スペシャルレポート ニッポン解剖~日本再興へのメカニズム~ Vol.15「増加する自社株買いをどう考えるか」
昨今、上場企業による自社株買いが増えており、2023年度については初めて10兆円を超え、株価上昇の一因になっていると思われます。自社株買いとは、上場企業が、株式市場から自社の株式を買い戻すことをいい、その株式を消却することで、会社の発行済み株式数が減少し、1株当たりの利益や資産価値を向上させることができます。今回はこの自社株買いについて考えたいと思います。
昨今の自社株買い増加の背景には、東京証券取引所(以下、「東証」)による「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応の要請」をきっかけとした、資本効率を重視した企業経営へのシフトが考えられます。東証による要請以前は、単にPL(損益計算書)上の売上や利益のみを追求した経営を行っていた企業が多く見受けられてきたことに対し、株式市場の投資家や東証の期待するBS(貸借対照表)を意識した企業経営並びに、経営資源の最適配分を実践する企業が増えつつあることは、評価されるべきことだと考えます。
企業が自社株買いを増やすことが可能となっている要因として、日本企業が抱える現預金が大きく積み上がっていることも挙げられます。民間非金融法人企業の抱える現預金の規模は拡大を続け、2023年12月末時点では、336兆円まで増加しています。また、企業の自己資本比率(金融業、保険業を除く)も1990年代の約20%から、2023年12月末時点で43%まで高まっています。これは、堅調な企業収益が継続しているとも考えられますが、一方で、企業の設備投資などの成長に向けた先行投資の弱さを反映しているとも捉えられます。企業のライフサイクルが成長期を越え、成熟期や衰退期に入った場合には、設備投資等の資金用途が限定的なものになるため、増配や自社株買いなどにより投資家に対して資金を還元することが求められます。成長が期待できない中での資本効率の改善に向けた取組みとして、昨今増加する自社株買いは有力な選択肢となります。しかし、本来は、長期的な事業収益性の改善によって資本効率が向上することが望ましいはずです。東証も「資本収益性の向上に向けて、バランスシートが効果的に価値創造に寄与する内容となっているかを分析した結果、自社株買いや増配が有効な手段と考えられる場合もありますが、自社株買いや増配のみの対応や一過性の対応を期待するものではありません」と表明しています。あくまでも持続的な成長に向けた先行投資等が優先され、適切な投資機会がない場合には株主に還元し、肥大化したバランスシートを適切なレベルに改善させることが、東証から求められているのだと理解しています。
筆者としては、資本効率の持続的な改善に向けたと取組みとして、「キャピタルアロケーションの開示と機動的な自社株買いの実施」が有力な選択肢となり得るのではないかと考えます。キャピタルアロケーションとは、保有する資産(これから獲得できると期待するものを含む)をどのような領域で活用する(アロケーションする)かの計画です。まずは成長に向けた投資として保有資産を活用し、もし使い切れない状態であれば、残った資金で機動的に自社株買いを実施することで、企業の持続的な成長を優先した資本効率の改善が実現できる可能性があります。この考え方は、決して新しいものではなく、一定数の企業で既に取り入れられていますが、より多くの企業で導入が進み、日本全体で、成長と還元のバランスが取れた資本効率の改善が進むことを期待しています。
スパークス・アセット・マネジメント株式会社
チーフ・アナリスト 川部 正隆