後のリオープニングで旅客需要が以前の成長軌道に戻っている上、格安航空会社(LCC)の勢力拡大も受けて、リース会社は航空機を大量発注しています。現在、世界の航空機の47%がリース会社の保有とされています。
新造機の需要は高まる一方ですが、供給側は制約に直面しています。背景にあるのは、航空機関連メーカーがコロナ禍当時の需要急減に伴って人員削減に踏み切ったことがあります。足元では再度人員を増やそうとしていますが、米国などでは賃金上昇や人手不足が目立ち、十分に作業者を集められていないのが実態です。2018年と2019年に起きたBoeing社製航空機の墜落事故や2023年に発生したPratt&Whitney社(米国)の航空機エンジン不具合問題などで業界全体の機体生産スピードの大幅な鈍化につながっています。Aribus社もサプライチェーン問題から新造機の納入が当初スケジュールより遅れていることを先日発表しました。
加えて、現役航空機の生命線ともいえるエンジンメンテナンスでも問題が深刻化しています。コロナ禍で引退した熟練エンジニアが多かったこと、一連の事故・不具合を受けて安全基準の厳格化が起きており、エンジンメンテナンス周期が短期化していることも世界で稼働中の航空機需給のタイト化に拍車をかけているようです。
これらの理由から、航空会社が支払うリース料はコロナ禍前の水準をすでに超えています。現在の業界環境は貸し手である航空機リース事業者にとって大変有利なのです。
同ビジネスはリース料が収入源となりますが、近年値上がり傾向にある保有機体の資産価値も同じく重要です。需給が非常にタイトなため現役航空機の価格が上昇基調にあります。リース契約が終了し、十分な残価があれば、リース会社が当該機体を最終的に売却する時点で売却益を計上することができます。2024年3月末現在のオリックス航空機リース事業は52機保有、Avolon社は534機保有、456機を発注済みです。両社のフリート(企業が所有する航空機群)とも民間航空会社の間で現在主流であるナローボディ機種(旅客機のうち内部の通路が1つしかないもの、A320Neoなど)が8割程度を占めており、機体年齢も5~6年程度と若く、リース先地域も分散されているのが魅力です。
大阪IRについて
オリックスには他にも中期的に訪日客の恩恵を受けるビジネスが立ち上がる計画があります。いわゆる大阪IR(Integrated Resort/統合型リゾート)の開発です。日本では初となる本格的なカジノ施設を目玉とし、高級ホテル、娯楽施設、国際会議場、ショッピングモールを網羅した一大リゾートプロジェクトとして2030年頃の大阪夢洲において開業を目指しています。オリックスは開発主体である大阪IR社に約43%出資しています。シンガポールのMarina Bay Sands、マカオのCotai Stripや米ラスベガスの成功にみられたように、外国人客を惹きつける観光資源として注目されています。同社とMGM Resorts International社(米国)が中心になり、プロジェクト全体で計画されている1兆円クラスの投資は海外に匹敵するスケールです。まだ最終的な投資金額や建設スケジュールなど流動的なところが多いですが、リスク・リターンをしっかり考えて立ち上げに成功すれば同社株の魅力はさらに増すと思われます。
国内金利正常化の恩恵も受ける
オリックスはリースを祖業とし、今日では銀行融資や生保なども手掛けています。このため、銀行や保険業界と同様に国内金利上昇によって、これまで低収益性に喘いでいた業況の改善が見込まれます。具体的には、短期プライムレート連動の投資用不動産ローンが多いオリックス銀行にとって追い風ですし、オリックス生命にとっては運用環境の改善によって資産利回り向上が期待できます。
またリース事業も市場金利が上昇し始める段階こそ、資金調達のコスト上昇が先行するため一時的に利ザヤが圧迫されますが、通常はリース料へ価格転嫁されます。むしろ金利の絶対水準が底上げされることでリース会社にとってはスプレッドを取りやすくなるのでポジティブです。長年、収益が苦しかったメガバンクや地銀はボリュームで利益成長を確保するためリースを多用する中小企業に対して貸出攻勢をかけていました。しかし金利が正常化すれば、貸出案件の選別が行われるようになりリース会社にとっては競争条件が緩和されるはずです。
同社統合報告書2023では、国内金利上昇が如何にオリックスの金融事業にとって浮上するチャンスになるかが井上CEOによって語られています。
「現在の金融環境で0.2~0.3%程度の利ザヤでは、1件の事故でも致命傷になりますので、リースやファイナンスで失敗から学んで跳ね返すようなリスクテイクは許容できない状況が続いていました。(中略)この間、日本円でも金利が上昇すればリースやローンでもスプレッドを確保できる機会は増すだろうと考えていたので、法人営業の人材と全国ネットワークの維持に努めてきたのです。法人営業はほかの事業と協働し、クロスセルにも注力することで、金利収益のみに依存することなくROA(総資産利益率)3%を達成してきました。ここに金利スプレッド収益が回復してくる余地が出てくると、ファイナンス会社で今でも全国ネットワークを持っているのは当社だけですから、金融でも再びお客さまに貢献でき、ネットワークに非常に価値が出てくると確信しています。」
さらに想像を働かせれば、オリックス経営陣が金利正常化を好機にオリックス銀行やオリックス生命の売却など大規模な事業ポートフォリオ入れ替え(キャピタルリサイクリング)を行うかもしれません。両事業とも多額の資本を使うビジネスであることから、同社ROE(株主資本利益率)の引き下げ要因になっていました。しかし昨年来、楽天銀行、住信SBIネット銀行といった新興系銀行の新規上場もあり、オリックス銀行に客観的な価値をつけやすくなったことで、親会社オリックスにとっては売却や上場などの選択肢が増えていると考えます(*)。国内生保業界では既存の保険契約をバルク(包括方式)で海外PEなどに売却するクローズドブック取引が活発化してきているので、オリックス生命にも何かしらの動きが今後出てくるかもしれません。オリックスがキャピタルリサイクリングを上手く行い、資本収益性を高めることができれば同社株に対する株式市場の評価が上がると考えます。
(*)ただし、現在は両社合わせて1,000億円程度の税前利益を稼いでいます。売却する際には、一過性の多額の売却益を計上できる一方、オリックスの経常的な「ベース利益」は今後減少することになります。経営陣は全社利益を大幅に減らさないよう、売却資金をより資本収益性の高い事業への再投資することを考えなくてはなりません。
一方、金利上昇は資産価値評価の際の割引率が上昇するため、オリックスが保有する投資資産の価値目減りにつながる可能性があります。しかし、投資エグジット先となる海外投資家からみれば円安が進んだことで投資余力が増しているので、同リスクは吸収できると考えます。また保有資産のなかには、航空機のように金利上昇による資産価値の下落要因よりも、需給バランスのタイト化による価格上昇要因のほうが上回っているものもあります。
オリックス海外事業はどうでしょう。現時点ではユーロ金利・ドル金利下落のほうがポジティブに働く構造になっています。例えば同社傘下の資産運用会社Robeco Groep社(オランダ、2013年)や再エネ関連のElawan Energy社(スペイン、2022年)を買収した際に調達したユーロ建て借入の金利負担が重いため、ユーロ金利は下落が望ましい状況です。ドル金利については、資産負債がマッチングしているため金利感応度は中立的ポジションになっていますが、同社が展開しているMBS(モーゲージ債券)組成ビジネスは住宅ローン金利の高止まりが逆風となっています。また国内同様、米国PE投資案件に関しても、高金利環境が続くとエグジットしにくくなりますので、インフレの落ち着きに伴うドル金利引き下げは同社の米国事業全般にとってはポジティブとなる状況です。
株価のバリュエーション
オリックスのビジネスモデルは投資会社であるため、PBRで評価することが適切だと考えます。同社は様々な事業資産や金融資産に投資を行い、そこから得られる収益や資産価値を引き上げて本源的価値を拡大させ、将来どこかの時点で利益を顕在化させることを本業としています。エグジットに備えた保有資産の価値が重要なので、将来のフロー利益を前提としたディスカウントキャッシュフローモデルよりも、バランスシート上の資産から負債を差し引いた純資産価値の増減を本源的価値変化の近似値として注目します(*)。
(*)逆に自動車メーカーなどの製造業は保有資産(主に工場資産や生産設備)の入れ替えに伴う株主価値の向上は本業ではありません。よって保有資産価値の増加をベースとしたバリュエーションはふさわしくないと考えます。
あくまで「近似値」とするのは、同社がPE投資案件、不動産、再エネ資産など含み益が反映されていないアセットを多く保有していると当ファンドでは分析しているからです。さらに航空機リース事業では、上述のとおり将来納入予定の発注済み機体が数多くあります。1機当たり価格が数十~数百億円となるこれら最新機種の資産価値は足元増加基調にあり、納入時には含み益が生じることが予想されます。これらは将来バランスシートに計上される予定の含み益資産です。これらを全て総合すると恐らく5,000億円から1兆円近い未だ顕在化していない含み益になると想定されます。同社の決算短信上に記載されている純資産が4兆円程度ですので、小さくない金額です。
同社株価は財務諸表上の純資産に対してPBR1倍程度まで上昇しましたが、これら含み益を考慮した実質的な純資産価値では未だに1倍を下回っていると考えられます。同社の井上CEOによる「PBR1.5倍が、含み益を考慮した場合のPBR1倍に相当するだろう」というコメントは当ファンドの見方を裏付けるものです。
また同社株はフローの収益で評価するPERでみても割安感があります。決算説明資料において経営陣は「ベース利益」と「売却益(キャピタルゲイン)」にわけて解説しています。ベース利益とは保有している資産から毎期生み出される収入をもとにした利益、「売却益」は事業ポートフォリオ入れ替えを目的とした事業売却・資産売却をした際に不定期に発生する利益を指します。後者は毎期安定して見込めないことから、株式市場では一過性利益として過少評価されがちです。しかし当ファンドはオリックスが投資事業会社である以上、年度によって上下動は大きいものの、長期では恒常的な貢献が期待できる利益項目としてバリュエーション上は重視すべきとの見解です。過去5年平均で1,140億円を計上しており、同社経営陣は今後も年平均1,000億円程度の売却益は計上できる自信をみせています。
最近も様々な事業会社へ大規模な金額を投じており、PEポートフォリオは引き続き充実しているようです。
- DHCを買収(株式出資1,000億円、ノンリコースローン(買収先の事業収入を返済原資とする融資)1,000億円、キャッシュ1,000億円)
- 東芝への出資(LP投資(ファンドへの出資を通じたベンチャー投資活動)1,000億円、メザニンローン(通常のローンよりもリスクが高い資金供給)1,000億円)
- 三徳船舶を買収(企業価値ベースで約3,000億円も詳細は非開示)
これら投資の多くはキャピタルリサイクリングで得られた売却資金が充当されているとみることができます。例えば、オリックスは2014年に会計ソフト大手の弥生を約800億円で買収し、2021年に米PE投資会社KKR社に約2,400億円で売却を行っています。その後、同売却資金でDHCを買収しています。事業規模の拡大に伴ってオリックスの投資案件が大型化していけば、将来の売却益も今より大きくなる可能性があるでしょう。
PBRか、それともPERか/ROEについて
当ファンドでは、現時点では含み益を考慮したPBRによる株価評価が妥当だと考えます。一方、経営陣は中長期的にアセットをあまり使わないフィービジネスに注力していく方針です。例えば2024年3月期決算説明資料には「投資案件が大型化する中、『アセマネ・シフト』を進め、AUM100兆円を目指す(2024年3月期末時点:69兆円)」と記載されています。同戦略が狙いどおりに進めば、同社の株価評価軸はPBRからPERへよりシフトしていくと予想します。
同社は総資産約16兆円に対して自己資本約4兆円(自己資本比率約24%)です。経営陣は3~4兆円程度の自己資本は必要との認識ですが、アセットをあまり使わないビジネスの比率が上がってくれば、自社株買いをして自己資本を減らしても財務安定性を損ねることなく、ROEを上げやすくなるはずです。将来の見通しが立ちやすいフィービジネスの成長によってROEが向上していけば、これまで10倍前後に留まっていたPERもより高い倍率が許容されると考えます。結果としてPBRが1倍を優に超える状況も考えられるかもしれません。
一方、ROEを収益性指標として現時点で使用することはあまり適切ではないと考えます。オリックスの収益構造上、保有している投資資産が売却に至る前までの価値上昇は必ずしも当期純利益に認識されないこと、一部の保有資産の含み益はバランスシートに表れないものも多いためです。
なお余談ですが、最新の2024年3月期の決算説明資料では、同社の現状ROE9.2%を補足するものとしてROTE(Return on Tangible Equity、有形自己資本利益率)ベースでは13.2%とより高い数値を開示していますが、この数値をもって同社の資本収益性が高いと主張するのはミスリーディングであると当ファンドは考えます。
ROTEでは株主資本から買収で取得した無形固定資産を除いたものを分母として使用しています。この指標は取得したビジネスが買収前にいかに高い資本収益性であったかを示しています。一方、オリックス株主からみた買収案件の資本収益性を計算する際にはあくまで実際に投下した投資金額(のれんなど無形固定資産を含んだもの)が分母となります。どんなに資本収益性の高いビジネスを手中におさめても、高い買収資金を払ったのであれば、途端に低ROEビジネスとなってしまいます。オリックス経営陣による買収判断の巧拙がはっきりと表れる通常のROEこそがオリックス株主が着目すべき指標だと考えます。
フィナンシャルバイヤーとしてのオリックス、ストラテジックバイヤーとしての総合商社
当ファンドではオリックス、総合商社とも投資事業会社として捉えています。両者には重複する部分がある一方、違いもあります。商社の投資事業では、ストラテジックバイヤー(戦略的買収者)として商流を抑えることで、バリューチェーンのなかで投資資産の価値引き上げを目指すことに主眼が置かれています。これに対しオリックスはあくまでフィナンシャルバイヤー(金融的買収者)として投資価値をあげて、売却を目指すというビジネスモデルです。資産回転型の色彩がやや強いほうがオリックスだと思います。井上CEOは過去のインタビュー記事で「こちらは投資そのものが目的で、3年での回収を目指す。商社は20~30年で、周辺事業を含めて利益を上げることを考える」、「商社から共同事業を持ちかけられることもあるが、ほとんど実現しない。彼らが目標とするROAは当社よりかなり低いからだ。商社は投資先との関係を作って商売をしたいという発想が強いためか、われわれから見ると割高な値段をつけることが多い」と投資目的、投資期間、目標リターンなどの違いを説明しています。
また統合報告書2023で同氏はオリックス流投資においてキャピタルリサイクリングの重要性を以下のように述べています。
「船舶リースは通常、期間が10年以上の長期であるため、必ずと言っていいほどリース期間中に何かが起こります。当時は中途解約不能のリース契約が多く、万一解約をすると借り手であるお客さまが負担する多額のペナルティーが契約に定められていました。そのためお客さまは何らかの理由で船舶が事業で不要になった場合でも、解約して多額のペナルティーを払うよりそのまま放置せざるを得なくなってしまい、結局は担保の資産価値を毀損して与信に問題が生じることがあったのです。私はお客さまが返したいものを、契約の定めで返せないというほうがビジネスとして合理性がないと思いましたので、引き揚げてまたほかのリース先を見つければよい、すなわち、船舶という営業資産を金融ビジネスの考え方で回転させる仕組みがあればよいと考えた訳です。これがキャピタルリサイクリングの考えにつながっています。資産であれ資金であれ、それを回転させるというのは労力がかかりますので、本当は置いたままで収益を生んでくれればこんなに楽なことはありません。しかし市場の変化はいつどの程度起こるか誰にもわからないので、日頃から常に資産・資金の回転、リサイクリングを想定した準備が不可欠だと考えます。」
オリックスの場合、投資案件にゴーサインを出すか否かは概ねIRR(Internal Rate of Return、内部収益率)15%を基準に判断を行っているそうです。商社のように業界毎にバリューチェーンは組みませんが、求めるIRRが相対的に高いため、エントリープライスにこだわるのが特徴的といえそうです。そして新規案件に投資を行った瞬間からエグジットのことを意識する考え方が定着しています。事業環境変化に柔軟に対応し、注力する投資分野を切り替えていけるのも「オリックスらしさ」と考えます。
一方で、オリックスが最近になって総合商社業界の動向を意識している様子も伺えます。2024年3月期通期決算発表では、新たな株主還元策として「当期純利益の39%を配当、自社株買い500億円」を発表しています。配当性向は33%から引き上げられ、原則前年度の配当実績との比較でいずれか高いほうとするという累進配当的な方針になっています。また自社株買いについては投資案件のエグジットによって売却益を計上できる年度には積極的に行うことも検討しているようです。
昨年の東証による所謂PBR1倍割れ是正取り組み発表以降、国内上場企業による余剰資本の積極活用策として株主還元が加速したのは記憶に新しいところです。特に総合商社、銀行などの業種は長年PBR1割れ銘柄の常連だったため、いち早く対外的に還元内容の拡充を打ち出しました。結果として、両セクターが株式市場で人気化し、割安であった株価水準が大きく改善したのは、よく知られている通りです。このような動きに触発されてか、当ファンドでは昨年来四半期決算発表のたびに井上CEOの発言の端々から還元方針拡充に向けた意欲を感じていました。同銘柄の組入比率を引き上げた理由のひとつです。
コーポレートガバナンス
コーポレートガバナンスの観点からみた同社は優等生です。同社は2015年より「指名委員会等設置会社」の形態を採用しています(実質的には2000年代より導入)。有価証券報告書をみると指名委員会、監査委員会、報酬委員会とも全て社外取締役のみで構成されており、監督と執行の分離が徹底されています。当ファンドが把握している限り、現在日本に存在する指名委員会等設置会社のうち、委員会全てが社外取締役のみになっているのは同社とHOYAなど僅かです。
同社の統合報告書も読みごたえがあります。特にCEOメッセージでは、井上氏によって経営者としての考え方や気持ちを自分の言葉で率直に書かれています。他社では形骸化している統合報告書も散見されるなか、同氏の内容は経営者として自己採点などが印象的です。
「就任5年目の2019年の統合報告書で率直な評価を50点位と申し上げましたが、さらに4年が経った現時点では60点位と考えています。2019年にも課題の一つに挙げたミドル・バックオフィスのコーポレート機能強化は、例えばダッシュボード化などリスク管理体制の高度化が進んでいるものの、まだ満足できるレベルではありません。DX(デジタルトランスフォーメーション)推進では、ビジネス現場のノウハウとテクノロジー専門家の知識が適切に融合するよう、経営情報化委員会の委員長として自ら時間を費やしていますが、さらにスピードアップすべきであるため、現状の評価は辛めの点数となります。事業については、変化を先読みした機動性の点では、弥生売却や社船売却などをタイムリーに実行できましたが、課題なしという訳ではありません。例えば米国で進めるアセットマネジメント事業強化などのビジネスモデルの転換と、金融政策変更による米ドル金利上昇については、マーケットのタイミングに即応してさらに迅速に対応すべきと考えます。こうしたことから現在の評価を60点位とした訳です。」
統合報告書2024のCEOメッセージにはどのようなことが書かれているのか楽しみです。
なお井上CEOは現在71歳なので、決して「若いCEO」とは言えません。同氏のコメントからは当面続投するエネルギーが十分みなぎっているようにみえますが、一方で後継者へのバトンタッチの時期が近付いていると示唆する発言も目立ちます。
「CEO就任から9年が経ちましたが、次世代へのバトンタッチは以前から意識しています。後継者は現在の方針を踏襲する人を選ぶべきという意見もあるようですが、私は違うと思っています。次世代のCEOは、むしろ私のやり方を否定するくらい明確な自己を持った人が務めるべきでしょう。」
当ファンドでは、同氏の経営手腕を高く評価しており、セルサイドのアナリストの間でも同氏を支持する声は多いように感じます。具体的な後継者がみえていないことを不安視する向きもありますが、当ファンドでは性善説の立場で、同社の指名委員会がしっかりとした人選を行ってくれると考えています。現在の市場による株価評価には少なくとも「井上プレミアム」なるものは認められません。一部の上場企業のようにカリスマ経営者を理由に株価が高く評価されているケースに比べるとCEO交代が大きくネガティブ視されるリスクは低いと考えます。
最後に
オリックスには様々な事業部門(10事業セグメント)があるため、総合商社同様、複雑な印象があり敬遠されがちです。しかしシンプルに考えれば「他人資本を活用して投資リターンを得る」事業です。同社はこれを創業来うまくやっています。ファンドマネジャーやアナリストは投資先企業を詳細に分析する能力が求められるのは勿論ですが、一方で物事を単純モデル化(しかし過度に単純化し過ぎない)してビジネス評価できることも大変重要です。オリックスは当ファンド7つの投資基準のひとつである「ビジネスモデルがシンプルで理解しやすい」の条件についても十分に満たしていると考えます。
今後の運用方針
当ファンドでは設定来、「魅力的なビジネスと卓越した経営陣を併せ持つ企業を安く買う」を投資戦略としており、今後グローバルで飛躍が見込まれる日本企業を厳選しポートフォリオを構築いたします。引き続き、以下の投資基準に合致すると考えられる企業を少なくとも3~5年程度の時間軸で評価し、長期的な観点で投資を行ってまいります。
- ビジネスモデルがシンプルで理解しやすい
- 本質的に安全なビジネス
- 有利子負債が少ない強固なバランスシート
- 高い参入障壁に守られたビジネス
- 持続可能な高ROE(株主資本利益率)とそれに見合う利益成長
- 景気動向に左右されず潤沢なキャッシュフローを生み出している
- 資本コストを理解し、最適資本配分ができる卓越した経営陣
2024年6月の運用コメント
株式市場の状況
2024年6月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比1.45%上昇し、日経平均株価も前月末比2.85%上昇しました。
当月の日本株式市場は、日米の金融政策の動向に注目が集まるなかレンジ内でもみ合いの推移となった後、円安の進行とともに月末にかけて上昇しました。月前半は、米国金融政策の動向を巡り米国マクロ経済指標に注目が集まるなか、雇用・物価関連指標等の結果を受けインフレ鈍化の見方が支持され、目先のFRB(米連邦準備制度理事会)の利下げ観測の高まりから米国長期金利が大幅に低下し、米国株式市場は半導体・ハイテク株中心に上昇しました。この流れを受けて、日本株式市場も上昇しました。月半ばには、日銀金融政策決定会合で、日銀が国債買い入れ減額の方針を固めたものの、具体策については公表が見送られ、円安の進行とともに日本株式市場は上昇しました。その後は、会合後の記者会見にて日銀総裁より買い入れ減額規模について「相応の規模になる」との発言があったことや、7月の会合で利上げを行う可能性も否定しない主旨の発言があったこと、また、フランス政治不安が改めて意識され下落した欧州市場の影響などいくつかの材料が出るなか、日本株式市場は下落する場面がありましたが、月後半にかけて株価は持ち直しました。月後半は、ドル円レートが一時161円台まで下落し、1986年12月以来およそ37年ぶりの安値を更新しました。円安が支えとなったほか、日本長期金利の上昇を受けた銀行株などの上昇も相場をけん引し、月末にかけては配当金の再投資の観測もあるなかで日本株式市場は前月末対比で上昇し、当月の取引を終えました。
ファンドの運用状況
当月、当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐3.70%の上昇となり、参考指数であるTOPIX(配当込み)の同1.45%の上昇を2.25%上回りました。
当ファンドのパフォーマンスにプラスに寄与した銘柄は、日立製作所、東京海上ホールディングス、リクルートホールディングスなどでした。⼀⽅、マイナスに影響した銘柄は、ソシオネクスト、セブン&アイ・ホールディングス、三菱商事などでした。
当ファンドの投資戦略である「魅力的なビジネスと卓越した経営陣を併せ持つ企業を安く買う」は、企業が生み出す利益(キャッシュフロー)をビジネスに再投資することで更なる価値を生むという本源的価値の増大プロセスに着目します。そのため当ファンドでは参入障壁が高く資本収益性に優れたビジネスを展開し、平均を上回る成長性を持つと考えられる企業を選好します。株式投資の王道ともいえるこのアプローチは、米国の著名投資家であるウォーレン・バフェット氏の投資方法にも共通するものです。しかし、バフェット氏が投資するような業種やビジネスモデルに似た日本企業に投資しても成功するとは限りません。日本で同アプローチを実践するには、日本特有の国民性、企業文化の理解が必要であるためです。そこで当月は株式投資の視点から気づく「ここが違うよ日本」、「ここが変だよ日本」、や「ここが凄いよ日本」などについてお話しようと思います。
横並び意識の強い日本人の良いところ・悪いところ
日本人に特徴的な同質性と社会平等性について
第一に、日本人の同質性について考えてみます。日本人は単一民族であり物事に対する考え方が似通っているため、「あうんの呼吸」と表現されるように、言われなくても相手の意を汲んで動くことが求められます。したがって企業の現場では明言された画一的な作業オペレーションはあまり導入されていないケースが多いようです。これは外国人労働力などを採用するときにしばしば問題となります。
給与制度面では横並び意識の強さが弊害となり、実力主義の導入がなかなか進んでいません。いわゆる「ジョブ型雇用」を通じて変わりつつあるとはいえ、未だに多くの会社が終身雇用・年功序列賃金制を前提としています。一口に「賃上げ」と言っても、日本特有の「ベースアップ」は一律全員に適用しなくてはならず、会社全体の大幅な人件費増となってしまいます。ゆえに賃上げには一大決心が求められてしまうのです。当ファンドではこれら制度の良い面を認めつつも、今後の日本経済にとっては同慣習を見直す余地が大きいとの立場です。資本主義経済の歴史をみる限り、実力主義の給与文化が根付いた国のほうがより繁栄したのは明らかです。
一方で良いニュースとしては、日本でも欧米的な経営を実践する企業が現れ始めていることです。当ファンドの組入銘柄であるルネサスエレクトロニクスは最近、従業員の定期昇給(*)を延期したというニュースが話題となりました。同社社長の柴田英利氏は日本経済新聞の取材に対して「(そもそも)ベースアップなど日本以外ではほぼ聞かない。海外では事業環境が軟調な中で賃上げを実施することは考えられない」と述べています。当ファンドでは同社の半導体ビジネスが持つ魅力や株価の割安さに加え、柴田氏の経営者としての手腕を高く評価しています。同様に組入銘柄であるソニーグループは、2024年2月に傘下ゲーム事業会社のグローバル社員数8%相当を削減すると発表しています。また前月には組入銘柄リクルートホールディングスの傘下にあるIndeed社(米国)が約1,000人のレイオフ(再雇用を前提にした一時的解雇)を発表(2023年にも2,200人の削減を実施)しています。直近は3社とも過去最高益を記録しているにも関わらずコストコントロール強化しているのは注目に値します。ひと昔前であれば終身雇用・年功序列制度の呪縛から柔軟な給与制度を運用できず、収益悪化が深刻になって初めて人員削減を行う企業が大半でした。一方、欧米では業績悪化の兆しが見えた時点で先回りして余剰人員の整理を行うのが通例です。また全社業績動向に関係なく、資本コストに見合わないと判断されれば部門単位の人員削減もします。今回3社が行ったような先手を打った人件費コントロールは日本企業では過去にあまり見たことがありません。これは日本企業の変化を感じられる良い兆しだと考えます。さらには実力主義賃金制度の導入も広がっていくことを期待したいところです。
*ベースアップは全社員に対して一律の基本給の引き上げ、定期昇給は年功序列に基づいて昇給する仕組み
社会平等性の意識がもたらす弊害は多い
一方、全般的には横並びの意識が強すぎる国民性は変化を妨げ、至るところで日本経済の足かせ要因になっています。以下に列挙します。
- 日本企業の人材育成でみられるジェネラリスト(幅広い知識や技能、経験などを備えた人材)志向は社員全員が平等な扱い受けることを企図していると考えられます。一般的にジェネラリスト制度では社員が同一部署・同一業務に長期にわたって配属されるケースは少なく、数年ごとに定期人事異動が行われます。大抵3~5年程度で辞令が出るため、例えば海外取引先企業からは日本人との長期的な信頼関係が築きにくいなどの意見が散見されます。現地顧客からすれば、すぐ帰国してしまう日本人と真剣にビジネス関係を構築しようという気持ちにならないのでしょう。
ジェネラリスト制度ではまた、様々な部署を経験することになるため、特定の領域における知識の蓄積が進まず、専門家としてスキルのある人材が育ちにくいというデメリットもあります。特に資産運用業界では、昔は親会社である銀行や証券会社から傘下の運用子会社にアナリストやファンドマネジャーとして配属されたとしても、数年後には親会社に戻ったり、全く異なる部署に人事異動となったりしたため、「真のプロ」は育ちにくい環境だったようです。 - 日本企業が社内会議を開く際にみられる「根回し文化」も弊害があります。「根回し」は事前に関係者全員の意思統一をしたうえで会議に臨むことを企図しています。これも「横並び意識」の文化です。幹部メンバーに対し事前説明を個別に行いコンセンサスをまとめるため、時間とコストがかかり、どうしても意思決定が遅くなってしまいます。2024年1月4日の日本経済新聞によるインタビューでタイ財閥サハグループ会長は日本企業について「従来のステップ・バイ・ステップを踏襲しており判断が遅い。(革新の)スピードが速い今の世界には合わない」と厳しい意見を述べています。
- ライドシェアサービス(一般ドライバーが運転する自家用車に利用者が相乗りするサービスのこと)については紆余曲折を経てようやく日本国内で解禁されました。本サービスを導入するか否かの議論では当初から諸外国に比べて異常なほどの慎重論が続出し、解禁に反対する人が一人もいなくなるまで実現が許されない様相でした。規制緩和することで社会的に不利益を被る人を一切出してはならないという考えが根強いためでしょう。これも横並び意識のひとつだと思います。日本人には一般論として弊害や不都合を徹底排除してからしか先に進めないという国民性があります。今後国民の間で議論になるかもしれない移民政策の導入可否についても、似たような困難が予想されます。人口減少を解決する切り札として移民を受け入れるとしても道のりは相当長いでしょう。
- 2024年3月27日付日本経済新聞では小野薬品工業㈱の相良暁社長が日本の薬価について、「自らの販売拡大で薬価が下がるのは仕方ない面もあるが、関係のない他の薬のために下げられるのはいかがなものか。日本の制度は理不尽だ」と発言しています。元々は国民皆保険制度とは医療制度面で社会的弱者を出さないように生まれた制度だと考えられますが、これが行き過ぎてしまい、逆に国民全体が「ドラッグ・ラグ」(海外製薬メーカーが日本の厳しい薬価制度では十分な利益を生み出せないと判断し、すでに承認済みの画期的新薬の日本投入の見合わせや上市しないこと)による不利益を被るようになっているのは本末転倒と言えます。
今後当ファンドが注視したいのは、日本の「ゾンビ企業」についてです。国内金利が上昇すれば非効率な経営を続ける零細企業、いわゆる「ゾンビ企業」の経営は厳しくなるかもしれませんが、これらの企業を延命することは望ましくないと考えます。超低金利環境下のみで生存できる低収益企業の存在は長年のデフレ要因でしたが、2024年4月14日付け日本経済新聞に掲載されたインタビューで経済産業相の斎藤健氏は「これまでの中小企業政策は力の強い大企業に対し、弱い中小を支えるという発想に立ってきた。同じ中小規模でもスタートアップのように、どんどん成長していこうという企業は中小政策の主眼ではなかった」と語っています。護送船団方式で産業政策を進めるのは時代にそぐわなくなっていると認めているようです。斎藤氏は体力のない企業の退場を後押しこそしていませんが、当ファンドは「ゾンビ企業」が淘汰されることはデフレ脱却を確実なものにするために必要不可欠との見解です。社会の一部の方々にとっては痛みを伴うかもしれませんが、政策を動員することで日本が乗り越えなくてはいけないハードルだと考えます。
「出る杭は打たれる」文化でもある
日本人の横並び主義では社会的弱者を一人も残してはいけない側面がある一方、一人だけ抜け駆けして「勝ち組」になったり、「得する人」が出たりすることも良しとはしません。日本には「出る杭は打たれる」という諺もありますが、これは革新を妨げる要因だと考えます。例えば、国内外から資産運用会社を呼び込むための「金融・資産運用特区」構想があります。これは国内の巨大な家計金融資産を貯蓄から投資へ促す施策の一環でもありますが、資産運用業にとって日本の魅力を高めるには、運用会社で働く外国人のために生活インフラを整備するだけでは不十分でしょう。日本は国際的にみても所得税、配当課税、譲渡益課税、そして相続税などの税率が非常に高い国であるため、シンガポール・香港・ドバイといった金融センターと伍していくためには低い税率を打ち出すことも必要と思われます。しかし、税負担の重い一般的な日本人からしてみれば特区に導入される可能性のある税率優遇は納得しがたい雰囲気になりかねません(逆に税率面でのメリットがなければ人材はなかなか集まらないでしょう)。以上を踏まえると、国際的に競争力のある金融センターを日本で育成するのは様々なハードルがあるような気がします。
しかし横並び精神のいい面もある
さて、ここまで日本人の同質性や社会平等意識の強さがもたらす弊害を中心に見てきましたが、逆に強みが発揮される局面もあります。
- 最近の日本株上昇の原動力にもなっているコーポレートガバナンス改革の進展はその一例です。「よそがやっているから、うちもやらないとまずい。」、「よその会社が皆PBR1倍に改善するなか、うちの会社だけ1倍割れはみっともなくて恥ずかしい」といった空気が醸成されていると感じられるのは、日本人の横並び意識の強さがプラスに作用している例です。日本人の同質性は昨今の東証によるPBR1倍割れ解消の取り組みにおいてプラス効果を発揮しているような印象を受けます。
- 2023年春闘から顕著な賃上げトレンドも「よそが賃上げしているから当社もやらなくては」という消極的な理由で行われているイメージがありますが、デフレを克服するきっかけ作りとしては評価すべき動きです。2023年9月の運用コメントで議論したように、本来賃金の伸びは労働生産性の伸びによってもたらされるべきものです。労働分配率を上げることによる賃上げは、企業の収益性を低下させてしまい持続的ではありません。今の日本はホワイトカラー労働生産性の改善がみられないなかでの賃上げ運動なので最良シナリオではないものの、当ファンドでは逆説的に賃上げによって従業員の士気をあげ、生産性改善の流れが強まることを期待しています。
- 年初の新NISA導入をきっかけとして家計金融資産の「貯蓄」から「投資」へのシフトが活発であるのも横並び意識が後押ししているとみることができます。2,000兆円を超える個人金融資産を一気に投資に向かわせることができれば日本経済を動かす大きな力になりえると考えます。
日本はようやくデフレを抜け出した感があります。諸外国では敬遠されるインフレが日本では「デフレからの脱却」としてポジティブに捉えられています。海外ではインフレを抑えるための利上げが経済へのマイナス材料と見なされますが、日本では金利の「正常化」として捉えられ、むしろ低収益環境に喘いできた金融業などにはポジティブに働くでしょう。2023年11月の運用コメントで触れたとおり、これらは日本株独自の市場押し上げ要因です。
今後は日本でインフレが常態化し、消費意欲が刺激されるかに注目です。2024年の春闘で2年連続大幅な賃金増となったのは実質賃金成長がプラスに転じるための明るい材料です。次に注視しなくてはいけないのは家計のマインドセットが変わるかどうかです。多くの日本人にとって人生初めてのインフレ環境下、人々が合理的に行動するのか、すなわち物価が上昇する世界では、積極的に消費のためにお金を使うようにならなくてはいけません。なぜなら、デフレ時代のように消費を先延ばししても値下がりは期待できないからです。
さらにインフレは通貨価値を目減りさせるので、銀行預金より金融資産に投資して価値保全を考えるようになります。つまり「おカネが動き出す」のです。日本人が少子高齢化、人口減少など将来を悲観して、引き続きお金を使うのをためらうようであれば、景気には寄与しません。先行きを楽観できるような将来像が描けるかが正念場です。日本国民の大多数が自分を中流階級だという考えを意味する「一億総中流」という言葉や、岸田首相による「分厚い中間層の形成」などにも表れている通り、日本人の横並び意識の強さが日本を変化させる原動力として試されます。
日本人によるモノづくり文化の良いところ・悪いところ
愚直なモノづくり姿勢と職人気質
第二に、日本人の特徴はモノづくりに長けていることだと思います。この背景にあるのは、日本人の勤勉さ、手先が器用であることなどがよく言われています。また日本の製造業の強みとしては、マニュアル化できない(=他人に真似のできない)属人的なモノづくり技術を指す「匠の技」や「暗黙知」、取引先同士がきめ細かに連携していく「擦り合わせ」型モノづくりなど多くの表現で説明されています。
当ファンドでは度々、これら日本のモノづくり優位性に着目した銘柄選択を行ってきました。例えば半導体製造では、様々な化学材料の配合や温度コントロール、状態変化の管理といったアナログ的な要素を精密に制御し、試行錯誤を繰り返すという作業が求められます。忍耐を要する作業を愚直に取り組むのは、日本人の強みが生かされやすい分野です。ノーベル化学賞で日本人による受賞が多いことも偶然ではないと思います。短期実績重視の欧米企業や中国企業に比べ、赤字続きで短期的に芽が出なくても事業継続を許容する日本企業は株式市場には受けがよくありません。しかし忍耐強く続け事業化に成功した暁には他社が追いつくのはもはや不可能なほど製造ノウハウが蓄積され、それが参入障壁となることが往々にしてあります。当ファンド組入銘柄では東京エレクトロンの半導体製造装置、信越化学工業の半導体シリコンウェハー、ソニーグループのCMOSセンサー事業などでモノづくり競争優位性が生きていると考えます。
つくるのは上手いけど、儲けるのはあまり得意ではない
しかし、品質細部にまでこだわる日本人の美徳が不利に働くこともあるように思います。それは顧客が求める以上の過剰な品質にしてしまうきらいがあることです。「ガラパゴス現象」という日本企業のモノづくり戦略を揶揄する言葉があるのは皆さんもご存じのとおりです。加えて、せっかく良いものを作ってもそれに見合った対価を得ていない(適正な価格設定ができていない)という問題もあります。平たくいうと「つくるのは上手いけど、儲けるのが不得手」ということです。不十分な価格設定が日本企業の資本収益性の低さに繋がっているのです。2023年9月の運用コメントで取り上げたとおり、自動車メーカーを筆頭とした日本企業は物量ベースでみた労働生産性は高い水準(単位労働当たり多くの生産量を生み出せる)にありますが、金額ベースでみた労働生産性は国際的にみて低位に留まっています(*)。海外に比べて日本のモノやサービス価格が非常に安い(過去のデフレおよび昨今の円安も要因)ことからも分かるように、製品に対して適正な値付けがされていないため十分な利幅を確保できていません。日本企業はより能動的に価格戦略を見直し、価値に見合った値上げをする必要があります。それによって資本収益性が改善し、東証が主導しているPBR1倍割れ解消も進むと思われます。言い換えると、もっと「儲けよう」という気持ちを持つことが大切です。
*2021年の日本の労働生産性は経済協力開発機構(OECD)に加盟する38カ国中27位、とりわけ主要先進7か国(G7)では最下位という結果に終わっています。
頻発している品質検査不正スキャンダルの背景にあるのは規範に対する日本人の過剰なこだわり
昨今の日本製造業(トヨタ自動車㈱、本田技研㈱、日産自動車㈱、スズキ㈱、マツダ㈱、ヤマハ発動機㈱、日野自動車㈱、ダイハツ工業㈱、㈱豊田自動織機、三菱電機㈱他)では品質検査不正が相次いでいます。当ファンドではこの問題の根底には日本製品の過剰品質があるのではと考えています。すなわち、日本の安全・品質基準は国際的にみて過剰に高いレベルで定められており、それを維持するために生産現場が疲弊して不正に繋がったのではないでしょうか。法令違反自体は許されるものではありませんが、不正問題の対象となった製品モデルにおいて欠陥による深刻な消費者被害は起きていないことからも、日本のモノづくりの信頼性の高さは揺らいでいないと考えます。日本人は品質へのこだわりが行き過ぎているがために、自らを苦しめているのではないでしょうか。
日本企業の従業員にしわ寄せがいっているのは、会社側が常に高い規範をクリアすることを求めているからです。実行の持続性に関わらず正確性や体裁を重んじるのは、日本人の道徳観が根底にあると思われます。このような日本人のこだわりの強さは例えば店舗における勘定締めの際、1銭でも合わなければ最後まで店を閉められないといったエピソードにも表れています。また海外と異なり日本の公共交通機関が時刻表に従って寸分の狂いもない運営に力点を置いていることも該当します。当ファンドが理解している限り、海外文化では1銭の行方を最後まで突き止めることや1秒単位で運行管理することの費用対効果を冷静に考え、より合理的な考え方をする傾向があるように思います。日本人が「筋論」を優先し、間違ったことやルール逸脱があれば多寡に関係なく事態を重んじるのは良い面であり、非効率な面ではないでしょうか。
また日本人の語学力に関しては学校での英語授業が文法ばかりに力点をおいているため、完璧な文法にこだわりすぎてしまい、英会話に自信を持てる人が少ないと言われています。こうしたこだわりが、日本人の英語力が世界的に劣っているという評価の要因にもなっているのは残念なことです。
日本人のド根性精神の良いところ・悪いところ
第三に、日本人の特徴として合理主義をあまり美徳としないところが挙げられます。「苦労して得たものこそ価値がある」という考え方や、痛み・苦しみに耐えることを美学とする根性論も根強く残っているように感じます。例えば、
- 昨今話題の糖尿病治療薬オゼンピック、マンジャロについて、海外では肥満症にも適応が広げられダイエット用途にも処方が速やかに認められた一方、日本では医師会、糖尿病学会より同様の処方は認められませんでした。当ファンドが行った日本人医師からのヒアリングによると「楽して痩せる」ことを良しとしない風潮がこの判断の背景にあったとのことです。
- 日本人の出産では自然分娩が主流で、無痛分娩の割合は全体の約9%と圧倒的に少数です。一方、米国では約7割、フランスでは約8割が無痛分娩を選んでいます。先進国として医療水準が高いにも関わらず、日本で無痛分娩が少ないのは、痛みに耐えて出産することが立派とされる社会通念上の考えがあるようです。
- 人間ドックにおける胃カメラ検査も海外(欧米諸国)では麻酔を使用して患者の苦痛を軽減するのに対し、日本では患者が痛みや不快感を我慢して検査を受けることが一般的です。
- 米国ではコロナ禍で人々のワークスタイルが変化しリオープニング後も多くの企業で在宅勤務が続けられています。通勤時間の無駄を省き、生産性を高めるという合理的な考えから定着したと思われます。このため米国ではオフィスビル市況の低迷が続いています。一方、日本ではリオープニングに伴い従業員はほぼ例外なく出社を求められるようになりました。日本のほうが「在宅勤務で楽をするのはけしからん」という空気が強いためでしょう。労働生産性を高めるという視点はあまりないようです。米国と異なり、日本ではオフィス市況の持ち直しが顕著です。両国の文化や国民性の違いから生じている興味深い現象です。
- アジア諸国、中東地域などではメイド(住み込み外国人家政婦)が中流階級家庭にもいることが一般的です。例えば香港などではメイドを雇うことで夫婦による共働きが容易になっています。結果、家庭における女性が人的資源として最大限に社会で活用されています。翻って日本では同様の制度は検討されたことは殆どなく、結婚退職が一般化し、共働き世帯にとっては家事が重い負担となっています。家事・子育ては自分で行うべきものという社会通念があると思われます。
このように枚挙に暇はありませんが、日本人の「楽をしてはいけない」というメンタリティはホワイトカラーの業務効率化の遅れにも影響していると考えられます。日本の文化や価値観は長い歴史と伝統の中で形成され、高度経済成長期のように強みを発揮した時代もありましたが、今日の低いホワイトカラー生産性の改善のためにはあらゆる観点で発想を変える必要があるのではないでしょうか。
日本は特異だからこそアクティブ運用が向いている
以上のように日本人は欧米からみて良くも悪くも文化や国民性がかなり特異です。加えて言葉の壁もあります。だからこそ日本株への投資で成功する際には、日本人の特徴をしっかりと理解したアプローチが必要です。とくに外国人投資家の参加率が高い日本株式市場では、こういった日本ならでは特異性を知りつつ、欧米資本主義的な視点で企業分析できるアクティブ運用者は銘柄選択において大きな競争優位性になると考えます。
アクティブ運用対パッシブ運用の対決では世界的にアクティブ運用の存在価値の低下が言われて久しいです。しかし日本に限って言うと、まだまだ当ファンドのようなアクティブ運用が活躍できる余地が多分にあると考えます。その理由は、まさに日本の特異性にあるのではないでしょうか。日本の株式市場では株価のミスプライシングが発生しやすく、統計上の「市場の効率性」が低くなっています。モーニングスター・ジャパン㈱が2024年1月末時点で集計した内容によると、10年間の運用成績がTOPIX(配当込み)を上回ったアクティブ型大型株投信の割合は約32%、期間が3年間と5年間の場合はそれぞれ約32%、約40%でした。これは同割合が1割を大きく下回る米国に比べて格段に高い数値です(つまり日本株市場はアクティブ運用が市場平均を上回れる余地が大きい)。日本株に投資するのであれば、パッシブ(ETF)ではなくアクティブ運用を通じて行うほうが有効であると当ファンドが考える理由はまさにここにあります。
今後の運用方針
当ファンドでは設定来、「魅力的なビジネスと卓越した経営陣を併せ持つ企業を安く買う」を投資戦略としており、今後グローバルで飛躍が見込まれる日本企業を厳選しポートフォリオを構築いたします。引き続き、以下の投資基準に合致すると考えられる企業を少なくとも3~5年程度の時間軸で評価し、長期的な観点で投資を行ってまいります。
- ビジネスモデルがシンプルで理解しやすい
- 本質的に安全なビジネス
- 有利子負債が少ない強固なバランスシート
- 高い参入障壁に守られたビジネス
- 持続可能な高ROE(株主資本利益率)とそれに見合う利益成長
- 景気動向に左右されず潤沢なキャッシュフローを生み出している
- 資本コストを理解し、最適資本配分ができる卓越した経営陣
2024年5月の運用コメント
株式市場の状況
2024年5月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比1.16%上昇し、日経平均株価も前月末比で0.21%上昇しました。
当月の日本株式市場は、月前半は4月の米国雇用者数が市場予想を下回り、米利下げ観測が強まったことから日米株式市場ともに上昇しましたが、日銀の金融政策正常化観測などから上値が抑えられました。月半ばには米消費者物価指数や米小売売上高など予想を下回る指標が発表され、金融引き締めの長期化への懸念が後退しました。その結果、米国の主要3株価指数が史上最高値を更新し、日経平均株価も一時39,000円を回復しました。さらに、NVIDIA社(米国)が市場予想を上回る好決算を発表し、半導体株が軒並み上昇して相場を支えました。月後半は、米景気の底堅さを背景とする利下げ動向への懸念や、日銀総裁の追加金融引き締めを示唆する講演が再び注目されて日米長期金利の上昇により株価が下落しましたが、最終的には金利上昇がひとまず一服したとの見方が買い戻しにつながり、前月末を上回る水準で月を終えました。
ファンドの運用状況
当月、当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐2.97%の上昇となり、参考指数であるTOPIX(配当込み)の同1.16%の上昇を1.81%上回りました。
当ファンドのパフォーマンスにプラスに寄与した銘柄は、日立製作所、リクルートホールディングス、MS&ADインシュアランスグループホールディングスなどでした。⼀⽅、マイナスに影響した銘柄は、三菱商事、信越化学工業、ロート製薬などでした。
2023年3月に東証より「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」が発表され、株価が純資産価値1倍を下回っている企業の是正に関する取り組みが話題になってから1年以上が経ちました。この発表には、上場企業に企業価値を高める努力をしてもらうことで株価を持続的に上昇させ、日本株式市場の魅力を向上させていくという狙いがあります。特に東証は企業が株主資本コストをしっかりと意識した経営をすればこれらを達成できると訴えています。
もともと本取り組みは、株価が純資産価値を割れている(PBR(株価純資産倍率)1倍を下回っている)上場企業の割合がおよそ5割にものぼっていたことを問題視し、改善策を開示・実行するよう要請したのが始まりでした。そのため、あたかも株価が長期低迷している企業だけが対象のようにみえますが、実際は東証の意図は違うところにあります。当ファンドでは、昨年11月に当ファンド組入銘柄でもある東証運営企業の日本取引所グループにお話しを伺いました。そこで議論となったのは「PBR1倍割れの企業だけでなく、1倍超えの企業にも株式資本コストを意識した経営を根付かせるためにどうするかが今後の課題である」というものでした。これはまさに当ファンドも問題視している点です。PBR1倍を超える企業の多くは資本収益性(=ROE(株主資本利益率))が資本コストを上回る優良企業です。しかし日本企業のなかにはいわゆる優良企業でありながら、最適な資本配分ができていない企業が散見されます。現状のままでも「資本コストを上回っているのだから、それでいいじゃないか」という反論がありそうですが、実はこのような日本企業には悩ましい問題が潜んでいるのです。
当ファンド組入銘柄のキーエンスを例に見てみましょう。同社は営業利益率、過去成長率、資本収益性、財務内容のどれをとっても超がつくほどの優良企業です。2024年3月期時点で総資産2.96兆円に対し、純資産は2.80兆円も積み上がっているのは株主還元に積極的ではないためです。しかし肥大した純資産にも関わらずROEが約14%と平均的な日本企業を大きく上回っていることや、過去15年間の時価総額増分も同社が同期間に内部留保した合計額を大幅に上回っていることなどから、なかなか株主として文句をつけがたい状況にあります。
企業の資本収益性を表す指標としてROCE(Return on Capital Employed:使用資本利益率)がありますが、同社の余剰資金を除いた実質的なROCE(*1)の値は110%以上と驚異的なレベルです。これはすなわち、財務の安定性を損なわない範囲で自社株買いを行って自己資本を縮小(適正化)させれば、同社のROEは飛躍的に上昇することを意味します。例えば、2024年3月期時点で2.8兆円ある純資産を1兆円まで縮小させればROEは約36%まで上昇、同5,000億円なら約73%、同2,500億円なら約145%という計算になります。自社株買い後の財務健全性についても、仮に使用資本(有形固定資産、無形固定資産、運転資金)に月商3か月分の現預金を加えたものを事業継続上必要な総資産(約7,000億円弱)とすれば、純資産5,000億円あれば自己資本比率は73%、同2,500億円だとしても36%と好財務を維持できることがわかります(*2)。つまり大量の自社株買いを行ってROEを高めても同社の健全な財務は犠牲にならないということです。
(*1)営業利益/(有形固定資産+無形固定資産+運転資金)
(*2)当ファンドが同社資本収益性の改善余地としてもうひとつ注目しているのは運転資金です。同社は売上原価と棚卸資産から計算される在庫回転期間が6か月と総資産規模に比べて金額は僅少ながらも回転期間は一般的な製造業としてかなり長めです。売掛債権回転期間もやや長い一方、買掛金回転期間は1か月と短めであるため、運転資本の改善余地は小さくありません。
同社がROEを高められない要因として、長年、本業であるファクトリーオートメーション用センサー事業を通じて稼いだ巨額の利益を余剰資金(現預金、有価証券、投資有価証券他)としてバランスシート上に抱えたままでいることが挙げられます。これは日本の経済システム全体でみると決して好ましくありません。資金を必要とする分野に必ずしも資金供給がされていないという意味では、経済資源の最適配分になっていないからです(*3)。しかしキーエンスのような個別企業には、一国の経済全体のことを考えて行動するインセンティブはあまりありません。
外部からの買収や乗っ取りの脅威にさらされるとしても、優良成長企業である同社株は常に割高なことでも知られており、常識的に考えれば買収ターゲットとなるリスクは極めて低いでしょう。また日本の会社法上、株式を1%以上保有すれば株主総会で株主還元や経営陣の入れ替えなどに関する株主議案を提起できますが、アクティビストが標的にするにしても同社は超大型株であるため資金面でハードルが高いのが現状です。仮に複数の株主が協力して同社に物言いをつけるべく集団で圧力をかけようと目論んでも、長期にわたる良好な株価パフォーマンスを鑑みれば、総意として同社に異を唱えるのも実現が難しそうです。そもそも、株価上昇を通じて長年株式市場に貢献しているため、東証の目的である「市場の魅力を高める」役割自体をすでに果たしているとも言えるのです。
(*3)同社の余剰資金が日本国債などの投資有価証券に振り向けられることで政府部門に「必要資金が回されている」という議論も成り立ちますが、ここでは異なった視点での議論を展開することとします。すなわち、キーエンスが本業の成長資金として手元資金を使い切れない以上は、資金を還元することで、株主により魅力的な投資機会を別途見出しもらうことを最適な資源配分とみなします
また、同社がコーポレートガバナンス強化に有効とされている「指名委員会等設置会社」ではなく、「監査役会設置会社」形態を採用しているのはやや残念だと考えます。社外取締役の顔ぶれは、監査法人の公認会計士、法律事務所の弁護士、大学教授の3名のみです。株主視点に立って、現行路線を変えようとする活発な議論はなかなか聞こえてきません。現経営陣の報酬の決定方法は営業利益額のみに連動するようになっており、当ファンドの組入銘柄である日立製作所などのように資本収益性や株価条件が評価項目として入っているわけでもありません。言い換えれば、同社が自主的にあるいは株主の意向をうけて株主還元を拡充したり、その結果として資本収益性を向上させたりというインセンティブは乏しいのです。
このような企業に対して「ROEの重要性を理解しろ」「そのために株主還元を強化しろ」と注文をつけても効果は見込みにくいのが現状です。個別企業は経済にとっての全体最適を考えた行動はとらず、所詮部分最適でしか物事を考えられません。よって、キーエンスのような企業に外圧をかけて変化を期待するのは極めて難しいというのが当ファンドの見方です。
一方、欧米企業社会では日本とは対照的に資本主義の考え方が幅広く根付いています。たとえ明文化されていなくとも、個人個人の価値観のなかに美徳として資本収益性を高める意識が醸成されており、報酬制度にも同様の考え方が組み込まれているように思います。従って、余剰資金があれば積極的に株主への還元を行い、それが資本収益性の向上につながることで、経営陣の報酬にもダイレクトに恩恵をもたらします。欧米には証券取引所が主導する「資本収益性改善運動」のようなものは存在しません。つまり本来であれば、政府や証券取引所が関与するようなことではないのです。半面、欧米と異なり企業文化が支配的な国では、キーエンスのような「優等生組」の資本配分行動を変えていくために、やはり政策による後押しがある程度必要なのかもしれません。例えば現状水準よりもROEが改善すれば税制を優遇するなどのアイデアがあれば面白いかもしれません。
同時に、企業経営者は報酬インセンティブを通じて資本収益性の向上に自発的に取り組むようになるべきです。昨年9月のマンスリーレポートでお話したように、日本企業は海外に比べて大幅に報酬水準が見劣りしています。日本経済新聞によると、2022年の日本の大企業の経営トップの報酬水準は英国の約4分の1、米国の13分の1以下に留まりますが、このような格差には合理的な理由が見当たりません。残念ながら経営陣の意欲を削ぐような構造のままです。さらに憂慮されるのは、同一の日系企業内でも、外国籍の取締役と日本国籍の取締役との間でも報酬に大きな差がつけられているケースが散見されることです(*4)。当ファンドは、日本がこれら格差を是正し、公平かつ透明性の高い報酬文化を確立することで企業経営者が自発的に資本収益性向上に取り組むような国になるべきだと考えます。
(*4)当ファンドの組入銘柄のなかでは、セブン&アイ・ホールディングスなどにこの傾向が認められます
今後の運用方針
当ファンドでは設定来、「魅力的なビジネスと卓越した経営陣を併せ持つ企業を安く買う」を投資戦略としており、今後グローバルで飛躍が見込まれる日本企業を厳選しポートフォリオを構築いたします。引き続き、以下の投資基準に合致すると考えられる企業を少なくとも3~5年程度の時間軸で評価し、長期的な観点で投資を行ってまいります。
- ビジネスモデルがシンプルで理解しやすい
- 本質的に安全なビジネス
- 有利子負債が少ない強固なバランスシート
- 高い参入障壁に守られたビジネス
- 持続可能な高ROE(株主資本利益率)とそれに見合う利益成長
- 景気動向に左右されず潤沢なキャッシュフローを生み出している
- 資本コストを理解し、最適資本配分ができる卓越した経営陣
2024年4月の運用コメント
株式市場の状況
2024年4月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比0.91%下落し、日経平均株価は前月末比4.86%の大幅下落となりました。
月前半は利益確定売りや、⽶連邦準備制度理事会(FRB)高官の年内利下げ先送り示唆に伴い米長期金利上昇が懸念され、米国株式市場の下落を招き、日本株式市場は上値を抑えられました。月半ばには米CPI(消費者物価指数)の市場予想を超える上昇や半導体関連企業の大幅下落、また中東情勢の悪化などから日経平均株価は一時37,000円を割り込みました。月後半には中東情勢の落ち着きから買い戻しの動きが見られ、日経平均株価は38,000円台を回復しました。26日まで開かれた日銀金融政策決定会合では緩和的な金融政策の維持が決定され、日本が祝日だった29日にドル円相場は一時160円台へ急伸し約34年ぶりの高値を更新しました。しかしながら、その後一転して154円台まで大きく円高に振れ、市場では政府による為替介入が行われたとの観測が広がりました。
ファンドの運用状況
当月、当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐0.58%の下落となり、参考指数であるTOPIX(配当込み)の同0.91%の下落を0.33%上回りました。
当ファンドのパフォーマンスにプラスに寄与した銘柄は、日立製作所、東京海上ホールディングス、ソシオネクストなどでした。⼀⽅、マイナスに影響した銘柄は、セブン&アイ・ホールディングス、東京エレクトロン、ファーストリテイリングなどでした。
2022年以降のキーワードは、「インフレの常態化」と「金利の正常化」
当ファンドではマクロ経済のデータや見通しのみを投資判断の材料とはしません。あくまで個別企業のビジネスが株主にとって魅力的であるかを見極めて投資をします。しかし日本の大型株を中心に投資する以上、経済の見通しに対して何らかの見解を持って運用にあたることは大切だと考えます。2023年11月の運用コメントで触れたとおり、当ファンドが考えている日本株市場における今後の重要な時代認識は「インフレの常態化」と「金利の正常化」です。短期的にはインフレや金利の落ち着きが見られたとしても、長期的には株式市場が想定しているよりも国内インフレが上振れる可能性が十分あるという前提に立っています。そうなれば長期金利にも上昇圧力がかかるでしょう。このような環境下では、当ファンドではグローバルでビジネスを展開する国際優良銘柄、およびグローバル企業でありながらも国内金利上昇(金利正常化)の恩恵を受けるような銘柄が投資対象として魅力的であると考えています。
日銀の今年3月の利上げにもかかわらず円安に拍車がかかった
2024年3月に日銀はおよそ17年ぶりの利上げに踏み切りました。昨年来、一般的に金利が上がる国の通貨は海外通貨に対して上昇するため、巷では「日銀が利上げをすれば円高になる」と言われていましたが、実際はそうなりませんでした。むしろ、当月末時点では円安になっています。
為替レートというのは、円の価値が「1ドルあたり何円」、「1ユーロあたり何円」と表示されるように、一国の通貨の価値は他国通貨との相対で表示されます。このため、日本円も国内外様々な要因を反映して外国為替市場で取引されています。そのなかでも現在重要なファクターは日本の「実質金利」と「国際収支」ではないでしょうか。
すなわち、1)日本の円金利は利上げによって名目上プラスに転じたとはいえ実質的には未だマイナスであるため、より高金利の海外通貨が選好されやすいこと、2)過去20~30年で日本の輸出産業構造が変わったことで、貿易面における円買い需要が縮小していることが挙げられます。
要因1)の実質金利とは、名目金利から期待インフレ率を差し引いた金利と定義されます。
例えば、現在の日本の物価連動国債(10年債)から計算されるインフレ予想は約1.42%、10年国債の利回りは約0.87%なので、実質金利はおよそマイナス0.55%です。また、より短期の金利と足元のインフレ率を比べると実質金利のマイナス幅はさらに大きくなります。一般消費者の生活や企業の事業投資の意思決定にとって重要なのは名目金利ではなく実質金利です。名目金利がプラスでも実質金利がマイナスであるということは、銀行預金で利息がもらえたとしても、インフレでモノの値段が上がっているため購買力は下がっています。あるいは実質金利マイナスの状況で借入をすれば、そうでない場合よりも借り手にとって有利となります。
日本の実質金利は、3月の利上げが極めて小幅であったため、マイナス状態のまま変わっていません。これに対して、米ドルの実質金利(10年米国債約4.7%、物価連動債約2.3%)はプラス2%強です。米ドルと日本円の金利差は開いたままであり、円を売ってドルを買う、あるいは円を調達してドル資産に投資をするインセンティブが働きやすい環境が続いています。2022年頃から世界各国の中央銀行がインフレを抑えるべく利上げを開始してから、多くの通貨の実質金利がプラスに転じるなか、日本は数少ない実質金利がマイナスの国です。これをグローバルの視点でみると、日本円は敬遠するべき通貨となります。もしくは日本円で借入をして、より金利の高い通貨の資産に投資したほうがよいということなります。
要因2)は貿易面における日本円需給の変化です。輸出大国であった日本は国際収支統計上の「経常収支」のなかの「貿易収支」が大幅な黒字だったため、長らく経常黒字国でした。そのため、昔は国内輸出企業が輸出対価として受けとったドルを円へ交換することが恒常的な円買い需要となっていました。他国通貨との金利差いかんに関わらず輸出で稼いだ外貨を円に交換したい企業がたくさんいたことになります。
ところが、2023年も日本の経常収支は21.4兆円の黒字であったものの、その内訳は過去20年で大きく変化しました。日本企業が国内からの輸出でなく、海外に工場を持つようになり、直接現地で生産・販売をするようになりました。いわゆる「製造業の空洞化」現象です。こうなると海外で稼いだ利益は日本に送金されることなく現地で再投資されるケースが多くなり、昔のような円への交換ニーズは発生しません。この海外から得られる「儲け」は配当などのかたちで経常収支上は「第一次所得収支」(同年34.9兆円の黒字)に計上されますが、おカネの流れとしては日本に還流されないケースが多いのです。また残念なことに電機産業などでは韓国や中国企業に市場シェアを奪われたことで輸出が伸び悩み、獲得外貨が減ったことも貿易黒字の縮小要因でしょう(同6.5兆円の赤字)。
一方で、日本では「サービス収支(経常収支項目)」が赤字基調(同年2.9兆円の赤字)にあります。これは産業構造のソフト化が進み、知的財産権等使用料などの重要性が増していることと関係しています。日本は国際的にモノづくりに長けている企業は多い反面、ソフトウェアや知的財産など無形固定資産をグローバル展開して外貨を稼ぐ企業は少ないので、海外企業にお金を払って利用しているのが実態です。つまり円を売って外貨を買っているのです。
もうひとつ無視できない円売り要因は2024年1月より非課税投資枠が大幅に拡大された少額投資非課税制度(新NISA)です。新制度のもとで個人投資家による海外株式、海外債券(投信を含む)などの投資額が無視できない規模になりつつあります。いわゆるオルカン投信などを中心に2024年1~3月累計で2兆円以上の買い付けが行われているため、勢いが落ちなければ年換算で10兆円近い円が海外に流出する可能性があります。これは国際収支統計上の「金融収支」に計上されています。日本の家計金融資産は2,000兆円を超えていますが、大半が利息は無いに等しい国内銀行預金です。ほんの僅か海外投資に回るだけでも円の需給に与えるインパクトは大きくなると考えます。Stealth capital flight(capital flight:資本がある国から別の国に逃避すること)とも言えるかもしれません。
逆に今の日本で円を買いたい人がいるとすれば、それは訪日外国人です。訪日外国人が増え、一人当たりの消費金額が増えると円買い要因が増えることになります(「サービス収支」に計上)。日本は観光資源が豊富であるうえに、円安も手伝ってドルベースでみた(=外国人からみた)ホテル宿泊料、サービス価格、飲食代、お土産代などが非常に割安です。また同じような理由で海外半導体メーカーが昨今日本で進めている工場建設(TSMC社(台湾)の熊本工場など)も、日本の地政学的リスクが低く、優秀な人材が豊富であることに加え、円安によって彼らからみた投資コストが明らかに割安になっていることが背景にあります。
当ファンドでは円安が続く可能性があると考えている
日本の国際収支の状況は以下のように要約できます。
- 日本の輸出企業が稼ぐ外貨が減ったので円に交換する需要が減った(経常収支のなかの貿易収支に反映)
- 米国ハイテク企業などのデジタルサービスを利用する日本国民が増えているので円を売って外貨の支払いが増えた(経常収支のなかのサービス収支に反映)
- 海外旅行でやってくる訪日客が使うための円買い需要は増加傾向にあるものの規模は小さい(経常収支のなかのサービス収支に反映)
- 日本企業の海外工場・子会社が稼いだ利益は日本に還流せずに外貨のまま現地で再投資されることから、円買い需要があまり生まれない(経常収支のなかの第一次所得収支に反映)
- 円安により海外企業にとって日本で事業投資する魅力が増しているものの、日本から海外へ向けた対外直接投資額に比べて規模は小さい(金融収支に反映)
- 新NISA制度のもとで国内一般個人は主な投資先として外国株、外国株投信を選んでおり、円売り・外貨買いにつながっている(金融収支に反映)
これらを総合した現在の為替水準の落ち着きどころが150円超近辺ということであり、日本円を大きく押し上げる要因が不足している状況です。当ファンドでは今後も現状の為替水準が続く可能性が高いとみています。そして、これは海外で稼いでいる日本のグローバル企業にとってはポジティブなことであり、当ファンドが「国際優良企業」を選好している大きな理由のひとつです。仮に1ドル150円からさらに円安が進行した場合は、これらの企業にとって円換算した収益は増えることを意味します(円はドルだけでなく、ほぼすべて主要通貨に対して円安となっています)。
短期的に気になるのは政府・日銀が為替介入(外国為替平衡操作)を行う時に、為替市場が果たしてどのように受け止めるかです。1997~1998年に行われた円買いの為替介入効果が限定的だったように、今後も市場に対するインパクトについては懐疑的にならざるを得ません。円買い為替介入は、外貨準備が原資となります。2024年3月末の外貨準備高は1.29兆ドル(約200兆円)です。このうち大半に及ぶ1兆ドル程度が米国債などの証券、残りは海外中央銀行での外貨預金などで保有されていると思われます。これに対し最近では2022年に実施された為替介入規模が9.2兆円でした。外貨準備全てを使用することや介入資金を捻出すべく保有債券を大規模に売却するのは非現実的です。政府・日銀の介入能力に限界がある(回数に限りがある)と為替市場に見透かされれば、かえって円安に拍車がかかってしまうかもしれません。
為替が円高に振れたら?それでも為替リスクは恐れるに足らない
とは言え、金融市場というのは時として予想もしないような動きをします。突然、投機的な動きで円高に大きく振れれば(*)株式市場はほぼ条件反射的にこれら銘柄の売りで反応するでしょう。
(*)現時点で急激な円高が進むきっかけとして考えられるのは、米国経済が不況に陥り、急激なドル金利の引き下げが行われる場合などが考えられます。
しかし当ファンドでは円高になったとしても過度な心配をしていません。それは国際優良企業のほうが平均的な輸出企業よりも収益悪化に対する抵抗力があると考えられるからです。例えば利益率が圧倒的に高いビジネスであれば、為替のマイナス影響を最小限に留めることが可能です。
簡単な例として、ともに海外売上比率100%、国内生産比率100%のメーカーA社とB社があったとします。(図1)
今年の海外売上は両社とも1億ドル、現在の為替レートは1ドル=150円、利益率はA社が10%、B社が50%と仮定します。円換算後の損益はA社が売上150億円、原価135億円、利益15億円、B社は売上150億円、原価75億円、利益75億円となります。ところが翌年、円高が進み1ドル=135円になったらどうなるでしょうか。海外における販売価格と販売数量が前年と同じとすると、A社売上は135億円に目減りし、原価135億円のままなので利益は0円、一方B社は売上135億円に減りますが、原価75億円と低いので、利益は60億円となります。つまりA社の利益は前年比100%減となるのに対しB社の利益は同27%減に留まるのです。
これが、当ファンドが高い利益率のビジネスを選好する理由です。当ファンドの組入銘柄でいえば、キーエンスが営業利益率50%を越える超高収益企業です。仮に円がドルに対して15円高くなったとしても営業利益に対する減益インパクトは限定的というのが当ファンドの分析です。一方で、利益率が10%に満たない一般的な外需企業の場合、先程の例のように多額の利益が吹き飛んでしまう計算になります。
さらに賢い経営陣であれば、国内からの輸出に依存するのではなく海外への生産拠点の分散や、売上とコストを同一通貨でマッチングさせて為替リスクを抑えることなどを考えます。生産拠点の違いについて考えてみましょう。
海外売上比率100%・国内生産比率100%のC社と、海外売上比率・海外生産比率が100%のD社があったとします。(図2)
D社は販売と生産が同一地域で行われており、生産コストはドル建てとします。上記の例同様、今年のC社、D社の海外売上はともに1億ドル、為替レートは1ドル=150円とし、またこのレート水準では国内、海外どちらで生産した場合でも原価率90%(=利益率10%)で同じだとすると、円換算後の損益はC社が売上150億円、原価135億円、利益15億円となり、一方D社も売上150億円、原価135億円、利益15億円です。これが1ドル=135円になると両社の収益性に違いが生じてきます。C社は売上135億円へと目減りしますが、原価は全て国内生産なので135億円のまま変わらず、結果として利益は0円に。一方D社は海外での売上1億ドル、原価率90%(=利益率10%)とすると現地で生み出される利益は0.1億ドルとなり、円換算後の利益は13.5億円となります。すなわちC社の利益は前年比100%減に対し、D社の利益は同10%減に留まることになります。
もちろん、海外生産が進んでいるとはいえ、資材調達が第三国から行われていたり、海外生産拠点から他の海外市場に輸出が行われていたりすると、思いがけない為替リスクを被ることがあります。しかし原則的には、高い利益率と、販売国での現地生産が為替感応度を最小限に抑えるひとつの方法となります。当ファンドでは、こういったビジネスの運営体制を細かく見ていくことで優良企業かどうかを見極めるように努めています。
また為替動向というのは、長期で見れば見るほど小さなリスク要因となることも重要です。トヨタ自動車㈱は1980年代に今よりも遥かに円安だった事業環境(1984年末当時250円/ドル)で当時7,000~8,000億円程度の税引前利益しか稼いでいませんでしたが、今日においては4兆円以上の利益をあげているのです。これは、長期的には企業は自らの成長力で為替の逆風を克服することが可能であると示しています。日本株ではグローバル市場を舞台にしているビジネスが投資対象として魅力的であることは明らかです。
日本の金利とインフレは今後どうなる?
次に日本の金利見通しを考えてみます。当ファンドでは当面は日本の実質金利マイナスの状況が続くのではないかとみています。その理由としては、デフレを克服したばかりの日本経済にはまだ少子高齢化、高水準の公的債務残高、財政赤字といった当分解決しそうにない構造問題が数多く残っており、景気に過熱感がでてくるとは想定し辛いためです(潜在成長率も0%台に低迷)。加えて今の日銀には、2000年の速水総裁時、2006~2007年の福井総裁時にゼロ金利解除(利上げ)を断行した矢先に日本経済が冷え込んでしまったという苦い経験があります。よって今後の更なる利上げタイミングについては、欧米のようにインフレの芽を事前に摘むというより、インフレが定着したことを見定めてから恐る恐る行うことになると考えます。利上げ後も緩和的な金融環境は変わらない(実質金利がマイナスか、非常に低い状況が続く)のではないでしょうか。別の見方をすれば仮にインフレが上振れたとしても、日本経済が極端に腰折れしなければ、実質金利がマイナスのまま「金利の正常化」に伴って名目金利が上昇するというシナリオが描けます。一般消費者の生活にとって重要なのは実質金利ですが、企業業績にとって(すなわち株式投資を行う当ファンドにとって)重要なのはあくまで名目金利です。このようなゴルディロックス的(過熱もせず冷え込みもしない、適度な状況にあること)なシナリオが正しければ、金利上昇の恩恵を受ける金融関連銘柄にポジティブでしょう。三菱UFJフィナンシャル・グループのような銀行株(貸出利回りの拡大)はもちろんのこと、損保(保険料運用益の拡大)、オリックス(オリックス銀行、オリックス生命、リース事業の利ざや拡大)などにとっても健全な国内金利上昇は業績改善に寄与します。本格的な金利上昇は長年見られなかった現象なので、まだ株式市場でも十分に織り込まれていない材料だと考えます。
国内インフレについては過去2年間、2%を超えて推移しており、日銀のインフレ目標は現在も「2%を安定的超えるまで」のオーバーシュート型コミットメントになっています。いわゆる「第一の力」から「第二の力」にインフレ牽引役がバトンタッチされ、サービス価格や帰属家賃の上昇、労働需給の構造的なタイト化による賃金インフレ拡大が起きれば、インフレの高止まり(場合によっては再加速)は十分あり得ると考えます。期待インフレが2%超まで高まれば(名目金利は0.5%~1%というレベルではなく)中立金利として2%超というのもあり得ない話ではないでしょう。そうなると当ファンド組入銘柄である三菱UFJフィナンシャル・グループの利益は2024年3月期第3四半期決算時点のおよそ1.3兆円から、控え目にみても2倍になったとしても不思議ではありません。
そして仮に当ファンドの金利見通しが正しくなかったとしても、これらの銘柄には潤沢な余剰資金(銀行や損保が保有する巨額の政策保有株)を活用した増配と自社株買いによって一桁半ば程度の総還元利回りが今後も見込めるので株価のダウンサイドリスクは限定的だと判断します。継続的な株主還元の強化は、資本収益性を意識した経営を求める昨今のコーポレートガバナンス改革の流れが強力なサポート要因となるでしょう。
日銀の財務内容悪化に過度な懸念は必要ない
日銀は前例のない量的緩和を長年続けてきた結果、国債の保有残高が600兆円弱と日本のGDPに匹敵する規模です。このため、もし市場金利の上昇が続けば日銀当預に対する利息支払い(付利)額が、保有国債からの利息収入および株式ETFからの配当収入を上回り「逆ざや」状態になることや、保有国債の含み損が拡大し債務超過(*)になる可能性が現実味を帯びてきます。このことがセンセーショナルにメディアで取り上げられると、場合によっては漠然とした不安感から日本株売り、国債売りや円売りに発展するかもしれません。しかし、現実問題としては大きな問題は起きないと考えられます。その理由は日本の中央銀行である日銀は自国通貨の円で通貨発行を自由にできるためです。インフレ加速などの副作用はあるかもしれませんが、企業活動も人々の生活も従来通り続きます。もちろん、野放図な財政ファイナンスは問題ですし、国の借金である国債や円の信用が弱まれば何かしら不都合な事態は起きるかもしれません。しかし、これまで度々話題になっている投機的な国債空売りによって債券価格に下落圧力がかかったとしても、日銀当預に積み上がった500兆円以上の「待機資金」が国債市場に戻ってくることで長期金利上昇を抑制する効果も期待できます。このあたりについて具体的に金融市場にどのような影響を及ぼすのかは分からない面もありますが、どのようなシナリオにおいても当ファンドが実践している財務内容が健全な国際優良企業と、国内金利上昇の恩恵を受ける企業へ投資をする(もしくは過剰債務企業のように金利上昇がデメリットになる企業を避ける)ことによってこれらのテールリスク(まれにしか起こらないはずの想定外の暴騰・暴落が実際に発生するリスクのこと)には対応できると当ファンドでは考えます。
(*)2023年9月末現在の日銀の自己資本は12兆円程度(純資産と債券取引損失引当金の合計)です。
今後の運用方針
当ファンドでは設定来、「魅力的なビジネスと卓越した経営陣を併せ持つ企業を安く買う」を投資戦略としており、今後グローバルで飛躍が見込まれる日本企業を厳選しポートフォリオを構築いたします。引き続き、以下の投資基準に合致すると考えられる企業を少なくとも3~5年程度の時間軸で評価し、長期的な観点で投資を行ってまいります。
- ビジネスモデルがシンプルで理解しやすい
- 本質的に安全なビジネス
- 有利子負債が少ない強固なバランスシート
- 高い参入障壁に守られたビジネス
- 持続可能な高ROE(株主資本利益率)とそれに見合う利益成長
- 景気動向に左右されず潤沢なキャッシュフローを生み出している
- 資本コストを理解し、最適資本配分ができる卓越した経営陣
2024年3月の運用コメント
株式市場の状況
2024年3月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比4.44%上昇し、日経平均株価は前月末比3.07%の上昇となりました。
当月の日本株式市場は、月前半は前月から引き続き半導体関連銘柄の上昇などが相場をけん引し、日経平均は史上初となる4万円台に到達するなど堅調な推移となりましたが、月半ばにかけては米国半導体関連銘柄が下落した影響や、日銀のマイナス金利政策解除を示唆する報道、春季労使交渉(春闘)での高い賃上げ実現への期待の高まりなどから日銀の金融政策正常化への思惑が広がって円高が進行したことなどが重しとなり、下落しました。月後半にかけては、日銀が金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除や長短金利操作の撤廃、上場投資信託(ETF)の買い入れ終了などを決定したものの、当面は緩和的な金融環境が継続するとの見通しが示されたことなどを受けて円安進行とともに上昇し、最終的に前月末を上回る水準で取引を終えました。
ファンドの運用状況
当月、当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐5.56%の上昇となり、参考指数であるTOPIX(配当込み)の同4.44%の上昇を1.12%上回りました。
当ファンドのパフォーマンスにプラスに寄与した銘柄は、日立製作所、三菱商事、リクルートホールディングスなどでした。⼀⽅、マイナスに影響した銘柄は、セブン&アイ・ホールディングス、ロート製薬、ダイキン工業などでした。
最近の月次運用コメントで何度か触れていますが、当ファンドでは半導体製造装置メーカーの東京エレクトロンを組み入れています。2022年10月、米国による中国を標的とした最先端半導体技術の禁輸措置が発動されたことをきっかけに、世界中の半導体関連銘柄が急落しました。当ファンドでは、それまで半導体関連銘柄の組入はほとんどありませんでしたが、これを千載一遇のチャンスととらえ積極的な買い付けを行いました。
半導体産業はシリコンサイクルと呼ばれる好不況の波が激しいのが特徴です。下位メーカーの場合、需要低迷期では赤字を余儀なくされることが多く、財務内容が著しく悪化することもしばしばです。一方で日本の製造業のなかには半導体産業においてグローバルで圧倒的なシェアを持つ装置メーカーや材料メーカーが数多く存在します。これまで当ファンドでは度々、匠の技術といった日本のモノづくりの競争優位性に着目した銘柄選択を行ってきました。半導体製造では、様々な化学材料の配合や温度コントロール、状態変化の管理といったアナログ的な要素を精密に制御し、試行錯誤を何度も繰り返すという作業が求められます。忍耐を要する作業を愚直に取り組むのは、日本人の強みが生かされやすいと言えます。これらの日本企業には長期のトラックレコードがあり、利益率・資本収益性・キャッシュフロー創出力の面で当ファンドの投資基準に合致している企業が少なくありません。
景気変動によって需要の振れ幅は大きくても、半導体ほど技術革新が進むことによって金額と数量の大幅な伸びが確実視される産業はあまりないと考えます。半導体はスマートフォン、PC、自動運転、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)、生成AI(人工知能)などありとあらゆるデジタル機器に搭載され、今後も繁栄していくでしょう。とりわけ近年、主要各国は半導体産業の戦略的かつ大規模な支援策を打ち出しています。「政策に売りなし」という相場の格言もあるとおり、成長株投資にとって半導体は無視できない分野です。
このような業界において、東京エレクトロンはApplied Materials社(AMAT、米国)、Lam Research社(米国)、ASML Holding社(ASML、オランダ)などと並ぶ半導体製造装置メーカー最大手の1社です。お互い重複する部分はあるものの、各社とも特定の製品において圧倒的なプレゼンスを有しているのが特徴です。言い換えれば、どの1社が欠けても今日のデジタル社会を可能としている最先端半導体は存在しえません。社会になくてはならない企業は、株主にとって魅力的なビジネスであることが多いのです。東京エレクトロンの場合は、半導体製造プロセスに欠かせない4つの連続工程で装置を持っており、半導体製造装置のデパートともいえる企業です。多くの装置分野で世界シェア1位か2位のポジションにあります。同社は現在進行中の中期計画で2027年3月期に営業利益率35%以上、ROE30%以上を目指していることから、非常に高収益なビジネスであることがうかがえます。30%を上回るROEを狙える日本の大型企業はなかなかありません。
(参入障壁)
「産業のコメ」とも例えられる半導体は、製造工程が非常に多く極めて複雑であることから、当ファンドの投資基準である「ビジネスモデルがシンプルで理解しやすい」には一見該当しません。にもかかわらず当ファンドが魅力的なビジネスと判断するのは以下の理由によります。
まず半導体装置メーカーのビジネスには参入障壁が非常に高いという側面があります。半導体技術が年々高度化していることを背景に、顧客半導体メーカー(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company社(TSMC、台湾)、Samsung Electronics社(韓国)、Intel社(米国)など)は、同社のような装置メーカーと長期的な技術ロードマップに従って、実用化の何年も前から二人三脚で研究開発に取り組んでいます。いち早く顧客から研究開発内容や投資動向の情報が入手できるので、装置メーカーは技術面で常に先行できます。そしてこれは半導体メーカーが途中で他の装置メーカーに流れるリスクが非常低いことも意味します。つまりスイッチングコスト(現在利用している製品やサービスから、別の製品やサービスに乗り換える際に負担するコストのこと)が高いビジネス(=魅力的なビジネス)なのです。結果として価格競争に巻き込まれることがあまりなく、利益率の高いビジネスが可能となります。
また半導体製造工程では、ひとつの不具合によって膨大な修正コストと時間ロスが発生します。半導体メーカーが共同開発経験の全くない新興企業から製造装置を仮に導入したとしても、うまく動作しなかった場合はメーカー購買担当者の責任問題に発展してしまいます。実績豊富な既存取引メーカーを選好するというのは想像に難くありません。
実は2000年代までの東京エレクトロンは製造装置メーカーとしては技術力がグローバルで劣るという評価でした。それが、過去15年で見違えるほど競争力を持つ会社になったのは特筆に値します。元社員の方などからのヒアリングによると、昔の同社は営業力にものを言わせるような企業文化であり、経営トップが顧客と共同開発を交渉する能力に欠けていました。同社は2013年にAMAT社との統合計画を電撃発表しましたが、2015年には交渉が頓挫しています。その背景にはAMAT社が調査を進める過程で東京エレクトロンの技術力が大きく劣っていることがわかり、統合する気をなくしたという話さえあります。
しかし、同社には2008年のリーマン・ショック前後から変化の芽が少しずつ出ていました。2005年~2007年の好景気時に想定外の好業績に恵まれ、成果連動の賞与制度に則り、日本企業としては破格の報酬を振る舞うようになったところ、その後の金融危機のあおりを受けて事業撤退などにより失職した優秀な半導体技術者たちが同社に参画し、抜本的な技術力向上が始まったという経緯があります。同社の目覚ましい進歩は2015年以降、売上・利益の拡大だけでなく利益率、ROEの大幅な改善にも表れています(営業利益率2015年3月期14.4% → 2023年3月期28.0%、ROE同11.8% → 32.3%)。
(製品内容)
さて、東京エレクトロンは日本の半導体関連企業のなかでも代表的な大型銘柄であることから、しばしば半導体市況の変動だけを理由に売買されることが多い銘柄です。短期的にはDRAM価格の底入れに伴う設備投資の回復期待や生成AI普及に伴うAIサーバー向け半導体投資の恩恵の思惑が先行していますが、当ファンドではむしろ製品ポートフォリオ拡充という同社固有の要因によって中長期の成長期待が高まっていることに注目しています。半導体製造には熱処理装置、CVD装置、スパッタリング装置、コータ/デベロッパ、露光装置、エッチング装置、洗浄装置、CMP装置、マスク検査装置、検査用装置(テスタ)、ウェーハプローバ、ダイサ、グラインダなど様々な装置が必要とされます。このなかで東京エレクトロンはウェーハに回路を形成するのに欠かせない成膜、リソグラフィー(レジスト塗布)、エッチング、洗浄という4つの連続工程で装置群を持っています。各装置分野の概況は以下のとおりです。
コータ/デベロッパ:
まず同社が圧倒的な世界シェア(約9割)を持っている装置にコータ/デベロッパがあります(同社2023年3月期の装置売上のうち26%)。コータは露光装置(ASML社が独占的シェアを持つ)で回路を焼き付ける前段階として、ウェーハの高速回転による遠心力を利用して表面上に感光剤(フォトレジスト)を均一塗布するために使われます。一方、デベロッパは露光装置によってレジスト塗布されたウェーハが露光されたあとの現像工程で使用されます。両工程は同一装置で行われるためコータ/デベロッパと呼ばれています(ASML社の露光装置が買われると必ず必要となる)。東京エレクトロンは最先端の回路形成に不可欠なEUV(極端紫外線)プロセス向けでは同装置シェアがなんと100%です。
エッチング装置(エッチャー):
目下同社が最も期待・注力しているのがエッチャーです(同社2023年3月期の装置売上のうち34%)。同装置は露光後に形成された回路パターンに従ってウェーハ上の薄い膜を化学腐食によって削るためのものです。同社のエッチャー新製品にクライオエッチャー(極低温エッチャー)と呼ばれているものがあります。同社発表によると3D-NAND(3次元NAND)向けにガスで垂直に穴を掘るエッチングが可能であり、400層構造でもこれまでの2.5倍のスピードで掘れる独自技術としています。地球温暖化係数(各ガスの温室効果の程度を数値化したもの)84%減と、環境性能も高いのが特徴です。
当ファンドが最初にこの新製品に関心を持ったのは、2023年7月のSEMICON West(米国で年一回開催される半導体業界の見本市)会場において同新製品がかなり話題に上っていたという情報を聞いたことがきっかけです。エッチャーは半導体製造装置別でみると市場規模が最大であることに加え、過去2回(2015年~2018年と2019年~2022年)の半導体投資サイクルの中で他の装置市場比で高い成長を達成しています。半導体微細化の継続や構造の複雑化などでより高度な技術が必要とされる傾向にあり、今後も半導体装置市全体を上回る成長が予想されています。
同新製品が注目されているのは、メモリ半導体の一種であるNANDフラッシュにおいて集積度をあげるための3次元化(構造の多層化)が進んでいることと関係しています。現行のエッチング技術(低温エッチャー)で強いLam Research社の装置では400層の3D-NANDに対しては3回エッチングが必要なりますが、東京エレクトロンのクライオエッチャーを使用すれば2回で済むため、顧客メーカーのコスト削減に大きく貢献できます。顧客となるメモリ半導体メーカー間では、多層化競争が続いており、Samsung Electronics社、SK Hynix社(韓国)はすでに300層を超える製品の製造計画を発表済みで、Micron Technology社(米国)、Western Digital社(米国)なども競争力を維持するためにこの流れに追随せざるを得ないとみられます。これは東京エレクトロンにとって全社と取引を拡大するチャンスです。さらにもうひとつのメモリ半導体であるDRAMでも2028年頃に微細化が限界に達する見通しのために、集積度を上げていくための多層化が見込まれています。実用化されれば、エッチャー市場の規模が飛躍的に拡大すると言われています。
現在のところLam Research社がトップシェア(約5割)を持っていますが、クライオエッチャーを武器に現在シェア2位である東京エレクトロンがシェアを上げることができれば、売上寄与も大きくなるはずです。早ければ同新製品は2025年から2026年にかけて売上貢献を始める見通しです。
洗浄装置:
同社は洗浄装置でもシェアを上げています(同社2023年3月期の装置売上のうち12%)。洗浄とは半導体を製造するにあたり、ウェーハ上のあらゆる汚染を薬液を使い除去する工程です。半導体は少しでも汚れがあると、回路に欠陥が生じてしまうため重要な工程です。東京エレクトロンは世界最大手の㈱SCREENホールディングスを追い上げています。同装置には複数のウェーハを一度に処理するバッチ式装置と、一枚毎に処理する枚葉式装置とがありますが、どちらも東京エレクトロンがシェアの差を縮めています。特に市場規模が大きい枚葉式装置での追い上げが顕著であり、両社のシェアは急速に接近中です。半導体の微細化と共に、パーティクルや汚染除去に対する要求水準が高くなり、枚葉式装置の市場が拡大しているので、東京エレクトロンにとって追い風です。
成膜装置:
成膜装置とは、ウェーハ上に回路パターンの素材となる材料で薄膜を形成する装置です(同社2023年3月期の装置売上のうち21%)。半導体タイプによってそれぞれ異なる種類の膜を、異なる方法で塗る必要があるため、露光やエッチングに比べて装置の種類が多く、同社の場合は薄い酸化膜、窒化膜の形成で使われる熱処理装置、CVD装置などを手掛けています。競合は㈱Kokusai ElectricやAMAT社などです。今後はバッチALD(Atomic Layer Deposition)というウェーハ上の深い穴でも均一な成膜が可能な装置が伸びると言われています。これは近い将来、回路幅2nmで採用されるGAAトランジスタ構造や2030年代に同1nm世代で採用される予定のCFETトランジスタ構造に欠かせない技術です。当ファンドは、同社がバッチALDでトップシェアを持つ㈱Kokusai Electricを追い上げることができるかに注目していきたいと思います。
後工程装置:
半導体製造装置メーカー達はおおまかに、製造工程の前半部分(ウェーハに回路をつくる工程)で使われる装置を手掛けている前工程メーカー(AMAT社、Lam Research社、ASML社、㈱SCREENホールディングス、㈱Kokusai Electricなど)と後半部分(回路のできあがったウェーハを切り分けてパッケージングする工程)を手掛ける後工程メーカー(㈱アドバンテスト、Teradyne社(米国)、㈱ディスコなど)に棲み分けがされています。東京エレクトロンは前工程装置メーカーといえますが、近年は後工程分野でも着実に存在感を高めています。例えば2010年代初頭には、横河電機㈱がテスタ事業から撤退した際に多数のエンジニアを受け入れ、フラッシュメモリ用BISTテスタ事業を立ち上げました。現在では同テスタと一体化したウェーハプローバの拡販で㈱東京精密からトップの地位を奪っています。
他にも最近ではAIサーバーに使われるメモリ半導体であるHBM(High Bandwidth Memory)向けにウェーハ積層工程で必要となる貼り合わせ装置や、ウェーハを薄く加工する際に物理的ダメージを回避しながら極薄化できるレーザートリミング装置などの新製品投入を進めています。過去数十年続いた「ムーアの法則(半導体集積回路の集積率は18ヵ月から24ヵ月で倍増するというもの)」に基づく微細化トレンド(前工程分野の技術進展)が限界に近付いていると言われるなか、今後半導体の更なる進化には、デザイン設計段階での工夫(*)や、後工程に相当する積層化やパッケージ工程で集積度を上げていくことが重要になってきています。このようにモノづくりの付加価値が前工程から他分野に移っていく事業環境に対して東京エレクトロンはしっかり対応できていると考えます。
*当ファンド組入銘柄の半導体デザイン設計を手掛けるソシオネクストはこの恩恵を受けると考えられます
(リスク)
日進月歩で技術革新が進む半導体業界では、製造プロセスや技術が変わると需要が減り、特定の製造装置が不要になることがあります。例えば露光装置業界では、最先端の半導体がEUV方式へ移行したことで、それまで主流だったキヤノン㈱や㈱ニコン社製のArFやKrF露光装置がASML社による最先端品に取って代わりました。また異なる工程で使われる装置間でのシェア変動もあります。2010年代半ばに3D NANDが実用化したタイミングではエッチング装置の需要が伸びたため同装置に強いLam Research社が躍進しましたが、2018年以降のEUV実用化以降は露光装置への設備投資が膨れ上がり、同分野で独占的プレーヤーであるASML社の株価が好調です。
東京エレクトロンの死角については、少なくとも現時点での技術動向からリスクが懸念されるのはコータ/デベロッパ分野です。将来の微細化を実現するための周辺技術のひとつとして、ウェーハに塗布されるレジストが現行の化学増幅型レジスト(液状)から感度・解像度により優れたドライレジスト(非液状)へ移行すると、同社のコータ/デベロッパが不要となる可能性が考えられます。ただし現時点では、ドライレジストを成膜するためには特殊なCVD装置(Lam Research社、ASML社とimec(Interuniversity Microelectronics Centre、ベルギーの国際研究機関)が共同開発)が必要となることから半導体メーカーにとって投資負担が大きくなるうえ、工程数も増えてしまうこと、かつ未だ歩留まり水準が不十分であることが懸念されており本格的な普及には至らないとの見方が大勢です。この他にも技術トレンドの変化によって思わぬリスクが浮上する可能性は今後も残るでしょう。
しかしそれでも当ファンドが東京エレクトロンを魅力的と考える理由は、大手プレーヤーへの市場シェア集約化が進んだことで、業界全体の参入障壁が年々高まってきていること、大手プレーヤー同士はそれぞれ強みが異なり直接的な競合が起こりにくいこと、そのため競争環境は比較的穏やかであることが挙げられます。とりわけ東京エレクトロンは製品ポートフォリオが多岐にわたるので、ビジネスとしての安定度が高いと判断されます。同社が総合メーカーであることはグローバル主要各社と比較した従業員規模からもみてとれます。東京エレクトロン、AMAT社、Lam Research社など業界最大手は17,000~34,000人の人員を擁しているのに対し、特定の装置のみを手掛ける㈱アドバンテスト(テスタ)、㈱KOKUSAI ELECTRIC社(成膜装置)、レーザーテック㈱(マスク検査装置)、ASM International(オランダ、成膜装置)などは1,000~7,000人程度の規模に留まります。総合メーカーである東京エレクトロンは、ビジネスリスクが相対的に低いため、株式評価の観点からもより低いリスクプレミアムが許容される可能性があり、ひいてはPER(株価収益率)などのバリュエーションが他社に比べて高くなる余地もあると思われます。
最後に半導体業界全体にとっての潜在リスクを考えます。一つ目は回路線幅の微細化の限界、つまり「ムーアの法則」が終わりに近づきつつあると言われている点です。現在量産化が見込まれている最先端半導体は2025年にTSMC社が計画している線幅2nmですが、imecによると、その先には1.8nmや1.4nm、1.0nmまでのロードマップが敷かれています。究極的に原子1個単位まで微細化を極める余地があると仮定すると、この世の物質を形作っている原子の大きさは約0.1~0.5nmであることを鑑みて、少なくともあと3~5世代くらい先までは見通せると考えられます(*)。そして各世代に移行するたびに製造技術の難易度が増し、立ち上げには数年から場合によって十数年かかることが予想されるため、最低でもあと20年程度は半導体産業の微細化にまつわる成長トレンドは続くのではないでしょうか。
*2.0nmから1.0nmへの移行は絶対値としてはたったの1nmの線幅縮小ですが、縮小率としては半減となりますので、2000年代初頭から半ばに数世代かけて130nmから65nmへ微細化(縮小幅65nm、縮小率は半減)したのと同程度の進展といえます。ただし、TSMC社によると現在開発が進んでいる2nmは実用化されている最先端の3nmと比べて同じ消費電力で10~15%のパフォーマンス改善、25~30%の消費電力削減になるとのことなので、過去に比べれば今後の改善幅は相対的に小さなものに留まりそうです
二つ目は中国需要の反動減リスクです。2022年の米国による中国をターゲットとした最先端半導体技術の輸出規制強化以降、中国は国産化を急ぐべく、規制対象外の製造装置を大量購入しています。実際、2024年3月期は東京エレクトロンにとって中国需要の盛り上がりは大きな業績押し上げ要因となっています。今のところ株式市場はこれをポジティブに受け止め株価は堅調に推移していますが、中国による過剰投資の懸念についてはやや注意を払う必要があると考えます。
そして三つ目に既存の半導体産業を根底から覆すようなパラダイムシフトです。向こう数十年で光電融合、超電導などの産業革命的なブレークスルーが現実のものになれば、半導体の製造方法そのものが変わるかもしれません(*)。東京エレクトロンはおろか、半導体業界の多くの既存プレーヤーの活躍の場が大きく狭まる事態が起こるかもしれません。
以上、様々なことを念頭に今後も調査を続けていく方針です。
*とはいえ量子コンピュータ向け半導体チップの製造方法は概ねシリコンウェーハにレジスト塗布し、露光、エッチングを繰り返して回路を作っていくところは共通しているようです
今後の運用方針
当ファンドでは設定来、「魅力的なビジネスと卓越した経営陣を併せ持つ企業を安く買う」を投資戦略としており、今後グローバルで飛躍が見込まれる日本企業を厳選しポートフォリオを構築いたします。引き続き、以下の投資基準に合致すると考えられる企業を少なくとも3~5年程度の時間軸で評価し、長期的な観点で投資を行ってまいります。
- ビジネスモデルがシンプルで理解しやすい
- 本質的に安全なビジネス
- 有利子負債が少ない強固なバランスシート
- 高い参入障壁に守られたビジネス
- 持続可能な高ROE(株主資本利益率)とそれに見合う利益成長
- 景気動向に左右されず潤沢なキャッシュフローを生み出している
- 資本コストを理解し、最適資本配分ができる卓越した経営陣
2024年2月の運用コメント
株式市場の状況
2024年2月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比4.93%上昇し、日経平均株価は前月末比7.94%の大幅上昇となりました。
当月の日本株式市場は、月前半はFOMC(⽶連邦公開市場委員会)の内容を受け早期の米利下げ期待が後退し一進一退の動きで推移しましたが、月半ばから後半にかけては内田日銀副総裁がマイナス金利解除後も日銀は緩和的な金融環境を維持するとの認識を示したことや、生成AI(人工知能)向け半導体需要の増加が期待される米国で半導体関連企業の株価上昇が続き、日本の半導体関連企業にも資金が集中したことから、続伸しました。22日には日経平均株価は39,098.68円で終え、約34年ぶりに最高値を更新しました。その後の日本株式市場の推移は緩やかだったものの、月末まで日経平均株価は3万9,000円台を維持したまま当月の取引を終えました。
ファンドの運用状況
当月、当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐8.85%の上昇となり、参考指数であるTOPIX(配当込み)の同4.93%の上昇を3.92%上回りました。
当ファンドのパフォーマンスにプラスに寄与した銘柄は、東京エレクトロン、三菱商事、セブン&アイ・ホールディングスなどでした。⼀⽅、マイナスに影響した銘柄は、ソニーグループ、ダイキン工業、オリンパスなどでした。
前月の月次報告書からの続きです。魅力的な企業を「安く買う」ためにもうひとつ重要なのは、一見株価が割高に見えても時には株式市場がまだ注目していないところに目をつけて割安感を見出すことです。株式市場の参加者の多くは、決算短信などで開示されている、会計基準に基づいた利益数値を参考にしています。しかし会計上の利益が企業の本源的価値を必ずしも反映しているわけではありません。財務諸表から得られる情報を自分なりに解釈することで、真の価値を見定められると考えます。
例として企業買収後に発生する会計上ののれん償却費が挙げられます。日本の会計基準では、財務健全性の観点から20年を上限として損益計算書上でのれん償却費を計上することが求められています。このため、海外で主流のIFRS(International Financial Reporting Standards、国際財務報告基準)に比べると決算短信に記載される当期純利益額が過小となりますが、この費用は現金流出を伴いません。当ファンドでは、買収先の減損リスクがなければ、企業の真の「現金を稼ぐ力」を知るためにのれん償却費は足し戻すべきだと考えます。もっと言うとのれんがバランスシートに計上されている金額以上の価値を持っていると推定できるケースさえあります。例えば、純資産10億円の会社に対して110億円払って買収した場合、のれんは100億円になり、20年間の定期償却を仮定すると、年間5億円の償却費用が発生します。しかし買収先企業が数年後に多大な利益貢献をもたらしたらどうでしょうか。買収時に1億円の利益しか生み出していなかったのが、翌年に10億円、数年後には50億円の利益を稼ぐようになったとします。年間50億円以上の利益をもたらす企業をわずか110億円で買収できたわけですから、非常に割安な案件であったと結論づけられます。すなわち、計上されているのれんには100億円以上の価値があるとみなせるのです。定期償却を求めないIFRS(代わりに年一回の減損テストが課せられます)に比べて、日本の会計ルールは経済合理性に欠く側面があると考えます。
別のケースとして、キャッシュフロー計算書上の営業キャッシュフローに対してストックオプションによる従業員報酬額が大きい企業を分析する時には、保守的な理由から会計ルールと異なる見方をします。通常の給与支払いと違い、ストックオプションは企業による現金支出を伴いませんので、会計ルール上は損益計算書で費用を認識しますが、キャッシュフロー計算書では同費用が足し戻されます。しかし当ファンドでは、あえて営業キャッシュフローから差し引くことを実践しています。もし株価が低迷すれば、人件費の支払いをストックオプション発行で賄うことができなくなるためです。またストックオプションによる報酬は、企業による現金支給を株式市場が肩代わりしているとみることができます。オプション行使されれば発行済株数が増えるので、既存株主にとっては一株当たり利益の希薄化要因になることを理解すべきです。
これらは当ファンドが財務分析する際の代表的な考え方を示すものです。以下では、株式市場と異なった見方をしていた当ファンドの投資事例をご紹介します(いずれも過去15年間に発行した月次報告書で言及したことがあり、すでに完全売却した銘柄も含みます)。
キーエンス
2000年代後半から組入れているキーエンスは、キャッシュリッチ企業として有名です。長年、優良成長企業であることから、常に株価が割高なことでも知られています。2010年10月月次報告書では、当時の株価を評価するにあたって、「時価総額から同社がバランスシートで抱えている5,000億円弱相当の余剰キャッシュを差し引いたものを「実質時価総額」として捉え、同社の基礎的な収益力に対して割安であると考えております」とお話しました。具体的には、2010年9月末金融資産が4,876億円(現預金324億円、有価証券2,571億円、投資有価証券1,980億円)と、時価総額1.04兆円に対しおよそ半分を占めていました。これら金融資産は同社が利益成長を通じて積み上げたものであり、公募増資や有利子負債の調達によって得たものではありません。同社のFAセンサ事業は現金を潤沢に生むビジネスであり、成長を持続するためにこれらを資金化して投資にまわす必要もないことから、当ファンドでは金融資産分(=ネットキャッシュ)を除いた時価総額が株価評価には適切であると考えました。2008年サブプライムローン危機から世界経済がやがて立ち直り、同社が再び最高益を更新するという前提にたてば、ネットキャッシュ控除後時価総額(約5,000億円)を当時の過去最高益632億円(2008年3月期実績)で割った実質PER(株価収益率)10倍以下という株価バリュエーションは驚くほど割安でした。将来に対する確信度が高かったため、かなり大きなポジションをとったという経緯があります。
なお同社はキャッシュリッチであるにも関わらず、配当や自社株買いに非常に消極的なことがしばしば槍玉に上がります。本来は株主からすると、企業が利益を内部留保する以上、それを事業に再投資して本源的価値を増やしてくれることを期待します。キーエンスの場合は、内部留保しても事業投資ではなく安全資産(特に利回りの低い日本国債が中心と思われます)に投資していることが問題視されているのです。株主としては「自分で次の投資先を見つけるから、配当で払いだしてほしい」と要求したいところです。しかし同社の株主は過去15年間同社株を保有することで大きく報われたのも事実です。同社は2008年3月期から2023年9月までに利益剰余金を2兆円増やしましたが(同期間に金融資産は1.9兆円増加)、時価総額の増加額はそれを大きく上回る13兆円(1兆円→14兆円)でした。このように内部留保した金額をはるかに上回る時価総額を生み出していることから、なかなか「物言う株主」が影響力を行使できていないのが現状です。コーポレートガバナンスの視点から、当ファンドがキーエンスをどうみるかについては、また別の機会に取り上げようと思います。
テルモ、リクルートホールディングス、セブン&アイ・ホールディングス
この3社は投資した時期がそれぞれ異なりますが、いずれものれんやその他無形固定資産の償却前利益をもとに株価が割安であると議論しました。現金流出を伴わない償却費が利益に占める割合が大きいため、会計上の利益とキャッシュ利益を生みだす実力との間に大きな乖離がありました。決算短信に記載の当期純利益だけをみてしまうと株価が割高だったのです。
テルモ(※)は2011年のCaridianBCT Holding社(米国)の買収で発生したのれんやその他無形固定資産(顧客関連資産など)の償却が会計上利益を押し下げていました。当ファンドの2016年5月月次報告書では、同社2016年3月期決算短信の注記にある「のれん等償却除く営業利益」1,018億円から、損金算入項目であるのれん以外の無形固定資産償却額だけを差し引き、実態に近い税前利益を算出したうえで当期純利益を見積もりました。この結果、「決算短信には、会計基準上の当期純利益506億円が記載されていますが、私どもは同社の実態的な当期純利益はそれ以上の金額と考えております。」と述べています。
※現在、テルモはIFRS採用企業です
非上場企業としての歴史が長かったリクルートホールディングス(※)は、2014年上場時にグローバル化を推し進めるべく、上場で得た資金を海外買収に積極的に充当する方針を掲げました。当ファンドが投資した2016年時点では今日稼ぎ頭の米子会社Indeed社を含めて多くの企業買収を行っていたので、毎年多額の償却費用が発生していました。このため決算短信上の当期純利益をベースにすると、当時のPERは30倍以上、ROE(株主資本利益率)は10%未満と決して割安にはみえなかったのです。しかしながら、2017年2月の月次報告書では「今回の投資で最も重要だったのは、同社のバリュエーションが割安であったことです」とコメントしました。これは、日本の会計基準で算出されたのれん償却後の利益と、それを除いた利益とでは倍近い開きがあったためです。買収先の減損リスクに注意を払う必要はありましたが、今日までそのような兆候はありません。また買収に伴う無形固定資産は1件の大型案件によって生じたものではなく、多くの案件に分散していたために一斉に減損リスクが顕在化するリスクも低いと考えました。
※現在、リクルートホールディングスはIFRS採用企業です
リクルートホールディングスの株価評価で、もうひとつ重要な指標がフリーキャッシュフロー利回りでした。当時のキャッシュフロー計算書をみると、海外買収に伴い多額の投資キャッシュフロー支出が計上されていたため、フリーキャッシュフローが低水準に留まっていました。しかし同社のビジネスは、生産設備の定期的なメンテナンス投資が必要な製造業と違い、事業継続をしていく上で多額の固定資産投資を必要としません。従って、本来はフリーキャッシュフローが潤沢に生み出されます。実際、当ファンドが計算した3年先の予想フリーキャッシュフロー利回りは、当ファンドの他の組入銘柄と比較してもかなり高めでした。同月次報告書では「海外展開に必要な体制が整えば、投資ペースは落ち着き、いずれは営業キャッシュフローの多くがフリーキャッシュフローとして残ることが想定され、今期予想される営業キャッシュフローをベースとすると、フリーキャッシュフロー利回りは魅力的な水準になると考えております」と締めくくっています。
セブン&アイ・ホールディングスは2022年に新規投資した銘柄です。2021年に買収した米Speedway社ののれん償却が重く、決算短信上の一株当たり利益と、償却前一株当たり利益の乖離は約4割にも達します。2024年1月に発表された2023年2月期 第3四半期決算説明資料にある「のれん償却前EPS」の今期予想470.64円(2024年2月予想ベース。一過性である、㈱そごう・西武株式譲渡影響を除いた数値)を前提とすると、2023年末の同社株価はPER11.9倍であり東証株価指数の平均を大きく下回っています。
またフリーキャッシュフロー利回りでみても、当ファンドが買い付けを行っていた株価水準では10%近い水準にあると考えられ、現在の国内大型株のなかでは最も割安に放置されている銘柄のひとつだと考えます。フリーキャッシュフロー利回りの計算は、やや工夫が必要です。同社は主力コンビニ事業以外にも銀行業(セブン銀行)を営んでいることから、預金増減やコールローン関連のキャッシュフロー項目も「営業活動によるキャッシュフロー」に含まれており(※)、コンビニ事業の実態を見えにくくしているためです。営業キャッシュフローから銀行業関連のものを取り除き、流通事業(低採算のイトーヨーカ堂事業も含まれる)のみを取り出してみると9,000億円前後と予想されます。コンビニ事業拡大に伴う設備投資が年間4,000億円程度と見積もると、差し引き5,000億円近いフリーキャッシュフローが創出される計算になり、時価総額に対してフリーキャッシュフロー利回りがかなり魅力的であることがわかります。
※日本の会計基準ではメガバンクなど純粋な銀行業も貸出金や預金の増減を営業キャッシュフローに分類しています。一方、一般的な米国銀行業のキャッシュフロー計算書では貸出金や預金の増減はそれぞれ「投資活動によるキャッシュフロー」と「財務活動によるキャッシュフロー」に分類されます。
なお2023年繰り広げられた米アクティビストファンドValueAct社とのプロキシーファイト(委任状争奪戦)のなかで、セブン&アイ・ホールディングス経営陣はSpeedway社買収以降に同社株のEV/EBITDA倍率(買収にかかるコストを何年で回収できるかを⽰す値)が上がったことを引き合いに出し、「株式市場からの評価があがっている」と発表していますが、これは誤った主張だと考えます。EV(Enterprise Value)は企業価値と呼ばれ、株式時価総額とネット有利子負債の合計であり、EBITDAは税前・利払い前・償却前利益を表します。当ファンドの見解では、同倍率の上昇は同社がSpeedway社買収のために多額の有利子負債を調達し、分子であるEVが大きく増えたことで倍率が押し上げられたのが主な要因と考えます。上述のように実質的なPERでみた評価は12倍弱に過ぎず、むしろ2005年の同社持株会社発足当時から一貫して評価が切り下がっているのです。当ファンドでは、この事実をセブン&アイ・ホールディングス社との面談時に株主の1社として伝えています。
三菱商事、オリックス
当ファンドでは、総合商社である三菱商事と、総合金融サービス会社のオリックスをともに投資事業会社であると捉えています。資本を使わないフィービジネスもありますが、大部分は金融資産・事業資産に投資を行い、そこから得られる収益、および資産価値を引き上げることで本源的価値を増大させるビジネスモデルです。従って、株価の評価もディスカウントキャッシュフローモデルではなく、純資産価値の増減に注目します。
2023年12月月次報告書で解説したとおり、三菱商事をはじめとする総合商社は当期純利益でなく、包括利益を経営成績としてみるべきです。各社経営陣は、投資有価証券の含み益増減や外貨建て海外資産の為替含み益増減が計上される「その他包括損益」を単年度業績として考慮していないように見受けられますが、投資事業を生業としている以上、当ファンドでは含めるべきだと考えます。そして、包括損益の結果を反映しているのが純資産価値です。また各社が経営指標としているROEについても包括利益合計を分子、資本合計を分母としたものがより適切だと考えます。
オリックスは「ベース利益」と「売却益(キャピタルゲイン)」に分けて投資家向け決算説明資料に開示しています。「ベース利益」とは保有している資産から毎期生み出される利益、「売却益」は事業ポートフォリオ入れ替えを目的とした事業売却・資産売却をする際に不定期に発生する利益を指します。後者は毎期安定して見込める利益ではないことから、株式市場では一過性要因として過少評価されがちです。この点について、統合報告書2023のCEOメッセージで井上社長の下記コメントが印象的です。
「キャピタルリサイクリングの結果、当社は年間約1,000億円の売却益を実現しています。過去の実績と将来の投資パイプラインは決算報告で皆さまにお示しする工夫をしていますが、再現性や持続性を十分に理解いただけないことが課題です。当社を担当いただいている株式アナリストは金融セクターの専門家が多くいらっしゃいますが、金融セクターでは安定的な収益を高く評価する傾向が見られます。ポートフォリオの入れ替えがもたらす売却益は、一過性ではなく再現性がありますので、こうした当社の特長をより理解していただけるよう、事業や業績の開示を一層工夫していきます。」
当ファンドも井上社長と同意見です。当ファンドの同社株に対する評価では、不定期の売却益も含めて一株当たり純資産価値が年率平均で一桁半ば~後半で拡大を続けていくとみています。高水準の配当利回りと自社株買いによる追加的な一株当たり利益成長率も無視できないリターンの源泉です。
東京海上ホールディングス、MS&ADインシュアランスグループホールディングス、SOMPOホールディングス
日本のメガ損保グループ3社の決算開示も日本の会計基準に基づいていますが、ここでも海外損保企業が適用しているIFRSと大きなルールの違いがあります。日本の会計基準では純利益を算出するにあたり、保険業特有の異常危険準備金、危険準備金、価格変動準備金など各種引当を繰り入れることが決められているため、海外競合に比べて利益水準が低く見えてしまいます(※)。そこでグローバル比較をしやすくするために、各社ともこれらの繰入項目(いずれも準備金なので非現金支出項目)を毎期足し戻して、IFRS採用企業の純利益に相当する「修正純利益」を公表しています。同様に純資産についても、これら準備金残高を足し戻したものを「修正純資産」としています。
※日本の会計基準では、損保はこれら準備金などの引当金を計上することがルール上求められている一方、欧米の損保企業が適用しているIFRSでは、同様の引き当ては必要ありません
これら修正数値で2023年末株価を評価すると、東京海上ホールディングスの今期予想PERが10.6倍となり、決算短信に掲載されている予想利益をベースとしたPER12.1倍よりも割安です。またPBRでは東京海上ホールディングスこそ1倍を上回っていますが、MS&ADインシュアランスグループホールディングスとSOMPOホールディングスに至っては0.6~0.7倍台と純資産価値を大きく下回っています(※1)。決算短信記載の一株当たり純資産をもとに計算すると、これら2社のPBRは1倍前後です。別の言い方をすれば、各社ともIFRSへ移行した途端(※2)、株式市場の参加者にみえるバリュエーションが一気に割安になるのです。
※1 修正純資産は、1)新株予約権と非支配株主持分を除いた純資産、2)税後ベースの異常危険準備金、3)同危険準備金、4)同価格変動準備金、5)生保事業の保有契約価値を足し、のれんとその他無形固定資産を引いたもの。損保各社の定義を参考にスパークスの定義を使用。
※2 日本でIFRSを適用済みの企業は219社と全体の1割以下です。
当ファンドではIFRSをもとにした株価バリュエーションのほうが、日本基準に比べて実態をより正確に反映していると考えており、とりわけMS&ADインシュアランスグループホールディングスとSOMPOホールディングスの実質的なPBRが1倍を大幅に下回っているのは割安であるとの意見です。会計基準が異なるだけで株式の評価が変わるというのはおかしなことでもあり、株式市場の非効率性を物語っています。
(最後に)
差別化されたポートフォリオには組入銘柄に対して市場と異なった視点・考え方を持つことが重要です。しかし最終的には株式市場の参加者全般がそれに気づき、注目し、なおかつ賛同しなくては当ファンドが意図する株価のパフォーマンスにはつながりません。
今回取り上げたような財務数値は当ファンド独自の見解に基づくもの以外に、セブン&アイ・ホールディングスののれん償却前利益やメガ損保グループの修正純利益など、決算説明資料で開示されているものも少なくありません。従って、世の中の株式アナリストはすでに知っている内容も多くあります。広く認知されているにも関わらず、株価が割安に放置されているのは何故なのでしょうか。推測の域は出ませんが、(当ファンドの分析・予想が間違っている以外に)いくつか理由があると考えられます。
まず注目度が常に高いハイテク業界銘柄に比べて、損保、小売などはイメージが地味であり注目を浴びにくいことや、成熟産業であるという先入観があることなどが影響しているかもしれません(※)。損保業界は、世界中に上場プレーヤーが数多く存在しており、いずれも保険引受業務と資産運用業務という事業内容自体に大きな違いはありません。このことから、日本の損保3社全てについて細かいところまで注目している株式市場参加者はあまり多くない可能性があります。これはすなわち、海外と日本の会計基準の違いもしっかりと理解されていないことを意味します。
※実際は東京海上ホールディングスの過去10年の修正純利益年間平均成長率は12%と高成長です。2023年8月の月次報告書で述べた通り、損保市場が3社で9割シェアという寡占状態にあるのは主要先進国のなかでは日本のみです。また時価総額3~8割にも匹敵する巨額の含み益を持つ金融資産(政策保有株)を抱えているのも日本のメガ損保グループ以外に世界中にありません。これらの理由から、当ファンドは日本の損保業界は大変魅力的と考えます。
もちろん、機関投資家の世界では詳細にフォローしている業種担当アナリストが在籍し、当然各担当業種に精通しているでしょう。しかし実際に運用会社で最終的に売買判断を行っているのはアナリストではなくファンドマネジャー達です。限られた数の銘柄だけを分析するセクターアナリストと異なり、オールアラウンドに様々な銘柄をフォローしなくてはならないファンドマネジャー達は、世界中の数多くの損保株をひとくくりにしてみているとしても想像に難くありません。
誰もが市場参加できる株式投資において、表面上の会計数値をみるだけで、当ファンドが解説するように細かく分析する人は少数派かもしれません。そして他の大勢の人が注目しなければ、決して株価は評価されないので無意味と考えるかもしれません。しかし、当ファンドが理論的に正しいと主張する「本当の」価値は、巡り巡って顕在化するものだと思います。例えば、のれん償却などの理由で会計上の利益が実際のキャッシュベース利益を大幅に下回る企業でも、キャッシュフロー創出力が強いことから思った以上に速いスピードで現預金が積み上がるはずです。ひいては株主還元強化につながりやすく、株主は増配などの恩恵を受けられますし、成長投資も積極化できるため、事業競争力が向上します。一方、人件費の大部分をストックオプションに頼っている企業は、現金流出を抑えられるためキャッシュフローが潤沢にみえるかもしれませんが、発行済株数は増えてしまうため、確実に株主利益の希薄化が起きているのです。
当ファンドが投資をする際、銘柄に関する投資意見が株式市場とは違うほうがむしろ好都合です。多数派の意見は、すでに株価に織り込まれたものであり、そこから大きな利益を得るのは難しいことを理解しなくてはなりません。自分なりの分析で辿り着いた視点について人々が懐疑的だとしても、あとから企業の真の価値を誰もが認めるようになればその株を買うようになり、株価上昇を通じて当ファンドの意見が「正しい」と証明されるのです。これが少数派意見のときに投資することで、市場平均を上回るリターンを達成できるメカニズムです。すなわち、投資で成功したいのであれば、人と違うことをしなくてはなりません。これが差別化されたポートフォリオにつながります。
ただし、これは「言うは易し行うは難し」です。株式市場における多数派の意見や将来に関する見通しは正しいことが殆どです。大半の人が未だ懐疑的・否定的な見方をしているなか株式投資するという決断は、心理的な居心地が非常に悪いことを理解する必要があります。株式市場に対峙する時には、「少数意見」かつ「正しい意見」をもって投資に望むことが大切です。
今後の運用方針
当ファンドでは設定来、「魅力的なビジネスと卓越した経営陣を併せ持つ企業を安く買う」を投資戦略としており、今後グローバルで飛躍が見込まれる日本企業を厳選しポートフォリオを構築いたします。引き続き、以下の投資基準に合致すると考えられる企業を少なくとも3~5年程度の時間軸で評価し、長期的な観点で投資を行ってまいります。
- ビジネスモデルがシンプルで理解しやすい
- 本質的に安全なビジネス
- 有利子負債が少ない強固なバランスシート
- 高い参入障壁に守られたビジネス
- 持続可能な高ROE(株主資本利益率)とそれに見合う利益成長
- 景気動向に左右されず潤沢なキャッシュフローを生み出している
- 資本コストを理解し、最適資本配分ができる卓越した経営陣
2024年1月の運用コメント
株式市場の状況
2024年1⽉、⽇本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前⽉末⽐7.81%の上昇となりました。
当⽉の⽇本株式市場は、能登半島地震の影響精査のため⽇銀が利上げを⾒送るとの⾒⽅が⾼まったことや、⽶連邦準備制度理事会(FRB)⾼官のタカ派な発⾔を受けた⽶⻑期⾦利の上昇を背景に円安が進み、⽉前半は⼤きく上昇しました。また、新NISA制度の開始による個⼈投資家の買い需要や、東京証券取引所の市場改⾰への期待感から海外投資家の資⾦も多く流⼊しました。⽉半ばから後半にかけては、利益確定の売り圧⼒や、⽶国半導体⼤⼿の業績⾒通しが市場予想を下回ったことから半導体関連銘柄を中⼼に⼀時下落基調に転じる場⾯もあったものの、最終的に前⽉末を上回る⽔準で⽉を終えました。
ファンドの運⽤状況
当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐8.56%の上昇となり、参考指数の同7.81%の上昇を0.75%上回りました。
当⽉のプラス貢献銘柄は⽇⽴製作所、三菱UFJフィナンシャル・グループなどでした。⼀⽅、マイナス影響銘柄は、ルネサスエレクトロニクス、信越化学⼯業などでした。
当ファンドの投資戦略である「魅⼒的なビジネスと卓越した経営陣を併せ持つ企業を安く買う」のうち、「安く買う」というのは当ファンドが投資を⾏う際の株価バリュエーションに関する規律やこだわりを表しています。新規銘柄に関して割安な⽔準をしっかりと⾒極めて投資をすること、株式市場がまだ気づいていないところに⽬をつけ、割安感を⾒出すことなどの意味が込められています。
そのため新規組⼊銘柄の紹介を⾏う際には、なぜ当ファンドが割安であると考えるのかをできるだけ説明するように⼼がけています。どんなに素晴らしい企業も、割⾼な⽔準で投資をしてしまうと市場平均を上回るリターンを得ることが難しいからです。⼤切なのは、割安な価格で投資できる千載⼀遇のチャンスが来るまで⾟抱強く待ち続けることです。例えば短期的な業績の弱含みなど⼀過性の要因で株価が急落したときや、事業の本質に対する影響が⼩さいと考えられる企業スキャンダルで株式市場が過剰反応したとき、⾦融市場の混乱で相場全体がパニック売りになった時などに魅⼒的な投資機会が訪れると考えます。
当ファンドでは、原則として組⼊銘柄の短期的な売買は⾏わず、⻑期保有することを基本としています。企業の本源的価値に対して株価が割安と確信が持てれば投資を⾏い、その後順調に株価が上昇して割安⽔準が訂正されたあとも、当該企業の⻑期成⻑性が平均を上回ると判断される限りは保有継続する傾向が多いです。ここでいう「平均」は世界の名⽬GDPの⻑期予想成⻑率を指しています。
当ファンドの組⼊銘柄の⼤半について⾔えることですが、本源的価値とはビジネスが将来にわたって株主のために⽣み出すであろうキャッシュフローを総合計し、それを⼀定の割引率(投資家の要求利回り)で現在価値に割り戻したものと定義されます。つまり、債券や不動産の価値計算と同じ考え⽅です。
このため当ファンドが企業の本源的価値を算出し株価が割⾼か割安かを判断する際に使⽤するのは「ディスカウントキャッシュフローモデル(DCFモデル)」を基本としています。株主にとってクーポンともいえる⼀株当たりキャッシュフローを⾒通すのが⼀般的な債券より難しい点はありますが、この⽅法であれば、株式以外の異なるアセットクラスとの⽐較も可能となります。
将来のキャッシュフローを現在価値に割り戻すという概念は株式の価値を調べるうえで最も論理的です。他に⼀般的に使われる⽅法として⼀株当たり利益に株価収益率(PER)を掛けて⽬標株価を算定するやり⽅がありますが、概念的には経済的根拠に⽋けていると考えます。
とはいえ、ある⼀定の条件を与えれば、PERを簡便なDCFモデルとして捉えることは可能です。PERの逆数である1/PERは「株式益利回り」(例えばPER20倍であれば株式益利回り5%、PER15倍なら同6.67%)なので、⼀株当たり利益(円)× PER(倍)=株価(円)という式は、⼀株当たり利益/株式益利回り(%)=株価、と書き換えられます。分⼦は債券でいうクーポン、分⺟は投資家の要求利回り(期待リターン、割引率とも呼ぶ)と⾒なせるので、この数式は永久債価値のDCF計算式である、債券クーポン/要求利回り=永久債の価値、と同じなのです。
株式益利回りはさらに、(割引率-永久成⻑率)と置き換えることが可能です(※)。⼀株当たり利益/(割引率-永久成⻑率)=株価、は今ある⼀株当たり利益が永久成⻑率でずっと伸びていき、それを現在価値に割り戻していることを意味します。⼀株当たり利益が株主に帰属するキャッシュフローと同程度であるという条件を満たせば、PERを使った⽬標株価(=⾃分が考える企業の本源的価値)の計算が、簡易的なDCFモデルと同じであるという説明が成り⽴つのです。
※定率成⻑配当割引モデル(ゴードンモデル)や不動産価値を算定する際に使うキャップレートでも同様の概念が使われています。
即ち、PER15倍は「割引率8%、永久成⻑率約1.33%」あるいは「割引率10%、永久成⻑率約3.33%」といった解釈ができますし、PER20倍であれば「割引率8%、永久成⻑率が3%」、12.5倍なら「割引率8%、永久成⻑率0%」あるいは「割引率10%、永久成⻑率2%」と同じこと、といった具合です。あとは割引率と永久成⻑率の前提がそれぞれ妥当かどうかを検証します。
例えば、割引率8%は現状の⽇本の10年国債利回り、あるいは⽇銀のインフレ⽬標達成後に予想される利回りと⽐べても株式に対する要求利回りとしては適切と思われます。また今の⽶国10年債利回りと⽐べても過度に楽観的な前提ではないと⾔えるでしょう。但し、2023年11⽉の⽉次報告書で⾔及したように、要求利回りはリスクフリーレート(国債⾦利)に左右されるので、今後のインフレ環境、⾦利環境の変化には留意が必要です。⼀⽅、永久成⻑率は⻑期的に予想される名⽬GDP成⻑率を上限として、個別企業に応じて適正な成⻑率を適⽤すべきです。但し名⽬GDP成⻑率を超える前提を置いてしまうと、個別企業のビジネスの将来規模が世の中の経済規模全体を超えてしまうという論理⽭盾が発⽣してしまうので注意が必要です。当ファンドでもPERを使⽤して企業の株価について解説しているのは、前述の理由が背景にあります。
また⼀般的に⾔われている「現在の株価であれば⼀株当たり利益の〇〇年分で回収できる」というPERの概念は、割安さを直感的に理解するにはむしろ分かりやすいかもしれません。
2023年12⽉末現在の当ファンド組⼊銘柄の平均PERは約16倍(今期予想、組⼊⽐率を考慮した加重平均ベース)です。東証株価指数(TOPIX)の平均である15.1倍よりわずかに⾼い程度であり、当ファンドの組⼊銘柄が優良企業で占められていることを踏まえると、⾮常に割安であると考えられます。もっと⾔うと、組⼊銘柄の中には、これまでご説明したことがある「実質的な」株価バリュエーションが、財務諸表上から得られる会計上の数値に基づいたバリュエーションに⽐べて⼤幅に割安な企業がいくつか含まれています。組⼊上位ではセブン&アイ・ホールディングス、メガ損保グループなどが挙げられます。
これらを考慮すると、当ファンドの実態的な平均PERは15倍程度まで下がると考えられ、TOPIXの平均とほぼ同じになります。⾔い換えれば、当ファンドは資本収益性や成⻑性が平均的な⽇本企業を⼤きく上回るにも関わらず、株価⽔準はTOPIXとさほど変わらないということです。⽇本株式市場は好調が続いていますが、当ファンド組⼊銘柄の株価に過熱感はないというのが⾒解です。
来⽉の⽉次報告書では、当ファンドがいかに株式市場がまだ気づいていないところに⽬をつけ、割安感を⾒出すようにしているかについて説明させていただく予定です。
2023年12月の運用コメント
株式市場の状況
2023年12⽉、⽇本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前⽉末⽐0.23%の下落となりました。
当⽉の⽇本株式市場は、⽉前半は⽇銀の植⽥総裁と氷⾒野副総裁両名の発⾔を受けて⾦融政策修正の思惑が⾼まったことや、FOMC(⽶連邦公開市場委員会)のハト派の内容を受けて⽶⻑期⾦利が低下したことで、円⾼が進み下落しました。⽉後半は、⽇銀⾦融政策決定会合における⾦融緩和維持の決定が好感される場⾯もありましたが、年末の閑散相場もあって円⾼基調が継続する展開が重しとなり、最終的に前⽉末を下回る⽔準で⽉を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐0.54%の上昇となり、参考指数の同0.23%の下落を0.77%上回りました。
当⽉のプラス貢献銘柄は信越化学⼯業、リクルートホールディングスなどでした。⼀⽅、マイナス影響銘柄は、ロート製薬、ファーストリテイリングなどでした。
2023年の運⽤成績を銘柄別寄与度でみると上位銘柄は三菱商事、⽇⽴製作所、ソニーグループ、東京エレクトロン、信越化学⼯業などでした。⼀⽅、下位銘柄はソシオネクスト、オリンパス、花王、メルカリなどでした。当⽉これらの銘柄のうち、⽇⽴製作所と三菱商事についてと、マイナス影響度の⼤きかったソシオネクストについてご説明をさせて頂きます。
日立製作所
2021年7⽉⽉次報告書で新規投資銘柄としてご紹介した⽇⽴製作所は、その後概ね当ファンドの⾒解通りに状況が進展しています。投資を開始してから速やかにファンドの主要組⼊銘柄に引き上げた同社の株価は2021年末以降63.24%上昇し、これまでのところ順調と⾔えます。
2016年に始動したLumada事業は当初から社外だけでなく社内でも実態の分かりにくいビジネスというイメージが強かったようです。Lumada事業は特定の技術やソフトウェアに依存したビジネスではありません。当ファンドでは、同社がハード(やシステム)の売り切り型ビジネスから決別し、コンサルから製品販売後のアフターサービスまで⾃社内のあらゆるリソースを駆使・動員してソリューション提案形式で収益を稼いでいくための「事業ブランド」と捉えています。別の⾔い⽅をすれば「⽇⽴がもつ⾊々なプロダクトやサービスを、⽇⽴がもつデジタル技術で横串を通すもの」(同社役員のコメント)とも⾔えるようです。このコンセプトを創り出したのは、惜しくも2021年に急逝した中⻄元社⻑の功績です。
同社は事業ポートフォリオが広範囲に及びますが、圧倒的なシェアを持つ製品分野は殆ど持ち合わせていません。しかしコングロマリットだからこそ、ITシステムのノウハウや、社会インフラの制御ノウハウ、モノづくりノウハウなど多岐にわたっていることが、Lumada事業を可能にしています。また社内リソースは、過去10年のグループ再編を通じてGlobal Logic社(⽶国)や、⽇⽴エナジー㈱(旧ABB社)など新たなアセットを獲得したことで範囲が広がっていること、そして今後需要が伸びるであろうDX(デジタルトランスフォーメーション)、GX(グリーントランスフォーメーション)分野をターゲットにしていることがポイントです。
最近の総合電機業界では三菱電機㈱も、⾃社コンポーネントを顧客が利⽤することで⽣まれるデータを集め・分析して、製造業などに対して課題解決のためのソリューション提供する事業モデルを謳っています。富⼠通㈱もFujitsu Uvance事業で社会課題を明らかにすることで市場発掘し、⼩売、ヘルスケア、製造業界などを対象にSX(サステナビリティトランスフォーメーション)ソリューションを提供していくなど、似通った戦略が聞かれるようになりました。しかし⽇⽴製作所は電⼒インフラまわり(送電網)や鉄道システム関連など、他社とは差別化された注⼒領域を10年以上前に⾒いだし、すでに重点投資も進めてきたので、⼀⽇の⻑があると考えます。
財務戦略⾯でも、経営陣のKPIは10年前に⽐べて明らかに変わってきています。「ROIC(投下資本利益率)」、「EPS(⼀株当たり純利益)成⻑率」、「フリーキャッシュフローのコンバージョンレート」など成⻑・資本効率性・キャッシュフローの3つに⼒点をおいた経営管理がなされているのは正しい⽅向と考えます。特にROICはここ数年、⽇本企業がこぞって経営指標として採⽤しています。ROE(株主資本利益率)の場合はどうしてもビジネス⾃⾝がもつ資本収益性だけでなく、当該企業の財務レバレッジ⽅針や、所在国における法⼈税率にも左右されてしまいます。当ファンドもROICやROCE(使⽤資本利益率)のほうが企業ビジネスを評価する上でより適切だという⾒解です。
2024年3⽉期上期業績に⽬を転じると、売上39,248億円(前年同期⽐12%増)、調整後EBITA(※1)3,596億円(同492億円増)、調整後EBITAマージン9.2%(同0.3ポイント増)と堅調です。売上先⾏指標となる受注残⾼もデジタルシステム&サービスセグメントで約1.5兆円、⽇⽴エナジーセグメントで約3.9兆円と⼤変豊富であり、Lumada事業も2024年3⽉期通期⾒通しで売上全体の約3割、調整後EBITAの約4割を占めるところまで拡⼤しています。
※1:調整後EBITAは同社が重視する利益指標で、調整後営業利益から無形固定資産の償却費を⾜し戻し、持分法損益を加算したもの。調整後営業利益=売上-原価-販売管理費
同社にとって成⻑に必要な駒は全て揃っていますので、今後は事業環境の追い⾵をうけて受注をどこまで積み上げていけるか、そして受注残をうまく売上・利益につなげられるか、現経営陣の執⾏⼒にかかっています。うまくいけば引き続き利益拡⼤だけでなく株価バリュエーションの切り上がりもありえると考えます。
三菱商事
当ファンドは総合商社を、世界中に⼈的ネットワークを持つ投資事業会社であると考えています。豪州の資源権益や、東南アジアにおける⾃動⾞製造販売事業、北⽶での再⽣可能エネルギー事業、⽇本でのコンビニエンスストア事業など、今⽇の彼らのバランスシートは⼀般の投資家には⼿の届きにくい、世界的にも珍しい事業資産ポートフォリオを有しており、貴重な投資機会を提供してくれています。
総合商社の収益源泉は1)⾃らの事業オペレーションによる利益のほか、2)投資先からの配当収⼊、3)関連会社からの持分法損益、4)資産売却や株式売却によるキャピタルゲイン、5)投資有価証券の未実現利益、および6)外貨建て資産の為替含み益など多岐にわたります。このうち、1)〜4)は損益計算書の当期純利益より上の項⽬に記載され、5)と6)はそれより下の包括利益計算書に記載されます。よって当ファンドは総合商社の業績を評価するには「当期純利益」ではなく、「包括利益」をみることが重要であるとの⽴場をとっています。
また本源的価値の増減を評価する際には、⾃社株買いが積極的に⾏われるようになる以前は、包括利益が反映されている⼀株当たり純資産価値の増減を近似値として(配当などの社外流出を考慮した上で)判断していました。この視点でみると、当ファンドで⻑期保有している三菱商事は⼀貫して年率⼀桁後半〜10%程度のペースで成⻑を続けていたことがわかります。⾔い換えれば、同社は成⻑性の乏しいバリュー株ではなく、割安に放置されたグロース株(「隠れた成⻑銘柄」)であったということです。
同社の業績は現⾏の「中期経営戦略2024」に対して順調に進捗しており、2023年度第2四半期時点では株主還元(配当と⾃社株買い)後でみたフリーキャッシュフローでも約6,400億円の余剰キャッシュ(累積ベース)が創出されています。近年の資源市況の活況によってもたらされていることに留意する必要はありますが、余剰キャッシュを更なる事業投資や株主還元にまわせるという意味で余裕含みの経営状況にあります。
同中期経営戦略上の投資計画では再⽣可能エネルギーなどに約1.2兆円、DX・成⻑投資関連で約0.8兆円の資⾦投下を掲げています。これらの事業は垂直に⽴ち上がるものではなく、収益が通年でフル寄与するには時間がかかるでしょう。同社全体でみると、既存事業である資源事業の市況次第ではありますが、新規分野の投下資本に対する期待リターンを10%とすると、巡航速度としての利益成⻑率は⼀桁半ば程度ではないでしょうか。
⼀⽅、同社資源事業の中核である原料炭事業の中⻑期⾒通しは良好です。原料炭は鉄鋼原料であり、最も鉄鋼需要が伸びると期待されるインドに注⽬しています。現在の世界の粗鋼⽣産量ランキングで⾸位の中国は約10億トンと世界のおよそ54%を占めていますが、今後は経済発展が⽬覚ましいインドで、2030年までに粗鋼⽣産能⼒が約3億トンへ引き上げられる⾒通しです(2022年の粗鋼⽣産量は約1.25億トン)。とりわけ三菱商事がBHP Group社(豪州)との豪合弁会社BMA社を通じて⼿掛ける⾼品質原料炭(強粘結炭)は、鉄鋼産業による環境負荷を減らすためにますます重要になります。⾼品質原料炭が産出されるのは豪州や北⽶に限られており、BMA社は強粘結炭の海上貿易量の約3割のシェアと世界最⼤です。脱炭素化を考えると新規の鉱区開発は進みづらく、供給タイトな状況が続きそうです。資源事業の割合が⾼い三井物産㈱が⼿掛ける鉄鉱⽯も鉄鋼⽣産には⽋かせませんが、両者の違いは、鉄鉱⽯はインドでの⾃給率が⾼く中国は輸⼊に依存、逆に原料炭は中国での⾃給率が⾼くインドは輸⼊に依存しているところです。⻑期の景気低迷局⾯にある中国に⽐べ、より展望の明るいインドの恩恵を受けやすい原料炭のほうが魅⼒的と考えます。
総合商社全般に⾔えることですが、各社ともROEを経営指標に掲げています。しかし事業の特性上、これはあまり適切でないと考えます。ROEは財務諸表上の「当期純利益」を「資本合計」で割ることで求められます。株主に帰属する資本に対して、どれくらい⾼い利益を上げているかを測る尺度ですが、問題なのは前述したように当期純利益には投資有価証券の含み益増減(FVTOCI(Financial assets at fair value through other comprehensive income)に指定したその他の投資による損益)や外貨建て海外資産の為替含み益(在外営業活動体の換算差額)増減が含まれていません。⼀⽅で、資本合計にはこれらの損益項⽬を含んでいる包括利益(配当などの社外流出分を差し引いたもの)が反映されているのです。つまり⼀般的なROE計算式では分⼦と分⺟に整合性がなく、当期純利益と包括利益の乖離が⼤きくなりやすい総合商社の場合はあまり有⽤でありません。具体的には、海外通貨⾼によって国外に保有する外貨建て資産の為替含み益が拡⼤した時や、投資有価証券の含み益が値上がりによって増加した時は、⾒た⽬のROEが下がってしまうことになります。しかしこれらは投資エグジット時には実現益になるものです。従って投資事業を⽣業としている総合商社であれば、単年度の経営成績に含めるべきだと考えます(※2)。
※2:⼀⽅、⾃動⾞メーカーのような製造業が保有する海外⼯場の外貨建て資産含み益が増えたとしても、投資エグジットするという経営選択肢は通常ないため、「その他の包括利益」を経営成績の⼀部としてみなすべきでないと考えます。
なお5⼤総合商社各社のROEを当期純利益/資本合計と当期包括利益合計/資本合計の2通りで計算すると2023年3⽉期の各社ROEは以下の通りでした。
これをみると、三菱商事の「実質的な」ROEは22.1%とかなり⾼⽔準だったことが分かります。余談ですが、前期、前々期と当期包括利益合計/資本合計で計算したROEが最も⾼かったのは丸紅㈱でした。数年前まで丸紅㈱は総合商社のなかでは財務体⼒⾯(⾃⼰資本⽐率)で競合他社に劣後していると⾔われていましたが、実質的ROE30%超えが続いたので、他社よりも資本が速く積みあがりました。いつのまにか丸紅㈱の⾃⼰資本⽐率は競合他社並みに充実するようになったのは、これで説明できます。
株主還元強化は2023年に堅調だった総合商社株のドライバのひとつです。累進配当の導⼊だけでなく、積極的な⾃社株買いを⾏ったことは、株価が⼀株当たり純資産価値を下回っていた三菱商事には特にプラスでした。PBR(株価純資産倍率)1倍割れで⾃社株買いすると⼀株当たり純資産が増えるため、結果としてPBRは⾃社株買い以前より下がります。割安感がさらに際⽴つため、投資家の注⽬を集めたという意味で株価に対する好影響は⼤きかったと評価できます。この議論は、当ファンドの損保株への投資と同様です。
ソシオネクスト
2023年にマイナス影響度がもっとも⼤きかったのはソシオネクストでした。前期、今期と続いた⼤幅な増収増益が来期は踊り場になるという会社側の⾒通しが嫌気されたのが要因です。当ファンドが株価急落後に投資してからも下落基調が続きました。
ソシオネクストは2022年に上場した半導体デザイン企業です。2014年にパナソニックホールディングス㈱と富⼠通㈱のSoC(System on Chip)事業が統合されて誕⽣し、2022年上場当初から、当ファンドが注⽬していた企業です。
2023年7⽉に⼤株主であった⽇本政策投資銀⾏、パナソニックホールディングス㈱、富⼠通㈱の3社が持株売却を発表し、⽬先の需給悪化懸念から株価急落したタイミングで新規投資を⾏っています。
⾃社⽤半導体のデザイン設計を内製化しているApple社(⽶国)などを除けば、同社は業界最⼤⼿の1社です。ロジック半導体市場の中で、顧客メーカーの最終製品に組み込まれるカスタムSoCと呼ばれる半導体を開発・提供しています。
同社売上には製品量産化前の開発段階において顧客から受け取るNRE売上(Non-Recurring Engineering売上)と、量産過程に⼊ったあとに計上される製品売上の2種類があります。NRE売上はデザイン設計部隊の規模(と⽣産性)に左右されますが、製品売上に移⾏すれば売上増に伴う費⽤増は殆どなく、限界利益率が⾼いのが特徴です。
同社は2018年頃から組織改⾰と事業のグローバル化に舵を切って以降、顧客構成・獲得商談内容が急速に変化しました。製品売上の先⾏指標ともいえるNRE売上は、海外構成⽐が5年前の約3割から2023年上期は8割程度まで拡⼤しています。ノード別売上構成も最先端である5-7nm向けがほぼゼロでしたが現在は約6割まで上昇していることが確認できます。当ファンドはこれをポジティブとして捉えました。
現在半導体産業では、半導体製造プロセスの技術⾰新のうち、前⼯程分野で所謂「ムーアの法則」(半導体集積回路の集積率は18ヶ⽉(または24ヶ⽉)で2倍になるという半導体進化の指針を与えた経験則)が限界を迎えつつあり、微細化ペースが緩慢になってきていることです。半導体性能を向上させ続けるにはパッケージ技術などの後⼯程分野や半導体デザイン設計の重要性が増しています。同社はデザイン設計を通じて半導体のPPA(※3)を向上させることができるのです。
※3:Power, Performance, Areaの略で半導体の性能向上にとって⽋かせない、より少ない消費電⼒(power)、より速い演算処理能⼒(performance)、より狭い⾯積への集積(area)を指します。
最先端半導体を取り扱うカスタムSoCの成⻑性は特に期待されます。これまで携帯電話などアプリケーションに限定して機能を特化させたASSP(Application Specific Standard Product)と呼ばれる半導体が⼤きく伸びてきました。例えば私たちが使っているスマートフォンは多くのメーカーがQualcomm社(⽶国)の通信⽤半導体(モデムチップ)を使っています。しかし消費者の嗜好が多様化していくなかで、差別化されたエレクトロニクス製品を世に出したいハードウェアメーカーはカスタムSoCを選好するようになってきています。これらハードウェアメーカーにはニッチプレーヤーも多く、⾃社で半導体をゼロからデザイン設計するノウハウを持っていないため、ソシオネクストのようなプレーヤーのビジネス機会となっています。
最先端半導体の採⽤が増えるなか、同社の受注案件が⼤型傾向にあるのもポジティブです。2023年度第2四半期決算説明資料によると、年間商談獲得⾦額が2018年3⽉期頃の約1,000億円から前期は約2,500億円程度と倍以上になっているのは、1件あたり300億円以上の案件が増えているためです。半導体の⾼度化・複雑化で開発費⽤が増えるため、搭載される最終製品の販売計画も⼤型化しているのです。⼀般財団法⼈計量計画研究所の調査によると、ノード別にかかる半導体開発平均コストは7nmでは249百万⽶ドルでしたが、5nmで449百万⽶ドル、3nmで581百万⽶ドル、2nmになると725百万⽶ドルまで増えていることから、業界統計との整合性もとれていることが分かります。このようなトレンドは固定費中⼼の同社ビジネスにとっては収益性の⾯でポジティブです。
競合他社としては、台湾にGlobal Unichip社、Alchip Technologies社、Faraday Technology社などの上場企業が数社存在します。そのなかでもソシオネクストの差別化ポイントは、デザイン設計の川上から川下(アーキテクチャ設計、論理設計・回路設計、物理設計)まで全てをカバーできることです。このため、後⼯程(主に物理設計、そして論理設計の⼀部)のサービスしか提供できない競合に⽐べて潜在顧客は多いと思われます。また⽇本が地政学的に中⽴であることも優位に働くかもしれません。
同社の強みは⼈材にあると思われます。⽇本の半導体産業が国際的に強かった時代に活躍していたベテラン半導体技術者などが約2,000名おり、⻑年の実績があります。⽇進⽉歩で⾼度化・複雑化している最先端半導体では、開発途中で⽋陥が⾒つかってしまうと、修正作業が⾮常に⼤変且つコストが⾼くつきます。同社は上場以前、安全⾯・品質⾯で最も厳しい⽔準が求められる⾃動⾞向け半導体で、⽇系メーカーから多くの商談を獲得していました。この分野で実績が豊富であることは競争優位性であると考えられます(※4)。
※4:この点は当ファンドが考える半導体製造装置メーカー(東京エレクトロンなど)の参⼊障壁に似ています。即ち、複雑な⽣産⼯程をもつ半導体産業は、不具合が発⽣したときの機会損失が⾮常に⼤きいため、製造装置の購買・発注担当者は業者選定の際、実績の乏しい新規メーカーへの発注を避け、経験豊富で⻑年取引関係にあるメーカーを優先する傾向があります。
事実、今期も⽶国や中国EV(電気⾃動⾞)メーカーから⾃動運転機能や⾞内エンターテインメント機能に関するデザイン設計案件が増えています。最近の中国⼈消費者の嗜好性を⾒る限り、EVの選択基準はガソリン⾞と異なりソフトウェアまわりが中⼼です。つまり搭載される半導体(カスタムSoC)が重要な製品差別化ポイントになっているのです。中国景気は低迷していますが、現地EVメーカーは欧州、ASEANへの輸出にも積極的であるため、同社はその恩恵を受けるかもしれません。
同社の商談獲得残⾼には、他にも通信機器、データセンター、スマートデバイス、産業機器向けがありいずれも成⻑分野です。また現時点では同社に⽬⽴った商談獲得実績はなさそうですが、昨今の⽣成AIブームが⽕付け役となり、AIサーバー向け半導体が脚光を浴びています。いずれ⽣成AIがデータセンター内のサーバーから末端デバイスのエッジコンピューティング⽤にAI専⽤半導体が幅広く採⽤されるようになれば、同社にとって追い⾵となるかもしれません。
今期は踊り場ですが、同社業績は組織改⾰を経て中⻑期的に利益成⻑率が⾼まる局⾯にあると考えられます。半導体技術者数が台湾競合の倍以上を誇りながらも、⼀⼈当たり売上・利益では未だ低⽔準です。しかし、獲得商談のグローバル化で仕事量の増加と案件⼤型化に加え、技術者の⽣産性向上の取り組みなどにより、営業利益率は15~20%程度を⽬指せるのではないでしょうか。30%を超えるROEも可能かもしれません。
さらに同社は研究開発型企業ということもあり、「⼀般試験研究費の額に係る税額控除制度」(各事業年度において、試験研究費の額がある場合に、その試験研究費の額に⼀定割合を乗じて計算した⾦額を、その事業年度の法⼈税額から控除することを認める制度)の恩恵を存分に享受しています(2022年3⽉期売上1,928億円に対し研究開発費493億円)。このため2023年3⽉期の実際の法⼈税率(「税効果会計適⽤後の法⼈税等の負担率」)は僅か15.5%でした。これは法⼈実効税率30.6%よりもかなり低いので同社が将来⽣み出すキャッシュフローを考えるうえで無視できないポイントです。
フリーキャッシュフローについては、前期は案件が急激に増えてマスクブランクス(半導体デバイスを製造する元となるガラス基板)調達などコストが嵩んだこともあり、当期利益に対して低⽔準でしたが、本来はキャッシュを潤沢に⽣むビジネスです。経営陣の株主還元⽅針である連結配当性向40%程度、総還元性向50%程度を前提としてもキャッシュが積みあがっていくことが予想されます。
当ファンドが投資リスクとして念頭に置いているのは、⼤⼿ハイテク企業(⽶国のApple社、Microsoft社、Alphabet社など)による半導体デザイン設計のさらなる内製化、⽶国のBroadcom社、Marvell Technology Group社(両社ともASSPメーカーであり、部分的にソシオネクストと競合)や台湾勢(前述した企業やMediatek社など)との競争激化、および同社が獲得した案件にキャンセルが発⽣することなどです。また獲得した案件で不具合が⾒つかり、同社のレピュテーションに傷がつくケースなども、評判が広がりやすい狭い業界ということもあり注意が必要と考えます。
2023年11月の運用コメント
株式市場の状況
2023年11⽉、⽇本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前⽉末⽐5.42%の上昇となりました。
当⽉の⽇本株式市場は、⽉前半はFOMC(⽶連邦公開市場委員会)での政策⾦利の据え置きや、市場予想を下回る⽶雇⽤統計を受けての⽶⻑期⾦利の低下を背景に上昇しました。⽉半ばは、⽇本企業の良好な決算や、市場予想を下回る⽶国のCPI(消費者物価指数)を受けた⽶追加利上げ観測の後退などから、⽉中⾼値をつけました。⽉後半に⼊ると、中東情勢の地政学リスクの後退や⽶⻑期⾦利低下等を好材料に上昇した後、⼀時1ドル=146円台後半まで進⾏した円⾼が重しとなって下落基調に転じましたが、最終的に前⽉末を上回る⽔準で⽉を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐5.73%の上昇となり、参考指数の同5.42%の上昇を0.31%上回りました。
当⽉のプラス貢献銘柄はリクルートホールディングス、東京エレクトロンなどでした。⼀⽅、マイナス影響銘柄は、ロート製薬、ソシオネクストなどでした。
2023年も残すところあと⼀か⽉となりました。当⽉は少し気が早いですが2024年を⾒据えて、近年⾏った銘柄⼊れ替えの振り返りと、今後の運⽤⽅針についてお話しようと思います。
当戦略における株式投資の考え⽅は「魅⼒的なビジネスと卓越した経営陣を併せ持つ企業を安く買う」という⾮常にシンプルなものです。企業は株主から預かった資本でビジネスを運営しています。逆に株主は預けた資本を増やしてもらうことを期待していることになります。企業は利益を通じて富を⽣み出し、株主はその果実を株価上昇や配当として得ているのです。
この⼤原則のもとに、当戦略では株主として⻑期保有していたいと思えるような企業を厳選し、その実態価値を計算します。そして市場で付けられている株価がその実態価値を下回っているときに投資し、出来るだけ⻑く保有することで資産を増やすことを⽬指しています。現在のポートフォリオには運⽤開始当初から保有を続けている銘柄も少なくありません。
株式を⾦融資産としてみると、「クーポンが不規則に変動する永久債」であると当戦略では考えています。よって実態価値は多くの場合、債券や不動産の価値を計算するのと同じように、ビジネスが将来にわたって株主のために⽣み出すであろうキャッシュフロー(=クーポン)を予想し、その総合計を現在の価値に割り戻すことで求められます。
このため当戦略が考える「魅⼒的なビジネス」とは必然的にROE(株主資本利益率)、ROIC(投下資本利益率)、ROCE(使⽤資本利益率)などの資本収益性が⾼く、平均(世界の名⽬GDP成⻑率)を上回る持続的な利益成⻑性を持ち、キャッシュフローをしっかりと⽣み出しているビジネスが中⼼となります。このような企業を当戦略では「魅⼒的な企業」、「強い企業」などと呼んでいます。
投資対象を発掘する際には以下の7つの項⽬を重視します。
- ビジネスモデルがシンプルで理解しやすい
- 本質的に安全なビジネス
- 有利⼦負債が少ない強固なバランス・シート
- ⾼い参⼊障壁に守られたビジネス
- 持続可能な⾼ROEとそれに⾒合う利益成⻑
- 景気動向に左右されず潤沢なキャッシュフローを⽣み出している
- 資本コストを理解し、最適資本配分ができる卓越した経営陣
これまでのポートフォリオの変遷
⻑期投資を基本とする当戦略ですが、過去15年を振り返ると組⼊銘柄は少しずつ変化してきました。主に3つのフェーズに分けて説明できます。
第1フェーズ:2000年代後半から2010年代半ば
第2フェーズ:2010年代半ばから2021年
第3フェーズ:2022年以降
第1フェーズ(2000年代後半から2010年代半ば)におけるポートフォリオの特徴は「⽇本のモノづくり優位性」であったと思います。巨⼤ハイテク企業が君臨する⽶国と異なり、⽇本には世界に通⽤するソフトウェアや消費者ブランドはなかなかありません。しかし「匠の技」、「暗黙知」、「擦り合わせ技術」などの⾔葉に代表されるように愚直なモノづくりで、世界を圧倒する⾼品質製品を輸出することには⻑けています。⽇本企業の競争優位性であり、「⾼い参⼊障壁」にもなりうると考えます。
当戦略ではこれまで様々なモノづくり銘柄への投資を⾏いました。モノづくりというと、⾃動⾞など耐久消費財や資本財がクローズアップされますが、当戦略では消費財、医療機器、アパレルなどにも業種を広げてこの概念を捉えています。例えば、⽇本製の紙おむつ、ランニングシューズ、⾎管カテーテルなども品質の⾼さが武器となって、ブランドイメージに貢献し、グローバルで活躍できるビジネス群になっていると解釈できます。
これらの銘柄のなかには、全て売却済みのものもあれば、かつての組⼊⽐率より引き下げて継続保有しているものもあります。
第2フェーズ(2010年代半ばから2021年)では、無形資産に強みを持つビジネスへの投資を増やしました。
⽶GAFAM(Google,Apple,Facebook,Amazon,Microsoft)のようなハイテクプラットフォーマー達が持つ無形資産が、企業の優劣を決定するようになってきているという産業構造変化を受けてのことです。これらの企業にとって最も重要な資産は⼯場や店舗ではなく、⾃社開発したソフトウェア、アルゴリズム、コンテンツ、知的財産、顧客データ、オンラインプラットフォーム上に築き上げたネットワーク効果などです。個⼈や法⼈ユーザーにとってスイッチングコストが⾼く、⻑く使われ続けるサービスを提供しているこれらの企業は、資本収益性と限界利益率の両⽅が⾮常に⾼く、且つ市場規模が膨⼤であるのが特徴です。このように3拍⼦揃ったビジネスはあまり存在しません。またプラットフォーム型のビジネスは、ネットワーク効果によってユーザーにとっての有⽤性が指数関数的に⾼まるため、売上規模が増えても収益逓減の法則が働きにくいのも魅⼒です。
第3フェーズは2022年からでした。もともと当戦略では数年前から始まった世界的なインフレとそれに伴う⾦利上昇は⼀時的なものと考え、既存組⼊銘柄を継続保有していく⽅針でした。これらの銘柄は所謂「グロース株」と呼ばれ、PER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)などの尺度でみた株価バリュエーションが市場平均よりも⾼い銘柄が中⼼でしたが、資本収益性、利益成⻑率とも⼀般的な⽇本企業を⼤きく上回り、財務内容も強固であることから、超低⾦利環境が続く⽇本では株価は理論上、正当化されるとの⾒解でした。
しかし時間が経つにつれ、インフレ現象や⾦利上昇が⼀時的ではないことがはっきりしてきました。とりわけ、海外投資家の参加⽐率が⾼い⽇本株式市場では、国内⾦利だけでなく、海外⾦利(特に⽶国⾦利)上昇の影響が⼤きいことを重要視しました。現在⽶国のリスクフリー⾦利(⽶国債)は短期、⻑期とも5%弱程度で推移しています。海外勢にしてみれば、将来の不確実性が伴う株式に投資するよりも無リスク債券である⽶国債利回りに魅⼒を感じる投資家は多いはずです(※1)。当戦略では、「⽇本株の投資環境は過去15年間と今後15年間では⼤きく異なってくる可能性がある」と考えを改めました。判断が遅れたため、2022年の運⽤成績が振るわなかったのは反省材料ですが、これがポートフォリオの変更を⾏うきっかけとなりました(※2)。
※1:理論上は⽶ドルベースの投資家が⽇本株への投資する際は、⾦利パリティのメカニズムが働くため、イールドスプレッドは円ベース投資家と同じになるはずですが、現実の世界ではそのようになりません。同じ理由でドル円キャリートレードが盛んに⾏われています。
※2:ポートフォリオ変更を始めたころの⽶国債の⾦利は2年債約2.6%、10年債約2.8%、30年債約3.0%でした。
2022年以降のポートフォリオ変更としては、まず既存銘柄であった三菱商事の組⼊⽐率を⼤幅に引き上げたことに始まり、その後新規銘柄として東京海上ホールディングスを筆頭とするメガ損保グループ3社、オリックス、三菱UFJフィナンシャル・グループなどを組み⼊れました。これらの銘柄は⼀般的に「バリュー株」と⾔われますが、当戦略では株式市場で広く理解されていないという意味を込めて「隠れた成⻑銘柄」と呼んでいます。
第1、2フェーズでポートフォリオ⼤半を占めた「純粋な成⻑銘柄」と異なり、これら「隠れた成⻑銘柄」が持つ魅⼒は、
- 「純粋な成⻑銘柄」に⾒劣りするものの、世界の名⽬GDP成⻑率を上回る事業利益成⻑
- ⻑期持続可能な⾃社株買い・消却によって上乗せされる⼀株当たり利益成⻑
- 相対的に⾼い配当利回り
という3つの株式リターンの源泉を⾜し合わせると年率期待リターンが10%強になるところです。これは当戦略が持つ「純粋な成⻑銘柄」の期待リターンに匹敵するレベルです。「純粋な成⻑銘柄」の場合、事業成⻑性は⾼くても、株価⽔準そのものが⾼いうえ、成⻑資⾦が必要なことも多く、⾃社株買いをする余裕がないか、もしくはしたとしてもインパクトは限定的です。また同じ理由で、配当利回りも市場平均を下回るケースがほとんどです。よって、株式リターンの源泉はほぼ全てが事業利益成⻑のみに依存していることになります。加えて、2010年代の⾦利低下局⾯でみられた継続的なバリュエーション切り上がり(PERの拡⼤)についても、もはや期待しにくい状況です。株式益利回りと無リスク債券利回りとのイールドスプレッドが縮⼩している環境下では、株価バリュエーションが市場平均並みかそれを下回るような投資対象を選好しなくてはなりません。これが「隠れた成⻑銘柄」へシフトした理由です。
もちろん、この期間に「純粋な成⻑銘柄」に対する投資を全て避けていたわけではありません。例えば、東京エレクトロンは世界を代表する半導体製造装置メーカーです。当戦略は、2022年秋の⽶中半導体貿易摩擦が勃発し、世界的に半導体関連株が⼤幅下落した局⾯で投資しました。同社は、⾃社株買いも少なく、配当利回りは市場平均に及びませんが、実績をもとにした⻑期利益成⻑⾒通しは⽇本の⼤企業のなかではトップレベルだと考えます。
この第3フェーズにおける重要な時代認識は「インフレの常態化」と「⾦利の正常化」です。当戦略は、向こう12か⽉程度は⼀旦インフレ減速、⾦利の落ち着きがみられたとしても、⻑期的には株式市場および⽇銀が想定しているよりも国内インフレが⾼⽌まり、もしくは上振れする可能性があると考えています。すでに前⽉、前々⽉の⽉次報告書では⾼齢化、⼈⼝減少による労働⼒不⾜を構造的インフレ要因として説明しましたが、他にも将来のインフレを彷彿させる⽇本固有の事象はここかしこに⾒られます。
例えば、昨今の輸⼊物価⾼がインフレ圧⼒となっていますが、円安が他の経路を通じてインフレを引き起こすこともありそうです。世界最⼤級の半導体受託製造メーカーであるTaiwan Semiconductor Manufacturing Company社(台湾、以下「TSMC社」)が熊本⼯場建設、メモリ半導体メーカーであるMicron Technology社(⽶国)が広島⼯場の拡張を⾏っていますが、これらは海外から⽇本への対内直接投資における⼤きな潮⽬の変化だと考えます(※3)。
※3:⽇本はGDPに占める対内直接投資残⾼(約40兆円)の⽐率が⼀桁台に留まっており、国際的にかなり低い⽔準です(2021年時点で201か国・地域中198位(出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)))。伸びしろは⼤きく、⽇本の輸⼊ペネトレーション(国内総供給に占める輸⼊の割合)を改善するためにも、もっと増えることが望ましいと考えています。
海外メーカーにとっては、⽇本が地政学的に安全であることに加え、円安によって外貨ベースでみた設備投資負担が軽くなり、優秀な⽇本⼈技術者を低コストで採⽤できるなどが背景にあるのは容易に想像できます。とりわけTSMC社は⽶国アリゾナ州でも⼯場を完⼯させようとしていますが、⼯事現場での⼈材問題などを理由に⼤幅遅延となっているのに対し、⽇本では建設業者による綿密な⼯程管理のもと、進捗状況が際⽴って良好と⾔われています。このため、第1⼯場完⼯が間近ななか、すでに⽇本で第3⼯場まで建設する⻘写真を描いているようです。TSMC社の台湾本社社員にとっても⽇本のほうが⽶国よりも距離が近いことから、⽇本への誘致は様々な⾯で引き続き有利に働きそうです。さらに北海道では最先端の国産半導体を⽬指すRapidus㈱による新⼯場建設も進んでいるのは周知のとおりです。
これら半導体新⼯場の周辺には通常、部材メーカーや製造装置メーカーなども集積してきます。すでに多くの関連メーカーが新たな進出・拡張を決めており、半導体産業全体の投資規模は10兆円近く(⽇本の名⽬GDPの2%弱)に及ぶのではないかと推察されます。TSMC社が進出した熊本県菊陽町では交通渋滞が⽇常化し、地価の⼤幅な上昇もみられ、インフレ要因になっているのは明らかです。⼯場投資は雇⽤を⽣み出し、地元経済に波及効果をもたらすので、実質賃⾦の上昇を伴った「良いインフレ」となるモデルケースになるかもしれません。
また以前にも触れたとおり、東証による上場企業のPBR1倍割れ解消の取り組みに関しては、労働⽣産性の改善が、ROE改善につながり、それが株価上昇につながると指摘しました。そして労働⽣産性の改善には、⽇本企業の場合は、国際的にみて低位に留まる国内のモノやサービスの値段について本来の価値に⾒合った値上げをし、適正な利幅を確保することが重要と述べました(※4)。つまり今回の株式市場改⾰は副次的にインフレをもたらすものであると⾔えるでしょう。これらは数年前までは誰も想定していなかったインフレ要因です。
※4:⽇本製鉄㈱、JFEホールディングス㈱など⽇本の鉄鋼メーカーは2020年代にはいって業績が⼤幅に改善しましたが、最⼤の要因は圧倒的な⾼品質にも関わらず、国際的にみて割安であった⾃動⾞⽤鋼板などの国内価格(所謂、ひも付き価格)を「不退転の決意」で底上げしたことでした。
2024年に向けた投資戦略
以上のような時代認識を踏まえた、現在のポートフォリオの特徴は次のとおりです。
まず2022年以降に進めた銘柄⼊れ替えの結果、業種としては⾦融業関連の組み⼊れが増えています。これらの銘柄は事業内容がそれぞれ異なり、幅広く分散されていると考えます。具体的には、
- メガ損保グループ3社:景気動向よりも⾃然災害などに業績の相関性が⾼く、ポートフォリオ分散効果ももたらしてくれる
- オリックス:関⻄国際空港運営や国内ホテル旅館事業を通じて訪⽇観光客増の恩恵を受け、不動産や再⽣可能エネルギー事業での含み益も併せ持つ
- 三菱UFJフィナンシャル・グループ:国内⾦利正常化の恩恵を受ける
- ⽇本取引所グループ:東京証券取引所、⼤阪取引所、東京商品取引所の運営を独占的に⼿掛ける
などが含まれます。
アクティブウェイト(東証株価指数(TOPIX)における時価総額ウェイトと⽐較した相対的な組⼊⽐率)に⽬を転じると、現在の最⼤組⼊銘柄はメガ損保グループ3社(合算ベース)となっており、次いで個別銘柄として⽇⽴製作所、セブン&アイホールディングス、三菱商事、ソニーグループ、オリックスなどとなっています。また東京エレクトロン、信越化学⼯業、ルネサスエレクトロニクス、ソシオネクスト、HOYAなどを⼀括りでみれば、半導体関連がアクティブウェイトで最⼤になっているという⾒⽅もできます。今後も差別化されたポートフォリオを意識し、運⽤を継続していく⽅針です。
当戦略はこれら全ての企業が魅⼒的なビジネスを有していると考えます。したがって、参⼊障壁が維持され、株価バリュエーションが妥当であれば、2024年も保有を続ける⽅針です。⼀⽅、外部環境が⼤きく変化し、組⼊銘柄のビジネス参⼊障壁にほころびがみられる場合や株価バリュエーションに極端な過熱感がみられる場合、或いは新たな投資機会が発掘された際には、躊躇せずに銘柄⼊れ替えを⾏う可能性もあります。
2024年の⽇本株を取り巻く外部環境は海外と⽐較して良好な⾒通しであると考えます。例えば、
- 2019年のピーク時にGDPの約1%を占めていたインバウンド関連業界の復活、そして成⻑軌道へ回帰
- コーポレートガバナンス改⾰を通じた資本収益性の向上によって⽇本企業が再評価(⽇本株全体のPER切り上がり)される可能性
- 諸外国では敬遠されるインフレ深刻化が⽇本ではデフレからの脱却としてポジティブに捉えられること
などはいずれも⽇本株だけにしかない独⾃の追い⾵です。
これらに加えて、来年も企業による積極的な賃上げが⾏われれば実質賃⾦成⻑率がプラスに転じ、ゾンビ企業淘汰という痛みを伴う可能性がある「⾦融政策の正常化」に⽇銀が踏み切ることができれば、かなりポジティブだと考えます。
最後に
当⽉は⽇本株が再び1989年バブル崩壊前の史上最⾼値に近づいていることが話題になりました。現在の⽇本株市場は、1989年12⽉に記録したTOPIXの史上最⾼値より17%ほど低い⽔準にあります。これをみて、⽇本株がいまだにバブル崩壊前を超えられていないというのは若⼲正しくありません。実は配当込み指数でみれば、史上最⾼値をすでに3割ほど上回っているのです。
またバブル崩壊前との⽐較の際には、新聞などの報道で⼤抵、⽇経平均株価が使⽤されますが、当戦略ではTOPIXが参考指標として相応しいとの⽴場です。前者は定期的な採⽤銘柄⼊れ替えがあり連続性にやや⽋けることや、225銘柄のみしか反映しておらず、且つ株価単純平均型の指数であるからです。TOPIXはより網羅性が⾼く、時価総額加重平均型の指数となっています。
実質的に史上最⾼値にある⽇本株といえども、欧⽶との株価パフォーマンス格差が歴然であるのは変わりません。1989年末から当⽉末にかけて欧州の株価指数(FTSE All Shares Index)は約3倍、⽶国(S&P500)にいたっては約13倍にもなっています。海外との⽐較では、⽇本株の潜在的な⻑期上昇余地はまだまだ⼤きいと⾔えるかもしれません。
⽇本株市場の中味も、1989年当時に⽐べると⼤分様相は異なります。かつては時価総額上位20社のうち半分以上が都銀や⻑信銀でしたが、今ではトヨタ⾃動⾞㈱、ソニーグループ、キーエンス、ファーストリテイリング、東京エレクトロンなどの国際優良株が中⼼です。万が⼀、⽇本経済が衰退傾向に陥ったとしても過度な⼼配は不要と考えています。
さらに当時は、「バブル」と⾔われていたことからも分かるように、株価の裏付けとなる企業利益が乏しく、PERが今よりかなり割⾼でした。⼀⽅、今⽇はPER15倍程度と「より地に⾜の着いた」バリュエーションであると⾔えます。これも2024年以降の⽇本株に対して当戦略が「慎重ながらも楽観的(cautiously optimistic)」な⾒⽅をしている理由となります。
来⽉は2023年暦年の組⼊銘柄のパフォーマンス振り返りを⾏う予定です。
2023年10月の運用コメント
株式市場の状況
2023年10⽉、⽇本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前⽉末⽐2.99%の下落となりました。
当⽉の⽇本株式市場は、⽉前半は堅調な⽶雇⽤統計を受けての⽶⻑期⾦利の変動や、中東情勢の緊迫化などを受け乱⾼下の展開となりました。⽉後半に⼊ると、中国の景気刺激策が好感される場⾯があったものの、⽇銀の政策再修正への思惑や⽶テクノロジー企業の低調な決算への失望が株式市場の重しとなり、最終的に前⽉末を下回る⽔準で⽉を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐2.07%の下落となり、参考指数の同2.99%の下落を0.92%上回りました。
当⽉のプラス貢献銘柄は信越化学⼯業、⽇⽴製作所などでした。⼀⽅、マイナス影響銘柄は、ロート製薬、セブン&アイ・ホールディングスなどでした。
当ファンドでは2022年末ごろからメガバンク株への投資を開始しました。2021年6⽉の⽉次報告書では、⽇本の銀⾏株について投資魅⼒に⽋けると述べたことがありますが、それ以降、株式市場と⽇本の銀⾏業をとりまく環境が⼤きく変わりました。およそ40年ぶりの世界的な⾼インフレとそれに伴う⾦利上昇によって、ゼロ⾦利政策が続く⽇本にも「⾦利がある世界」がやって来るというシナリオの現実味が増してきたのです。過去数年、超低⾦利が続く中でも最⾼益を達成できるほど筋⾁質になった邦銀は、今後の⾦利上昇次第で、利益⽔準が格段にあがる可能性が出てきたと考えます。
どれくらいの利益拡⼤を期待し得るのか議論する前に、そもそも当ファンドが銀⾏業をビジネスとしてどのように⾒ているかをお話します。
銀⾏が基幹業務として⼿掛ける預⾦・貸出・決済業務などは、⼀般消費者の⽇常⽣活、企業の⽇常業務にとってなくてはならないものです。先進国であれば、顧客の裾野はほぼ例外なく全ての消費者、企業に広がっており、市場規模が膨⼤です。
これらの事業を円滑に運営するために、銀⾏は⾮常に多くの⼈的資源、⽀店網などの有形固定資産、ITシステムなどの無形資産を必要とするため、銀⾏ビジネスは装置産業ともいえます。また⼀国の経済中枢にかかわる役割を担っているため、銀⾏を営むには免許制などで認可されなくてはなりません。このことから、新規参⼊者が銀⾏業をいきなり始めるのは難しく、業種としての参⼊障壁は⾮常に⾼いと⾔えます。
⼀⽅、既存銀⾏同⼠においては競争が激しいという負の側⾯があります。なぜなら預⾦や貸出サービスは他⾏との差別化が難しいからです。従って、⼀般的に投下資本から得られる銀⾏業の収益性は他の産業に⽐べて低くなります。このような事業で⾼いROE(株主資本利益率)を実現するためには、レバレッジをかけることが求められます。これが、銀⾏業の⾃⼰資本⽐率が他の産業よりも低く、ひとたび経営判断を誤ると、利益へのマイナスインパクトが増⼤化されてしまう理由です。
当ファンドが考える、株主として魅⼒的な銀⾏を選ぶ基準は次のとおりです。
⼈々が安⼼して預⾦を預けられるブランド⼒があるか
安全性、利便性に裏打ちされたブランド⼒があれば、銀⾏は低コストで資⾦調達することができます。
健全な貸出業務を⾏っているか
貸出実⾏後すぐに貸出⾦が不良債権化することはまずありません。⼀⽅で、利息収⼊は貸出実⾏後に直ちに発⽣します。このため融資担当者は⽬先の利益を増やす誘惑にかられて、リスクを度外視した貸出に⾛ってしまうことが多々あります。規律のきいた貸出を⾏っているか、与信先の信⽤リスクに⾒合った⾦利を適⽤しているかを重要視します。
コスト管理能⼒に優れているか
既存プレーヤー同⼠の激しい競争によって収益性が必ずしも⾼くない銀⾏業では、低コスト経営を徹底することが求められます。
前述の基準に合致する銀⾏として、当ファンドでは三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)を組み⼊れています。同⾏は、国内最⼤規模を誇る3⼤メガバンクのひとつです。2022年度末時点で預⾦量約214兆円、貸出資産約110兆円、従業員約12万⼈、個⼈顧客約3,400万⼈、法⼈顧客約110万社、国内拠点436か所、海外拠点約1,600か所を誇ります。
過去の⽉次報告書では、銀⾏はローカル⾊が強いビジネスであり、グローバルで活躍できる企業とは⾔いにくいと述べました。しかし、地銀に⽐べてMUFGは海外のプレゼンスが⾼いのが特徴です。歴史上、外資系銀⾏のグローバル展開は苦戦が⽬⽴ちますが、MUFGは海外利益がすでに全体の半分弱を占めていること、⽶国の名⾨投資銀⾏であるMorgan Stanley社を持分法適⽤会社として傘下に抱えていることなどは特筆すべき点です。
Morgan Stanley社については、2007年頃にサブプライムローン危機で⽶⼤⼿⾦融機関が軒並み経営危機に⽴たされたとき、MUFGが⽣き⾺の⽬を抜くように出資に踏み切ったという経緯があります。邦銀のM&A史上最も成功した取引とも評価されており、2022年度も持分(簿価)に対して12%相当の持分法利益を計上し、MUFG全社平均ROEを上回る収益性を誇っています。本案件は、MUFG経営陣の先⾒性および執⾏⼒の⾼さが表れているとも⾔え、当ファンドが重視する「卓越した経営陣」の条件を満たしていると考えます。
国内⾦利の正常化
当ファンドにとって理想の投資対象は、あくまでマクロ経済に左右されないビジネスですが、今回の銀⾏株投資では、⾦利⾒通しを前提に、利益成⻑性を議論することが避けて通れません。なぜなら、現状の低⾦利環境のままでは、邦銀の収益⼒は低すぎると考えるからです。
MUFGの資産規模は⽇本の銀⾏として最⼤です。2023年3⽉末時点の総資産は約387兆円あり、グローバル銀⾏として有名なHSBC Holdings社(英国)に匹敵、時価総額が世界最⼤の銀⾏であるJPMorgan Chase & Co.社(⽶国)のおよそ8割程度と世界的にみても有数のスケールを持ちます。⼀⽅、資本収益性の⾯では、HSBC Holdings社とJPMorgan Chase & Co.社は総資産に対して約1%程度に相当する純利益をあげているのに対し、MUFGのそれは約0.3%しかありません。
邦銀のROA(総資産利益率)が低い理由のひとつは、⽇銀への預け⾦(⽇銀当座預⾦)が巨額に上っているためです。これらにはほとんど利息が付かないため(⼀部は付利がマイナス)、邦銀バランスシート上の資産としては「死⾦」といえます。MUFGの場合、総資産に占める⽇銀当預(⽇本銀⾏が取引先の⾦融機関等から受け⼊れている当座預⾦)は約75兆円、総資産の約2割を占めています。
しかし、およそ20年ぶりともいえる国内の物価⾼現象をきっかけに、ようやく⾦利上昇の兆しがみえてきました。マイナス⾦利が続いてきた⽇本ではむしろ⾦利環境が「正常化に向かう」というのが正しいかもしれません。今までが「異常」であって、「正常」な状況に戻ることは妥当なことと⾔えます。これは今後の銀⾏ビジネスにとってポジティブと考えます。ROAでみたMUFGとHSBC Holdings社の違いはわずかにみえますが、巨⼤な総資産(うち9割程度は⾦利上昇の恩恵を受ける資産と想定)の規模を考えると、わずかな⾦利上昇でも⼤きな利益を⽣み出せることを忘れてはなりません。
例えばMUFGの⽇銀当預が収益を⽣む「働くお⾦」として、仮に40兆円(⽇銀当預の約半分)が国債への投資あるいは貸出にまわり、保守的に0.5%の利ザヤが得られるという前提を置けば、同⾏の税引後連結純利益に対する増益効果は1,400億円(40兆円x0.5% x70%)となります。また⽇銀当預全額が1%程度の利ザヤを得るとすれば、5,000~6,000億円程度の利益上乗せとなります。これは2023年3⽉期の連結純利益からから5割前後の増益を意味します。
また「⾦利がある世界」では、既存の貸出資産の利ザヤ改善も⾒込まれます。例えば、同⾏の国内貸出⾦残⾼約67兆円に対して、利ザヤが0.5%改善すれば約2,300億円の増益、1.0%程度の改善なら5,000億円近い増益となります。⽇銀当預のシフト効果とあわせて最⼤1兆円超、連結純利益が増える計算になります。即ち、現在の利益⽔準がほぼ倍になるということです。
なお⾦利には、名⽬⾦利と実質⾦利がありますが、銀⾏業績を予測するうえで重要なのはあくまで名⽬⾦利です。名⽬⾦利は実質⾦利にインフレ率を加えたものなので、インフレ率が想定以上に⾼くなれば、実質⾦利が低下することで国内の緩和的⾦融環境は維持され、名⽬上の⾦利は引き上げられる余地がでてきます。⽇本が不況に陥ることなく⾼い名⽬⾦利が許容されれば、銀⾏業績は1%の利ザヤ改善を⼤幅に上振れるシナリオも考えられます。
「⾦利がある世界」では銀⾏の⾮⾦利収⼊にも副次的な恩恵をもたらすでしょう。例えば、⾦利の先⾼観からデリバティブビジネスでは⾦利スワップによる借⼊⾦利の固定化ニーズの増加が考えられます。証券⼦会社では企業の起債ニーズが増えるかもしれません。⾦利が正常化することで事業環境が変化し、M&Aなどの動きが活発になれば投資銀⾏関連の⼿数料増加も期待できます。
以上を総合的にみれば、MUFGを始めとする国内メガバンクの収益改善は⾮常に⼤きなものになる可能性があります。
⽇本経済の中⽴⾦利
前述の⾦利上昇(利ザヤ改善)前提は妥当でしょうか。
近年の⽇本経済のトレンドにおいて
- 実績インフレ率(コアCPI)が3%超で推移していること
- ⽇銀のインフレ⽬標が2%であること
- ⽇本経済の需給ギャップがゼロ近辺にまで改善していること
- 物価連動10年国債からみる⽇本の期待インフレ率が1.2%を超えてきており、2014年以来の⾼⽔準にあること
- 前⽉の⽉次報告書で述べたように⼈件費などの国内インフレ要因は⼀過性でなく構造的であること
- ⽇本経済の潜在成⻑率が最低でも0.5%程度と推定されること
などを勘案すると、⽇本の中⽴⾦利(理論上、経済を過度に冷やさず且つ過熱させない均衡のとれた⾦利⽔準)が2%程度に上昇しても不思議ではないと考えます。よって、前述の1%利ザヤ改善シナリオはさほど⾮現実的とは⾔えないのではないでしょうか。
とりわけ国内インフレに関して確実に⾔えることは、⽇本が⼈⼿不⾜の時代に突⼊したということです。2011年ごろから総⼈⼝の減少が始まったことで、働き⼿の減少が危惧されましたが、過去10年は⾼齢者の雇⽤期間延⻑※や⼥性の労働参加率上昇が⽳を埋めたため、労働⼈⼝全体として横這いを維持できました。しかし、この効果もいよいよ限界に達しつつあります。抜本的な海外移⺠受け⼊れ政策が議論されていない以上、恒常的な労働⼒不⾜になるのはほぼ間違いないでしょう。これからは⼈⼿を確保するために企業は賃⾦を上げていかざるを得ません。また⼈間の働き⼿が⾜りない以上、⾃動化などを通じた⽣産性改善も不可⽋です。これは⽇本国内における設備投資動向の底上げを意味し、資⾦需要の増加につながると思われます。これらの理由から、⾦利が上昇する蓋然性はかつてないほど⾼まっています。
※当ファンドでは、⽇本の労働⼒不⾜問題を解決するために、定年退職という慣⾏は廃⽌すべきであるとの⽴場です。英国では労働⼈⼝の下⽀えやGDP成⻑率への寄与を⽬的に、2011年から定年退職制度は廃⽌されています。
リスク
⾦利上昇による⽇本経済への弊害、あるいは⾦利上昇を押さえつける潜在的要因については何が考えられるでしょうか。
まず企業部⾨の⽀払利息への影響からみていきます。⽇本において資本⾦10億円以上の⼤企業では、2022年度営業利益合計約37.7兆円に対し⽀払利息は3.7兆円(推定借⼊⾦利約1%)ですので、⾦利上昇による借⼊コスト増の吸収は⼗分可能と思われます。しかし、資本⾦50百万円未満の零細企業は営業利益合計7.7兆円に対し、⽀払利息は2.3兆円にも上ります。よって、⾦利が上昇すれば⾮効率な経営を続ける零細企業の経営は厳しくなるかもしれません。経済にとって少なくとも短期的にはマイナス要因になり得ます。当ファンドはいわゆる「ゾンビ企業」が淘汰されることはデフレ脱却を確実なものにするために必要不可⽋との⾒解です。痛みを伴うかもしれませんが、政策対応と企業の⾃助努⼒によって⽇本が乗り越えなくてはいけないハードルでしょう。なお、2023年3⽉期末のMUFGの与信関係費⽤⽐率(与信関係費⽤総額/期末貸出⾦残⾼)は0.62%、不良債権⽐率1.26%と極めて健全です。
家計部⾨では住宅ローンが懸念材料です。⽇本は⽶国などに⽐べて変動⾦利型の割合が7割以上と⾼いので、⾦利が本格的に上昇し始めれば、家計は苦しくなる恐れがあります。しかし、⽇本の新規住宅ローンの平均⾦額は30百万円前後ですので、現在返済が進んでいる⼀般的な住宅ローンの平均残⾼は20百万円以下と推察されます。仮に1%⾦利が上昇した場合、毎⽉の利払い増加額は15,000円程度です。継続的な企業による賃上げが実現できれば、家計にとって吸収可能なレベルです。加えて⽇本では、変動⾦利型住宅ローンの⾦利が上昇しても、5年間は毎⽉返済額が変わらないというルールがあります(毎⽉の返済額トータルは⼀定なまま、利息部分が増加・元本部分が減少。減額調整された元本はローン期限までには完済される)。さらに、6年⽬からの返済額はそれまでの返済額に対して125%が上限になるというルールもあります。以上のことから、家計が急激に悪化することはなく、こうした時間の猶予のなかで、家計は新たな⾦利環境に適応していけると考えます。
国債市場にもリスクがあります。⺠間銀⾏からの⽇銀当座預⾦は総額500兆円を超えるので、需要サイドとして国債を買う待機資⾦は巨額です。⼀⽅供給サイドは、財政⾚字に伴う新規国債発⾏額が年35兆円程度、さらに⽇銀が保有国債のうち、満期到来分を再購⼊しないと仮定すれば年65兆円程度、合計で100兆円程度が⺠間銀⾏が1年間で買える⾦額となります。即ち、国債需給の観点からすると、買い需要が供給を⼤きく上回る状況が想定され、⻑期⾦利の頭を抑える要因になるかもしれません。そうなると銀⾏の収益は期待したより改善しないことも考えられます。
⺠間銀⾏にとっては、購⼊した国債が⾦利の更なる上昇で含み損を抱えることを懸念する向きもあります。しかし、MUFGの国債残⾼(総額37兆円、うち満期保有区分は13.5兆円)のデュレーションは2023年3⽉末で1.5年とかなり短期化しているので、デュレーションをやや⻑めにし、満期保有⽬的の残⾼を増やすことも含めて少しずつ国債の買いを積極化させる動きがあってもいいと当ファンドでは考えます。満期保有⽬的債券の含み損拡⼤懸念というと、今年3⽉に発⽣したSilicon Valley Bank社(⽶国)での取り付け騒ぎが想起されますが、邦銀の預⾦属性(⼩⼝預⾦を幅広く集めており、⽇常的に必要な⽣活必需品的な側⾯が強い)や、現時点の保有債券デュレーションの短さを考えると、取り付け騒ぎによる流動性危機や、過⼩資本に陥るリスクは低いと考えられます。
銀⾏の預⾦調達サイドのリスクとしては、世の中の⾦利が上昇すれば、預⾦⾦利引き上げを余儀なくされることが挙げられます。最近ではネット銀⾏のように低コストを武器に⾼利率の預⾦商品を掲げる新興勢⼒の台頭もあります。しかし、邦銀では貸出需要を遥かに上回る預⾦量があるので、メガバンクが資⾦を確保するために、預⾦⾦利を⼤幅に引き上げるリスクは⼩さいと考えます。とりわけ⼤半の⼈々にとって銀⾏⼝座は⽇々の⽀払いや、給与受け取りをするための⽣活必需サービスであることから、預⾦⾦利の違いで他⾏に移すことは起こりにくいでしょう。当ファンドではこのような「スイッチングコスト」が⾼い点も銀⾏業の魅⼒として評価しています。
この他にも、⽇銀当預に対する付利引き上げによる収⽀悪化や、⻑期⾦利上昇によって⽇銀が保有する国債が含み損を抱えることで、中央銀⾏としての財務内容が債務超過になるなどの副作⽤も考えられます。極端なシナリオとしては、円通貨の暴落や、ハイパーインフレ、国⺠負担の増加などが想定されますが、⽇本は⾃国通貨で通貨を発⾏できることや、国全体としては純債権国であること、⽇銀の信認が即座に失われる可能性は低いことから、⼤きな問題に発展する確率は極めて⼩さいと考えられます。
株価バリュエーション
年初から株価が上昇しているMUFGを含む邦銀株ですが、世界的にみて株価は未だに割安と⾔えます。このことを総資産に対する時価総額の⽐率を使って説明すると、前述の銀⾏ではJPMorgan Chase & Co.社で約10%、HSBC Holdings社で約5%に対して、MUFGは3%しかありません。つまり、MUFGは、HSBC Holdings社並みに評価されるだけで時価総額は5割以上のアップサイドがあります。⾔うまでもなく、⾦利上昇による業績拡⼤も株価上昇要因になります。
MUFGを始めとする邦銀の利ザヤおよびROAは今後、低い⽔準から改善する⽅向にあります。⼀⽅、JPMorgan Chase & Co.社などの⽶銀はすでに利ザヤが⾼い⽔準にあることから、伸びしろは限定的と判断されます。むしろ、⽶景気が減速傾向にあることを考えると、ROAには下⽅圧⼒がかかっていると当ファンドでは考えます。
MUFGと同等か若しくはより割安な海外銀⾏株としては、中国のIndustrial and Commercial Bank of China社(時価総額/総資産=約4%)や韓国のKB Financial Group社(同約3%)が挙げられます。しかし、中国では⺠間銀⾏が政府コントロール下にあるという⾊彩が強く、経済も構造的に悪化傾向にあること、すでにROAがMUFGよりだいぶ⾼い⽔準(Industrialand Commercial Bank of China社0.9%、China Construction Bank社1.0%)にあり、改善期待が乏しいことを考えるとMUFGのほうが魅⼒的に映ります。
韓国は⽇本と同様に銀⾏は成熟産業であり、株価は割安に放置されていますが、コロナ禍以降、家計部⾨に対する貸出が増えており、とりわけ過熱している不動産市況がピークアウトすることで、不良債権が急増する懸念があります。MUFGに⽐べてROAは⾼い(KB Financial Group社0.6%、Shinhan Financial Group社(韓国)0.7%)ですが、今後下押し圧⼒がかかるかもしれません。逆に⽇本では家計部⾨の負債⽐率は⾼くなく、企業部⾨も健全です。向こう数年は訪⽇客の回復効果(当ファンドでは訪⽇客関連の中⻑期的な経済効果について⾮常にポジティブにみています)もあり景気が底堅く推移することが予想されます。
株価のダウンサイドリスク
最後に、⾦利上昇の前提が外れたとしてもMUFG株主は⾼い配当性向と継続的な⾃社株買いによって、相応の総還元利回りが期待できるため、ダウンサイドリスクは⼩さいと判断します。
かねてからMUFGは、安定的に1兆円以上の親会社株主純利益を稼げる⾦融グループになることを⽬指していました。過去2期の業績でこれを超えるようになり、⻲澤社⻑はその体制がほぼ整ってきたとコメントしています。配当性向については、4割へ向けて累進的に引き上げることを⽅針(2023年3⽉期実績35.3%、2024年3⽉期計画37.9%)としています。つまり配当総額は最低でも4,000億円は⾒えていることになります。加えて、MUFGはCET1⽐率(銀⾏会計上の⾃⼰資本⽐率)が9.5%から10.0%のターゲットレンジ内(2023年3⽉期末実績10.3%)であれば、⾃社株買いも機動的に⾏い、発⾏済株数5%を上限とした株式消却を⾏うとしています。同⾏はすでに、競合メガバンクである㈱三井住友フィナンシャルグループや㈱みずほフィナンシャルグループと⽐べても海外拠点を⼗分に確保しており、⼤規模な資⾦ニーズを伴う買収をする可能性が低いことを考えると、実現可能な還元⽅針であり、資産規模(リスクアセット)と⾃⼰資本の⽔準を⼀定に保てれば、年間5,000億円前後の⾃社株買いは可能と推定できます。以上のことから、MUFG株主は毎年の株主還元額として合計1兆円近くを期待できます。現在の時価総額に対して約6%という総還元利回りが株価の下値を⽀えてくれると考えます。
政策保有株が多いのも強⼒な「武器」となります。この点は、当ファンドで組み⼊れているメガ損保グループと同じです。例えばMUFGは、2023年3⽉期末時点で時価2.5兆円相当の株式を保有しており、株式市場での売却を通じて資⾦化することで、⾃社株買いや増配に使うことができます。メガ損保に⽐べるとメガバンクの政策保有株含み益は少ないと⾔われていますが、削減に本格着⼿したのはここ最近なので、これからどのように有効活⽤されるか楽しみです。とりわけ銀⾏の会計ルール上(バーゼルIII)、保有株式のリスクウェイトが250%まで引き上げられることになっており、政策保有株を削減するのはもはや待ったなしと⾔えます。
MUFGを含む3メガバンクは全て「PBR(純資産価値)1倍割れ」銘柄です。今年8⽉の⽉次報告書でもコメントしたとおり、株価が割安な状況下で⾏われる持続的な増配や⾃社株買いは株主にとって⼤変有利です。⼀株当たり配当⾦が同じでも、株価⽔準が低ければ、そうでない場合に⽐べて、配当利回りは⾼くなりますし、増配したときのインパクトも⼤きくなるからです。⾃社株買いであれば、株価が割安であるほどより多くの株を買い⼊れることができ、結果として株主に帰属する⼀株当たり利益が多くなります。特にPBR1倍を割れている時に、⾃社株買いをすれば⼀株当たり純資産額が増えていくことになります。つまり株価⽔準が変わらなければ、割安感が益々際⽴っていくのです。
2023年9月の運用コメント
株式市場の状況
2023年9⽉、⽇本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前⽉末⽐0.51%の上昇となりました。
当⽉の⽇本株式市場は、⽉前半は中国製造業購買担当者景気指数(PMI)の改善により中国の景気後退不安が⼀時的に後退したほか、国内では早期衆院解散・総選挙への期待感が⾼まったことを受け、上昇基調となりました。⼀⽅⽉後半は、FOMC(⽶連邦公開市場委員会)で⾦融引き締めの⻑期化が⽰唆されたことや、⽶議会の予算協議が難航し政府機関閉鎖への警戒感が⾼まったことから、市場⼼理が悪化し値を戻す展開となり、最終的に前⽉末を若⼲上回る⽔準で⽉を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐1.03%の下落となり、参考指数の同0.51%の上昇を1.54%下回りました。
当⽉のプラス貢献銘柄は三菱UFJフィナンシャル・グループ、東京海上ホールディングスなどでした。⼀⽅、マイナス影響銘柄は、リクルートホールディングス、ソシオネクストなどでした。
当⽉は、当ファンドが現在の⽇本経済の状況についてどのように考えているかをご説明します。
1989年のバブル崩壊以降、⽇本は⻑い間デフレに苦しみました。これまでの経験から、デフレやそれに伴う超低⾦利・マイナス⾦利環境は様々な弊害を⽣み出すことがわかっています。まず、モノやサービスの価格が下がり続けると、消費者は更なる価格下落を期待して購⼊を控えてしまいます。消費者が購⼊を控えれば企業収益は悪化しますので、労働者の賃⾦は上がらず、それが消費⾏動のさらなる抑制につながり、悪循環となります。
また超低⾦利環境では、消費者による住宅や⾞の購⼊といった⾼額品消費が後押しされるものの、企業において採算性の乏しい投資計画が実⾏されたり、競争⼒のない企業(いわゆるゾンビ企業)が存続することで、経済システムにおける資本の最適配分がうまく機能しなくなります。企業淘汰が進まなければ、不⽑な価格競争がいつまでも終わらず、デフレの⻑期化につながってしまいます。
これらを考えると、近年国内でインフレの兆候や⾦利上昇観測が出てきたことは、⽇本経済にとってプラス条件が揃ってきたと⾔えます。
ここではっきりと「プラスである」とまだ⾔い切れないのは、インフレには「良いインフレ」と「悪いインフレ」があるからです。良いインフレとは、適度なインフレが定着し、⺠間消費が刺激されることで好循環が⽣まれることです。これに対し、悪いインフレとは、物価⾼が⼈々の⽣活を苦しめてしまう、いわゆるスタグフレーションです。最近の状況を⾒る限り、今の⽇本はこのどちらになるかの岐路に⽴たされていると考えます。
物価⾼で景気が悪くなれば、デフレに逆戻りするという意⾒もありますが、当ファンドでは⽇本でも想定外にインフレが⾼⽌まりする可能性があると考えています。⽇本の消費がいくら弱くなっても、海外のインフレ要因が、⽇本に波及することが明らかになっているためです。例えば、⽶国でインフレの⾼まりによって⾦利が上昇すると、ドル⾼をもたらします。これが⽇本において輸⼊物価の⾼騰を通じたインフレを引き起こしているのは昨年来、周知の事実です。
以下に挙げるように、昨今の世界的なインフレには構造的要因が多くあります。
- 半導体産業に象徴されるように⽶中の貿易摩擦によって、過去20年以上続いたグローバリゼーション(技術の⾰新によって物事が地球規模で進⾏すること)が転換期を迎えました。経済規模で世界1位の⽶国と同2位の中国の分断が進むことで、企業は世界的なサプライチェーンを分散して構築することを余儀なくされています。また、ウクライナ紛争をきっかけとした脱ロシアの動きもこれに拍⾞をかけています。これらは企業にとってビジネスを展開するコストが嵩むことを意味します。
- 2008年の世界⾦融危機以降、天然資源開発が低⽔準に留まっていることで、資源価格が⾼⽌まりし、原材料コストやエネルギーコストが増加しています。かつては燃料価格が⾼騰すれば、油⽥の新規開発が進み、供給増・価格下落が誘発されました。しかし世界的な脱炭素化によって、従来のように価格上昇がストレートに供給増に結び付かず、当⾯は⾼価格が常態化する可能性(※1)があります。
- ⼈⼿不⾜が深刻になっています(※2)。⽶国では、労働⼈⼝の⾼齢化により働き⼿がピークアウトしていること、移⺠政策が厳しくなったため、新たな労働⼒の流⼊が細っていること、⼈々のライフスタイルの変化に伴い、早期退職を選ぶ労働者が増えたことなどがみられます。⽇本では過去10年、⼈⼝減少による労働⼒縮⼩を⼥性の就業率増加や⾼齢者の再雇⽤が補ってきましたが、これが近年頭打ちになってきていること、また外国⼈労働者の流⼊も⽇本の労働⼈⼝全体に⽐べると⼩規模に留まっていることなどが労働⼒供給の減少・⼈件費上昇の原因になっています。
- ESG投資はもはや世界的なトレンドです。企業が環境⾯で⾃社が与えるインパクトをモニタリングし、規制対応するための⼈件費や設備投資額などが増加しています。これも企業がビジネスを営むために必要な経費の増加と⾔えます。
※1,2:当ファンドでは三菱商事やリクルートホールディングスなどが恩恵を受ける企業と考えます
これらはいずれも、最終的に消費者に価格転嫁されることで消費者物価の上昇をもたらすものです。
さて、⽇本がスタグフレーションに陥らず、「良いインフレ」を実現するには何が必要でしょうか。まず、インフレ圧⼒があるなか、過去2年で⽇本⼈がモノやサービスの値上げを受け⼊れ始めているというのは朗報です。東京⼤学の渡辺努教授が⾏っているアンケート調査によると、2021年8⽉実施時には⽇本の消費者6割近くが値上げされた商品の購⼊を避け、4割の⼈たちが値上げを受け⼊れる傾向がありました。2022年5⽉になるとこの⽐率が逆転し、6割近い消費者が値上げを受け⼊れる傾向にあることが明らかになっています。これはインフレ環境が⻑年⽇常となっている⽶国、英国やドイツとほぼ同じ⽔準です。
⼈々が物価上昇を予想し始めるなか、賃⾦伸び率がインフレ率を下回ってしまうと、所得が増えたという実感が湧きません。よって次に待ち望まれるのは、⻑年横ばいで推移してきた⽇本の実質賃⾦伸び率が、企業による持続的な賃上げを通じてプラスに転じることです。なぜなら、将来の所得の伸びがインフレ率を上回っていくという⾃信を⼈々が持てれば、消費意欲が刺激されるからです。
本来賃⾦の伸びは、労働⽣産性の伸びによってもたらされるべきものです。別の⽅法として最も⼿っ取り早いのは、労働分配率を上げることですが、それでは企業の収益性は低下してしまいますし、ローンを組んでモノを買う⼈が借⾦を永遠に増やし続けられないように、家計債務の増加を伴う消費拡⼤にも危うさが伴います。⽇本のバブル崩壊時や、2008年⾦融危機時の世界経済にみられたように、過剰債務が⼤きな反動リスクにつながることは歴史が⽰している通りです。
⼀⽅、2021年の⽇本の労働⽣産性は経済協⼒開発機構(OECD)加盟国の中でも下位グループ(38か国中27位)、とりわけ主要先進7か国(G7)では最下位という結果に終わっています。
⽣産性が万年低迷しているということは改善余地も⼤きいということです。具体的に⽇本企業が取り組めることとして、DX(デジタルトランスフォーメーション)の積極推進(※3)や、売上収益に必ずしも結びつかない過剰な顧客サービスや、不⽑なサービス残業などから決別すること、徹底した能⼒・成果主義の給与制度を導⼊することなどが挙げられます。
※3:当ファンドでは⽇⽴製作所が関連銘柄といえます
これらのうち、能⼒・成果主義型の給与制度の拡充は、従業員や経営陣のモチベーション向上を通じて労働⽣産性改善に貢献します。残念ながら、この⾯において⽇本企業は海外に⽐べて⼤幅に遅れていると⾔わざるを得ません。例えば、⼤企業の役員報酬のあり⽅は、経営陣の意欲を削ぐような構造のままです。⽇本経済新聞によると、2022年の⽇本の⼤企業の経営トップの報酬⽔準は英国の約4分の1、⽶国の13分の1以下に留まります。
このような格差には合理的な理由が⾒当たりません。さらに憂慮されるのは、同⼀の⽇系企業内でも、外国籍の取締役と⽇本国籍の取締役との間で報酬に⼤きな差がつけられているケースが散⾒されることです(※4)。当ファンドは、格差を是正しより公平な報酬制度が確⽴されるべきとの⽴場です。
※4:当ファンドの組⼊銘柄のなかでは、セブン&アイ・ホールディングスなどにこの傾向が認められます
労働⽣産性改善に寄与するのは、少ない労⼒でどれだけの⽣産量を⽣み出せるかという物的労働⽣産性(⽣産量/単位当たり労働)が重要視されがちですが、付加価値額をベースとした労働⽣産性の改善も重要です(付加価値額/単位当たり労働)。
この指標は、物量ではなく⾦額に着⽬したもので、適正な値付けによる利幅を確保することで改善されます。⽇本のモノやサービスの値段は国際的にみて、かなりの低⽔準にあります。つまり⽇本企業はより能動的に価格戦略を⾒直し、商品価値に⾒合った値上げを進める必要があるのです。これが実現できれば、企業の賃上げ余地が⽣まれ新たな消費需要を⽣みだすという好循環が出来上がるはずです。これが「良いインフレ」です。
加えて、良いインフレを⽣み出すための労働⽣産性改善や能⼒・成果主義型の給与制度導⼊などは東証が要請している「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ是正」の⾯でも効果を発揮すると考えます。労働⽣産性の改善と資本収益性の向上は表裏⼀体の関係にあるからです。
PBR1倍割れの最⼤の問題は株価が企業の理論上の解散価値を下回っているということです。多くの場合、株主から預かっている資本に対して経営者が株式資本コストを上回る⼗分なリターンを⽣み出せていない、即ちROE(株主資本利益率)を代表とする資本収益性が低すぎるということを意味します。PBRはPER(株価収益率)とROEの掛け算で求められるので、上場企業である以上、経営陣がROEを⾼める努⼒をするのは責務であると考えます(※5)。
※5:当ファンドのなかでは三菱UFGフィナンシャル・グループ、東京海上ホールディングスなどの損保会社が⾼い⽬的意識をもって取り組んでいます
⽇本ではつい最近まで資本収益性の意識が希薄でした。これは⽇本株が⻑年低迷した要因でもあります。しかしここに来て、2015年頃からアベノミクス下で始まったコーポレートガバナンス改⾰をきっかけに、ようやく企業の意識変化が芽⽣えてきたように思います。具体的には、経営層レベルにおいて、利益の絶対額を増やすだけでなく資本効率性を上げることの重要性がようやく認識されるようになってきました。これは近年、企業のIR資料やアニュアルレポートなどで、ROEやROIC(投下資本利益率)などの経営指標が頻繁に登場するようになった(※6)ことからもみてとれます。2023年3⽉の東証による要請以降は、⾃社の株価がPBR1倍割れであることが、経営者にとって「恥ずかしい」という雰囲気すらでてきているように感じます。
※6:⽇⽴製作所やソニーグループなどが挙げられます
PBR1倍割れを脱するために、企業経営者は資本収益性の概念を従業員にも浸透させなくてはなりません。組織の全員がしっかりと理解することで初めて成果がでるためです。当ファンドの企業調査でも、全社で資本収益性を重視している企業ほど、ROEが⾼く、且つ株式市場において⾼く評価されていることが分かっています(※7)。そのためにも、売上や利益⽬標だけでなく、ROICなどの指標も⼈事評価体系に連動させ、定量的成果に応じて従業員に報いていく必要があると考えます。
※7:キーエンスが良い例です
当ファンドは⽇本企業の能動的な変化が良いインフレをもたらし、株式市場を活性化させるとのスタンスです。そのため、引き続き株主として魅⼒的と考えられるビジネスへの投資を継続してまいります。
2023年8月の運用コメント
株式市場の状況
2023年8⽉、⽇本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前⽉末⽐0.43%の上昇となりました。
当⽉の⽇本株式市場は、⼤⼿格付け会社フィッチ・レーティングス社(⽶国)による⽶国債の格下げを背景とした⽶国株安の流れを受け、下落から始まりました。⽉半ばは、中国の軟調な経済指標(消費者物価指数など)や、中国不動産開発⼤⼿の⽶国破産法の申請が嫌気され、下げ幅を広げました。⽉後半は、中国の追加利下げが好感されたほか、ジャクソンホール会議においてさらなる利上げへの懸念が後退したことで値を戻す展開となり、最終的に前⽉末を上回る⽔準で⽉を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは、前⽉末⽐0.08%の下落となり、参考指数の同0.43%の上昇を0.51%下回りました。
当⽉のプラス貢献銘柄はロート製薬、⽇⽴製作所などでした。⼀⽅、マイナス影響銘柄は、ソニーグループ、オリンパスなどでした。
当ファンドでは、⽇本のメガ損保グループ3社全てに投資をしています。そこで、投資理由を改めて説明する前に、最近マスコミを賑わせている1)企業向け⽕災保険(共同保険(複数の損害保険会社が共同して1つの保険契約を引き受ける⽅式))の価格調整疑惑と、2)㈱ビッグモーターの保険不正請求問題について当ファンドの考えを簡単に述べようと思います。
1)については、そもそも企業向け⽕災保険は業界全体で⾚字が続いており、近年は保険料値上げで採算改善に努めているという事実があります。談合によって共同保険の価格を吊り上げ、⼤きな利益を⽣み出していれば話は別ですが、⾚字解消という経営課題を踏まえると、本件によって収益改善努⼒がストップすることはないと考えます。保険ビジネスは、加⼊者が単独では負担しきれない損害リスクを、保険事業者が不特定多数の顧客の保険料を貯めておくことで、いざというときに経済的な補償をする役割を担っています。もし会社が⿊字体質へ転換できなければ、損保業界全体のリスク引き受け能⼒の低下につながり、保険ビジネスがもつ社会的な存在意義が損なわれてしまいます。当ファンドでは⽕災保険料値上げの流れは⼤きく崩れないと考えています。
2)については、損保会社が㈱ビッグモーターと共謀して組織的な悪事を働いていたという可能性は低いと思われます。また、この問題が間接的に⾃動⾞保険全体の保険料を不当に吊り上げていたという疑念については、不正対象となった⾞両数が僅少であると考えられることから杞憂に終わるとみています。
前述の件を受けて、損保会社の代理店に対するガバナンスや、疑惑発覚後の対応ぶり、および社内ガバナンス体制全般の不備を問う声が多いのは事実です。しかし、今後はより⼀層のガバナンス強化を進めるきっかけになればポジティブに捉えることができます。⼀時的な損保会社のイメージ低下はあるかも知れませんが、業績が⼤きく揺らぐことはないと考えます。
投資対象としての損保ビジネスの魅⼒①:銀⾏業、資産運⽤会社との⽐較
当ファンドでは保険業を魅⼒的なビジネスとして捉えています。損保事業の本質はリスクの引き受けです。保険会社は保険料を受け取る対価として、⾃動⾞事故や⽕災が起きたときに修理代などの損害費⽤を保険契約者に代わって負担します。契約時に保険料を受け取ってから、保険⾦を⽀払うまでの間、保険会社は保険料を運⽤することで収益を獲得します。また損害が発⽣しなかった場合や、実際に⽀払われる保険⾦が受け取った保険料を下回った場合、その差額は(事業経費を控除したうえで)保険会社の利益となります。このように保険業の収益源は主に運⽤収益と引受収益から成っています。
広義の⾦融業には保険業の以外に、銀⾏業、資産運⽤業がありますが、いずれも外部資⾦を活⽤して収益をあげるビジネスモデルです。しかし、それぞれは異なる特徴をもっています。例えば銀⾏は、預⾦を集め、それを貸し出しにまわすことで利ざやを得ています。預⾦元本は預⾦者に帰属するので、銀⾏からみると預⾦を「借りている」ことになります。預⾦者に⽀払う利息は銀⾏業の「資⾦調達コスト」です。⼀⽅、保険会社は払い出す保険⾦が、受け取った保険料よりも多ければ、その差額が「資⾦調達コスト」に相当します。保険引受事業が⿊字なら、それは資⾦調達コストがかかっていないどころか、「お⾦をもらって」保険契約者から資⾦調達していることになります。つまり銀⾏業と⽐較すると、⿊字の引受事業を持つ保険会社のほうが魅⼒的だと考えます。
資産運⽤会社は顧客から資⾦を預かり、運⽤サービスの対価として⼿数料をもらうという意味では⿊字の保険引受事業と似ています。しかし、資産運⽤会社が⽣み出す運⽤益は顧客に帰属するので、運⽤で獲得したリターンが保険会社のものになるのと⼤きく異なります。この点も、保険会社のほうが魅⼒的と考えます。即ち、保険引受において⿊字計上をし、運⽤⾯で⾼いリターンを獲得できる保険会社は「いいビジネス」なのです。
投資対象としての損保ビジネスの魅⼒②:⽣保ビジネスとの⽐較
損保ビジネスと⽣保ビジネスの違いについてはどうでしょうか。⽣保ビジネスの魅⼒としては、引受事業から⽣み出される利益が損保に⽐べて安定している点が挙げられます。この利益の源泉は、⽣命保険料を算出する際に使⽤される想定死亡率と実際の死亡率の差分から発⽣するもので、損保ビジネスの損害発⽣率に⽐べて変動は⼩さく、また⼀般的に⽣命保険は契約期間が数⼗年に及び、想定される保険⾦額は契約当初に固定されているため、インフレが進んだ場合でも保険会社の負担が増すことはありません。これに対して、損害保険はインフレによる⾃動⾞修理コストの上昇などが⽀払保険⾦を押し上げてしまいます。
⼀⽅、⽣保ビジネスの難点としては⻑期⾦利が低迷している事業環境では⾼い資本収益性を享受しにくい点が挙げられます。この点、損害保険は保険契約期間が短期であるため、⾦利上昇局⾯では早いタイミングで運⽤収益の改善を⾒込めます。また後述するように、損保ビジネスは海外展開によって事業リスクの低減が図れるため、ひいては株式リスクプレミアムの低下が⾒込まれるというのも、当ファンドが⽣保ビジネスよりも損保ビジネスを選好する理由です。
投資対象としての損保ビジネスの魅⼒③:銀⾏、⽣保会社よりも海外展開するメリットが⼤きい
⽇本では⼈⼝減少が続いていることから、銀⾏、損保会社、⽣保会社各社とも海外進出に積極的です。なかでも損保会社はビジネスの特性上、海外展開が⾮常に理にかなっていると考えます。
⽇本の損保会社の国内引受事業は⾃動⾞保険と⽕災保険が⼤半を占めており、⾃然災害リスクは台⾵や地震に集中しています。ところが、海外は必ずしもこのような国ばかりではありません。特に世界最⼤市場の⽶国は保険分野も多岐にわたっており、⾃然災害向け保険だけでなく、D&O保険(役員等賠償責任保険)や、労働者災害補償保険、団体医療保険、サイバー保険などの特殊保険市場も⼤きく、⽇本の損保会社が現地進出や現地企業を買収することで引受リスクの分散が可能となります。株式投資の観点からいうと、ビジネスリスク分散・低減によって、株式リスクプレミアムの縮⼩が⾒込めるので、理論上は株価上昇要因になるのです。
これに対して、⽇本のメガバンクも⽶国やアジアなどに注⼒していますが、貸出業務に⼤きな影響を与える⾦利動向はグローバルで連動する傾向があります。例えば、⽶国でインフレの⾼まりによって⾦利が上昇すると、ドル⾼をもたらします。これが他国において輸⼊物価の⾼騰を通じたインフレを引き起こすので、現地の⾦利にも上昇圧⼒がかかります。つまり海外展開をしても⾦利リスクの分散にはあまり寄与しないということです。
また⽣保ビジネスの場合は、最初から不特定多数の個⼈との契約が多いので、⾃国市場だけで⼗分なリスク分散が図れます。海外進出しても、想定死亡率は⽇本とあまり変わらないのでリスク分散にはなりません。
このように銀⾏も⽣保会社も、規模拡⼤を⽬的とした海外展開には意味がありますが、事業リスクの分散には損保ほどのメリットは享受できないと考えます。
投資対象としての損保ビジネスの魅⼒④:世界的にみても珍しい競争優位性がある
次に、なぜ⽇本の損保会社がグローバルのなかで稀有なポジションにあるのかについて説明します。2022年6⽉の⽉次報告書でご説明したように、⽇本の損保業界がもつ競争優位性として、
1)寡占状態にある国内市場で⽣み出される⾼い収益性と潤沢な利益
2)未だ多額な含み益を持つ政策保有株の存在
の2点が挙げられます。
前者については、1990年代の⾦融ビッグバン以降の保険⾃由化によって再編が進み、今⽇の国内損保業界は東京海上ホールディングス、MS&ADインシュアランスグループホールディングス、SOMPOホールディングスの3グループにほぼ集約され、この3社の市場シェアは合計で9割ほどを占めています。世界の主要地域において、これほど寡占化が進んでいる損保業界はありません。例えば⽶国では2020年時点で⾃動⾞保険だけで50社以上存在し、最⼤⼿のState Farm社でも16%の市場シェアしかありません。このため競合環境も激しいと⾔われています。
後者については、1960年代に企業向け保険ビジネスにおける顧客関係構築・維持を⽬的に購⼊された政策保有株は、2023年3⽉末時点で各社とも時価ベースでおよそ1.2〜2.4兆円程あります。今⽇において、政策保有株は⾮効率な⾦融資産としてみなされていることから、各社において毎年数百〜数千億円程度売却され資⾦化しており、それが戦略的に活⽤されています。海外損保業界ではこのような豊富な含み資産を持つ事例はみられません。
投資対象としての損保ビジネスの魅⼒⑤:模範的なキャピタルアロケーションを実践している
当ファンドではメガ損保グループ3社とも、お⼿本となるようなキャピタルアロケーションを実践しているという意味で、経営陣は優れていると考えます。即ち、各社とも国内の潤沢な利益と政策保有株の売却資⾦を、株主価値の増⼤のため様々な⽅法で活⽤しているということです。
その⼀つが海外M&Aです。例えば東京海上ホールディングスは過去20年近くにわたって、海外保険事業を拡⼤してきたという経緯があります。特に2008年以降、企業買収を積極化しており、2023年3⽉期実績では利益構成割合の42%が海外事業によってもたらされています。
良いM&A候補が⾒つからない場合、株主還元を積極的に⾏っています。株価が割安な状況下で⾏われる持続的な⾃社株買いや増配は株主にとって重要と考えます。⾃社株買いでは株価が割安であるほどより多くの株を買い⼊れることができ、結果として株主に帰属する⼀株当たり利益が多くなります。とりわけMS&ADインシュアランスグループホールディングスとSOMPOホールディングスの場合は、株価が純資産価値1倍を割れている、いわゆる「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ銘柄」なので、⾃社株買いをすればするほど⼀株当たり純資産額が増えていきます。つまり、株価⽔準が変わらなければ、割安感がどんどん強まっていくことを意味します。また別の観点からみると、経営陣は株主還元を通じて不要な株主資本の増加を抑え、ROE(株主資本利益率)を⾼めることができる⽴場にあるとも⾔えます。
株価のバリュエーション
最後に損保各社の株価バリュエーションについてコメントします。
東京海上ホールディングスの2023年度通期予想は修正純利益6,700億円、修正純資産は同39,260億円となっており、⽬下計画通りに進捗しています。⽇本の損保会社が使っている修正純利益とは、異常危険準備⾦、価格変動準備⾦などを⾜し戻した利益数値であり、国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards、IFRS)採⽤の海外損保会社と⽐較するうえで妥当な利益概念です。これを前提とすると、現在の株価バリュエーションは今期予想PER約12倍、PBR約1.6倍、予想配当利回り約3.7%です。同社は過去10年でChubb社(スイス)、Allianz社(ドイツ)、AXA社(フランス)などを凌ぐ成⻑を遂げており、修正ROEは17%に近づこうとしています。利益規模と収益性でグローバルトップクラスの損害保険会社になる可能性を秘めていることを鑑みれば、魅⼒的といえるのではないでしょうか。
MS&ADインシュアランスグループホールディングスとSOMPOホールディングスはともに「PBR1倍割れ」銘柄ですが、両社とも過去7年の株価の伸びが、⼀株当たり修正純利益の伸びを下回っており、⼗分に評価されているとは⾔えないと考えています。例えば、MS&ADインシュアランスグループホールディングスの2017年3⽉期実績から2024年3⽉期会社計画までの⼀株当たり修正純利益の累計成⻑率は約82%増加していますが、株価は同期間で約44%しか上昇していません。SOMPOホールディングスは、同期間の⼀株当たり修正純利益が81%増加しているのに対して同株価は約52%の上昇に留まっています※。予想PERはMS&ADインシュアランスホールディングスで9.5倍、SOMPOホールディングスで9.2倍と東証平均を⼤きく下回り、かつ予想配当利回りは両社とも4〜5%程度と同平均を⼤幅に上回っており、割安感が際⽴っていると当ファンドでは考えます。
3社とも業績拡⼤に伴う株価上昇(持続可能な年平均利益成⻑率5〜7%)に加え、⾃社株買いによる⼀株当たり利益増効果(年平均1〜2%)と、配当利回り(年平均4〜5%)を合計すれば、株主の期待リターンが10%以上となる計算になると当ファンドでは考えており、投資対象として魅⼒的です。
また割安なPER⽔準の切り上がりにも期待が持てます。とりわけ今年4⽉にウォーレン・バフェット⽒が来⽇し、彼の投資先である総合商社株に対してポジティブな⾒⽅を披露したことをきっかけに同セクターのバリュエーションが軒並み上昇したことは記憶に新しいです。このようなPER拡⼤の可能性があることも損保会社に投資する楽しみのひとつであると当ファンドでは考えます。
※MS&ADインシュアランスホールディングス、SOMPOホールディングスともに2017年3⽉期決算説明資料もしくは統合レポート掲載の修正純利益と発⾏済株数を使⽤。2024年3⽉期修正純利益は会社予想、発⾏済株数は2023年3⽉末現在で⾃⼰株を除いたものを使⽤。株価は2017年3⽉末の株価と2023年8⽉末現在の株価を使用
2023年7月の運用コメント
株式市場の状況
2023年7月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比1.49%の上昇となりました。
当月の日本株式市場は、FOMC(米連邦公開市場委員会)議事要旨にて年内2回以上の利上げが示唆されたことや、米国の雇用統計の結果を受け、利上げ継続への懸念が強まり下落して始まりました。一方で月半ばには、米国のCPI(消費者物価指数)が市場予想を下回り、利上げ停止が近いとの期待から堅調に推移しました。月後半は、日銀によるYCC(イールドカーブ・コントロール)の柔軟化が発表され、一時的に値動きの激しい展開となりましたが、現行の緩和姿勢を維持するとの受け止めから市場に安心感が広がり、最終的に期初を上回る水準で月を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは、前月末比0.52%の上昇となり、参考指数の同1.49%の上昇を0.97%下回りました。
当月のプラス貢献銘柄は日立製作所、三菱商事などでした。一方、マイナス影響銘柄は、ロート製薬、セブン&アイ・ホールディングスなどでした。
当ファンドの組入銘柄であるファーストリテイリングが当月2023年8月期第3四半期決算を発表しました。同決算によると、9か月累計の売上は前年同期比約21%増、営業利益は同約22%増と好調が続いています。
同社は、ユニクロブランドを展開し、ベーシックアイテム中心に手ごろな価格で高品質な衣料を製造販売するだけでなく、「ヒートテック」や「エアリズム」といった機能性を前面に出した商品戦略も特徴のひとつです。前月の月次報告書ではセブン&アイ・ホールディングスの株価バリュエーションの割安さについてコメントをしましたが、ファーストリテイリングの株価は同社に比べるとPER(株価収益率)の面などでは割高です。
セブン&アイ・ホールディングスに比べてファーストリテイリングの株価が市場で高く評価されているのは、経営陣による実行力の違いにあると思われます。両社とも日本発のグローバル小売業ですが、ファーストリテイリングのほうが売上および利益成長率やROE(株主資本利益率)などの資本収益性の面で大きく上回っているからです。
ただ、目先のバリュエーションが高くても、長期的な成長ポテンシャルを勘案すれば投資魅力があると言えます。例えば、グローバル優良成長株への長期投資を得意とする運用会社Fundsmith社(英国)が行った分析によると、グローバル化粧品メーカーL'Oreal社(フランス)の株式に、1973年1月に当時の一株当たり利益の281倍に相当する株価で投資したとしても、2019年9月30日までの長期リターンは年率7%と同期間のMSCIワールド・インデックス指数をアウトパフォームしたことが検証されています。つまり、長期展望の明るいビジネスであれば短期的に割高にみえる株式でも魅力的な投資対象になりえると考えます。
ファーストリテイリングの業績を着実に拡大させているのは海外ユニクロ事業です。わずか15年ほど前には国内事業の10分の1程度の規模しかありませんでしたが、2023年8月期第3四半期では9か月累計海外ユニクロ事業売上が同国内売上を50%以上上回っており、営業利益では海外が国内の2倍弱の規模に成長しています。
同社は2027年8月期までに欧州事業で売上5,000億円、北米事業で売上3,000億円を目標値として掲げています。これまでの10年間は主に中国の売上成長が海外の牽引役でしたが、近年は同社が打ち出している「LifeWear(究極の普段着)」コンセプトが欧米において浸透していることに経営陣が手ごたえを感じているためです。全世界においてプレゼンスを築きつつある同社は衣料品ブランドのグローバル企業として評価が益々相応しいと考えます。
同社の潜在的なグローバル売上拡大余地はどれくらいあるのでしょうか。よくあるアプローチとして、対象市場の何%シェアをとれるかという考え方があります。しかし、顧客ニーズが細分化され、嗜好も多岐にわたる業界は妥当な市場シェアを仮定するのが難しいと思われます。例えば、ハンバーガーチェーン店は外食産業に属していますが、人々が1日3食、365日ハンバーガーを食べ続けることはありえないため、業界全体が潜在市場になることはまずありえません。よって「市場シェアが僅か数%だから膨大なシェア拡大余地がある」という議論には説得力に欠けてしまいます。衣料品も同じだと考えられます。例えば、世界中の消費者が冬物衣料を1年中着ることはありませんので、衣料品市場全体に対する市場シェアの多寡を議論するのはあまり意味をなさないでしょう。
当ファンドでは、海外で先行している同業他社の売上を参考にしており、具体的にはNIKE社(米国)やZARA(ザラ)ブランドを展開しているInditex社(スペイン)などとの比較を行っています。理由は、近年athleisure(athletic(アスレチック)+leisure(レジャー)からの造語、普段着として着る運動着、またはそのスタイルのこと)トレンドによってスポーツアパレルを普段着として着る人が増えているため、ユニクロブランドとNIKEブランドの対象市場が重なってきていること、またベーシックデザインが中心であるユニクロはファッション性を取り入れた製品にも注力しているため、ZARAブランドとターゲット層が被っていると考えられるためです。
NIKE社、Inditex社、ファーストリテイリング各社の自国・自地域市場における売上規模と人口から当ファンドが算出した一消費者当たりの売上高は各社とも同水準になることから、自国・自地域市場における各社の浸透度合いはほぼ同程度であると考えています。
一方、アウェイともいえる海外市場はどうでしょう。例えばNIKE社の直近の地域別売上高は、EMEA(ヨーロッパ、中東、アフリカ)は約134億米ドル、グレーターチャイナ(大中華圏)が約72億米ドル、アジア太平洋・ラテンアメリカが約64億米ドルです。Inditex社の直近の地域別売上高は南北アメリカが約71億米ドル、アジアおよびその他地域が約64億米ドルです。また規模がやや劣るAdidas社(ドイツ)の北米セグメント売上高は約70億米ドル、H&MブランドのHennes&Mauritz社(スウェーデン)の南北アメリカセグメント売上高は約47億米ドルとなっています。地域別売上高を比較してみると、各社とも主要欧米地域で1兆円程度、まだ購買力の低いアジアや南米などのその他地域でも5,000億円を超える売上規模を誇っていることがわかります。つまりファーストリテイリングが目指している欧州5,000億円、北米3,000億円という売上目標はさほど高いハードルではないように感じられるのです。
ファーストリテイリングの過去5年平均ROEは約17%と、NIKE社の同約41%やInditex社の同約21%に対して見劣りしますが、日本企業の平均は大幅に上回っているという意味で優良企業であると言えます。また、過去5年平均粗利率は約50%と、NIKE社の約44%やInditex社の約56%の中間に位置しており、Adidas社やHennes&Mauritz社などと比べても同水準であることから、今後グローバル勢に対して資本収益性の面で劣らないポテンシャルは十分にあると考えます。また、同社の売上、利益規模はNIKE社やInditex社に比べてまだ半分以下であり、伸びしろは大きく、時価総額の拡大にも期待したいところです。
2023年6月の運用コメント
株式市場の状況
2023年6月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比7.55%の上昇となりました。
当月の日本株式市場は、月前半は米連邦債務の上限停止による米国株高の流れを受け、大幅に上昇いたしました。月半ばには、FRB(連邦準備制度理事会)による追加利上げの示唆を受けた軟調な米国株の影響や、衆院解散への期待剥落が嫌気された一方、日銀の金融緩和の維持、米著名投資家の日本株追加投資の発表が好感され、一進一退の動きで推移しました。月後半は、株価上昇の反発と見られる下落の局面もありましたが、米景気悪化懸念の後退と円安進行が下支えをし、最終的に前月末を上回る水準で月を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは、前月末比8.04%の上昇となり、参考指数の同7.55%の上昇を0.49%上回りました。
当月のプラス貢献銘柄は三菱商事、日立製作所などでした。一方、マイナス影響銘柄は、ソニーグループ、ミスミグループ本社などでした。
5月下旬に当ファンドの組入銘柄の1社において、経営陣と米国アクティビストファンドによるプロキシーファイト(委任状争奪戦)が繰り広げられました。同アクティビストファンドは経営陣と友好的な関係を築くことで有名ですが、会社側の理解が得られず株主総会で票を争うことになり、株式市場でも注目を集めました。
標的となったのは「セブン&アイ・ホールディングス」です。アクティビストの中でも穏健派であるValueAct Capital社(米国、以下「ValueAct社」)は今回、グループ全体の収益性改善が遅々として進んでいないとして、現社長を含む取締役4名の入れ替えを求めました。ValueAct社はセブン&アイ・ホールディングスの発行済株式数2%近くを保有する大株主の1社です。
当ファンドでは、日本人なら誰もが知るコンビニエンスストアである「セブン-イレブン」を成長させてきた同社経営陣を高く評価しています。この点において、当ファンド投資哲学のひとつである「卓越した経営陣」に合致していますが、一方で改善余地が大きいのも事実だと考えています。以下、当ファンドが考える経営陣の改善余地を挙げてみます。
1)2005年に持株会社制に移行して以降、長らくスーパーストア事業が足を引っ張っており、リストラが遅いのは周知のとおりです。百貨店事業の売却も、当初予定から遅れが生じており、先行きの不透明感が漂っています。持株会社を発足した当初に謳われていたグループのシナジー効果ははっきりと認められないまま20年近くが過ぎようとしており、より迅速な取り組みが必要だと考えられます。
2)ValueAct社が4月2日にリリースした「Shareholder Questions for Seven & I Board of Directors」のなかには、全部で9つの株主質問が記載されています。しかし、同社はいまだ具体的な説明をしていません。なかでも同社が2020年に海外の小売企業から買収提案を受けたという話は当ファンドにとっても関心の高い出来事です。本件は報道記事がインターネット上から削除されているため真相ははっきりしていませんが、もし事実であるなら、当時の株主は高い株価で同社が買収されるチャンスについて賛否を表明する機会が与えられなかったことになります。経営陣は受託者責任(Fiduciary Duty)を怠った可能性があり、真偽について説明を行う必要があると考えます。
3)経営陣はイトーヨーカ堂のノウハウがコンビニエンスストア事業のフレッシュフード開発に欠かせないと強調しています。しかし、それだけの為に果たして多額の資本を投下して低採算の店舗資産(セグメント収益約14,000億円に対して約100億円の利益しか生み出していません)を維持する必要があるのか、システム投資や仕入をグループ共同で行うスケールメリットが重要であるなら、株主が納得する定量的な説明が求められます。
4)経営陣は4月18日にリリースしたValueAct社に反論するプレゼンテーション資料のなかで、Speedway社(米国)を買収したことによって、同社株のEV/EBITDAマルチプル(簡易買収倍率、買収にかかるコストを何年で回収できるかを⽰す値)が4.3倍から7.5倍に拡大したと主張し、あたかも株式市場からの評価が上がったかのような主張をしています。EV(Enterprise Value)は企業価値と呼ばれ、株式時価総額とネット有利子負債の合計であり、EBITDAは税引前利益に特別損益、支払利息、減価償却費を加えて算出される利益を表します。当ファンドの見解では、マルチプル拡大は同社がSpeedway社の買収のために多額の借入金を調達したことで、分子であるEVが大きく増えたことに起因しています。つまり買収によってEBITDAは増えたものの、EV増加率が上回ったためにマルチプルが押し上げられたに過ぎないと考えます。むしろ同社に対する株式市場の評価を株価収益率(PER)でみると、2005~2019年度の平均20倍以上から、現在は実質13.8倍程度(のれん償却前当期利益を前提としたPER)へと切り下がっていると考えられます。
5)同社はこれまで発展途上国の経済成長に伴うコンビニ普及の恩恵を受けていません。現在、米国と日本を除くセブン-イレブンはアジアを中心に4万店舗以上ありますが、利益貢献はわずかしかないのです。これはアジアでの店舗運営の大半がマスターフランチャイズモデルではなく、ライセンス契約によって成り立っているためです。ライセンス契約では本社(フランチャイズオーナー)が店舗ブランドの利用権を付与しますが、店内レイアウトや運営面の詳細は現地エリアフランチャイジーの裁量に委ねられています。セブン&アイ・ホールディングスはフランチャイズオーナーとして限定的な関与しかしないため、わずかな収益しか得ていないのです。台湾(President Chain Store社)やタイ(CP All社)に上場しているエリアフランチャイジー企業がそれぞれ1.3兆円、2.3兆円程度の時価総額に育っていることを考えると、この機会損失は大変残念です。
6)このことを反省してか、同社は今般、米国・日本以外の地域における店舗網拡大に意欲を示しています。しかし2022年度決算説明資料では、手始めにベトナム市場でエリアフランチャイジーへの経営関与を深めることで、2028年度までに500店舗体制(2022年度実績79店舗)を築くという目標しか言及しておらず、やや迫力不足なのは否めません。元来、フランチャイズ型ビジネスモデルのメリットは、完成された店舗オペレーションと豊富な販売実績を持つ商品群、そして高い消費者認知度を武器に、少額投資で迅速に出店することを可能にするものです。米国のマクドナルド、バーガーキング、ケンタッキーフライドチキンなどはこの方式を駆使して、多数の国で同時並行してスピード感ある出店を行っています。ValueAct社のノウハウなどを活用して米国チェーン店に負けないような業容拡大を期待したいところです。
以上のように課題・問題点はありますが、今後が期待できる部分も数多くあります。
まず注目すべきは米国コンビニ事業です。同社開示資料によると、米国でのコンビニ総店舗数は2020年12月末時点で15万店程度ですが、Speedway社の買収によって同社は合計約1.3万店を抱える圧倒的なプレーヤー(市場シェア約10%)になりました。日本のコンビニ業界はセブン-イレブン、㈱ファミリーマート、㈱ローソンの3社で既に寡占状態にありますが、米国では上位10社でも占有率はまだ2割程度しかありません。米国コンビニ市場の潜在規模は非常に大きいと考えられるため、同社が市場シェアを引き上げることで多くの利益をもたらすことが考えられます。長期的にはEV(電気自動車)の普及に伴いコンビニに併設されているガソリンスタンド事業の先行きが懸念されますが、店舗におけるオリジナルのフレッシュフード商品やプライベートブランド商品の売上拡充により十分カバーできると考えられます。また米国における2022年のEVの新車販売割合は6.7%に留まり、ガソリン需要は当分の間なくならないでしょう。需要が構造的な減少トレンドに入ったとしても、新たなガソリン事業者の参入やガソリンスタンドの新規設置もみられないことから、同社のような業界大手は残存者メリットを享受することも見込まれます。そして、ガソリン事業が業界全体として衰退傾向になれば、ガソリンスタンド併設型コンビニエンスストア事業者の6割強を占める零細プレーヤーが立ち行かなくなり、身売りするオーナーが続出することが想定されます。同社にとってはそのような事業者を買収し、業界再編・コンビニ事業拡大を加速させる絶好のチャンスとなるでしょう。
一方、国内コンビニ事業は成長の頭打ちが心配材料ですが、同社は絶え間ない既存店のレイアウト改善や、ネットコンビニ分野でのデリバリーサービスの拡充などに取り組んでいます。海外からの訪日客が回復すれば、同社売上にも寄与するでしょう。足元の円安は米国事業の拡大をもたらすだけでなく、訪日客増加を誘引するきっかけにもなると考えられます。さらに上述のように海外コンビニ事業拡大のアクセルを踏むことで、国内利益は相対的に小さくなっていくことが予想されるため、懸念も少しずつ和らぐと考えます。だからこそ、コンビニ事業に経営資源を集中し、今以上に海外出店ペースをあげていくことが望まれます。
同社株価バリュエーションに話を移すと、現在の株価は割安な水準にあると考えます。例えば日本の会計基準を採用している同社では、Speedway社買収に伴うのれん償却費が年間1,000億円以上に上るため、通常EPS(1株当たり純利益)(同社2023年度予想322.68円)とのれん償却前EPS(同450.06円)の間には4割程度の開きがあります。のれん償却は現金支出を伴わない費用項目であることから当ファンドでは後者のEPSを使用すべきと考えており、実質的なPERは13.8倍程度と東証株価指数の平均を下回っています。
EV/EBITDAでみるとどうでしょう。前述のとおり、買収による借入金が増えたことで、現在のEV/EBITDAは約8倍弱になりましたが、それでも同業他社で米国2番手プレーヤであるAlimentation Couche-Tard社(カナダ)と比較すると割安な水準にあります。なおセブン&アイ・ホールディングスは2023年2月期より在外子会社の会計基準を変更しており、オペレーティングリース債務はバランスシート上に負債計上されるようになりました。これに伴い、全額費用計上されていたオペレーティングリース料が、支払利息と減価償却にわけて損益計算書上に反映されることになり、2023年2月期実績EBITDAは新たに追加された減価償却費分の推定800億円程度が前年度に比べて「かさ上げ」されていると考えられます。しかし、このような会計要因を排除しても、同社が同業他社よりディスカウントされているのは変わらないと考えられます。
フリーキャッシュフローでみた場合は、2022年度の営業キャッシュフローは9,284億円、投資活動に伴う支出は4,132億円、よってフリーキャッシュフローは5,152億円となり、フリーキャッシュフロー利回りは9.4%程度(フリーキャッシュフロー/時価総額)です。これは国内リスクフリーレートを大幅に上回る水準です。また仮に、営業キャッシュフローから㈱セブン銀行に関わる預金やコールマネーなどの資金流入を営業キャッシュフローから差し引いたとしても、フリーキャッシュフローは4,000億円を優に超えており、控えめにみても同社株価に割高感は認められないと考えます。なお、同社が開示している2025年度のフリーキャッシュフロー目標(除く金融)は5,000億円以上であり、十分に達成可能な水準と考えます。
最後に、冒頭のプロキシーファイトは会社側の勝利で終わりましたが、取締役の再任議案に関しては昨年までの90%以上の賛成比率が今回は約65%~約76%まで低下しました。現経営陣は今回の件をきっかけに、株式市場から従来にも増して厳しい目で業績が評価されることになるでしょう。ValueAct社にしてみれば、プロキシーファイトで敗れはしたものの、一定の成果は残したと言えそうです。
2023年5月の運用コメント
株式市場の状況
2023年5月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比3.62%の上昇となりました。
当月の日本株式市場は、月前半に開催された米国FOMC(連邦公開市場委員会)の結果を受け、一時円高ドル安が進んだことで一進一退の動きで推移しました。月半ばには海外投資家による資金流入が続き、TOPIXと日経平均株価ともに約33年ぶりの高値を更新しました。東京証券取引所の市場改革への期待や、日銀の金融緩和継続姿勢もサポート材料となりました。一方で、月後半には中国の低調なPMI(製造業購買担当者景気指数)や、市場予想を下回る国内の4月の鉱工業生産指数の結果が懸念され、弱含みで推移しましたが、最終的に前月末を上回る水準で月を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは、前月末比6.08%の上昇となり、参考指数の同3.62%の上昇を2.46%上回りました。
当月のプラス貢献銘柄は三菱商事、東京エレクトロンなどでした。一方、マイナス影響銘柄は、オリンパス、ミスミグループ本社などでした。
当月は東証株価指数(TOPIX)が約33年振りの高値となりました。世界景気の減速が懸念されるなか、日本株式が選好されている理由について考えてみたいと思います。
継続的なコーポレートガバナンス改革と株式市場改革:
今年3月、PBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る上場企業に対し、東証が具体的な改善策を提示するように求めました。日本で前例のない今回の発表は、2014年から政府主導で進められている一連のコーポレートガバナンス改革、および東証が近年取り組んでいる株式市場の構造改革の流れを受け継ぐものと考えられます。ROE(株主資本利益率)は株主の持ち分である企業の純資産価値の増加スピードを示す重要な指標です。過少資本や一時的な要因によってROEが改善した場合を除けば、高いROEを持つ企業は株主にとって魅力的な投資先だと考えられることから、一般的にPBRとROEには正の相関関係があります。これまで日本の上場企業の多くは株主価値を積極的に創造するという視点に乏しく、ROEの低い企業は特に海外投資家から長年敬遠されてきました。アベノミクスの一環であるコーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードの導入に伴い、日本の上場企業のROEは一定の改善を見せましたが、それでもなお上場企業全体の半分以上はROEが低位に留まり、PBRが1倍を下回っている状態が続いています。理論上の解散価値を下回っているのは、当該企業によって株主資本から生み出される利益水準が、投資家が求めるリターン(資本コスト)を満たしていないことの表れです。今回の東証の狙いは、PBRが1倍を下回っている上場企業の株価をROEの改善を通じて底上げすることにあると考えます。
継続的な日銀の金融緩和:
日本の景気は欧米や中国に比べて底堅く推移すると当ファンドは見ています。要因のひとつとして挙げられるのは、日銀による量的緩和の継続です。これは前年来インフレを抑えるために利上げを行っている海外の中央銀行とは正反対の動きです。低金利の環境が続くことは景気にとってプラスであり、とりわけデフレに苦しんできた日本にとっては持続的なインフレ2%が達成されるまでは現状の金融政策を維持する必要があることを日銀は強調しています。
春闘における賃上げ:
今年の春闘で大幅な賃上げが達成されたことも今後の日本の景気にポジティブです。デフレ環境下の消費者は、将来の値下がりを予想して消費を控えてしまう傾向があるため、企業収益の拡大に結び付きません。今回、賃上げ率が物価上昇率を上回ったことにより、実質賃金成長率がプラスに転じることが予想されます。物価上昇が生活を圧迫してしまう「悪いインフレ」とは異なり、財・サービスへの需要増加が引き起こす「良いインフレ」は、消費意欲をさらに刺激し、民間消費を盛り上げます。GDPの半分以上を占める民間消費が増えることは企業収益の拡大を意味し、さらなる賃上げが実施され、それが新たな消費に回るという好循環を生み出します。また、高齢者層は賃上げの恩恵こそ受けられませんが、日本株式を保有している個人投資家の約4割は70歳以上の高齢者層であり、昨今の株式市場上昇による資産効果が彼らの消費意欲を刺激することが期待されます。
訪日客需要:
2022年10月に新型コロナウイルスの水際対策が緩和されたことによって、訪日客数が回復傾向にあることも好材料です。年間訪日客がおよそ3,000万人を超えた2019年の訪日客一人当たりの平均支出額は約16万円程度でした。当時のインバウンド関連経済効果が日本のGDP全体の1%弱に相当したことを考えると、今後の観光業および関連業界の復活が景気に与えるプラス影響は小さくないと考えます。さらに、過去3年で円安が進んだことにより日本の物価が海外に比べて相対的に安くなったことを受けて、訪日客がこれまで以上に支出を増やせば日本の経済成長にとってさらにプラスになると考えます。
緩やかな円安:
インフレに対応すべく米国では利上げが続いていることで日米の金利差が拡大しています。これは米ドルに対する円安要因です。輸出企業が多い日本では円安は企業収益を増加させます。2022年のように急激に円安が進行すれば輸入物価の高騰など副作用が生じますが、緩やかな通貨の切り下がりであれば、むしろプラス要因が上回ると思われます。また輸出企業が潤えば、来年以降更なるベースアップが行いやすくなり、インフレ好循環の牽引役にもなると考えます。
バフェット氏の来日と日本の地政学的リスク:
米国の著名投資家であるウォーレン・バフェット氏が4月に日本を訪問したことで、海外投資家の日本株式を見る目が変わったことも追い風です。同氏はこれまで日本企業の資本収益性の低さを理由に投資をしてこなかったと推察されます。今回、バフェット氏は投資先である総合商社の魅力として世界で事業展開していること、株価が際立って割安であり、加えて自社株買いや増配などの株主還元が充実していることを指摘しました。世界中の投資家が尊敬する投資の賢者の見る目は確かだといっても差し支えないでしょう。また同氏は当月のBerkshire Hathaway社(米国)の株主総会で、株式投資の観点から日本が地政学的リスク面において安全であることを述べています。日本が国際関係上、西側諸国や中国などからみて中立的な立場にあることは日本企業が海外展開を進めるうえで有利となります。反対に、海外企業が日本を有望な事業投資先として位置付けていることも昨今のニュースから読み取れます。半導体メーカーであるMicron Technology社(米国)が広島県の工場などで最大5,000億円におよぶ生産拡張計画を発表したことや、Taiwan Semiconductor Manufacturing社(台湾)が日本国内で新たな半導体工場を建設していることなどが象徴的です。
考えられるリスク要因:
日本株式の上昇相場が腰折れするリスクには何が考えられるでしょうか。
日銀による拙速な利上げ判断は、日本経済の回復基調を弱めてしまい、デフレへ逆戻りさせてしまう可能性があります。また、より現実的なリスクシナリオとして、日銀が満を持して利上げ(金融政策の正常化)を行うタイミングと、米国が景気テコ入れのために利下げに転じるタイミングが重なった場合は、少なくとも短期的には急激に円高になることが考えられます。これは、国内輸出企業にとってはネガティブであり、ひいては国内景気に波及するかもしれません。春闘における持続的な賃上げの勢いもストップしてしまうことが懸念されます。さらには、金融史上前例のない量的緩和の出口政策についても、実行手順を誤れば日本経済に思わぬ弊害が生じるかもしれません。緩やかな円安は輸出企業の収益を拡大させるため、今の日本経済にとってはプラスですが、急激な円安進行は輸入物価高騰を通じた「悪いインフレ」を加速させます。2022年頃の1ドル150円の為替水準に再び戻れば、低所得者層を中心に生活が苦しくなることが予想され、インフレの好循環などとは言っていられないでしょう。
今年の春闘に限らず、継続的な賃上げは日本がデフレを完全脱却するために欠かせませんが、これは容易なことではありません。終身雇用という考え方が過去のものに成りつつあるとはいえ、企業の報酬体系はまだ米国のような完全実力主義からは程遠い状況です。このため、一旦ベースアップを決断すれば、企業にとっては全従業員に対する人件費が一律で増加することを意味し、その負担は小さくありません。来年以降も賃上げを継続するには企業収益が持続的に成長していくことが必要不可欠と考えます。
現在の当ファンドのポジショニング:
日本では株主にとって重要な指標であるROEの高い企業が少なく、ROEの低い上場企業は長らく市場から割安に放置されてきました。一方、当ファンドではROEの高い希少な成長企業としてソニーグループやファーストリテイリング、東京エレクトロン、キーエンス、ダイキン工業などの少数銘柄に投資をしています。また前年は「隠れた成長銘柄」として事業成長力だけでなく、株主還元についても非常に大きな余力を持つ企業への投資も増やしました。
過小評価されがちですが、自社株買いや配当などの株主還元は重要な株式リターンの源泉です。例えば自社株買いによって毎年2%ずつ発行済株数を減らしている企業は、一株当たり利益の成長率がそれだけ上乗せになり、複利効果を考えれば10年後には自社株買いをしていないケースに比べて大きな差がつきます。また配当利回り4%の企業は、利益成長がみられない年においても4%のリターンが享受できます。そして重要なのは、これらの株主還元策は企業のROEを高めるうえで大切な働きをするということです。
過去数年、日本企業に対してROEなどの資本収益性に関する意識改革を迫る動きが続いています。政府によるコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードの導入に始まり、東証による市場改革、アクティビスト投資家や一般株主による株主価値向上の要求など日に日に高まっています。日本の株式市場の半分以上に及ぶROEの低い「劣等生」銘柄が上述のような株主還元や収益性改善を通じたROE向上に一斉に取り組めば、裾野の広い株式買いにつながるかもしれません。日本株式全体の評価が上がり、米国より大幅に低いPER(株価収益率)が改善され、ひいてはPBRが1倍以上となれば、日本株式市場全体の底上げとなるでしょう。一部の成長株が突出して評価されていたこれまでの日本株式相場に比べてスケールの大きいトレンドになると期待したいところです。
当ファンドで考える「隠れた成長銘柄」とは、事業の成長性だけでなく、株価に対してインパクトの大きい自社株買いや増配を持続的に行うことが可能な銘柄群です。その一例として東京海上ホールディングスを筆頭とする損保会社を以前の月次報告書で紹介いたしました。事業利益の成長率、自社株買いによってもたらされる追加的な一株当たり利益成長、3%後半台の高水準の配当利回りを合計すれば10%を超える期待リターンとなり、当ファンドの他の成長銘柄と遜色ありません。そして日本の損保会社は寡占市場による潤沢な利益創出力と、多額の含み益を抱える政策保有株が長期的な株主価値創造を可能にするという意味で世界的にも稀有なポジションにあり、「魅力的なビジネス」といえます。また当ファンドの上位組入銘柄である三菱商事も世界展開余地が大きく、株主還元余力も豊富、かつバリュエーションが低水準に留まる魅力的な企業の代表格だと考えます。
2023年4月の運用コメント
株式市場の状況
2023年4月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比2.70%の上昇となりました。
当月の日本株式市場は、月前半に軟調な米国経済指標(ADP雇用統計、ISM非製造業景況感指数)が相次ぎ、景気後退懸念が高まったことから下落して始まりました。しかし月半ばには植田日銀総裁の金融緩和維持を支持する発言や、米著名投資家の日本株追加投資を巡る思惑から上昇に転じました。月後半は米地方銀行の巨額預金流出による警戒感から下落する局面もありましたが、日銀が金融緩和維持を決定したことで株式市場に安心感が広がり、最終的に前月末を上回る水準で月を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは、前月末比3.06%の上昇となり、参考指数の同2.70%の上昇を0.36%上回りました。
当月のプラス貢献銘柄はソニーグループ、三菱商事などでした。一方、マイナス影響銘柄は、信越化学工業、キーエンスなどでした。
当月は著名な投資家として知られる米国のウォーレン・バフェット氏が来日を果たし、日本株を有望な投資先として考えているということがニュースとなりました。
2020年にバフェット氏が率いるバークシャー・ハサウェイ社が日本の5大総合商社の株に純投資目的で投資し、大株主となったことは周知の通りです。今回の来日でバフェット氏は、㈱日本経済新聞社や米CNBCの取材に対し、総合商社のビジネスがバークシャー・ハサウェイ社の投資事業に非常に似ているため理解しやすいと説明。「日本や世界で展開している」との評価も示しました。(2023年4月11日 日経新聞記事より)また彼の目には投資開始時の総合商社各社の株価が信じられないほど割安に映ったとも言っています。具体的には株式益利回りが14%(2023年4月12日 米CNBC取材記事より)もあり、且つ配当も大幅に増加したことが、総合商社株を購入する重要な決め手であったとのことです。
当ファンドでは5大総合商社の1社である三菱商事を組み入れていますが、その理由として、しっかりとした利益の成長実績があり、今後の展望も明るく、なおかつバリュエーションが非常に割安であることを過去の月次報告書で説明してまいりました。
さて、日本のメディアは次なる「バフェット銘柄」探しに躍起になっています。勿論、当の本人はどの株を買おうと考えているのかを明かすはずがありませんが、「商社以外の投資先、考えている会社は常に数社ある」と日本株の更なる投資を真剣に検討していることをほのめかしています。
株式益利回りが高く、増配が続き、理解しやすく且つ世界で展開しているビジネスとしては、当ファンドで組み入れている日本のメガ損保グループが挙げられます。2022年6月の月次報告書でご説明したとおり、日本の損保ビジネスは魅力的なビジネスです。まず、国内の損保市場はメガ損保3社でシェア約9割という寡占市場だということです。これは長年の業界再編によってもたらされたものであり、損保各社は国内で潤沢な利益を上げています。値上げ力もあることから、昨今のインフレに対する抵抗力も備えていると考えます。また世界的にもユニークなのは、各社が豊富な含み益を持つ多額の政策保有株を有している点です。1960年代に保険事業における顧客関係の維持を目的に購入されたこれらの株は現在では非効率な金融資産としてみなされており、現在は毎年500億円から1,000億円強の規模で売却が行われ資金を手に入れています。これも日本のメガ損保独自の競争優位性と当ファンドでは考えています。
国内の潤沢な利益と政策保有株の売却資金は株主価値の増大のために活用されています。その一つが海外M&Aです。例えば、東京海上ホールディングスは過去20年近くにわたって、海外保険事業を拡大してきたという経緯があります。特に2008年以降、企業買収を積極化しており、2022年度第3四半期実績では連結正味保険料収入の半分近くが海外事業によってもたらされています。これは事業規模の拡大だけでなく、日本特有の自然災害リスクと相関の低い海外保険事業を獲得することで保険引受リスクをグローバルで分散することも目的となっています。このような事業戦略は、ビジネスに安定をもたらし、ひいては株式リスクプレミアムの縮小につながるため株価にとってもポジティブです。
魅力的なM&A候補が見つからない場合、損保各社は株主還元を積極的に行います。バフェット氏が「配当や自社株買いのために多くの資金を生み出している」と言っているように、当ファンドでも持続的な自社株買いや増配は株主にとって重要なポイントだと考えます。そして、株価が割安であることは、これら株主還元策にとって重要な意味を持ちます。自社株買いでは株価が割安であるほどより多くの株を買い入れることができ、結果として株主に帰属する一株当たり利益が多くなります。一株当たり配当金は、株価が安ければ安いほど、配当利回りが高くなります。
バフェット氏が総合商社株を割安であったとして指摘した株式益利回りというのは、PER(株価収益率)の逆数のことです。現在の損保各社の株価は一桁台PER(2022年3月期修正純利益実績※ベース)です。即ち、株式益利回りは総合商社並みの10%越えの水準であることを意味し、割安と判断が可能です。配当利回りも3%台後半~4%台と、こちらも総合商社並みの数値となります。
※ 当期純利益に、保険ビジネス特有の異常危険準備金、危険準備金、価格変動準備金などの年度繰入額を足し戻した上、企業買収に伴って発生する無形固定資産の定期償却額やその他評価性引当金を足し戻すことで計算されるキャッシュフロー利益に近い概念。
2023年3月の運用コメント
株式市場の状況
2023年3月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比1.70%の上昇となりました。
当月の日本株式市場は、FRB(米国連邦準備制度理事会)の利上げ再加速の思惑を受けて米国株式市場が軟調に推移する中、円安が日本株を支える展開で始まりました。月半ばにかけては、米シリコンバレー銀行の破綻に端を発した欧米金融不安の急拡大を受け、リスク回避姿勢が強まったことから大幅な下落に転じました。しかし月後半になると、スイスの金融大手UBSによるクレディ・スイス・グループ買収や米当局による預金保護などの対応で金融システムへの不安が和らぎ、最終的に前月末を上回る水準で月を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは、前月末比2.18%の上昇となり、参考指数の同1.70%の上昇を0.48%上回りました。
当月のプラス貢献銘柄は、ロート製薬、信越化学工業などでした。一方、マイナス影響銘柄は、東京海上ホールディングス、オリックスなどでした。
2022年12月の月次報告書でご説明したとおり、当ファンドでは昨年半ばごろから組入銘柄数が一時的に増加しましたが、2023年に入ってからは少しずつ絞り込みを進めています。その過程でいくつかの銘柄は短期的な保有に留まった一方、当ファンドの主要組入銘柄に至ったものもあります。例えば、東京海上ホールディングスやセブン&アイ・ホールディングスなどは上位保有になっています。当月末現在の保有銘柄数は25銘柄です。
引き続き長期投資に耐えうるビジネスを展開すると判断した企業のなかで、以下の事由に合致するものが見出されれば、銘柄の入れ替えを行い、当ファンドの特徴である集中型ポートフォリオとして運用していく方針です。
1.ポートフォリオの期待リターンを上回ると思われるビジネス
2.ポートフォリオのリスク分散に寄与すると思われるビジネス
さて、当ファンドでは銘柄数は少数ながら、「魅力的なビジネス」と考えられる資本財、日用品関連など様々な企業に投資を行っています。そのなかで、昨年来投資を開始した新たな業種として「半導体(東京エレクトロン、信越化学工業など)」と「金融(オリックス、東京海上ホールディングス、三菱UFJフィナンシャル・グループなど)」が挙げられます。これらの業種は以前の月次報告において過去に組み入れてこなかった理由を解説しましたが、昨今の外部環境の劇的な変化によって、明るい業績展望が描けるようになってきました。またバリュエーション面からみても魅力的であると判断しました。
まず半導体については、シリコンサイクルと言われる需要増減が激しい業界であることに変わりはありませんが、昨今の米国と中国の同業界を巡る対立・競争激化に象徴されるように、多額の投資が政府主導で中長期的に行われるようになったことはポジティブといえます。例えば、半導体受託製造で世界最大手のTaiwan Semiconductor Manufacturing社(台湾)が、米国や熊本県において新たな工場を建設しているのは周知のとおりです。日本の半導体関連企業にはモノづくりの競争優位性をいかんなく発揮して業界をリードしているプレーヤーが多く、注目に値します。
半導体産業が国際関係を左右するほどの影響力を持つのは何故でしょうか?一言でいうと半導体が一国の経済発展にとって過去も未来もとてつもなく重要なものだと考えられるためです。これまで私どもの生活を劇的に便利にしたパソコンや携帯電話だけでなく、自動車や家電製品などの高度化や、今後はデーターセンターやAIなどの分野で膨大な半導体が必要とされます。例えば、自動車一台当たりの半導体平均収益を見ると、電気自動車はガソリン車に比べて2倍以上と言われています。また携帯電話も通信システムが4Gから5G、そして6Gに切り替わっていくことでも、一台当たりの半導体搭載金額が増えていきます。景気変動によって需要の振れ幅は大きくても、これほど数量が大幅に伸びることが確実視される業界は他にあまりなく成長株投資にとっては無視できない分野と考えます。とりわけ日本には世界有数の業界リーダーが存在します。半導体産業の技術発展とともに成長してきたこれらの企業には長期のトラックレコードがあり、利益率・資本収益性・キャッシュフロー創出力の面で当ファンドの投資基準に合致している企業が少なくありません。そして何よりも、昨年の半導体関連銘柄の株価下落によって、当ファンドの既保有銘柄に比べて投資妙味が増してきたと判断したことも投資を開始した大きな理由です。
金融分野についても、当ファンドでは日本の金融業は成長性が低いと判断しこれまで投資を見送ってきましたが、40年振りともいえる国内の物価高現象をきっかけに、本格的な金利上昇の兆しがみえてきたことは大きな変化だと考えます。マイナス金利が続いてきた日本ではむしろ金利環境が「正常化に向かう」というほうが正しいかもしれません。即ち今までが「異常」であって、「正常」な状況に戻ることを前提として組入銘柄を選択することは妥当なことと言えます。金利が正常化することでビジネスが魅力的なものとなりうる業種としては銀行、ノンバンク、保険などが挙げられます。銀行やノンバンクは本業の貸出業務やリース事業で本来あるべき利ザヤを確保できるようになり、保険は保険料の運用面においてプラス効果があります。これらの国内企業は歴史も古く、しっかりとした長期のトラックレコードがあります。また、株価バリュエーションが比較的低い水準にあること、新規参入が少ないことも魅力です。また国内損保大手は、寡占化による潤沢な利益と、多額にある政策保有株の資金化によって海外への成長投資を積極的に行えるポジションにあると考えます。
当月は昨年来の世界的な金利の大幅上昇で突如、海外の金融システム不安が顕在化しました。これによって国内マイナス金利の撤廃はなくなった(或いは遠のいた)という見方もありますが、当ファンドでは構造的なインフレが続く可能性を注視しています。景気減速が起きたとしても、1)労働人口の高齢化、2)移民流入の制約、3)労働よりも余暇を優先する人々のライフスタイルの変化などによる構造的な労働力の供給不足は変わらないと考えます。労働者はインフレによって実質賃金が目減りすると、継続して賃金引上げを求めます。これが企業による価格転嫁を引き起こし、ひいては物価高につながり、それが再び実質賃金の目減りを引き起こし、更なる賃金上昇圧力を生み出すという悪循環を生み出します。さらに近年の世界的なESG投資(環境:Environment、社会:Social、コーポレートガバナンス:Governanceなどを考慮した投資)のトレンドや環境関連の取り組みも、長期的には企業のビジネスコストを押し上げるため、潜在的なインフレ要因になりうるとみています。
現在の経済環境は金利上昇が続くと、一部の海外金融機関が経営危機に陥ってしまう、かといって金利引き上げを止めればインフレが加速してしまうという微妙な時期にあると言えます。翻って日本では今回の春闘でこれまでにない賃金引き上げが実現し始めており、インフレ経済復活の可能性はゼロではないと考えられます。当ファンドではインフレに関する詳細な予想は行っておりません。しかし、インフレ環境下でいざ国内金利が正常化(上昇)した場合に、ビジネスが大きく改善することで株価に割安感が出てくる魅力的な企業があると考えられます。当ファンドでは日本国内における構造変化を視野に入れつつ、引き続きグローバルな視点で魅力的な企業への投資を行っていく方針です。
2023年2月の運用コメント
株式市場の状況
2023年2月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比0.95%の上昇となりました。
当月の日本株式市場は、米長期金利上昇などを受け米国株式市場が軟調となる中、円安が日本株を支える展開で始まりました。月半ばにかけては、市場予想を上回る米国のCPI(消費者物価指数)やPMI(総合購買担当者景気指数)を受けて利上げの長期化懸念が再燃し、日本株も下落に転じましたが、月後半にかけては、植田次期日銀総裁候補が所信聴取で金融緩和継続を明言したことや円安の進行が日本株相場を下支えし、最終的に前月末を上回る水準で月を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは、前月末比0.73%の上昇となり、参考指数の同0.95%の上昇を0.22%下回りました 。
当月のプラス貢献銘柄は、三菱商事、オリックスなどでした。一方、マイナス影響銘柄は、リクルートホールディングス、オリンパスなどでした。
当月は決算シーズンでしたが、当ファンド投資銘柄のなかで好決算を発表した企業としてオリックスが挙げられます。同社は2023年3月期連結中間業績で、新型コロナウイルスに伴う病院給付金の急増や米国事業の成長鈍化によって前年同期比で大幅な減益決算を余儀なくされましたが、当第3四半期では前年同四半期比および前四半期比で増益に転じており、業績の改善の兆しが見え始めています。
オリックスは国内最大のノンバンク・金融サービス会社です。1964年設立時のリース事業を皮切りに「金融」と「モノ」の専門性を高めながら、船舶リース、レンタカー、航空機リース、融資、不動産開発、アセットマネジメント、銀行業、生命保険業、プライベートエクイティ投資、事業再生、ベンチャーキャピタル、再生可能エネルギー、空港運営など多角化を進めてきました。また同社は欧米やアジアでのビジネスも展開しています。2022年3月期ではこれらの海外事業がベース利益全体の半分程度を占めており、グローバル企業と言えます。設立から58年間、バブル崩壊、アジア通貨危機、ITバブル崩壊、サブプライムローン危機、コロナショックなど様々な逆風がありましたが、毎期黒字の計上を続けています。2010年3月期にサブプライムローン危機の余波で公募増資を余儀なくされたというややネガティブなイベントはありましたが、業績のトラックレコードとしては問題ないと当ファンドは考えます。
当ファンドが、同社の本源的価値増加率の近似値としてみている一株当たり純資産伸び率は過去5年、10年でみて年率7%から10%成長が続いていることに加え、経営陣は配当方針としては配当性向33%若しくは前年配当実績のどちらか高いほうを還元することを掲げており、現在の株価水準では配当利回りが3%台半ばになります。加えて、同社は優良な投資案件が見つからない場合、自社株買いを通じて余剰株主資本を株主に還元することを標榜しており、近年これが実行に移されています。自己株消却により、過去3年で年率2%から3%程度のペースで発行済株数が減少する傾向にあり、結果として一株当たり利益及び純資産が引き上げられています。利益成長率、自社株買い、配当利回りを合計すれば同社株への投資で得られる予想リターンは年率10%程度が見込まれ、当ファンドで組み入れている高成長銘柄群の期待リターンと同等レベルです。またPBR(株価純資産倍率、0.8倍)、PER(株価収益率、8倍)などでみた株価指標も現在の日本の株式市場平均に比べ安く、バリュエーションの切り下がりリスクも小さいと判断されます。
同社はノンバンク・金融サービス会社ではありますが、じつは「リオープニング・インバウンド関連銘柄」でもあります。これは、同社のホテル・旅館運営、航空機リース、空港コンセッションの3事業がコロナ禍で大打撃を受けたものの、足元では急速に回復傾向にあることと関連しています。まずホテル・旅館運営事業は不動産セグメントに含まれており、「クロスホテル」や「佳ら久」などのブランドで全国各地に展開しています。コロナ禍だった2022年3月期にはおよそ90億円の赤字を計上していますが、足元では稼働率が回復しつつあります。コロナ禍前の利益水準は60億円程度です。また今後は高級価格帯を中心に新規ホテル・旅館を開業していく計画であり、継続的な成長が見込まれます。
空港コンセッション事業は事業投資・コンセッションセグメントに含まれます。同社は関西国際空港、大阪国際(伊丹)空港、神戸空港を運営している関西エアポート㈱を持分法適用会社として所有しており、売上収益の4割を得ています。具体的には飛行機の離発着料とターミナル内の店舗売上が主な収益源です。特に国際空港は、関西地域において関西国際空港以外の競合先が存在しませんので、独占的であり魅力的なビジネスといえます。コロナ禍において同事業は2022年3月期に約100億円程度の赤字を余儀なくされましたが、昨年10月の訪日客の入国規制緩和により2022年12月現在はすでに2019年同月の4割程度まで国際線旅客数が回復しているのは朗報です。2020年3月期には200億円近い利益を稼いでおり、同水準に近い利益額は2025年3月期までに達成可能だと考えられます。なお同空港は今後の拡張工事により収容能力が3,000万人から4,000万人とへと約3割拡大することが決まっていますので、利益が中長期的に200億円を大きく上回ることも期待できるでしょう。
最後に航空機リース事業は輸送機器セグメントに含まれており、グループ会社のOrix Aviation Systems社(アイルランド)と持分法適用会社であるAvolon Holdings社(アイルランド、同社3割所有)が担っています。コロナ禍前の同事業からもたらされる利益規模は450億円でした。国内ホテル・旅館運営事業および空港コンセッション事業が国内依存のビジネスに対して、航空機リース事業はグローバルに展開されています。海外では旅客需要の回復が日本よりも早く始まったことから、すでに黒字基調で推移しています。懸念されていたロシア向けに貸し出されている航空機が回収不能になったケースもほとんどなく、減損損失も限定的でした。なお同事業は短期的には金利上昇による資金調達コストの増加が懸念材料となりますが、長期的にはリース料への価格転嫁が可能であるというのが当ファンドの見方です。
以上、3事業は2022年3月期において合計赤字額が約220億円に上りましたが、経営陣は2025年3月期までにコロナ禍前の利益水準をやや下回る600億円までの回復を見込んでおります。即ち、利益改善額は800億円強となり、同社の2022年3月期当期純利益実績3,121億円から2025年3月期にかけての利益増加見込み額1,279億円(同期末の当期純利益計画4,400億円)のうち6割程度がこれら3事業の回復によって達成されることを意味します。さらに同期間中に、他の事業分野における業容拡大、あるいは良質な投資案件を積み上げることができれば、超過達成も十分に考えられます。一方、新規案件がそれほど見つからない場合は、自社株買いが行われるでしょう。
最後に金利上昇の影響についてですが、同社の場合は事業が多岐にわたっているため、金利上昇がプラスに働く事業と、マイナスに影響する事業があると推察されます。例えば、リース事業にとっては資金調達コストが上昇するため金利上昇直後は利幅が縮小しますが、長期的にみれば低金利環境時よりも利ザヤを得やすくなりますのでプラスといえます。また保険事業では国内長期金利の上昇によって運用損益の改善が見込まれるほか、保険債務のデュレーション(投資の平均回収期間を表す指標)が資産サイドに比べて長いことから純資産価値(エンべディットバリュー)の拡大につながります。他方、不動産事業では金利上昇を通じて割引率が上昇するため、物件価値の下落につながるかもしれません。以上のことから、金利上昇インパクトを推計するのは容易ではありませんが、同社の分析によると海外金利の上昇は同社業績全体にとって若干のプラス、国内金利の上昇はほぼニュートラルとしています。同社のROE(株主資本利益率)は2022年3月期実績の9.9%から2025年3月期には11.7%への改善が計画されており、現在低位に留まる株価のバリュエーション(PBR0.8倍、今期予想PER8倍)の拡大余地もありそうです。即ち、向こう3年で当期純利益が今から4割程度増え、ROEの改善を反映してPBRが上昇すれば、現状の株価水準から市場平均を上回るリターンが期待できると考えられます。
2023年1月の運用コメント
株式市場の状況
2023年1月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比4.42%の上昇となりました。
当月の日本株式市場は下落から始まりました。月前半に米サプライマネジメント協会(ISM)が発表した2022年12月の米製造業景況感指数が2年7カ月ぶりの低水準だったことや、中国製造業購買担当者景気指数(PMI)も低迷が続いたことから、景気後退への懸念が高まったのが主な要因と見られます。月半ばには、日銀が金融政策決定会合で大規模な金融緩和を維持すると発表したことを受け、株式市場は上昇に転じました。月後半には、米国連邦準備制度理事会(FRB)の理事が利上げ幅緩和の支持を表明したことや、米有力紙による早期利上げ停止の観測報道を受け、日本でも成長株を中心に株価が堅調に推移した結果、最終的に前月末を上回る水準で月を終えました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンスは 、前月末比4.30%の上昇となり、参考指数の同4.42%の上昇を0.12%下回りました。
当月のプラス貢献銘柄は、ソニーグループ、キーエンスなどでした。一方、マイナス影響銘柄は、東京海上ホールディングス、ユニ・チャームなどでした。
当月は、昨年新規投資を行ったセブン&アイ・ホールディングスが2023年2月期第3四半期決算を発表しました。営業収益は8.82兆円(前年同期比43.5%増)、営業利益3,948億円(同30.4%増)と買収したSpeedway社(米国)が加わった米国事業を中心に大幅増益となりました。
同社は日本人なら誰もが知るコンビニエンスストアであるセブンイレブンを筆頭に、百貨店やGMS(General Merchandise Store、総合スーパー等を指す)を展開する日本最大の小売企業グループです。しかし、利益構成比でみると米国のセブンイレブン事業が半分以上を占めており、実はグローバルな企業でもあります。興味深いことに、日本発の小売業態であるコンビニは、もともとは米国において誕生したSouthland Ice Company社に起源があり、1970年代に㈱イトーヨーカ堂(現在は同社の傘下)と国内ライセンス契約を結んだことから、主に日本においてビジネスモデルが発展しました。同社の米国事業は2006年以降になって、主にM&Aによって業容を少しずつ拡大してきました。そして今般、買収によって連結化されたSpeedway社が加わったことで、店舗数が現地で圧倒的最大手となったのです。本案件は実質的な取得価額が133億ドルであり、EV/EBITDA倍率(買収にかかるコストを何年で回収できるかを示す値)13.7倍で買収したことに相当しますが、同社が統合効果として6億ドル程度のシナジーによる増益効果を見込んでいるため、実際には6~7倍のEV/EBITDA倍率となります。日本で長年培われてきたセブンイレブン事業の様々なノウハウ(商品ラインアップ、店舗運営ノウハウおよび物流効率化など)を移植していくことで実現可能と思われることから、妥当な買収案件であると当ファンドは考えます。
同社は日本の会計基準を採用しているため、本件買収に伴いのれんの償却費が年間10億ドル程度計上されます。このため、損益計算書上では、通常のEPS(一株当たり利益)(同社今期予想317.03円)とのれん償却前EPS(同444.07円)とでは4割程度の開きがあります。後者のEPSを前提とすれば現在の株価は13倍台とTOPIXの平均PER(株価収益率)とほぼ同水準であり、割高感はないと判断されます(また当ファンドの平均PER水準も下回っています)。のれん償却費とは現金の流出を伴わない費用項目であることから、当ファンドでは減損リスクがない限りにおいて、のれん償却前EPSを使用すべきと考えます。
株価のバリュエーションについてもうひとつ言えることは、同社株は2010年前後と比べてPERが切り下がっており、割安感が強まっていると考えられます。2006年2月期~2015年2月期の同社の平均PERは約25倍でした。バリュエーション切り下がりの要因として考えられるのは、国内で小売業界自体が成熟化しているため今後の成長性が乏しいと思われていること、同社はGMS事業などの低採算事業を抱えており、グループ全体の価値を毀損していること、また株式市場が同社の米国コンビニエンスストア事業の成長性にいまだ確信を持てないことなどが考えられます。当ファンドでは、後述するようにこれらの点については、過度な懸念は必要ないとの見解を持っています。
資本収益性についてはどうでしょう。同社は長年、連結ベースのROE(株主資本利益率)が10%に届かない状況が続いており、経営陣も問題意識として持っていることが決算説明会などにおいて確認されています。しかし2023年2月期以降はSpeedway社の連結が利益押し上げ要因となるため、のれん償却前ベースで10%を超えてくることが予想されます。加えて、1)国内コンビニ事業が低位ながらも成長が続くこと、2)米国での上述シナジー効果の発現と更なる業容拡大、そして3)同社が抱えるいくつかの低採算事業の撤退の可能性などを考慮すれば、更なるROEの改善も十分にありえると考えられます。
一点目の国内コンビニ事業では、絶え間ない既存店のレイアウト改善や、ネットコンビニ分野でのデリバリーサービスの拡充などに取り組んでいます。2023年2月期は既存店売上伸び率が第3四半期時点で4.9%増と好調であり、コロナ禍前の2019年比でみてもプラスに転じています。成熟化が言われて久しい日本のコンビニ業界ですが、工夫次第でまだ伸びる余地は残されていると考えます。例えば、同社のプライベートブランド(自社企画商品)である「セブンプレミアム」には現在追い風が吹いていると考えます。国内における物価高によってナショナルブランド(製造メーカーブランドの商品)が値上げを余儀なくされていますが、この結果として品質が同等で価格が相対的に割安な同社プライベートブランドの優位性が増しているためです。同社決算資料によると、2021年11月月間のカップラーメンカテゴリーにおける単品売上ベスト10には、セブンプレミアム製品が3品のみのランクインでしたが、2022年の同時期比較では上位8品を独占しています。
二点目の米国コンビニ事業で注目すべき点は、まだまだ伸びしろが大きいと考えられることです。同社の開示資料によると、米国でのコンビニ総店舗数は2020年12月末時点で150,274店ですが、このうち買収前の同社が9,519店(市場シェア6.3%で1位)、今回買収したSpeedway社が同シェア2.6%で3位に位置しており、店舗数は3,854店です。即ち、今回の買収によって同社は合計約13,000店を抱える圧倒的なプレーヤーになったのです。また、日本のコンビニ業界はセブンイレブン、㈱ファミリーマート、㈱ローソンの3社で既に寡占化状態にありますが、米国では上位10社でも占有率はまだ2割程度しかありません。追加的な買収による業容拡大余地が多く残されているのが魅力です。
なお、米国コンビニ事業はガソリン併設店が多いことから、今期の売上と利益は年初からのガソリン市況高騰の恩恵を受けていますが、株式市場では来期以降の持続性が懸念されているようです。当ファンドは、ガソリン価格が下落すれば、むしろ人々が車で外出する機会が増え、コンビニでの物販消費にまわるおカネも増えるため、一概にマイナス要因とは言えないとの立場です。一方、ガソリン価格が高止まりすることも考えられます。かつてはエネルギー価格が高騰すれば、油田などの新規開発が進み、供給増・価格下落が誘発されました。しかし世界的な脱炭素化によって、従来のように価格上昇が供給増になかなか結び付かず、高価格が常態化する可能性があります(同社はガソリン価格高騰によってEV(電気自動車)普及が加速することを見据えてEV充電設備の設置拡大も進めています)。
米国におけるコンビニエンスストアのガソリンスタンドビジネスは、ガソリン販売量にCPG(セントパーガロン:1ガロンあたりの荒利額)を掛けあわせたものが売上となります。このCPGはガソリンスタンド業界によって決定され、その水準は常時変動しますが、近年は継続的な上昇傾向にあります。これはガソリンスタンド店舗内のコンビニ部分の物品販売が、インフレによるコスト高や売上の伸び悩みによって厳しい環境となるなか、零細店舗オーナーがガソリンスタンド業において収益を確保しようとしているため、業界全体としてマージンを高く維持するインセンティブが働いていると考えられます。このため仮にガソリン販売数量の減少やガソリン単価の下落があったとしても、CPGの引き上げによって収益を補うことがある程度可能となっており、同社など大手資本はこの流れに追随しているとみることができます。過去に石油会社がガソリンスタンドを経営していた頃は、CPGの引き下げによるシェア争いが散見されましたが、近年では事業の取捨選択によって石油会社はコンビニ・ガソリンスタンド事業から撤退しているケースが多く、競争環境が非常に緩やかであるのが特徴です。またガソリンスタンド事業に新規参入しようと考えるプレーヤーもまず考えられませんので、同社を含む既存事業者にとって魅力的なビジネスとして位置づけられるのではないでしょうか。以上の理由から、同社のガソリンスタンド事業は来期以降も底堅く推移するものと思われます。
そして三点目の低採算事業については、百貨店事業とGMS事業の存在が挙げられます。既に報道されているとおり、同社が運営するそごう・西武百貨店については、海外投資ファンドへ売却することが決定しています。今後も同社の資本収益性や株主還元策の改善に向けた取り組みが注目されます。同社は2022年4月7日に経営メッセージを公表後、新たな取締役会の下、事業ごとの効率性・成長性を踏まえ新しい成長戦略を現在策定中です。「キャピタル・リアロケーションプラン」と呼ばれる同プランは、その名の通り今後の資本配分方針の枠組み決定する重要なものとなりそうです。最適な資本配分は株主価値の増加には欠かせない点で、企業経営者は毎年創出する利益をどのように活用するかを考えるのが唯一の仕事といっても過言ではないと当ファンドは考えています。例えば、いくらを設備投資にまわすのか、あるいは買収戦略に充てるのか、はたまた借入金の返済に充当するのかなどが考えられます。また株主還元の視点も重要です。いくらを配当として払うのか、そして自社株買いをするのか、などといった点です。基本的には資本コストを上回る再投資機会が本業に存在するのなら、経営陣は積極的に内部留保を行うべきです。一方、再投資機会が乏しいなら株主に配当や自社株を通じて還元するのが正しいアプローチといえるでしょう。なお自社株買いを行う場合、自社が考える適正な株価よりも市場で取引されている株価が割安な時のみ行うべきであるのは言うまでもありません。なお、定量面を含む具体的なプランの概要は改めて情報公開予定となっており、引き続き注目です。
最後に、当月は米国の著名な友好的アクティビストファンドとして知られるValue Act社(米国)が、同社経営陣に対し書簡を送り、改めて同社のコンビニエンスストア事業の株主価値を最大化するためのスピンオフなどを求めたとロイターが報じました。Value Act社は2021年より同社の株主となっており、これまで幾度となく、同社の株主価値を最大化するための抜本的なグループ再編を求めてきました。具体的には、成長性の高いコンビニエンスストア事業を他の不採算事業であるGMS事業から切り離すことなどを提案しているようです。これまでのところ同社経営陣は、本提案に対し難色を示していると推測されますが、これまで多くの投資成功事例を持つValue Act社の友好的かつ粘り強いアプローチが実を結べば、当ファンドも株主として大きな恩恵を受ける可能性があります。また当ファンドとしても、同社とのIRミーティングの際に同様の提案を働きかけていくことも視野にいれて今後の調査を継続していく方針です。
2022年12月の運用コメント
株式市場の状況
2022年12月、日本株式市場の代表指数であるTOPIX(配当込み)は前月末比4.57%の下落となりました。
当月の日本株式市場は、11月30日にFRB(米国連邦準備制度理事会)のパウエル議長が12月のFOMC(連邦公開市場委員会)における利上げ減速を示唆したことを受け、上昇して始まりましたが、その後は米国景気悪化懸念の高まりなどから下落基調をたどりました。月半ばには、欧米中銀の金融引き締め継続による景気悪化懸念や、日銀が長期金利の許容変動幅を修正したことなどを受け、金融政策の転換懸念から株式市場は大幅に下落しました。月後半にかけては、中国が事実上「ゼロコロナ政策」を終了したことでインバウンドや中国経済再開期待が生じる一方、米国の半導体株安や円高の進行を受けて、一進一退で推移しました。
ファンドの運用状況
当ファンドのパフォーマンス は、前月末比6.07%の下落となり、参考指数の同4.57%の下落を1.50%下回りました。
当月のプラス貢献銘柄は、ロート製薬、セブン&アイ・ホールディングスなどでした。一方、マイナス影響銘柄は、ソニーグループ、日立製作所などでした。
2022年の当ファンドの運用成績は、絶対リターンはマイナス、また相対リターンも参考指数であるTOPIX(配当込み)に大きく劣後するという大変不本意な1年となりました。運用成績が低迷した理由については後述しますが、2022年初の外部環境とその後の現状認識の最大の違いは世界的なリセッションおよびスタグフレーションの現実味が増したことです。2022年初時点ではあくまでコロナ禍の収束によって経済が成長軌道に戻り、それに伴う健全なインフレと正常な金利上昇を前提としていましたが、その後の想定を大幅に越えるインフレ率の悪化と金利の大幅上昇により、経済・金利環境が急速に悪化しました。一方、日本ではようやくデフレ環境から脱却する兆しがみえてきました。
約40年ぶりの本格的なインフレと、それに伴う世界的な金利の高止まりが1970年代のように長期間継続する可能性を鑑み、既存組入銘柄の保有を続ける一方、2022年央頃より新規銘柄を従来より多く組み入れました。なお当ファンドのアクティブシェアは80%程度で推移しており、引き続き差別化されたポートフォリオである点に変わりないと考えています。
運用成績が低迷した要因1
運用成績が振るわなかった要因はいくつかありますが、最大の理由は当ファンドで組み入れているグロース株が、金利上昇により株価バリュエーションの切り下がりに見舞われたことです。この点については、2022年2月の月次報告書でキーエンスなどの事例をあげてご説明しました。
グロース株の場合、長期金利の上昇局面では将来見込まれるキャッシュフローの現在価値が目減りするため、株価の下押し要因となります。しかし、当ファンドではグローバルで成長が期待できる企業に投資し続けることが、人口減少が続く日本で最も有効なアプローチだと考えています。世界を舞台に成長できる企業であれば内需型企業に比べて潜在市場規模が遥かに大きいため、息の長い業績拡大が期待できます。キーエンスの現在の株価は2021年の過去最高値から3割程度調整した水準にありますが、同社の中長期的な成長見通しは大きく変わっていないと考えられます。これまでの年率10%超の利益成長が継続すれば、3~4年程度で下落分を取り戻せる計算になりますが、それまでは辛抱が求められると考えます。
一方でPER(株価収益率)切り下がりリスクがあまりなく、ファンドの絶対リターンを牽引してくれるであろう銘柄も存在します。今後バリュー株からグロース株への変貌を遂げると期待される日立製作所などです。当ファンドでは2021年に会社業績予想を前提にPER10倍程度の局面で同社に新規投資を行い、現在でも割安であると考えています。未だ製造業主体の企業として、原材料コスト上昇、半導体不足、中国におけるロックダウンなどの影響で短期業績の大きな成長は期待しにくい状況ですが、ルマーダ事業を通じてビジネスモデルの構造変化が進むことで、中長期で利益の継続成長とバリュエーションの切り上がりの可能性があると当ファンドでは予想しています。
三菱商事も、2022年末時点のPERは一桁台、PBR(株価純資産倍率)は1倍割れと長らくバリュー株としてレッテルを貼られていますが、当ファンドでは総合商社を世界中に人的ネットワークを持つ投資事業会社であると考えております。今日の彼らのバランスシートは世界的にも珍しい事業資産ポートフォリオを有しています。これら資産の積み上がりが総合商社の本源的価値の増加につながり、ひいては一株当たり純資産価値の成長に反映されると考えます。例えば、三菱商事の一株当たり純資産価値は過去5年、10年、15年、20年でみても一桁後半から10%前後の年率成長を達成しています。このことから、当ファンドでは三菱商事を成長性のないバリュー株ではなく、割安に放置されたグロース株であるとみています。
運用成績が低迷した要因2
コロナ禍収束後の経済再開で景気改善への期待が先行するなか、当ファンドの予想に反して、過度なインフレが景気後退リスクを引き起こしたことも災いしました。当ファンド組入銘柄は、日本が誇るグローバル成長企業が中心です。ここには日本のモノづくりの競争優位性を武器とする製造業やインターネットサービス企業などといったビジネスが景気に左右されやすい「景気敏感株」が含まれており、リセッションリスクの高まりがこれら保有銘柄の下落につながりました。但し、景気敏感株は景気後退懸念が台頭すると先行して株価が下落する傾向がありますが、逆に景気回復の兆しがみえてくれば上昇に転じるのが早いのも特徴です。
景気敏感な側面を持つリクルートホールディングスについて、当ファンドでは世界の構造的な人材不足から生じている労働インフレの恩恵を受ける企業として評価しています。現在の株式市場では、足元の景気後退が同社の人材マッチングビジネスに悪影響を及ぼすという見方が支配的であるものの、同事業におけるリクルートホールディングスの強みは圧倒的であると考えられることから、数年内に労働市場環境が正常化することを見据えて、直近では買い増しを行っています。
運用成績が低迷した要因3
またコロナ禍での巣ごもり消費には「行き過ぎた」部分があり、経済再開に伴いそこが剥落したことも挙げられます。ソニーグループのゲーム事業や、シマノの自転車部品事業、メルカリのオンラインフリマ事業などは、コロナ禍をきっかけに製品やサービスの良さや利便性に消費者が気づき、それが生活様式の一部として定着したと思われます。しかし当期は一旦反動減に見舞われていると判断します。
なお、メルカリについては、国内の盤石な収益基盤から生み出されるキャッシュフローを米国事業の育成にまわすことで「意図した赤字」を継続してきましたが、昨今の金利上昇環境下では株式市場から厳しい評価を受けておりました。加えて、当ファンドが継続して行っている会社取材および調査では、米国における同社フリマ事業の成功確率が必ずしも上がっていないことが判明しており、また、国内事業の成長性がやや低下している可能性を示すデータも散見されたため、組入比率を引き下げています。
組入比率を引き下げあるいは完全売却を行った主な銘柄
2022年は日本電産の組入比率を引き下げました。目下、EV(電気自動車)向けトラクションモーターに注力している同社は、2025年度に400万台の供給を目指しているのは既報のとおりです。しかし、中国の現地EVメーカーの間で日本電産による独占的なモーター供給を牽制する動きが出てきていること、また同社がEVトラクションモーター分野へ傾注するなか、他の事業部門において競合のミネベアミツミ㈱にシェアを奪われている可能性があること、そして金利上昇をうけて、トラクションモーター事業の一定の成功を前提として形成されていた株価に相対的な割高感がでてきたと判断したため一部売却を行いました。また創業者兼会長である永守氏の後継者と目されていた関前社長の突然の退任に伴い後継者問題が難航していることも判明しました。当ファンドでは同問題がいずれは成功裏に解決するとの立場をとっていましたが、永守氏が決算説明会の席上において関前社長在任中に社内文化が劣化したことを名指しで非難している姿をうけ、その非紳士的な対応を懸念しました。また同氏の存在がなければいとも簡単に社内文化が弱体化するという事実が確認されたことも売却に至った要因です。
また2022年8月ソフトバンクグループの巨額損失のニュースとビジョンファンド事業のリストラが報道されましたが、当ファンドではそれに先んじて春先から同社株の売却を行いました。想定以上に外部環境が悪化したと判断したためです。世界的な金利上昇を受けてベンチャーキャピタル業界全体が苦境に陥っており、回復には相当な期間を有する可能性があること、また投資先企業が業界全体の回復を待たずに事業が行き詰まるリスクなどを考慮し、同社ビジョンファンド事業の将来性を慎重にみることにしました。また同社の主要投資資産であるAlibaba社(中国)に対しても先行きの厳しさを懸念しました。中国のeコマース(電子商取引)業界でこれまで圧倒的なシェアを背景に急成長を遂げてきた同社ですが、近年は中国政府によるインターネット企業に対する厳しい監視・規制の対象になってきたからです。そのほか、上場予定のArm社(英国)についても昨今の金利上昇による評価額の切り下がりリスクなども考慮しました。
ファンドパフォーマンスの貢献銘柄
一方、ロート製薬や日立製作所などは運用成績に貢献しました。
ロート製薬は創業時の胃腸薬販売から始まり、20世紀初頭に市販目薬事業、1990年代から2000年代にかけてスキンケア事業を加えてきました。目薬、スキンケア商品はいずれも今日の稼ぎ頭です。2023年3月期第1四半期決算は、連結売上が前年同期比23.5%増、営業利益が同37.8%増と大変好調でした。全体売上の約6割を占める日本では、コロナ禍のリモートワークで需要が高まっている高額目薬や、行動制限の緩和に伴って外出機会が増加したことから日焼け止めや、スキンケアシリーズの「メラノCC」などが大幅に伸びました。海外も大変好調です。全体売上の約4分の1を占めるアジアではコロナ禍が収束に向かうベトナムでV字回復となり、インドネシアも好調です。また売上規模は小さいですが米国とヨーロッパも増収増益となっておりポジティブです。
同社の魅力は市販目薬(アイケア部門)や化粧品(スキンケア部門)のアジアにおけるニッチなブランド力です。インドネシア、ベトナム、カンボジアなどの国々では今後、全人口に占める生産年齢人口の割合が高まっていく、所謂「人口ボーナス」期への移行が予想されます。現段階から同社ブランドの消費者認知度を高めるための先行投資を行うことは、長期的にみて正しい戦略であると当ファンドでは考えます。もう一点将来楽しみなのは、10年ほど前から国内で取り組み始めた再生医療事業と、近年開始した眼科用医療用医薬品事業です。再生医療について同社が進めているのは、脂肪由来の幹細胞を利用した再生医療用製剤で、肝硬変、新型コロナウイルス感染症、肺線維症、重症心不全などの適応症向けに治験が進められています。独自開発した自動培養システムを使って、再生医療用細胞を受託製造するビジネスも本格展開する予定です。
日立製作所は、ルマーダ事業を通じてこれまでの単純なハードウェア製造・売り切り型ビジネスから顧客企業の課題解決型ビジネスへの脱皮を目指しています。同事業は2023年3月期売上19,000億円(連結売上構成比約18%)を見込んでおり、利益率も先行投資をこなしながら全社平均を超えている高収益部門です。このため、同事業の利益貢献度は売上の見た目以上に高くなります。
2010年から2021年まで社長・会長を務めた中西氏によると、同社には1)システムインテグレーターとして培った情報技術(Information technology)、2)社会インフラ(発電所、ビルのエレベータ、鉄道システムなど)や工場の運転操業を行う経験で培った運用・制御技術(Operational technology)、および3)メーカーとして様々な製品技術(プロダクト)を併せ持っていることが他社にない強みとしています。これらを掛け合わせることで、昔のように製品技術と販売力だけで勝負せず、顧客企業と一緒に課題解決していくソリューション事業の展開が可能となるのです。このソリューションを発掘するために顧客の現場データをIoT(Internet of Things、モノのインターネット)経由で収集・分析する同社独自の仕組みを「ルマーダ」と呼んでいます。
ルマーダ事業の具体的な流れとしては、まず顧客の経営課題・現場課題を、日立製作所と当該企業が協力して明らかにしていきます。次に顧客企業が保有する設備やIoT機器からビジネス現場(工場、店舗、社会インフラなど)でリアルタイムに発生する膨大なデジタルデータ(設備や店舗の稼働データ、従業員の作業データ、商品の販売動向データ、生産工程に使われる原材料データ、生産技術に関するデータなど)をルマーダ上で収集・分析します。そして、そこから導き出されたソリューションを顧客に導入し、付加価値を生み出すことを最終目標としています。ソリューションの中身は、日立製作所の持つハードウェアの販売、ITシステムの納入、オペレーションの請負、メンテナンスやモニタリングサービスの提供など様々で、これらをパッケージ化したものも考えられます。
同社は、顧客企業に導入した課題解決の成功事例(ユースケース)を標準化して社内に蓄積することで、似たような問題に直面している他の企業・業界に応用していく方針です。また今後全ての事業セグメントは、「ルマーダを通じて顧客の課題解決を助ける」という視点で進められ、かつて同社の中心だったメーカー機能はソリューションビジネスの一環に過ぎなくなります。ユースケースが揃ってきた現在、同社はあまりコストをかけずに業容拡大できる段階に入ってきており、今後は利益率改善および売上成長スピードが上昇することが予想されます。当ファンドではまさにこの点をスケーラブルなアセットライトなビジネスとして注目しており、また顧客の囲い込みもできることから参入障壁が高い、魅力的なビジネスになると考えています。
新規銘柄について
冒頭で述べたとおり、当ファンドでは銘柄集中度の高いポートフォリオを維持(アクティブシェア80%前後)しつつ、2022年央頃より新規銘柄への投資をやや積極的に進めています。
従来から当ファンドでは少数の銘柄に投資する集中ポートフォリオであるがゆえに、組入銘柄を事業内容面でできるだけ分散させてきました。このため過去の景気悪化局面では大幅な銘柄変更を行うことなく運用を続けてきました。しかしコロナ禍の株式相場においてグロース株に追い風が吹き、2020年、2021年の2年間でソニーグループ(エンターテインメント)、キーエンス(FAセンサ)、日本電産(EV向けモーター)、ユニチャーム(日用品)、シマノ(自転車部品)、テルモ(医療機器)、リクルートホールディングス(求人広告)、ミスミグループ本社(機械部品)、ダイキン工業(空調)といった特性の異なるはずのビジネス群の株価が一斉に上昇し、とりわけ景気敏感型グロース株(リクルートホールディングス、キーエンス、日本電産など)の組入比率が押し上げられました。後から振り返ると、結果としてポートフォリオ全体に「偏り」が生じていたと思われます。そして長期金利はあらゆる金融資産の価格決定において重要な役割を果たしているため、2022年のように金利が急激に上昇すると必然的に現在の既存組入銘柄の株価バリュエーション再考も必要となったのです。従って、一部の既存銘柄の買い増しを行うだけでなく、新規銘柄への投資も優先しました。
さて、2022年に新規投資を開始した銘柄として代表的なものは東京海上ホールディングスやセブン&アイ・ホールディングスなどです。損害保険(東京海上ホールディングス)やコンビニエンスストア(セブン&アイ・ホールディングス)などシンプルなビジネスであり、本質的に安全であるという当ファンドの投資哲学に合致しているだけでなく、既存の組入銘柄とは異なるビジネスを有しておりポートフォリオ全体のリスクを引き下げることにも寄与するものと思われます。また株主として期待できる投資リターンについても年率10%前後(配当利回りや自社株買い効果込み)が考えられ、当ファンドで従来から投資している他の銘柄群と遜色はありません。
また両社のROE(株主資本利益率)は一見低くみえますが、実態はすでに高い、あるいはこれから高くなることが予想されるという意味でも当ファンドが考える高い資本収益性の条件を満たしていると考えます。東京海上ホールディングスについては、損益計算書上の当期純利益でなく、より実態に即した修正純利益でみたROE、セブン&アイ・ホールディングスについてはのれん消却前の当期利益でみたROEで共に10%を超えており、今後も更なる改善が視野に入っています。そして最後にバリュエーションも当ファンドの平均PERと比べて低く、日本株平均と比べても割高感はないと判断されます。
12月末現在、組入銘柄数は29銘柄に増えておりますが 、アクティブシェアは約80%と引き続き高水準を維持しています。2023年は主にこれらの中から確信度の高い銘柄を見出し、ポートフォリオの絞り込みを進めていくことを念頭に運用に臨んでいく方針です。
交付運用報告書
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交付運用報告書 (第4期 2024年5月27日決算) (931.6 KB)
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交付運用報告書 (第3期 2023年5月25日決算) (706.2 KB)
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交付運用報告書 (第2期 2022年5月25日決算) (713.3 KB)
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交付運用報告書 (第1期 2021年5月25日決算) (684.0 KB)
運用報告書(全体版)
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運用報告書 (全体版) (第4期 2024年5月27日決算) (820.9 KB)
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運用報告書 (全体版) (第3期 2023年5月25日決算) (801.4 KB)
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運用報告書 (全体版) (第2期 2022年5月25日決算) (806.0 KB)
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運用報告書 (全体版) (第1期 2021年5月25日決算) (856.2 KB)
主な投資リスク、費用等
- 当ファンドの投資リスクについては、交付目論見書(投資信託説明書)記載の「投資リスク」をご覧ください。 (897.7 KB)
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