ニッポン解剖~日本再興へのメカニズム~「上場の意義を問う:IRで伝える企業価値」 | レポート | スパークス・アセット・マネジメント

スペシャルレポート ニッポン解剖~日本再興へのメカニズム~「上場の意義を問う:IRで伝える企業価値」

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 新年あけましておめでとうございます。

 旧年を振り返りますと、アクティビストの活動や事業会社による買収意欲の高まり、株式非公開化に向けたMBO(経営陣が参加する買収)の増加など、上場企業の支配権に関する動きが活発化した一年でした。過去に強い意識を持って行った上場を所与のものとせず、なぜ今、上場している必要があるのかを常に考えながら株式市場と向き合う必要性が高まっています。上場を継続するのであれば、自社の資本効率や持続的な成長戦略を明確に示すことが、これまで以上に強く求められるようになっています。今回の「ニッポン解剖」では、上場企業と株式市場とのコミュニケーションであるIRInvestor Relations:インベスター・リレーションズ)について考えます。

 IRは、企業が投資家に対して経営状況や財務情報、中長期の業績見通しといった、投資判断に必要な情報を提供する活動です。十分なIRを通じた企業理解がないまま行われる投資は、しばしば投機的な色合いを帯びます。そのため、企業価値に基づいた株価形成を実現するためには、十分なIR活動を土台とすることが不可欠です。しかしながら、その本質的な実現は容易ではありません。株式市場との対話では、単なる説明に留まらず、管理会計の観点を踏まえた「IR言語」が求められます。

 エンタメ業界や出版業界を例に、IR言語の重要性について考えてみましょう。日本のエンタメ企業の一部には、一つの大ヒット作品に業績が依存する収益構造が見られます。投資家側はその構造を前提に「事業ポートフォリオの分散は進んでいるか」「新たな収益の柱が立ち上がっているか」といった質問を投げかけます。背景にあるのは、投資家が「再現性」を重視し、継続的に成果を生む仕組みを評価する傾向があるためです。

 では、ヒットの発生時期が予測しにくいエンタメ企業のビジネスモデルは、投資家に評価されにくいのでしょうか。筆者としては、重要なのはビジネスモデル自体ではなく、企業が自らの事業を管理会計的に分解・可視化し、投資家に理解可能な形で伝えられるかどうか、つまりコミュニケーションの質にかかってくると考えます。例えば出版社であれば、年間刊行点数を「当年度新作」と「既刊」に分け、さらに単価、販売冊数、読者属性、ジャンル別のライフサイクルなどを開示することも選択肢です。また、作品ごとの季節性やシリーズ寿命、ストック収益(定期購読などの継続的に積み上がっていく収入)の割合を示すことで、偶発的に見える収益も一定の再現性として説明可能になります。

 ただし、すべてのエンタメ企業に管理会計的な言語化が適用できるわけではありません。再現性を追い求めすぎると、エンタメに重要な創造性や自由度が損なわれる懸念があるため、敢えてそうした枠組みを採らない経営判断も存在します。実際に、計画不能な発想から生まれた作品が市場を席巻する例は少なくありません。エンタメ業界では、創造性と再現性のバランスをどう保つかが経営の重要な課題となります。

 最終的にIR活動は、企業と投資家双方の歩み寄りで成立します。企業は自らの事業構造を管理会計的に整理し、分かりやすい言葉で説明する努力が求められます。一方で投資家も業界固有の特性を理解し、企業の提示する指標や仮定を丁寧に読み解く姿勢が必要です。上場の意義が再考される中で、IRを通じて企業が自らの成長戦略や価値創造の仕組みを明確に示すことは、株式市場に対して上場企業としての存在理由を、説得力をもって示す手段となります。

スパークス・アセット・マネジメント株式会社
チーフ・アナリスト 川部 正隆

当レポートは執筆者の見解が含まれている場合があり、スパークス・アセット・マネジメント株式会社の見解と異なることがあります。

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