スペシャルレポート ニッポン解剖~日本再興へのメカニズム~「急増する自社株買いと成長投資のジレンマ」
上場企業による自社株買いが急増しています。自社株取得枠の設定総額が2024年は前年比9割増の約18兆円まで増加し、2025年1-5月についても同期間で過去最高を更新しています。企業に対して資本効率改善への要請が強まる中で、自社株買いによって余剰資金を株主に還元する動きが活発になっています。一方で、急増する自社株買いに対して、経済産業省がまとめた報告書において、「投資機会が潤沢にあるならば必ずしも株主還元を優先すべきではない」との指摘がなされています。資本効率改善の旗振り役である東京証券取引所も、「自社株買いや増配のみの対応や一過性の対応を期待するものではありません」と表明しています。
なぜ自社株買いが増加してきているのでしょうか。自社株買いは、上場企業が、株式市場から自社の株式を買い戻し、その株式を消却することで、1株当たりの利益や資産価値を増やす効果があります。企業にとって、資本コストや株価を意識した経営が求められる中では、自社株買いは重要な選択肢となっています。一方で、本来は、持続的な成長に向けた先行投資が優先され、その上で適切な投資機会がない場合に、自社株買いなどの株主還元を強化することが求められるべきだと考えます。特に日本は他の先進国と比較して、売上高に占める研究開発費や設備投資の比率が低いという指摘があります。
自社株買いなどの株主還元ではなく、成長投資を適切に拡大させるために、これまで本稿では、社外取締役の重要性について述べてきました。社外取締役は、社内での昇進によって就任した取締役とは異なり、社内のしがらみにとらわれず、経営陣や特定の事業部門への忖度なく発言・行動ができる立場です。社外取締役には、その立場を最大限に活かして、企業が適切なリスクテイクを行っているか、過度に保守的な経営になっていないかといった「攻めのガバナンス」を通じて、アニマルスピリットを喚起することも期待されています。
「中期経営計画の策定に向けて、成長投資と株主還元のバランスを検討している」
インバウンドの拡大を背景に、今後同社サービスへの需要増加が期待できる企業のIR担当者の言葉です。上述の通り、上場企業による自社株買いが急増している中にあっては、投資家から株主還元強化の要望が増えていると感じさせる部分もあるのかもしれません。一方で、株主還元は、企業のライフサイクルが成熟期や衰退期に入り、成長に向けた資金使途が限られてきた場合に、強化すべきものだと考えます。せっかく、成長領域があるのであれば、株主還元ではなく、配当性向は据え置きにして、大きく投資に舵を切るという経営判断もあり得ると思います。投資が完了し、利益を獲得できた暁に、その果実を投資家に還元すれば良いのではないでしょうか。ここで大切になってくるのが、投資家との対話です。なぜ株主還元を強化せず、成長投資を加速させるのか、どういった成長が期待できるのか、この点について投資家に十分に説明することが求められます。場合によっては、短期的な株主還元の強化を期待していた株主は離れていくかもしれません。そこで株価が下落すれば、長期的な成長を期待した新たな株主が増える可能性もあると思います。
日本全体が自社株買いに流れるのではなく、成長機会がある場合には、積極的な投資拡大が行われることを期待しています。
スパークス・アセット・マネジメント株式会社
チーフ・アナリスト 川部 正隆
当レポートは執筆者の見解が含まれている場合があり、スパークス・アセット・マネジメント株式会社の見解と異なることがあります。