スペシャルレポート ニッポン解剖~日本再興へのメカニズム~ Vol.16「求められるべきは、稼ぐ力の強化」
前回、上場企業による自社株買いが増えており、PL(損益計算書)上の売上や利益のみを追求した経営から、BS(貸借対照表)を意識した企業経営並びに経営資源の最適配分を実践する企業が増えつつあることは、評価されるべきことだとお伝えしました。本稿を執筆している5月は企業の決算発表が多く行われる時期ですが、2024年は決算発表と同時に自社株買いの発表をセットで行う企業が増えているように感じます。東京証券取引所(以下、「東証」)による「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応の要請」への対応が着々と進展しているのだと考えています。一方で、東証は、同要請において、「自社株買いや増配のみの対応や一過性の対応を期待するものではありません」と表明しており、あくまでも持続的な成長に向けた先行投資等が優先され、その上で適切な投資機会がない場合には株主に還元することが求められているのだと理解しています。
東証による要請が出された2023年3月と比較すると、日本株式市場は上昇傾向にありますが、問題とされたPBR(株価純資産倍率)※1 1倍割れ企業の割合は、約4割(TOPIX構成企業に占めるPBR1倍割れ企業の割合※2024年4月末時点)と依然として高いままです。PBRはROE(株主資本利益率)※2 とPER(株価収益率)※3 に分解できます。さらに、ROEを売上高純利益率・総資産回転率・財務レバレッジの3つに分解すると、米国や欧州比較で、日本企業の売上高純利益率の低さが目立ちます。前述した持続的な成長に向けた先行投資により、「稼ぐ力」の強化が求められていると思います。研究開発費や人件費の削減による短期的な利益率の改善ではなく、成長投資を通じた長期的視点の経営に加えて、不採算の事業撤退も含めたノンコア事業の整理およびコア事業と成長事業への経営資源の集中といった事業ポートフォリオの最適化が必要であると考えます。
この稼ぐ力の強化に当たって、社外取締役の行動が重要になってくると考えます。東証一部上場企業の独立社外取締役の人数は、2013年には1,349人でしたが2023年には7,055名になり、過去10年間で5倍強への量的な拡大が図られてきました。社外取締役は、社内昇進によって就任した取締役とは異なり、経営陣や特定の事業部への忖度なく発言・行動ができる立場にあります。また、株主からの付託を受けて、経営を監督することが基本的な役割であると解されています。前述した、稼ぐ力を強化するためには、不採算となってしまっている事業の整理も含めた聖域なき構造改革を、社内のしがらみにとらわれない社外取締役が最大限にバックアップすることが大切になってきます。また、コア事業や成長事業への投資に対して、過度に保守的になっていないか、適切なリスクテイクが行われているかといった「攻めのガバナンス」も重要な要素になってくると思います。コーポレートガバナンス・コードにおいても取締役会に対して「経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと」を求めています。事業ポートフォリオの最適化と適切なリスクテイクにより、長期的な視点に基づいた稼ぐ力がしっかりと強化され、ひいては、日本全体が再度成長軌道に戻っていくことを期待しています。
スパークス・アセット・マネジメント株式会社
チーフ・アナリスト 川部 正隆
※1 : 株価が1株当たり純資産の何倍まで買われているのかを示す指標。
※2 : 株主資本に対して企業がどれだけ効率的に利益を稼いだかを表す指標。
※3 : 1株あたりの純利益(EPS)に対して株価が何倍になっているかを示す指標。
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