スペシャルレポート ニッポン解剖~日本再興へのメカニズム~ Vol.27「エンゲージメント・ファンドの対話論点」
昨今、日本においてアクティビスト・ファンドの活動が活発化していますが、エンゲージメント・ファンドもその存在感が目立ち始めています。両者ともに、企業活動に対して株主の考えを反映させようとする点は似ていますが、その中心的な手法が異なると私は考えています。両者についての厳密な定義はありませんが、アクティビスト・ファンドは、株主提案など直接的な企業経営への介入を中心的な手法の一つとしています。一方で、エンゲージメント・ファンドは、企業とのミーティングを通じた「対話」により、企業の自発的な変化を促します。しかし、対話の進捗(ちょく)次第では、エンゲージメント・ファンドが議決権行使などによって、企業経営に対して「NO」を突き付ける事例も増えていますので、両者の境界は薄れつつあると言えます。
エンゲージメント・ファンドは、どのような論点で企業に対して対話を行うのかを整理したいと思います。エンゲージメント・ファンドは多様な論点で企業と対話を行っていますが、今回はよくある論点を3つ紹介します。これらはアクティビスト・ファンドも注目することが多い論点です。1点目は、企業の「バランスシート(貸借対照表)の効率化」です。企業のライフサイクルが成長期を越え、成熟期や衰退期に入った場合には、設備投資などの資金使途が限られてくるため、特に収益性が高い企業の場合には、企業のバランスシートに金融資産等が過度に積み上がるケースがあります。その場合、あくまでも持続的な成長に向けた先行投資等が優先されるものの、適切な投資機会がない場合には株主に還元し、肥大化したバランスシートを適用なレベルに改善させることが求められます。
2点目は、「事業ポートフォリオの効率化」です。高い収益性を誇る事業を持つ一方で、全社ベースの収益性が低水準に留まるケースがあります。特に事業の多角化を進めた企業が、その役割を終えた事業やそもそも花開かなかった事業をそのまま保有し続けている場合があります。結果として、せっかくの高収益事業が生み出した利益を低収益事業や赤字事業が打ち消してしまい、全社ベースとしての収益性が低水準に留まるというケースです。また、各事業間の相乗効果やリスクが見えにくいため、株式市場から評価されづらいというコングロマリット・ディスカウントに陥っている場合もあります。その場合、「保有する各事業にとって自社がベストオーナーなのか」「必要によっては事業売却を検討すべきではないか」というような、事業ポートフォリオの再考が求められます。
3点目が、「IR活動の積極化」です。企業の情報開示であるIR(Investor Relations:インベスター・リレーションズ)とは、企業が投資家に向けて、自社の経営状況や財務状況・中長期的な業績見通しなど、投資を判断する上で必要となる情報を提供する活動を指します。日本には、高い競争優位性や成長性を持つにも関わらず、株式市場に対する情報開示について消極的な企業が多くあります。その理由として、「競合企業への情報流出を避けるため、IR活動・情報開示は最低限にとどめたい」「どのような戦略を実行するかを公表するのではなく、結果で示したい」「戦略を遂行できなかった場合の責任を取りたくない」という説明を企業側から受ける場合があります。しかし、IRに消極的な企業の多くは、必要以上に保守的な開示姿勢になっていることから、企業の価値が株式市場から適切に評価されにくい状況に陥っていることがあります。一様にIR活動を過度に制限するのではなく、投資家が企業の状況を正しく理解できる情報を健全に発信していくことは、上場企業として重要であり、企業価値が適切に株価に反映されるために求められる要素です。
上記のような対話論点は、エンゲージメント・ファンドやアクティビスト・ファンドから指摘される前に企業自らが取り組むべき論点ともいえると思えますし、企業自身も既に検討してきた内容かもしれません。しかし、もし何かしらのしがらみによって、変えるべきことが変えられないのであれば、外部の株主の力を借りることも選択肢になってくる場合もあります。
スパークス・アセット・マネジメント株式会社
チーフ・アナリスト 川部 正隆
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